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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
下層:諸刃の剣士は迷宮征きし黒翼を追う
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泡のように弾けて

 ぽこぽこ、ぽこぽこ。

 泡が登ってはゆるりと命を散らすみたいに弾ける小さな音。海面を目指し、道半ばで途絶えるか表に出たところで空気が弾けて散りゆくだけの儚い命。


 今しがたの自分もそうだったはずだと、ラグロスは朧気ながらも辛うじて起きている意識で泡の命を感じ取っていた。


 ぽこぽこ、ぽこぽこ。

 どこからその音が出ているのかは分からないがかなり間近にあるらしく、時々泡が彼の肌を撫でて肌伝いに海面を目指そうと登ってはいくつかの泡がはじけて消えている。


 鼻周りがくすぐったい。知人曰く足湯というのはこういうものらしい。足を浸したときに集まって来る小魚が肌の老廃物を食べるのだが、足回りに群がられてちくちくと突かれる感触が肌を撫でる泡の感触に近いのだとか。

 それ即ち、少なくともラグロスの鼻が水に浸されている状態を示してしまうのだが水に沈んだ状態など息が出来るはずもなくこんな穏やかに微睡んでいる暇などないはずだ。


 だが、その矛盾が彼に一瞬瞼を開かせた。その動きは無意識で白目を開けるのと同じく視界が晴れたわけではない。瞬きを一回して再び微睡みに付く。


「──て」


 ペち、と頬を叩かれる。せっかく微睡んでいたのに何をするんだと小さな苛立ちを募らせる。しかしまだ眠気が勝っている。体も重いし起きようとは思えない。急ぐ用事もないのだからもう少し寝ていたっていいだろうとまた眠気に身をゆだねる。

 本能的に休眠を体が欲しているので、無意識の睡魔に彼は抗えなかった。


「──ス、──てっ」


 ぺちぺち、と二回頬を叩かれた。

 小さな刺激とは言えきちんと現実にある刺激を与えられ、まだ自分がきちんと現実に生きていることを嫌でも意識させられる。だが、海面を目指す泡みたいに起床に至らず、道半ばで弾けて消えるラグロスの意識は確実に現実へと向かっていた。


 覚醒の海面へ近づくにつれ彼の頭をよぎる先程の記憶。

 暗雲の巨人と繰り広げた大味な戦い。武器を交わらせる必要もないせいでお互いにボディブローを決めて瀕死になっていたノーガードバトル。


(なんで生きてんだ?)


 間違いなく生きれるような傷ではなかったはず。反撃できたのだって奇跡みたいなものだし、あまりにも朧気な意識が先程反撃したことを夢だと片付けようとしてしまっている。


「ラグロス! 起きて!」


 べちん! と一際強く叩かれた。重症者といえどそんな刺激をされては嫌でも目を覚ましてしまう。強力な海流に流され覚醒と言う名の海面へ打ち上げられた(ラグロス)はぱちんと弾けるように目を覚ました。


「……ぅぅん?」


 くぐもったうめき声を開けながら目を開ける。

 一番に視界に入ったのは心配そうにこちらを覗き込んでくるルーツェの顔だった。

 視界の端では何やら変な草みたいなものが揺蕩っている。見間違えじゃなければ海藻ではないだろうか。


「大丈夫!?」

「あわがが、だ、大丈夫だかららら──落ち着けルーツェ」


 がくがくと肩を掴まれ揺らされる。寝起きで頭を揺らされると脳がボールみたいに音を立てて転がっていきそうだった。逆に意識が飛んでしまいそうなのでルーツェの肩を掴んで何とか抑え込む。


「──いっ!?」


 肩を掴んだ拍子にじんと痛みが駆け抜けていく。先程の雷撃みたく腕から頭にまで登った痛みについ手を放してしまう。いつぞやの悪魔と交わした暴力的スキル使用の反動を彷彿(ほうふつ)とさせる痛みだった。


「じっとしてくださいラグロス君。まだ治療中ですから」


 頭の上から降りかかって来た声に顔を上げると、槍を地面に立てて青い霧を足元から生み出すドーレルの姿が。霧はラグロスの付近にも集まっていて彼の体に纏わりついている。先程肌を撫でていた物の正体がようやく判明した。


「ドーさん」

「ルーツェさんもあまり彼を動かさないように。生きているのが不思議なくらいですから」

「……はい」

「無事を喜んでいるのは私も一緒です。──どうですかラグロス君、体の調子は」


 そう尋ねられてラグロスは先程までの記憶を思い出す。

 暗雲の蛇ではなく暗雲の巨人と化していた中層門番(クラウディア)と戦い、反撃をぶちかましてやった瞬間に意識が途絶えたことを。


「──そうだ! クラウディアは!?」

「もう倒しましたよ。ほとんどラグロス君のおかげですけれど」

「……覚えてないの? ラグロスが吹き飛ばしてまた粉々になったの」

「……いや、大剣を振ったことしか覚えてねぇんだ」

「そう」


 小さく頷きを返したルーツェが彼の意識が途絶えた後のことを話してくれた。

 再び体を散らして地面に散らばったクラウディアをまたルーツェとチリー、さらにはリットやドーレルも加わり総力戦で数を減らし、最終的には人間と変わらぬ大きさになった暗雲の槌使いとの戦い。

 散らばったままの魔石を使って電流の網を張り巡らせて来たり、意図的に雷撃を落としてつらら石を落として攻撃してきたこと。

 ルーツェを中心に攻撃をしかけ、最終的にはチリーの連鎖爆破(チェーンボム)で暗雲の体を散らして残りを片付けたこと。

 最後の方は人型すら作れなかったようだが、電撃を発しながら逃げ回る残り数体にてこずったことなども聞かされた。


「へー」

「へー、じゃない。ラグロスなんか焦げ臭かったよ? ──死んだかと思った」

「……すまん」


 心の底からの喜びと悲しみの両方が込められた声を聞かされ、ラグロスがたじろぐ。

 ここまで迷惑をかけてしまったことに遅れて恥じる思いがやって来た。


「あの時のルーツェさんは凄まじかったですねぇ。十人くらいに分身してた時は私もちょっと度肝を抜かれました」

「は──十人?」

「ちょっと、言わないでって言ったのに」

「いいえ、だめですよ。先に起きたとはいえルーツェさんも治療対象でしたから」


 と、無視できない発言を聞かされる。

 ルーツェの分身(ミラージュ)はそこそこに頭を使うスキルだと聞いている。

 普段は全力でも四人までしかださないのに、その二倍より多い。

 ラグロスは知らないが、四人だってかなりの無理を通している。実質的に頭を四分割しているに等しい行動だ。それが十人など下手すれば脳が焼き切れる活動量と言っても過言ではない。

 人のことなど言えないではないか。


「……何してるんだよ」

「こっちの台詞」

「いーや、俺はそれなりに頑丈だから良いんだよ」

「わたしだって慣れっこだもん」

「いつも十人もださねーだろ」

「ちょっと手抜いてるだけ。余力大事だから」

「二倍の差が手抜いてるなんて話にならねぇだろ」

「でもわたしの方が先に起きたもん。ラグロス寝すぎでしょ」


 子供っぽい口調が混ざるルーツェにラグロスが大人気なく問い詰める。

 年齢的には大差ないと言えど、身長だけ見れば頭一つ分以上の身長差がある。さながら兄妹喧嘩にしか見えず、最初は眉をひそめていたドーレルも途中から微笑み始めて静観に努めている。


「そりゃあ体力が減ったら人間だれしも寝るだろ。寝たら回復するんだからいいさ」

「うそ、どうせ前みたいに死にかけだったんでしょ」

「生きてるからいいだろ。あと頑丈だし。庇ってやっただろ?」

「わたしなら避けれたもん」

「強がんな。素直に感謝しとけ」

「自己満足」

「うぐ」


 そう言われてはあまり否定できない。確かにあの状況はラグロスは装備の都合上方向転換は厳しく回避は間に合わなかったが、ルーツェなら話は別だ。もとより装備の重さなど雲泥の差。突き飛ばさずとも回避できた可能性は十分にあっただろう。


「──ふふ」

「……なんだよ」

「ううん──何も。ごめん、ほんとはたすかった。ありがとう」

「──……初めからそう言えばいいだろ」


 にこっと笑いながらあどけなさの残る声でルーツェに言われてしまえば、ラグロスは直視なんて出来ようもなくてつい顔を逸らし口を尖らせてしまう。

 するとまたルーツェはころころと笑う。


 チリーが鈴のような騒がしく軽やかな高い笑い声だとするなら、ルーツェは風鈴のような涼やかで凛と響く耳に優しい声だ。

 小さくて聞き逃してしまいそうになるが、間近ならば一言一句しっかり聞き取れる。

 喉元にかかる息が余計に質が悪く艶めかしく感じてしまう。それがラグロスに直視を避けさせ、ついにはくるりと体を反転させ目を閉じてしまった。回り込みすら辞さない構えだ。


「お話は済みましたか?」

「……多分?」

「あー済んだ済んだ。で、リットたちはどこ行ったんだ?」

「周辺の探索に出ています。下層から中層の時のように出てすぐ転移装置があると思ったんですが、それが見当たらず……二人でも危険にならない程度に探索中です」


 下層についての資料は組合でもあまり公開されていない。比較的優秀なスキルを持つ探索者たちが先んじて下層を攻略しているが、攻略完了の知らせもあるのかも分からないし下層の先への在りかすら判明していない。

 もしかすれば組合が隠しているのかもしれないが、一介の探索者である風の踊り子たちはそれ以上の情報を持っていなかった。


「そうかい。じゃあ大人しく待つことにするさ。……どうせ動けねぇし」

「正直起き上がれる方が驚きですよ。あれを食らって生きているなんて──人間やめました?」

「……ドーさんって時々平気で言うよね」

「一種のコミュニケーションです。時には冗談を交えるのも一興なんですよ」

「ああ、そう」


 毅然とした態度で言い切られてしまえばラグロスは何も言えない。

 理解はし難いが仮にも家庭持ちだし長く生きているし、含蓄があるのだろうと彼はそこで思考を停止する。

 そんな彼の横ではルーツェが多分違うぞとふるふる首を横に振っていた。


「……待った方がいいと言いましたが、前言撤回です」

「……ん?」

「リット君達が帰って来ました」


 その言葉にラグロスは頬を一発叩き、未だ未知に溢れる下層への探索行に備えて頭を起こすことに専念した。


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