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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
休養:剣士は黒翼を知る
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手を貸してあげる

 病院を後にしたセレンとルーツェ。

 彼らは無言のまま大通りを歩いていた。

 かれこれ数分は黙りこくったままである。


「あ、あの」

「……何?」

「えーっと……」


 沈黙に耐えかねたルーツェがセレンに声をかける。

 ただ、沈黙を嫌っただけで何かを尋ねたいわけでもなく。


 何か話題をと、必死に思考を巡らせる。


「──セレンさん、何か急いでいることがあるの?」


 結果、口を突いて出た疑問がそれだった。

 話の流れから察するに、セレンはなるべく早く神の修練場の奥を目指している。

 知らないことの方が多い神の迷宮。そこへ明確な意図を持っていることが気になった。


 スキルのことも含め、彼女は何かを知っているはず。

 スキルで悩む踊り子の皆が何か得られないか、そんな期待が込められていた。


「悪いけれど、答えられないわ」

「ん。だめもと」


 でも、それだけ多くを知っているからこそ答えられないのも理解できる。

 だからルーツェが深く尋ねることもしない。


「けれど」

「……?」

「別に急がなくていいとも、思っているわ」

「そう、なの?」

「ええ」


 ゆっくりと、だが確実にセレンは頷いた。

 ──自分自身に言い聞かせるように。


「問題があるとするなら、少し暇になったことかしらね」

「ラグロスがごめんね」

「いえ、彼には助けられたもの」


 暇になると口にしたセレンの顔はとても物憂げで。

 思わずルーツェが頭を下げてしまう。


(あの時のラグロス、こんな気持ちだったのかな)


 そこで不意に思い出す記憶。

 宿であまりにも散らかしていたルーツェの代わりに、ラグロスが店主に謝っていたことがあった。


 踊り子が利用している宿、潮の風見鶏は宿の人たちが時折掃除をしてくれる。

 ルーツェからすれば、意味のある散らかしなのだ。

 片付けないで欲しい。そう訴えようとしてラグロスに拳骨を落とされていた。


 今となってみれば恥にも程があり、当時ラグロスがペコペコ謝っていたのも今ならよく分かる。


「そうなの?」

「貴方も少しは見たでしょ、彼の戦いぶり」

「……うん」


 たった一度の共闘。

 その一度で理解できた彼の成長。

 破壊力と機動力を兼ね備えた今の彼なら、前みたいに思い悩むことはないと、ルーツェは言い切れる。


「だから、彼が必要なの。──それだけ」

「ふふ──ん、そうみたい」


 ぽつりとつぶやいた言い訳のような一言が可愛らしくて、ルーツェが笑う。

 きっと、それだけじゃないのは明白だった。

 何を考えているのか分からなくて、怖いと思っていた。

 けれど、思いのほか可愛い一面もあるらしい。


 人間、話してみなければ分からない。

 一緒に過ごしてみなければ分からない。

 ()()()、ルーツェは実感した。


「それはそれとして」

「うん」

「少し、提案があるのだけど」

「なに?」


 セレンが話を変える。

 突然どうしたのだろうと興味深そうにルーツェが彼女を見つめた。


(──綺麗だな)


 乳白色の肌、桜色の唇。

 改めて実感する恋敵(ライバル)の強さ。

 ぐぬぬと言いたくなるのをルーツェは堪える。


「少しの間、そちらに厄介になってもいいかしら」

「……え?」


 そんな恋敵(ライバル)からの意外も意外な提案。

 思わずルーツェは声を漏らし、口をぽかんと開けた。



 *



「というわけで、連れて来た」

「は……はぁ」

「うわー! 噂のローブさんだぁ!」


 宿屋、潮の風見鶏。

 小さく会釈する噂のローブ少女ことセレン。


 あまりにも突然なことに困惑する踊り子のリーダー、リット。

 そんな彼とは対照的で、魔術使いのチリーが噂の美少女に顔を輝かせる。


「貴方がこのパーティのリーダー? で間違いないかしら」

「あ、ああ。僕がそうだよ」


 ラグロスが療養中であること、しばらくセレンが暇になること、ちょうど踊り子には一人分の枠があること。

 それらが重なってセレンがここへ連れられたことは分かる。

 だが、いきなり飲み込められるかは別だ。まだ理解が追い付いていないリットがカクカクと頷く。


「ルーツェっ、ちょ、ちょっと来てくれ」

「──わっ」

「……どうして連れて来た?」


 とりあえず過程は分かった。だが、ルーツェの意図が読めない。

 だからそれを尋ねるべくリットがルーツェの肩を掴み、セレンから引き離して尋ねた。


「一応言っておく。これはセレンさんからの提案」

「……そうなのか」


 猶更理解できない。首をひねったリットの灰髪が揺れる。

 遠くでチリーが桃色のツインテールをぴょこぴょこと動かしてセレンに話しかけていた。


「勿論、あたしにも考えはある」

「……それは?」

「セレンさんはスキルについて詳しい」

「──」


 スキル。

 それは踊り子の探索者たちが集った理由でもあり、彼らの悩みの種でもある。

 無視できない話だった。


 リットが息を呑むのを確認したルーツェは言葉を続ける。


「どうして詳しいのかは知らない。聞く気もない」

「……そうか」


 必要なのは結果だと暗にルーツェが言う。

 リットもそれを否定しなかった。下手に問いただしてへそを曲げられては勿体ない。

 ラグロスが急激に強くなったのも、セレンのおかげだと考えれば辻褄が合う。


「どうする? 今から断ってもいいけど」

「いいや──せっかくの好機を逃すわけないよ」


 リットの──リベーゼ・ラスコットの秘めたる野望は三年前から変わっていない。


 迷宮を攻略し、その成果を持って実家のラスコット家を再建する。

 それを果たすために家を飛び出したのだから。


「そう言うと思って、連れて来た」

「うん、ありがとうルーツェ。でも、ドーさんに一度相談しよう。今日は休養日で居ないから明日になるかな」

「分かった。……今は、どうする?」

「どうしようか……」


 ラグロスが治るまでとなれば一日たりとも無駄には出来ない。

 どうせ今日は探索に乗り出さないのだから、スキルについて聞くのもありだろう。

 だが、積極的に自分のことを話さない。ローブを着込みフードを目深にかぶるような人に下手なことは聞けない。


 結果として、二人の悩みは杞憂と化した。


「チリー、で合ってる?」

「うん!」


 持ち前の明るさで会話をするチリーとセレンは、そこそこ打ち解けていた。

 会話の最中、セレンが目を細めてチリーを観察すると、そっと話を切り出した。


「貴方は……魔術系のスキルを持っているのね」

「分かるのっ!? ……まー、弱っちいけどねー」


 自嘲するように笑うチリー。

 力ない空笑い。ツインテールを結わう赤いリボンが揺れた。

 彼女の様子がラグロスと出会った頃と似ていて。

 そして、それは自分を写す鏡のようで。


「弱い?」

「ちっさいのをたくさん出すだけ。おっきいのはなんにも使えないんだ」

「──そう」


 だから無視できなくて。


(放出系、連射型。並列詠唱(マルチスペル)でもない……あぁ、束ねれば──)


 いつの間にかセレンはチリーの才を見出そうと頭を巡らせていた。


「今日は迷宮には行くの?」

「ううん、今日は休み。──だよねー?」


 チリーがリットたちに向けて尋ねる。

 リットたちからすれば、どうやってスキルについて話そうかと悩んでいたところだ。

 こうして話が降って来たのは天恵とも言えた。


「ああ。踊り子(ウチ)は数日に一回休みを挟んでるんだ。基本的に休みに迷宮に行くのは駄目なんだけど……」

「別に本気で戦えとは言わないわ。少し見せて欲しいだけ」

「それくらいなら良いかな。念のため僕たちも付いていくけど……構わないよね?」

「勿論よ」

「やったぁ! あたし、準備してくるねっ! セレンちゃん、ちょっと待ってて!」


 我先にとチリーが駆けだし、彼女の部屋がある二階へと駆けあがっていった。

 それを見届けたセレンは近くにあった丸椅子に腰かける。


「彼女、明るいのね」

「……」

「どうかした?」


 セレンが座った椅子、机を挟んで彼女の対面にリットが座った。

 何も言わず無言で佇む彼にセレンは首を傾げた。


「本当は聞かないつもりだったんだ」

「……何を?」


 意味の分からないことを言われ、彼女の瞳が冷気を帯びていく。

 セレンは未だ人の機微に疎い。けれど、目の前の男が後ろ暗い何かを抱いているのを察した。


 同じくリットが要らぬ迷惑を作ろうとしているのを見て、ルーツェが机に乗り出して二人の間に入る。


「……ちょっと!」

「止めないでくれ。彼女は、仲間(ラグロス)の客人でもある。──だからこそ、こういうのは嫌なんだ」

「……何も今じゃなくても──」

「チリーには聞かれたくないんだ」


 そっちのけで何かを話し始めた二人にセレンがため息を吐く。

 彼女にも損得勘定という物があるのは知っている。

 セレンだって何も純粋な善意でこれをやろうとしているわけではない。


 相応の見返りを求めるつもりだった。

 ただ、彼女の考える見返りがリットたちから見て相応かどうかは分からない。


 そこも含めて相談するつもりだった。

 彼女の誤算があるとすれば、利用することに心を痛める人間がいることだった。


「──どうでもいいけれど、何もタダでやろうなんて言ってないわ」

「……何が欲しいんだい?」

「……それは」


 セレンが言い淀む。

 噂の人を持ってもその反応かと、リットとルーツェが体を固くした。


 しかし、彼女の口から言い放たれたのは彼らの想像の斜め上で。


「……ラグロスが交流を持っている人間と──話をしてみたいの」

「……は?」

「──……そっか」


 拍子抜けして声を漏らすリット。

 卓越した実力者だったこともあり、彼の反応はさもありなんと言えた。


 その横でルーツェが訳知り顔で頷く。


(やっぱり、悪い人じゃない)


 セレンはラグロスのことを知ろうとしている。

 何故、こんな回りくどい方法を取ったかは分からない。

 噂になっているのもあって目立つの恐れたとか、理由はいくつも思いつく。


 フードの奥の顔色はよく見えない。

 けれど、恥ずかしそうに顔を少し俯けた彼女の頼みを断ることは出来なかった。


「どういう人がいいかな?」

「そうね……貴方達のように長い付き合いの人達の方が、助かる……と思うわ」

「分かった、任せて。どの時間が暇とかある?」

「いいえ、そちらの都合の良い時間で構わないわ」

「ル、ルーツェ?」


 とんとん拍子で話が進む。

 置いてけぼりのリットが慌ててルーツェの名を呼んだ。


「うるさい。後にしてっ」

「……え、あ、はい……」


 せっかくラグロスに興味を持ってくれる人が来たのだ。外野は黙っててほしい。

 その心中が無意識にルーツェの声を荒げる。


 普段の彼女は抑揚が少ないはずだった。

 今のように、封殺される程の圧に満ちた声は珍しい。

 またもや想定外のことで、リットが何も言えず黙り込む。


「じゃあ、今日からにしよ。迷宮から出たら時間ちょうだい」

「ええ、ありがとう」


 心なしか嬉しそうなルーツェに、提案が通って胸をなでおろすセレン。

 特にセレンはフードの陰からでも美人と分かる顔たちで、宿にいた探索者たちが数人見惚れていた。


 そんな彼女の顔を一番近くで見られるリットは別の意味で固まっている。

 こうして、リーダーを放ってセレンの一時加入が決まった。

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