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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
下層:諸刃の剣士は迷宮征きし黒翼を追う
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偉大なる四龍

「……どこまで行くんだ。もうずっと歩いてるぞ」

「まだ一時間だ。迷宮なのだからそんなものだろう」

「……」


 ぐうの音も出ない正論にラグロスが口を噤む。迷宮生物との戦闘が発生するようになってから一時間、まだラグロス達は海底樹林の中を歩いていた。


 いつ襲われてもいいようにチャージで体に力を行き渡らせ続けるのは中々に堪える。

 それゆえに飛び出してしまった弱音をラグロスは自分で悔いた。


「そこそこ面倒な相手であることは否定しないが、これくらいはな」

「……分かったって」


 子供みたいに口を尖らせ、ラグロスはそっぽを向く。それによって視界に入ったルーツェの姿は随分と疲弊していた。

 正確には魔力が底をつくことで襲い来る倦怠感に襲われている。体力的には余裕はあるが、一体一体に二つ以上のスキルを使って戦う彼女に魔力的余裕は皆無だった。


 だが、心配する言葉をかけることも出来ない。そうなろうと承知の上で彼女はラグロスに付いてきてくれている。三十分前に一度、氷からの心配の声も一蹴していた。

 そこまでの献身を無下にすることなど彼には出来なかった。


「はぁ……下層で実質一人はやっぱり厳しいでしょう? いい加減私も手伝うわ。それなら心配いらないわよね?」

「……頼む」


 氷が呆れて言う。最後の一文はラグロスに向けられた言葉だろう。

 心配しているのはラグロスだけでない。願ったり叶ったりな申し出に彼は素直に頷いた。


「……ごめん」

「謝るなって。俺も割と厳しいしな」


 素直な弱音を吐くことで出来るだけルーツェの不安を和らげるよう努める。

 それはシンプルな心労の暴露でもあった。黒騎士の言葉からしてセレンはここを一人で通り抜けたのだ。

 そのせいで意地を張っていたのもあるが、使えるべきものは使うべきだと冷静になった彼の頭が判断することでその妙な意地もなくなっていた。


「──」


 新たな気配に大剣を両手で握りなおす。

 だが、その警戒を結果として無意味なものとして終わっていた。小さな爆音と共に、魚人の脳天が破裂するのを見届けたラグロスがつい口をぽかんと開けてしまう。


「実弾は久しぶりかも」

「……どこから持って来たんだ」

「色々と用意するついでに貰ってきただけよ」


 朗らかな会話を交わす黒騎士と何やら得体のしれない小型の武器を手にしている氷。

 L字型のそれは穴が開いていて、穴からは白い煙と火薬の匂いが漂っていた。


「……なんだそれ」

「私の武器。とても小さなクロスボウみたいなものよ」

「……へー」

「──」


 クロスボウなら撃たれた相手の頭が破裂することはないのでは、と口にしかけたのをラグロスがなんとか堪える。あのよく分からないけれど、異質なことは分かる施設に居たのだ。何かしら進んだ技術の武器を持っていても可笑しくはない。

 そう納得することにしたラグロスは良かったが、事前知識のないルーツェは完全に絶句していた。


 そうなるよな、とラグロスが苦笑を隠しきれず声を漏らす。

 硬かった雰囲気が弛緩し、彼らが戦闘のことから意識を外せるほど氷の武器()はすさまじかった。


 ラグロスの耳が、かちゃりと銃の引き金の音が捉えると遠くの敵が吹き飛び魔石を残して散っていく。戦争の真っただ中にいる歩兵の気分だった。

 弓兵の恐ろしさを実感し、頬を引きつらせるラグロスはこれなら気を張り続ける必要もないと大きく息を吐く。


「落ち着け、死にやしない」

「──ぅ。ふー──ごほっごほっ」


 隣のルーツェが今度は発砲音で蛹みたいに体を硬くしだしたので、背中を軽く叩いて我に返してやる。羽化できたかはさておき、息を吐けるくらいには落ち着いたようだ。

 肝心の彼女の器官がその落差に耐えられず(むせ)ていたが。


「やりすぎじゃないか?」

「……いいのこのくらいで。──どうせ、後でいじめるんでしょ?」


 非難するような黒騎士の声に、氷がジトリとした目を向けた。

 ラグロス達には彼らが何を言っているのかは聞き取れなかった。

 白衣を着ている以外は特筆することのない氷はともかく、全身鎧で顔さえ見たことのない黒騎士に関しては何を考えているのか分からないので、目の前で内緒話をされると非常に不気味である。


「そんな顔をしないでくれ」

「じゃあ歩くっ、はーやーく」

「分かったから押すな……」


 兜の奥でいきなり目が光り出しそうな見た目の彼が、か弱そうな女性に背中をぐいぐいと押され不承不承で歩き出す。口調も相まって、威厳のある騎士の情けない様は一見滑稽な絵面に見えるが、全身鎧を着た男性が女性に押されるという事実を鑑みればある種恐ろしさも感じられた。

 ラグロス達には首を傾げることしか出来ないが、安全を確保できたのは違いないので口にはしなかった。


「ごめんねー。もうすぐ着くからもうちょっと頑張って欲しいな」


 推し量れぬ戦力も含め並の者ではないのに、この二人のやりとりはどこか微笑ましさというか、柔らかさがある。言葉なくとも通じ合ってるような距離感は熟年主婦さながらだ。

 その光景もあってか、ラグロスとルーツェも素直に首を縦に振って彼らの後を追った。


 歩いていると、唐突に氷が銃の引き金を引く。

 硝煙の匂いが立ち上り、爆音が聞こえたと思えば魚人の頭が果実みたいに砕け散る。全力で大剣を振るうラグロスでさえ、硬いものを斬っている感触があるのに、銃から放たれた弾丸はあっさりと鱗を貫いているのだ。

 蒼き樹海に赤色の果汁が散らされる様は目がちかちかとする。


 まさしく介護みたいで、ラグロスがセレンと過ごした上層の頃を思い出す。

 雛鳥が周囲を警戒する親鳥の後をただただ追いかけるような構図。

 なまじ雛鳥側が親鳥と変わりない精神を持っているせいで、彼らも罪悪感を感じていた。


「カッコいいなぁ」

「……あれが?」

「……だって、あれ火薬か何かで爆発させてるんでしょ? 反動もあるのに当たるんだね」


 そう言われて、氷が一度も弾を外していないことの恐ろしさに気付き、ラグロスも目を見開いた。

 ルーツェが見惚れているのはこちらに話しかけてくる時の朗らかな表情を引っ込め、目を細め淡々と引き金を引く姿だろう。

 だが、その簡単そうな繰り返しから垣間見える彼女の技量は馬鹿に出来ない者だった。


「暇そうだな」

「そんな嫌味っぽく言わなくてもいいだろ」

「……さてな」


 ラグロス達を楽させるのが嫌だったのか、彼の目的は理解できないが今までで一番感情が籠っている口調だ。

 寡黙で威厳があると思っていた黒騎士もところどころ人間味があるというか、子供っぽく見えさえする。


「どうせ暇だろう。話くらい聞いていけ」

「……なんだよ」

「調停者。その言葉に覚えはあるか?」

「……ねぇな」


 単語からして古い書物にでもありそうな言葉だ。

 娯楽物ならまだしも、カビの匂いさえしそうな古ぼけた書物の記載などラグロスが読むはずもない。何かの間違いで目を通しても、覚えていることはないだろう。


 ちらりとルーツェに視線を送る。こういうのはどちらかと言えばリットやルーツェの専門だ。そのルーツェも物語もしくは読んでも伝奇くらい。個人の日記に近い伝記を読むことは少ないだろう。

 期待を込めた視線を受けたルーツェが顔を俯け記憶を漁っている。しかし、程なくして小さく首を横に振ることで答えが返って来る。


「ならば、偉大なる四龍を知っているか」

「それくらいは流石に」


 ルーツェもこくこくと頷いていた。

 偉大なる四龍。お伽噺として語られ、詩人たちによって話を盛られ、様々な伝説を残す龍達だ。


 遥か北、雪国の雪を溶かし尽くしたとされ、遺された鱗は国を積雪から守っているらしい偉大なる紅。

 遥か南、恵みの雨に生命の溢れる海を作り出したなどと言われ、遺された鱗からは水が無限に湧き出るらしい偉大なる蒼。

 遥か東、太陽を妨げる雲をすべて吹き飛ばしとされ、山の頂上に突き立てられた鱗は風車だけですべての動力が賄えるほどの風を生み出すらしい偉大なる碧。

 遥か西、海に埋もれた大地を盛り上げたと言われ、遥か地中に眠る鱗は全ての生命を源と鳴っているらしい偉大なる黄。


 何年、何十年、何百年と前から語り継がれた伝説。

 幾年たとうと伝説が只の民に過ぎないラグロス達が知っているのは、稀に目撃者が現れその度人々の間で噂が燃え広がるからだ。


 目にしただけならいくらでも言えるが、伝説の礎となった鱗を拾ったと言う者も居る。

 流石に耳にする伝説通りの効力は持たないが、紅き鱗は熱を帯び、蒼き鱗は水たまりを作り、碧は宙を浮遊し黄は土に埋もれる──などと馬鹿に出来ない事象は確認されている。


「眉唾などと言われているが、この四体は存在する」

「……はぁ」

「──ほんと……!?」


 居るのだろうな。とはそれとなく思っていたが、話のスケールの大きさと今の状況との関連性が見出せず、ラグロスの口から曖昧な声が漏れた。

 傍らのルーツェは大いに興奮して目を輝かせているが。


「その四体は調停者とも呼ばれ、世界の安寧を守る存在だ。それゆえ彼らに与えられた力は計り知れず、本当に世界の危機が訪れない限り現れることもない。彼らが現れると言うことはもう取り返しのつかない状況を意味しているからだ」

「……その末端が天使、って話か?」


 世界の秩序を守るのが天使だとして、安寧を守るのが調停者。

 両者の違いは分からないが、スケールと力の大きさ的には天使の方が気楽に出張が出来ると言われているようだった。


「役割だけを見ればな。実際は切り離された存在で、場合によっては敵対さえする」

「……?」

「天使は並列世界の存在を拒絶して、調停者は世界の危機を拒絶するから──だよね?」

「詳しいな。何か愛読している文献でもあるのか?」

「ノースラルの学者さんが出してる論文にそんなことが書いてた」


 ノースラル。別大陸の雪国だったはずだが、ルーツェとのつながりが理解できず眉をひそめる。しかし、遅れて北国の憩い場のアリエルがノースラル出身だったことをラグロスは思い出した。


「なんでそんなやつ読んでたんだ」

「宿にあったでしょ。本棚。あそこに入ってた」

「……訳わかんねぇ」


 入ってたで済むのかと頭を悩ませるが、今は関係のない話だ。

 深くは聞かず諦め交じりに手をひらひらさせて、今も銃を握り魚人を蹴散らす氷へ視線を逃がした。。

 黒騎士とルーツェが話を弾ませている光景を見ていると混乱しそうだったのもある。


「これから先、シーフィルが滅ぶときは調停者が現れる時だ。海神の涙を手に入れることと同義でもある」

「……そこに帰って来るのか」

「そうだ。そして私たちは──調停者と天使に悪魔との激突を恐れている」

「それがアンタらの目的って訳か?」

「正確には違うが、そう解釈してもらって構わない」

「……まどろっこしいな」

「こちらにも言えない事情がある。君達との関与も最小限にするつもりだった」


 最後の言葉は申し訳なさそうな気持ちが滲んでいた。その後に頭を下げられてしまえば、ラグロスも強くは言えない。色々と思うところはあれ、基本的に助けられてばかりで頭を下げられるほどのことは一つもないのだ。


「……アンタはそんなキャラじゃないだろ。頭は上げろ」

「……感謝する」

「調子狂うな……全く」

「話も終わりだ。──もう着くぞ」


 黒騎士が虚空に魔力の光を灯した指を走らせる。

 見たことのない動きだった。スキルのように何かを口にすることもなく黙々とデッサンをするように絵を描き上げるような。

 事実彼が指を走らせる宙には魔道具のような魔術印が出来上がっていて、それはまさしく──


「魔術……」


 ルーツェが感慨深く呟く。口にするだけの一挙で発動するスキルのせいでシーフィルでは埋もれた技術。古来からある人間に許された印を描き超常現象を起こす魔力技術。

 それをまともに目にしたとあれば、二人が言葉を失うのも無理はない。


「氷、戻ってこい」

「はぁーい! わ、上手く描けてるじゃない! 最初はあんなに──むぐー!!」

「……余計なことを言うな」


 完成した魔術印が光り輝く神秘的な雰囲気を見事に壊していった氷の言葉。黒騎士も裏では苦労をしていたらしい。

 ろくな印象はないが、今ばかりは黒騎士と同じ気持ちになったラグロス達も思わず笑みをこぼしていた。


 だが、自分達が噴き出した声を耳にする前に彼らの姿は水底から姿を消してしまう。

 まるで転移装置の光に触れた時のように。

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