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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
下層:諸刃の剣士は迷宮征きし黒翼を追う
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肉を焦がして雲を断つ

「────」


 ラグロスがまさしく単刀直入と言わんばかりに馬鹿みたいに突貫して一刀で切り伏せるものだから後ろで唖然とする者達がいる中、青髪の束がゆらりと彼らの前を横切っていく。


(クラウディアは群体。勝利条件は全個体の撃破。さっきの状態じゃ手を出せないけど……今なら──)


 雷雲の巨人と言うべきクラウディアの新なる姿を一撃で切り伏せたラグロスには大層驚いたが、この戦いは長期戦でかつ群体が最も能力を発揮する初期の段階でどれだけ相手の数を減らせるかが勝利の鍵である。


「“アイスエッジ”!」


 迅速かつ確実に数を減らすため、ルーツェが短剣を氷剣へと変化させ散り散りになったクラウディアへと斬りかかる。

 所詮は雲に過ぎない体が氷剣から身を守れるはずもなく、あっさりと刃を通し魔石へと到達させてしまう。


「“ミラージュ”、次」


 そして、蜃気楼のような幻のルーツェが現れて二人の少女が次なる得物へ氷剣を刺しにかかる。

 追撃を付与できる“ファントム”は現状では過剰火力。ルーツェのスキル数は踊り子の中で最も多いが、魔力量に関してはパーティの中で最小だ。乱用は出来ず節約できるところは節約しなければならない。

 つまり、長期戦とは最も不向きな戦闘スタイルなのだ。だからルーツェは惜しまない所では全力を出す。


「“ミラージュ”、“ミラージュ”」


 計四人の青髪少女がつららの破片が散らばる鍾乳洞で氷の舞を披露し始める。

 氷の軌跡が一つ走る度魔石の砕ける音も追随し、彼女の舞に音を与える。

 本来の踊り子のようにひらひらとした服装を彼女は身に着けていない。


 出来るだけの防御力を得るため迷宮生物製の服を着て、その上から要所を守る防具を付けているだけの簡易的な装備。

 出来る限り速度を失わないことを重視した氷の舞手は実に地味な格好だ。


 その代わりと言わんばかりに鍾乳洞の中を氷の軌跡を残し駆け巡り、小さな花火が如く目の前の群体の魔石をパリンと硬質な音で散らせて回る。


「“シルフィード”」

「ブーストエリア”」


 彼女の独壇場を創り上げているのは踊り子の頭目が用意した追い風の領域だ。

 本質は重力緩和領域。ルーツェの体を軽くさせより立体的な動きを可能にするスキルだ。


 その裏で重力が減った分の火力を補うのが足元を漂う赤い霧である。

 霧は鍾乳洞全体に行き渡り、踊り子たちの魔力を増幅させる。その証拠にルーツェが持つ氷剣の刃がいつの間にか伸びていた。


 追い風を得たルーツェはもう止まらない。氷の刃から逃れようとようやく動き始めた子雲たちが宙へ逃げていくのを容赦なく氷剣で切り伏せ、魔石の欠片を地に叩き落とす。

 その様はまるで水晶の雨だ。


「ルーツェ! いったん退け!」


 口数こそ少ないが、自然と体がハイテンションになっていたルーツェへ冷や水みたいな声が彼女の体を縫い留める。

 いくら信頼を置いている人間でも多少の苛立ちを覚えてしまうが、一度頭を落ち着かせてみればその理由はすぐに分かった。


 暗雲たちが雷気を帯び始め、周囲で電流が迸り始めた。癇癪を起している子供みたいな荒ぶりようだが、触れてしまえば感電死もあり得るので笑えない。

 資料でも知っている明らかな攻撃の兆候だ。


「……ごめん」


 調子に乗っていたことを恥じつつ分身を消したルーツェが暗雲の少ない場所へと下がっていく。

 彼女の撤退からすぐに暗雲同士が線を結ぶみたいに電流を走らせ始めた。攻撃範囲は非常に分かりやすく暗雲と暗雲の間に居なければいいだけなので、数さえ減らしてしまえばこちらのもの。


 幾重にも重なりあう電流はまるで魔道具になる魔石に刻まれた魔力回路のようだ。

 一介の職人が見れば設計図としてのインスピレーションを得られるかもしれない。死に瀕してまで見るものでもないだろうが。


「チリー!」


 前衛が下がり、今度は後衛陣が働く番が回って来る。

 電流を発している間雲達は大きく動かない。数を減らせていないと避けようもない雷の網に囚われ、囲まれ肉を焼かれ死に絶えかねないが安全圏に入ってしまえばこちらのものだ。


「うん! クイックバレット!」


 連鎖もさせないシンプルな魔弾をいくつも生み出し、次々に発射する。

 手当たり次第に暗雲の数を減らすべく発射された魔弾は守りが弱い雲達の魔石を砕いていった。


 怒りの反撃とばかりに雷を散らしていた暗雲たちは、攻撃を受けたことに驚くみたいにぴったりと雷撃をやめて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 仮にも門番なのでこの光景自体はあまりの情けなさに拍子抜けしてしまいそうだが、ここで手を抜くわけにはいかない。


「逃がすかよ!」

「仕留める!」


 ラグロスとルーツェが追い打ちをかけるべく飛び出していく。

 だが、仮にも門番。それに──手負いの獣は何とやらとも言う。

 逃げるだけでは彼らも終わらなかった。


 逃げていった雲達が再び集結。羊同士がもこもことくっ付いていくような奇妙な光景の後に、最初に現れた暗雲の巨人がまた雷槌を持って二人に反撃を仕掛ける。


「やっべ──」


 巨人の体躯は五メートル長から三メートル弱と約半分程にまで収縮していた。

 が、その分だけ動きは機敏になり回避が間に合わない程の速度。仮にラグロスの主観的な話をするならば、雷槌が降りかかる様はまさに稲妻の如き勢いだった。


「──きゃっ!?」


 出来ることは少ない。考えを巡らせる暇もなくラグロスは肩でルーツェを突き飛ばす。

 このままいけばルーツェは助かり、ラグロスは雷槌によって潰され焼かれる。こんがり焼けたラグロスの完成だ。無論彼だってむざむざ死んでやるつもりは毛頭ない。


「“チャージ”!!」


 最近はやっていなかった限界を超えにいくオーバーチャージ。彼が試みるのは体を可能な限り魔力で強化して何とか生存することだ。

 さっきは感じなかった風船がパンパンに膨らみ今にも破裂しそうなツッパリ感。体中の筋繊維が負荷に耐え兼ね千切れる音を耳ではなく骨で感じ取る。

 全て弾けてしまえばどうなるのだろうと考える余裕すら今の彼には残されていない。


 眼前にまで迫っている雷槌に武器が焼かれないよう、地面に大剣も投げ捨て雷撃に身を晒した。


 体を通過する雷槌。それは稲妻と同じく音が聞こえた頃には終わっている話でありながら、体で受けたラグロスにとっては永遠にも感じられる一瞬だった。


 びり、とラグロスが電撃を感じた瞬間には耳が轟音で潰れた。すぐ隣で花火が弾けたようだ。遠くで見る分でも見た目は綺麗だが遅れてくる音がうるさいと感じるのに真横なんて耐えられるはずもない。


 鼓膜が破けたのかきーんと耳鳴りだけが彼の耳で悲鳴みたいにこだましている。この耳鳴りも果たして音なのかすら分からない。分かるのは聴覚が潰れたことだけ。


 ばり、と肌で弾ける感触の後肉が焼ける匂いと共に全身を痛覚が駆け巡った。

 否、巡ったというよりかは全身が痛みを発している。まるで鉄板の上に括りつけられてるみたいにどこもかしこも火傷を負い、肉がただれてもなお焼かれる感触。

 熱いから身を離したいのに熱した鉄棒を押し付けられている状態だ。

 もう焦げるからやめてくれと訴える口すら真面に形を保っていないとすら思える痛みだった。


 それらは全て危険信号として脳へフィードバックされ、ラグロスにすぐさま撤退ないしこの痛みからの脱却を指示する。生存を求める本能的思考だ。

 だが、これだけの電流を浴びてしまえばそもそも筋肉が収縮し動きを止めてしまっている。

 びくびくと辛うじて痙攣しているぐらいの動きが出来る──勝手にしている状態だ。


 その知覚が出来るだけ心臓がまだ生きている証拠なのかもしれないが、彼にそれを思考する余裕はない。

 分かるのは押し付けられていた高熱の鉄棒が離されたことと、目は見えることと、すぐ足元に大剣があること。


 そして体は動くことだ。

 何が出来るだろうか。何をするべきだろうか。


 分からない。分からない──が、とりあえず目の前の奴をぶっ飛ばすことだけならまだ体はやれると言っている。だから、認識が追い付くよりも先に彼の体が動き出す。


 上手く投げ捨てれなかったらしい大剣を反射的にひっつかむ。

 手にした瞬間恐らく皮膚がただれて筋肉がむき出しになっている手の平が強烈な痛みを訴える。


 だが、ラグロスの脳はあまりの情報量にパンクしていてその伝達が追い付いていない。

 一瞬腕が痙攣するのみで彼に大剣を手にすることを一時的に許した。恐らく数瞬経てば彼は痛みで悶え苦しみ動くことすら敵わず、まず生きているかどうかも怪しいだろう。

 しかし、この一瞬だけ動けるという事実が今を動く理由だ。


 攻撃を受ける寸前で魔力を蓄えたおかげで攻撃用に貯める必要はもうない。

 後はすぐ目の前で雷槌を振り切って間抜けな姿を晒している巨人へ大剣を薙いでやるだけでだ。


 奇しくも彼の座右の銘である肉を切らせて骨を断つが成り立つこの状況。

 肉に限って言えば斬られるどころか焼かれて原型すら保てていない気がするが、彼の頑丈な肉体とそれを支えるキャパオーバーの魔力がカウンターくらいはと許してくれたようだ。


 そして、彼の脳も今全身を襲う痛みを一瞬だけ忘れて彼の目的を実行すべく体へ信号を送る。痛い痛いと泣き叫ぶ子供の癇癪(本能)を無視してラグロスが大剣を今一度強く握りしめ、彼の意識の中では緩慢な一回転──追い風領域下で周囲からは瞬く間に終えた──それから一度目よりも強力な反動を顧みぬ一撃を振るって見せた。


 巨人に抗おうと只の人間が振るった一閃は雲の中に埋もれた魔石を砕き暗雲の体を吹き飛ばすだけに終わった。所詮は雲の体であり、脆さは随一だ。蒲公英(たんぽぽ)のたねが風に乗って流れることに驚く者が少ないのと同じこと。

 だが、彼の一閃の威力はその後の衝撃が物語ってくれている。


 所詮は人間から見た大剣では暗雲に隠された魔石の核たちをすべて砕くことは出来ない。

 だが、暴虐的ともいえる剣圧が大剣がなぞった軌跡の周囲の核すらも粉々にしてみせたのだ。


 雲の体など当然軽く吹き飛び、その勢いは巨人の背後を突き進み散らばっていたつらら石の破片を砂嵐が如く巻き上げ吹き飛ばす。

 ついには鍾乳洞全体を揺らし、更なるつららの雨を広間に降りそそがせた。


 衝撃をぶつけられた壁は砕け穴を作り、轟音が洞窟の奥にまで走っていく。同時に崩落が発生し、穴など最初からなかったと言わんばかりに瓦礫が空洞を埋め立てていった。

 その惨状を目にすれば誰もが乾いた笑みを浮かべる他ないだろう。


 広間全体が崩落しないだけさすが神の迷宮だと反射的な称賛を送りかねない。

 もし仮に神がいるのだとしたら、この惨状を見て愉快に笑っているのかもしれない。

 仮にラグロスが意見するのならこんな巨人を作った方が悪いと一蹴するに違いない。



 とはいえ、当の本人は大剣を振り切った瞬間から意識など飛んでいるのでそんなくだらない考えは意味のない物に格下げされている。


 まとめるならば。


 彼の一撃は暗雲の巨人(クラウディア)に集約されていた魔石核の大半を、大剣の一振りで砕くという、人間からはるかに脱却した馬鹿げた功績を残していた。

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