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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
下層:諸刃の剣士は迷宮征きし黒翼を追う
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下層の脅威

 黒騎士達に案内されるまま彼らがたどり着いたのは見慣れた転移装置だった。

 水底にぽつんと残された転移装置がいつでも人を飲み込めると宣言するように、青の光球をを台座の上で灯している。あれに触れればシーフィルに戻ることが出来るだろう。


「……さて、目的の場所はここで間違いないな?」

「は、はい。ありがとうございます」


 リットがようやく安全を確保できたことに胸をなでおろしていた。

 転移装置に意識を引っ張られていたのか咄嗟の返事は随分拙い。


「帰る前に、ラグロス。君はまだ行かないで欲しい」

「……何か用か?」


 転移装置を見つけて安堵している踊り子たちから離れた場所で腕を組み、油断なく黒騎士達を見つめていたラグロスが不快そうに眉を持ち上げた。


「話がある」

「……わーったよ」

「……私からもごめんね」

「悪気はないのは知ってる。……体が治ったのもアンタらのおかげなんだろ?」

「きっかけを与えただけだ」

「……ふーん」


 詳しくは語ろうとしない黒騎士と氷にラグロスが眉をひそめつつ、リットへ目配せする。

 人がいなくては駄目なのだろう。事実上の人払いをしろということだ。


「じゃあ、僕たちは先に行こうか。ラグロス、宿で待ってるよ」

「ああ」


 無言のアイコンタクトにリットが頷きを返し、一足先に転移装置の光に飲まれて帰っていく。彼に続いたドーレルとチリーがラグロスへ心配そうな視線を向けてきたが、さっさと行けと顎をしゃくることで一蹴する。


「……行かないのか」


 そうして残されたのは青髪の少女。彼女だけはラグロスの隣から一度も動こうとしなかった。


「また、帰ってこないつもり?」

「今度は何も知らねぇ。向こうさん次第だろ」

「じゃあ残る。──いい?」


 ルーツェが強い意志を秘めた瞳で黒騎士に訴える。

 しばらく無言になった彼は困ったように肩を竦め、助けを求めるように白衣の女性の方を振り返る。


「……そうね。むしろ丁度いいかもしれないから残って欲しいかな」


 欠片も陰りを見せず氷が微笑んで見せた。

 拒否されなかったことに安堵したルーツェが真横のラグロスにだけ聞こえる大きさで息を吐く。彼女なりの決意表明にラグロスも苦笑した。


 その苦笑は、彼女が残ってくれたことに安堵した自分へも向けられている。


「さて、我々の目的地はまだ先だ。もう少し同伴願おう」

「……どこへ行くんだよ」

「口頭で説明するのは難しい場所だ」

「そうかい」


 説明する気がないと分かればラグロスも再びだんまりを決め込んで、歩き出した黒騎士と氷の二人を追う。不安げにそのやりとりを見ていたルーツェもパタパタと速足で追いかけて来た。


「ルーツェ、だったか」

「……──うん」


 黒騎士がうろ覚えだと思わせる声で確認を取る。突然主題がこちらへ向いたことに戸惑いつつも、ルーツェが頷きを返した。


「……いいか、氷」

「仕方ないわ。私達がここまで来てる時点で剪定なんてレベルじゃなくなってるもの」

「了解した」


 傍を歩く氷に確認を取った黒騎士が重々しい兜を縦に一振り、了承を貰ってこちらへ向き直る。


「ラグロス、君には悪いことをした。その代わりと言ってはなんだが我々の目的を話そう」

「……」


 無視できない言葉にラグロスがある種拒絶のポーズでもあった腕組みを解く。

 話を聞く姿勢を作ってくれたことに満足したのか、やや饒舌に黒騎士が語り始めた。


「これから先の話だ。堕天使セレンは神の修練場、最奥部で眠る超高純度の魔力結晶──奴らが海神の涙と呼ぶものを手にするだろう」

「……それがあいつの目的だったからな」

「それを手にした結果はさておき、堕天使セレンの行動はもう監視されている。海神の涙を手に入れる前に天使の妨害を受けるだろう。秩序を守るためにな」


 踊り子たちが避けていた海底樹林へと歩を進める。先程までは感じなかった魔力の揺らぎが感じられる。恐らく迷宮生物がいるのだろう。いつの間に自分が魔力をここまで的確に知覚できるようになったかは無視して、ラグロスが大剣の柄を握る。


 彼は黒騎士の言葉に対して何も口にしない。だがあり得るだろうとは思っていた。どのようにしてその天使たちが最奥部にたどり着くかは知らないが、ラグロスが攫われた時点でこちらのことがバレているのは承知の上だ。


 天使だの堕天使だの眉唾な話が飛び交いだしたせいで、ラグロスの横にいるルーツェは目を白黒させている。彼が襲撃を警戒しているのにも気付いていなかった。


「どちらが正しいか、なんて善悪の物差しの話は置いておこう。私の目的は堕天使セレンが海神の涙を手に入れることによって起きる秩序の崩壊だ」

「それ、天使に与するっつってのと同じだろ?」

「違うな。正確にはその海神の涙がどのように消費されるかに焦点が当てられている。天使が恐れているのはそれが誰かの手によって消費されること。私達が恐れるのはそれが悪魔の手に渡ることだ」


 今のラグロスにその違いの差は分からなかった。だが、黒騎士が天使に与しているのではないと言いたいのは伝わった。


「だから聞きたい。君はどうしたい?」

「そんなの──決まってるさ」

「……それは、具体的にどういう意味だ? 彼女の目的だけを邪魔しないと言うのならこの町が無事では済まないのと等しいぞ」


 黒騎士の手に得物はなく、その隣を歩く氷もそれらしきものは見えなかった。

 だというのに、油断のない構えだとラグロスは何の根拠もなく思った。

 強いて言えば、この二人から漂う魔力の揺らぎが濃いと感じたぐらいか。自然体だと言うのに、思わず気が散ってしまいそうなほどの濃密さ。潜在的な力も含めればやはりこの二人は強いのだろう。


「──後で考えるさ。俺がやるのはあいつを縛ってるものを全部ぶった切ることだ。天使だろうが、悪魔だろうが知ったこっちゃねぇ」


 嘘偽りのないラグロスの素直な気持ちを言い切る。この答えは恐らく変わらないだろう。

 もっと単純に言うのなら惚れた弱みとも言うべきか。

 勿論、それを素直に口にするのも馬鹿らしいので、決意表明の意も兼ねて握りしめた大剣を抜き虚空へ振るう。


 風を切り、空気を裂いた鉄塊が途中でラグロスへ硬い手ごたえを返して何かにぶつかった。

 鉄塊に潰され金切り声を上げたのは魚人と呼ぶべき人型の異形──深海の暗殺者(ディープネイト)と呼ばれる探索者組合が公にしていない下層の迷宮生物。

 異形の体を守る青い鱗ごと砕かれ、体を陥没させた魚人は水かきのついた手足をびくりとさせると、魔石を残して霧散した。


「こんな面倒な奴が居るところに連れてきて何をしようってんだ?」

「この襲撃に他意はない。迷宮なのに迷宮生物がいない方がおかしいだろう?」

「ま、そりゃそうだ」

「手を貸してもいいが、これくらいは自分で退けてもらいたいものだ」

「……へいへい」


 再び迫る気配に前へ躍り出たラグロスが大剣を薙ぐ。蒼い樹海に紛れて迫りくる海の殺し屋は、鋭利な鱗の手刀を繰り出す前に鉄塊に潰され肉塊と化す。

 一見すると簡単そうに見えるが、余力のないチャージで限界まで大剣を振る速度を上げていた。接近前まで樹海に隠れ、そこから猛スピードで殺しに来る魚人に反応できるのはクロスレンジ一歩手前だ。手を抜くなんて一秒たりとも許されない。


「わたしも──」

「こいつはルーツェとは相性がわりぃ、やるってんならお魚の相手でも頼む」

「お魚……?」


 ラグロスが大剣を持たない親指を立てた左拳で後ろを示す。

 示す先を振り返れば、何やら家屋一つ分の岩を兜みたいに被った蛸がいた。

 脚と口元をだけを外に晒しさわさわと歩いてくる様は海辺のヤドカリを連想させる。

 あれくらい小さくて可愛ければルーツェの顔もほころんだに違いないが、あれはサイズ感が違いすぎる。


「……おさ、かな?」

岩兜蛸(ロックウォーリアー)ね……。手伝いましょうか?」

「……いい。これはわたしに頼まれたことだから」


 どう見ても魚に分類していいか怪しい気がする。

 一瞬思考が止まった彼女の横から氷が提案してきたが、手で制して首を横に振った。

 彼が力を借りないと言うのだ。後を追うのならこれくらい一人で乗り越えなくてはならない。


 決意を固めたルーツェが、思考を切り替える。ラグロスみたいな突出した個の馬鹿力はルーツェにない。けれど、彼女は代わりに個で集団の力を再現できる。


「“ミラージュ”、“アイスエッジ”」


 氷の刃を手にしたルーツェが増える。ガラス細工みたいに透き通る水の世界、青く茂るを文字通り体現した蒼々とした樹海、その中で青髪がたなびく。戦地とは言え彼女の姿は実に映えていた。


 疑似的なツーマンセルを作り出した彼女は岩蛸へ突撃。

 無策に見えて、攻撃を通さない幻影を先行させている彼女に油断はない。


 敵の接近に岩蛸は八本の足をぎゅっと縮めると、鞭のように伸ばしてきた。

 迫りくる八本の鞭の内一本を幻影に斬らせる。身が締まっているのか、筋肉が発達しているのか氷の刃は蛸の足を切断するには至らず、浅く切り傷を残すだけだった。


 その後三本の足に幻影を滅多打ちにされる。一種の魔力体に過ぎぬ幻影はその攻撃で海に溶けて消えていった。

 その光景を減速する視界に収めたルーツェは残りの攻撃を回避すべく──前進した。

 後退などあり得ない。遠距離手段を持たぬルーツェが下がった所でアウトレンジから嬲られるだけ。それを許されるのはチリー(後衛)がいるときである。


「“ミラージュ”」


 再び幻影を生み出し、二手に分かれる。

 しかし、五本の鞭は余すことなく本体を狙ってきた。ラグロスが強く認識できるほどの魔力量を持つ迷宮生物。それ即ち敵方もある程度魔力を知覚できると言うことだ。

 所詮は魔力の粘土人形とも呼ぶべき幻影など、ここでは初見殺しに過ぎない。


「──」


 それでもルーツェは平静を崩さない。巧みで柔らかな体を生かして矢の如く伸びた鞭を半身で避け、地に伏せ、跳躍し、落下する体を伸ばしに伸ばして地に刺したアイスエッジで滞空する。


「“アイスエッジ”」


 地面を薙ぎ払った五本目の鞭によって氷の刃がへし折られたのを作り直し、ルーツェが今度こそ岩蛸の元へと迫る。

 だが、そこへ襲い掛かるのが第二派だ。下層の迷宮生物は馬鹿じゃない。八本の鞭による連続攻撃が駄目ならば、その全てを使い一斉攻撃を仕掛けてくる。


「──ッ!」


 いくら身のこなしが良いからと言って、面に近い攻撃など避けられるはずもなく。

 致命傷だけは避けるべく突き刺しに来た鞭を避け、薙ぎ払ってくるものにぶつかることで打撲だけで後方へと吹き飛ばされた。

 地面を転がりながらも受け身を取り、素早く態勢を整えたルーツェが最初の距離にまで戻されながらも岩蛸を睨む。


 強い。それはルーツェの確かな感想だ。タイマンであれば今のルーツェが中層以下の迷宮生物に負けることはない。神の悪意や門番は勿論除くが、目の前の岩蛸はそれらに分類される類ではなさそうだ。

 ならば、勝たなければ。さらに言えば当たり前に殺れねばならない。


 ここは迷宮だ。何度も遭遇する機会のある戦闘だ。当たり前に繰り返される日常だ。

 たかが一体に手こずってなどいられない。

 ちらりと後方を窺えば大剣を振り回すラグロスの姿と彼の周りで散らばる魔石の数々が見えた。ルーツェよりも速く、ルーツェでは刃が通せない鱗の魚人。

 相手できないのは百も承知。だからこそ、目の前の図体がでかいだけの蛸ごときに負けてはいられない。


 岩蛸もまた八本の足をゆらゆらと彷徨わせいつでもルーツェへ攻撃でも迎撃でも出来る構えを取っている。こちらに弓を構えている様はルーツェの頬を緩ませる。


 ──なんて馬鹿なのだろうか、と。


「──“アイスエッジ”」


 幻影を見破る慧眼は素直に認めつつ、だからこそ無視してしまった愚かさを嘲笑し、スキルを口にする。その言葉には初見殺しに頼ったことへの後悔も少しだけ滲んでいた。


 二手に分かれた片割れの幻影。相手にされなかった彼女が岩の兜に突き刺していた実体無き短剣から氷の刃が伸び、岩蛸の脳天を確かに貫いて、大きな体躯を拳大の無色魔石へと姿を変えた。

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