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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
上層:天使との邂逅
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ルーン

「分かったでしょう? 私が貴方に求めているのは最短経路の案内。戦闘力に期待はしていないの」

「……みたいだな」

「お金が居るんでしょう? あれを拾ってくるだけなら待ってあげるわ」

「……助かる」


やや饒舌なセレン。

ラグロスの反応に、彼女もご満悦のようだった。


そんな彼女の様子を見ている暇は彼にはなく。

むしろ、自分との差を分かりやすく提示させられた気がして無力さに打ちひしがれていた。

しかし、分かり切った事実でもある。意味のない嘆きに時間を使っている暇もない。


人間でないのだから当然だとかぶりを振って雑念を振り切り、大量に落ちている魔石を背嚢から取り出した別の皮袋に放り込んでいった。


密集していたおかげで彼が魔石を集めるのにはさほど時間はかからなかった。

彼が魔石を拾い集めたのを確認し、セレンは先へと歩き出す。


「なぁ」

「何?」

「さっきのってスキルなのか?」

「違うわ」

「……そうだよな」


あっさりと否定したセレンにラグロスが安心したように頷く。

何に安心しているかは彼にも分からなかった。


「でも──」

「……?」

「そうね、スキルと本質は似ているかしら」

「どういうことだ?」


自分にもあんな力が使えればと思っていたラグロスが興味を惹かれ、ずいと彼女に詰め寄った。


「──。近いわ」

「……すまん」


彼が近づいてきたことにセレンが一瞬身を固くするも、すぐに冷たく言い放つ。

無意識の行動を謝罪したラグロスが元の距離に戻ったのを確認し、彼女が話し始める。


「私が使っているのはルーンよ。貴方、魔術って知ってる?」

「変な印を描いて魔法系のスキルを撃つ、奴?」

「その認識で構わないわ」


魔力を用いて超現象を引き起こす魔法と呼ばれるスキル。

しかし、魔術はスキルに頼るのでなく自身で魔術印と呼ばれるものを描いて似た現象を引き起こすものだ。


「その魔術っていうのは私たち天使が使う(ルーン)を真似て作られたのよ」

「ふぅん」


魔法の類に適性がないと言われていたラグロスにとって興味が失せる話だった。

途端に返事が雑になった彼へセレンが責めるような目を向けた。


「……貴方が聞いたのよ?」

「う……すまん」

「……はぁ。ともかく、魔力を使って似たようなことをしているのよ。……勿論ルーンの方が優れているけれど」

「なるほどな。天使の力ってやつか」

「そうよ。だから、邪魔なものは私に任せなさい。下手に怪我されても面倒よ」

「……わーったよ」


気を使われているのか分からないセレンの口振り。

だが、事実を口にしているのは変わりない。もとよりそのような協力関係だ。

だが、全く頼りにされていないと言うのはラグロスも思うところがある。


複雑な心境のまま、彼は蒼のアーチを進み始める彼女に追いかけた。



蒼のアーチが避けられる理由。

それはキラーフィッシュたちの群れが襲い掛かって来るというのは間違っていない。

だが、本質はそこではない。


襲撃が終わったキラーフィッシュたちは水流へと逃げる。

その際の彼らは非常に無防備だが、水流に逃してしまうと仲間を呼んで再び襲って来る。


基本的に迷宮内で数の暴力に襲われることは少ない。せいぜい二桁に届かない程度だ。

それもトラップに近いこの場所ではそのルールが無視される。


「……」

「何?」

「いや、すぐに倒せるならここが最短経路だって改めて思っただけだ」

「そう」


だが、奇襲を終えたキラーフィッシュたちを即座に殲滅できるなら話は別だ。

一回目は一本の水流から襲い掛かって来る。

二回目以降の襲撃は散り散りになったキラーフィッシュはいくつもの水流から襲い掛かって来る。


勿論、二回目が与えられなければ無意味だ。

セレンのルーンで出来た光の槍が一瞬で殲滅するお陰で必要最低限の戦闘で済んでいた。


それをラグロスは分かっているが、素直に褒めると自分の無力さが浮き彫りになる。そのせいで彼はぶっきらぼうな口調でしか話せなかった。


(あぁ、こんなんじゃだめだ。この関係のためにも愛想は良いほうがいい)


キラーフィッシュたちが落とした魔石はすべてラグロスが拾っている。

長い間魔石だけでパンパンにすることが出来なかった袋がもうはち切れそうなほど膨らんでいるのだ。

これを自分の報酬としてもらえるのに、世辞どころか事実を口にしないのは流石に違った。


「……あんたのルーン。すごいんだな」

「……今度は何よ」

「ほんとのことを言っただけだ」

「……そう」


今度は素直に褒めてくるラグロスに調子を崩され、セレンが怪訝な顔をする。

しかし、本心らしい彼の口振りに彼女もまた素直に頷いた。


急に出来た微妙な雰囲気のまま彼らは蒼のアーチを進む。

しかし、探索に支障はない。圧倒的なセレンの光の槍がキラーフィッシュたちを全て薙ぎ払う。


ついにはラグロスの袋がいっぱいになるほどの魔石が手に入っていた。

上層の迷宮生物であるため、手に入る魔石は小さい。単価も安いがこれだけあれば十分な稼ぎになる。


何度か分かれ道を進み、やがて水の架け橋が終わりを告げる。

空けた草地の広場に置かれた奇妙な機械がある場所へとたどり着いた。

その機械の周囲には探索者たちのパーティがいくつも見かけられる。


「ついたか……」

「これが転移装置?」

「ああ、せっかくだ。使ってみれば分かるさ」


ラグロスが機械の元に近づく。

円状の見慣れぬ金属製の床。角を縁取るように建てられた同じく金属製の四本の柱、それらが内側に湾曲して立っている。

その中央では等身大の光の球体が浮かんでいた。


「これに触れればシーフィルに戻れる」

「確かに、つながりのようなものを感じるけれど……」

「蒼のアーチを通ってる俺らは目を引く、さっさと来いよ」

「あ、ちょっと──」


蒼のアーチを潜り抜けて来た二人は周囲から奇異の目線が向けられていた。

疑いを隠せないセレンが光を注視する横で、周囲の目線を嫌ったラグロスがさっさと光に姿を消していく。


「……」

「ねぇ、君」


なまじ魔力をよく近くできる分、目の前にある高純度の魔力の光に入るのにセレンは躊躇があった。

まごつく彼女がどうしようかと突っ立っていると、後ろから声をかけられる。


「……?」

「君、踊り子のチャージ使いと居なかった?」


声をかけて来たのは周囲に居た探索者の一人だった。

装備を見るに真新しさはなく、新人ではなさそうだ。声をかけて来た男が言った言葉の意味をセレンは理解できなかった。しかし、誰かと居たというニュアンスからラグロスのことだと遅れて気付く。


「……ラグロスのことかしら?」

「うん、確かそんな名前。君、彼と蒼のアーチを抜けて来たの?」

「ええ……それが何?」


彼女の発言を聞いた周囲の探索者もにわかにざわつく。

二人で蒼のアーチを抜けた。その時点でその二人は十分な評価に値する。

そして、その片割れがチャージのスキルしか持たない大ぶりな攻撃に頼った探索者。


これらが意味するのは、もう一人がキラーフィッシュの多くを倒したということ。

つまり、探索者たちが注目した少女が並ならぬ戦闘力を持つ証でもあった。


「彼と組んでいるんだろ?」

「ええ、そうね」

「大して強くないのにか?」


ラグロスが以前居た風の踊り子は悪い意味で有名だ。

上層の探索者の中では特に。


それは弱いと思われているが故のこと。

セレンが彼と同行しているのは彼に強さを求めてのことではない。

的外れな問いに彼女が首を横に振る。


「別に、偶然よ」


彼女の偶然には色々な意味合いがあった。

天使だと知られていること。当面の隠れ先にちょうどいい場所を教えてもらったこと。ルーンで支配下に置いていること。現在は仲間が居ないので、案内人にもってこいなこと。


どれも強さには起因しない。

だが、男は()()ラグロスと出会っただけでパーティを組んだと勘違いした。


「なら、うちのパーティに来ないか? 丁度一人空いてるし、あいつと組むよりはいいと思う」

「おい! 抜け駆けはずるいぞ! オレの所はどうだ?」

「なら私も──!」


基本的にすでにパーティを組んでいる人を勧誘するのは探索者の中でマナー違反だ。

だが、二人はパーティであることを組合に書類として提出していない。所詮は口約束である。


そして、コンビの片割れがスキルを一つしか持っていないラグロスだった。

探索者たちはそんな奴と組むぐらいならとセレンを勧誘し始める。この場から彼がいなくなったことも大きかった。

一度火が付けばまわりも便乗するもので、次々セレンの元へと集まっていった。


「ちょっと──! ……もうっ!」


詰め寄って来る探索者達。ラグロスの警告を無視した自分が悪いと遅まきながら自覚する。

光の球体に対する疑念を振り払うのにはちょうど良かった。


フードを深く被りなおし、くるりと反転したセレンが意を決して光の球体に飛び込む。

光は彼女を飲み込むと、この場からその姿を消した。

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