ある組合員の挑発
その女性は探索者組合に所属する一人。
事務能力と戦闘能力両方を求められる組合員のハードルは高い。
それを満たした一人である彼女──ヤイアは今日も探索者たちの攻略を助けるサポート課で働いていた。
「遠距離攻撃が有効ってことっすか」
「はい。簡潔に申しますと、一体の迷宮生物ではなく、複数の迷宮生物からなる集合体です。それら一匹に大した戦闘能力はなく、威力も必要ありません」
組合指定の赤のベストと黒のタイトスカートの制服に身を包み、茶色のボブカットに組紐の髪飾りをつけた彼女が頷く。
彼女が今対応している探索者は、中層門番──クラウディアの対策を求めている者だ。
そもそも門番の元へ到達している探索者は少なく、情報が少ない。
組合から手に入る先人の経験のみが頼りになるのだ。
「ですから、近距離でしか戦えない人も、ちょっとした投擲物を持っておくだけで十分です」
「ふむ」
真面目な青年探索者がメモを取るのを横目に、ヤイアは机の上の資料を読み上げていた。
「しかし、核に命中させないと分体を倒すことは出来ません。用意するなら火の魔石を用いた爆弾などがおすすめです」
「となると……僕の所だとけっこうお金がかさみますかね……」
「こればかりは仕方ないです。ですが、下層に行けば組合でも不足しがちな貴重な採取物も多く回収は簡単ですから」
「そうですか……」
青年の持つ手帳らしきものには、なにやら数字がいくつか並んでいる。
恐らく予算や消費を考えているのだろう。
「後は電撃対策でしょうか。ゴム製の防具でもいいですが、余裕があるなら魔力防護のある護符がいいかと思われます」
「……うーん」
紙面上の数字が増える。
それに伴って、青年の額のしわも増えた。
彼を見ながらヤイアは内心ため息を吐く。
(無理してやらかされると私の実績に響くのよねぇ……)
サポート課の二種の形態──専属と臨時。
その名の通りの意味合いを持ち、現在は臨時の対応だ。
臨時はあまりいいパーティと当たることは少ない。そもそも目の前の問題以外にも何かを抱えていることは多い。臨時で突然助けを乞う時点で追い込まれているからである。
しかし、対応後に何か被害を負えばしっかり業績に響いてしまう。
百害あって一利なし。とまではいかないが、リスクの方が高いのだ。
一応専属のパーティを持っているのに仕事を回されることに不満だった。
(その専属もやらかしたし。あっちは不慮の事故だからセーフだったけど)
発見報告は随分前から上がっていたが、討伐報告だけ一向に来ない迷宮生物──珊瑚喰らい。神の悪意である。
ヤイアの専属、風の踊り子がそれと接触していた。
結果的に討伐出来たらしく、魔石も確認できた。
しかし、踊り子単体で討伐出来たわけではないらしく、多少話がごたついてしまった。
(素直に手柄にしておけばいいのにねぇ)
スキルに恵まれないメンバーで有名な風の踊り子が神の悪意を討伐した。
それが信じられないことなのは分かるが、勿体ないと思ってしまうのも避けられない。
期待しすぎなのも分かっているのだ。あれだけ攻撃面のスキルに恵まられず、何か特異的なものもない。
最近では踊り子の一人が新たにスキルを得たらしいが、躍進に至るパワーではない。
曲がりなりにも、中層奥部までたどり着いていることに驚いてすらいる。
「んんん……」
「……はぁ」
資金繰りが芳しくないようで、青年が唸り続けている。
気付かれないようため息を吐く。
思うことに行かないことが多すぎる。
(上手くいかないことばっっっかりね……)
結局、保留にすると言って青年は去っていった。
正直どう転ぶかヤイアに分からない。
お願いだから大人しく資金集めに徹して欲しいと願っておくことにした。
「ヤイアー」
「なーにー?」
同僚の女性職員から声をかけられ、投げやりな返事を返す。
「噂のローブの子が来てる」
「え?」
ふと、ヤイアは既視感を覚えた。
前にも似たようなことがあった気がした。
*
ローラーのついたパーテーションで雑に仕切られた空間。
セレンとルーツェ、ヤイアが同じくローラーのついたテーブルを挟んで座っていた。
「ルーツェちゃんが来るなんて珍しいわね」
「あたしはただの案内人。ヤイアさんに用があったわけじゃない」
「……そう」
二年近い付き合いだ。お互いに砕けた口調で話す。
ルーツェの棘を隠すことない物言いに、ヤイアが柳眉を持ち上げた。
「ってことは? ようがあるのはこの子?」
「ええ」
セレンが頷く。
室内でもフードを被っているので、彼女の表情はヤイアからよく見えない。
(脱げばいいのに)
恐らく後ろ暗いことでもあるのだろうと勝手に推測して、疑問は口にしない。
「探索者証、ある?」
「置いてきたわ」
「……そう、じゃあ名前」
「言えないわ」
「……一応こっちは仕事なんだけど?」
申し訳なさすらおくびに出さないセレンに、ヤイアが鬱憤を募らせる。
先程からろくなことがないのもあって、声にも怒気が乗っていた。
「別に仕事のことはどうでもいいの」
「……? じゃあなんで」
「ラグロスが世話になったと聞いたから」
「……あぁ、そういえば君、ラグロス君といるんだっけ」
あくまでも冷静に、ラグロスと共に居ることは知らないふりをする。
せっかくの強者だ。多少態度が悪かれ、利用できるならそれにこしたことはない。
「そ。貴方から見たラグロス君の話を聞きたいの」
「……なんで?」
「色々ね。対価が要るのならそれ相応は考えてあげる」
「……」
(あげるって……あげるって! 上から目線過ぎないー?)
思わず、カッとなりかけたが、なんとか理性で堪える。
仮にもヤイアは高倍率の試験を乗り越え、組合員となった才媛だ。
こんなことで心を荒げる訳にはいかない。
人一倍怒りやすいことで有名なヤイアが珍しく表情を一つも変えなかった。
同僚たちが見れば騒ぎ立てること間違いなしである。
「要らないの?」
「対価って言われてもね……」
「リットから聞いたわ。評価が欲しいから、相談を受けて神の悪意でも倒せばいくらでも吐くって」
「…………」
対等だと思っていたが、知らないうちに手玉に取られているのではなかろうか。
リットのことは正直侮ってさえいた。
所詮は戦闘力の低い坊主だと。
なのに、そこまで見透かされているのはヤイアの癪に障った。
「ちょっと時間を貰える?」
「構わないわ」
ヤイアが席を立つ。向かう先は資料室。
大量の本棚が並ぶそこには、神の修練場が出来てから五年以上の情報が集積されている。
神の悪意でも倒せば、なんて宣うのだ。
相応の実力があるのなら、困っていた案件を片付けてもらおう。
そう考えて持ち出したのは、放置され続けてインクの跡が消えかかっている資料。
描かれたイメージ図はまるで少女と見間違えかねない迷宮生物。
長らく放置され続けた厄介な案件だ。
紙面に張り付けれた付箋に、今まで挑んだ探索者のパーティと挑戦の結果が記されている。
言うまでもなく、討伐された記録はない。
「──これ、君なら倒せる?」
不敵に微笑み、持ってきた資料をセレンとルーツェの前に滑らせた。