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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
下層:諸刃の剣士は迷宮征きし黒翼を追う
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真実の濁流

 下層での貴重な話が聞けそうな相手が見つかり、リットたちは飛びつくように黒騎士と白衣の女性のコンビに合流する。両者とも探索者だと簡単な自己紹介を終えたところで、リットがラグロスの不審な様子に気付いた。


「どうしたのさラグロス」

「なんでもねぇよ」


 黒騎士達から距離を取り、臨戦態勢とはいかずとも警戒していることが丸わかりの目つきと力み具合。ぴんと張った糸みたいな緊張具合にはみているこちらが力んでしまいそうだ。

 下手に向こうの不興を買われても困るリットとしてはやめて欲しいのだが、今接触した二人は彼がここまでする相手であることも示している。


「……お二人はラグロスと知り合いなんですか」

「……」

「──うん、そうだね。彼があんな風なのもこっちが悪いの、気にしないであげて」

「……はぁ」


 気まずげに目を逸らす黒騎士と、申し訳なさそうに苦く微笑んだ女性。ラグロスも含め三人の煮え切らぬ態度にリットは間の抜けた返事しか返せなかった。

 彼らがいつ、どこで会ったのかは不明だが決して仲が良さそうでもないことだけを頭に入れ、リットは話を進めることに決めた。


「先程中層を抜けたところでここについては何も知らないのですが、転移装置の場所などは知っていますか? 出来れば教えていただけるとありがたいんですけど」

「……んー。ここはちょっと毛色が違うんだよね。正確には()()()()()()()()、かな」

「それ、どういうことなんですか?」


 気まずい雰囲気のため、接着剤でくっつけられていたみたいに口を閉じていたチリーがついに耐えきれず口を挟む。先程までは好奇と興奮で輝いていた瞳も今は大人しい漆黒を取り戻していた。


「長い話になるし、歩きながら話そっか。──いい?」

「……構わない。どこまで連れていく気だ?」

「んー」


 ぱんと手を叩いた女性が傍で佇む黒騎士に是非を尋ねると、寡黙な黒騎士は何やら含みのある質問を彼女に投げ返した。

 後ろで束ねた亜麻色の髪と一緒に首を傾げた女性は、悩まし気に口元に指をあてている。

 その仕草は子供っぽくて、白衣の似合う大人な女性とはかけ離れた仕草だった。


「……なんかいいなぁ、あーいうの。ルーツェもそう思わない?」


 チリーがルーツェに小声で聞く。白衣越しでも分かる凹凸のある引き締まった体は女性が思い描く理想に近い。なおかつ、探索者として戦える人間であることは、下層なんて場所にいる時点で裏付けも取れている。なのに、肌も白磁を思わせる綺麗さを保っているのだ。

 体つきに関しては慎ましい二人にとって喉から手が出るほど欲しいスタイルだった。

 何故欲しいかについてはともかく、ルーツェもこくこくと頷くほかない。


「大人になったら成れるのかな」

「でも、あたしたちもう身長伸びてないよ。ルーツェはまだいいけど、あたしはもう少し欲しかったなぁ──」


 チリーが両の拳を頭の上に重ねて置く。それでようやく拳のてっぺんとルーツェの頭が同じ高さに達するのだ。視覚で分かる身長の格差によよよと彼女がウソ泣きを零す。


「余裕があったら聞いてみる?」

「だね!!」


 降ってわいた幸運を逃すわけにはいかない。共通認識を改めた二人は固い握手をしてからリットたちを追っていった。


「置いて行かれますよ」

「あー……悪いけど、ちょっとほっといてくれると助かる」

「何か事情がおありですね」

「……二度とごめんなんでね」


 心を許して成るものかとラグロスが固い決意を胸に、談笑している女性──以前は氷と呼んでと言われた──者とリットに油断のない目を向け続けていた。

 頑なに事情すら話そうとしないラグロスにため息一つ、まだまだ頑固な子供だとドーレルはシーフィルにいるであろう家族の様子を思い浮かべていた。



 *


「迷宮が人の手で作られた。ですか……」

「下層に行ったって組合に報告したら教えられることだよ」


 氷と名乗った女性がリットに話してくれた内容はどれも驚きと情報量に溢れたものだった。

 迷宮関係の研究者だと自称した氷は、神の迷宮と呼ばれるものが人の手によって作られたものだと突然言い出した。

 確かに、その噂自体リットも耳にしたことはあった。だが、そんなもの与太話だと笑い飛ばしていた。


 だが、仮説を裏付けるいくつもの話が彼の常識を壊していた。


 曰く、


「神の迷宮はそれ以外の迷宮の魔力を吸いつくすために作られた──環境を荒らす外来生物みたいなものなの。昔の魔力さえない人間じゃ、いきなりにょきっと生えて来た迷宮の迷宮暴走(スタンピード)なんて止められなかったからね~。一か所に集めちゃえって感じよ」


 曰く、


「あとは、魔力のない人間に魔力濃度の高い場所で訓練してもらって魔力に対する適正を上げる──人道から離れた言い方をすれば人間の品種改良も目的の一つね」


 曰く、


神の修練場(ここ)とか露骨でしょ? 指定の熟練度に達した探索者に魔力操作の模倣データを脳へ叩き込むなんて、ほんと尖ったシステムだもの」


 曰く、


「神の迷宮が活動を始めれば周囲の迷宮とその付近の魔力を活動エネルギーとして根こそぎ持っていくの。多分、魔力だけじゃなくてその土地の栄養なんかも引きずられたり、魔力で動いていた龍脈なんかが非活性になるから農耕地帯は巻き添えを食らっているでしょうね」


 滝の如き勢いで落ちて来た真実と言う名の水が行き場を求めて流れていく。その濁流にのまれたリットは積み重ねられていく水の重みに次第と頭をやられていた。

 与太話にしては理屈が通り過ぎている。否定するための合理的な根拠がない。肯定しようとすればいくらでも根拠、もしくは心当たりくらいなら出てきてしまう。


 そして、一つが正しいならどれも辻褄が合ってしまう。裏を返せば一つも心当たりがないなら失笑で済ませられただろう。

 だが、リットには出来なかった。


 つい最近臨時で組んだ仲間(セレン)が教えてくれたではないか。

 スキルは魔力の使い方のテンプレートに過ぎず、今リットたちが使っている発展形は自ずから魔力を操作して出来ていることだと。


 目の前で机をひっくり返されたようだ。濁流に耐えられず転覆した船とも言えようか。

 何もかもが裏返り、目の前に並べられた料理(常識)が散らばり元の形を失う。

 心が理解を拒んでいるが、脳は理路整然とした話に納得と理解を返している。


「今すべてを理解する必要はないぞ」

「……こんな話聞かせておいて言うことですか」

「彼といるならば知っておくべきことだろう」

「……」


 ずっと黙っていた黒騎士がリットの様子を見かねて心配そうな声色で言う。

 ついムカッとして皮肉交じりに還した言葉はまた新たな謎を含んだ言葉によって封殺された。


(ラグロスは何と関わってるんだよ……)


 恐らくセレン絡み。それはリットにも分かっている。問題はそのセレンという人物が抱えている諸々の事情だ。

 無視できない単語が多すぎて頭が疲れて来た彼は頭を俯け、自身のこめかみ手で押さえた。

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