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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
休養:剣士は黒翼を知る
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変わることと変わらないこと

 朝、北国の憩い場。

 先程までは店主であるアリエルと、すっかり入り浸っているセレンしか居なかった空間だった。

 彼女の頭に寸前の会話がよぎる。


『こーんにーちはー!』

『いらっしゃいませー』

『セレンさんいらっしゃいますかー!』

『……? 貴方は病院の』

『はい! ラミィと申しますー! ラグロスさんが意識を取り戻したので良ければ是非顔を見せてあげてください! ではではっ!』

『あら、行っちゃった』


 騒がしいどこかのナースが一瞬出入りしていき、彼女がもたらした情報でセレンが突っ伏していた体を起こしたのだ。


「良かったわね」

「……ええ」


 暖かい視線を送ってくるアリエルに気恥ずかしさを覚えつつも、セレンは頷く。

 ある程度気心の知れた相手ならば彼女も素直に話せるようになっていた。

 

(どちらにせよ、()は言えないのだけど)


 グラスの中に残っていたミラクルサワーを飲み干し、立ち上がる。


「ごちそうさま。行ってくるわ」

「うんうんっ、見に行ってあげて。彼も喜ぶもの」

「……どうして断言出来るわけ?」

「んー? それは今のセレンちゃんみたいな気持ちってことかしら?」

「──」


 一理ある。

 そう言うのもなんだか癪で、セレンは言葉を呑んだ。


 ある程度信頼のおける誰かの顔を見るのは安心できる。

 そういう感情があることは前から知っていた。


 けれど、前とは違う。

 縋るものを、道標を見失いたくない気持ちから来る安堵とは違う。

 純粋に、誰かが無事であったことを喜ぶ素直な感情。


 端的に言えば、今のセレンは良い気分だった。


(絆されたのかしら)


 思うところが無い訳ではなかった。

 だが、悪い気もしなかった。


「──また来るわ」

「うん。ぜひ来てね」


 だから、晴れ晴れとした気持ちを声に乗せて、柔らかな微笑を浮かべて、セレンは店を出る。

 裏路地の閑散とした空気。人が居ないせいか美味に感じるここの空気が彼女は好きだった。


 大通りに出る道を一人で歩く。

 色々なものを抱える彼女が何も考えずに過ごせる時間でもあった。


 誰かと話すことが嫌いなわけではない。

 けれど、誰かと話す度に何かがよぎるのだ。


 自分の行いの後悔や、道草を食っていて大丈夫なのかという不安だとか、今辿っている道の先に残る物の絶望などが。


「今更ね」


 手放したくないものが、抱えたいものが増えてしまった。

 たったひと時の間しか持てないと言うのに。


 だから彼女は現実逃避をする。

 何もかもを明るみに照らす太陽がまぶしい。

 隠れるようにフードを被り、束の間の散歩を楽しむ。


 大通りに近づけば近づく程、人が増え始める。

 朝特有の仕事に出る人々の波だ。


 幸いなことに、噂でよく知られるセレンの近くを通りたがる者はいない。

 反力でも発しているのかと疑うほどに、セレンは快適に道を歩けた。


「セレンさん」

「……ルーツェ」


 おかげで、彼女に声をかけた者が誰かに気付くのも時間はかからなかった。

 青髪を後ろで束ねている少女──ラグロスの仕事仲間でもある──ルーツェだ。


「え、と。セレンさんもラグロスのお見舞い?」

「……そうね。──いいの?」


 その問いは、避けられている自分に話しかけていいのか否かという言葉足らずなものだった。

 けれど、その意を汲んでいたルーツェはこくりと頷く。


「いくら噂がどうだからって、それで恩人を無下にしたらあたしがラグロスに怒られる」

「そういうもの?」

「そーゆーもの」


 納得できなかったが、何度もいうことでもない。

 行先が同じらしい二人はそのまま道を共にする。


「貴方もかなり疲弊していたはずだけど、大事はないの?」

「ん。もう大丈夫。それに、おかげでいいこともあったから」

「いいこと?」

「またスキルが増えた」


 確かに朗報だった。

 ラグロスが聞けば喜ぶに違いない。


「……なるほどね。それは、分身に使えるようなもの?」

「分かるの?」

「ただの推測よ」


 スキルがあくまで自分の技術を分かりやすく表面化してくれていると知っているなら簡単な話だ。

 一芸()()に秀でているものほど、どうしても成長の可能性が絞られ、得られるスキルも少なくなる。


 ルーツェもそちら側の人間だ。

 単体の能力で見ればただの身軽な人間で、並列思考に適性があっただけの少女だったということ。


「……セレンさんって、スキルについて詳しかったり?」

「詳しくはないわ。人よりは知ってるけれど」

「──そう、なんだ」


 ルーツェの中で一瞬の迷いが生まれた。

 セレンならば、スキルで悩んでいる踊り子の仲間たちに何か助言が出来るかもしれない。

 だが、それを頼むほど仲が良い間柄でもない。

 ラグロスに通してもらうことも考えたが、利用しているようで気が引ける。


 僅かな葛藤の結果、間の空いた返事だけ生まれた。


「……」


 そんなルーツェの葛藤をセレンは静かに見つめていた。


 ──何か手を貸しましょうか?


 前のセレンならば絶対に口にしなかった問い。

 それが頭の片隅でチラつく。


 同情だろうか。哀れみだろうか。


「着くわね」


 言語化出来ない何かにセレンは悩まされる。

 この感情が何かを尋ねたくて、ラグロスが居る病室を見上げた。



 *



「……」

「ラグロス?」


 騒がしいナースに通され、案内されたラグロスの病室。

 目的らしきベッドで横たわる包まきの誰か。

 黙り込むセレンと困惑して、戸惑うルーツェ。


 否、誰かは分かっているが、ちょっと信じられないだけである。


「いやいやいやっ! したくてこうなっているわけじゃ──あいたたっ!?」


 慌ててラグロスが弁明しようとするが、その絵面はベッドの上じたばたと暴れる蛹である。

 当然説得力など皆無だ。

 加えてボロボロな体がラグロスの動きに悲鳴を上げるものだから、なお酷い。


「何してるのよ……」

「だ、大丈夫っ!?」

「だい──いたたっ」


 それを見て呆れる少女とわたわたする少女。


 彼らが落ち着くのに、彼らより騒がしい看護師が戻って来るまで時間を要した。


「あはは! すみません、説明不足でした!」

「全くよ」


 ラミィからラグロスが絶対安静であることを伝えられ、その場が落ち着きを取り戻す。


「……ラグロスが何かしたのかと思った」

「誤解だって……」


 胸をなでおろすルーツェ。あまり豊かでない胸が静かに、けれど確かに流動した。

 説明する気力も体力もないラグロスは拘束を解かれ、楽な姿勢のままぼやいている。


「……はぁ。で、ラミィが戻って来たってことは診察ってことか?」

「ですです! 車椅子も持ってきてますから、こちらに座ってもらいます!」

「車椅子かぁ」


 ラミィがベッド周りのカーテンを全開にすると、三人からは見えなかった位置に車椅子が置かれていた。

 松葉杖ならともかく、さすがに車椅子の世話になることはないだろうと高を括っていたラグロスは苦い顔を浮かべた。重病者の扱いにされるのはやっぱり癪なのだ。それと、その現実を認めたくなかったという意味合いも含められている。


「話は聞いてたけど……そんなに酷い?」

「しばらくは……動けないだろうなぁ」

「ま、そうでしょうね」

「何か、したの?」


 訳知り顔で頷くセレンを見て、ルーツェの顔が険しくなる。

 彼女のことはある程度信頼しているが、ラグロスが危険にさらされるのなら話は別だ。


「せんせーが言うにはスキルを変なことにでも使ったんじゃないかって話ですけど」

「あー」

「ええ、そんなところね。実際はもっと酷いからこうなっているのだけど」

「……ってことは──また無茶したの?」


 ぎろりと、ルーツェの冷たい視線がベッドで横たわるラグロスに突き刺さった。

 そして、彼はルーツェの視線から目を背けることしか出来ない。

 心当たりは一どころか十もある。仕方ないとはいえ、否定出来ないのは確かだ。


「そうでもしなきゃ、門番はきつかったんだって」

「……ばか。二人で門番を倒す方がおかしいでしょ」


 ごもっともである。

 しかし、もとよりセレンの依頼だ。ここまで来てしまったのだから突っ走るつもりだ。


 それを正直に話したところで、冷ややかな視線を叩きつけてくる青髪の少女が落ち着いてくれるとは思えない。むしろ逆効果だろう。


 彼女の態度が自分への心配故なのは、ラグロスも重々承知の上だ。

 だから、精一杯言葉を選んで口を開いた。


「──そこそこきつかったのは事実だけどよ。無理をする()()で勝てる相手じゃないのも知ってるだろ?」

「……ん」

「そういうこと。俺も強くなってんだ。心配すんなって」

「……はぁ。分かった。あたしも、追いかけるから」

「……話聞いてた?」


 思わず目を逸らしたくなる視線こそ止んだが、ルーツェの決意で滾る瞳を見て苦笑する。


「はいはい、お話はそこまでです! ちょっと痛いですけど我慢してくださいねー!」

「──は? いだだだ!?」


 がし、とラグロスの体を掴んだラミィがそのまま担ぎ上げて車椅子に下ろす。

 あくまで健康的な肉付きをしているだけの女性に過ぎないラミィ。

 彼女にそこまでの力があったことにこの場の誰もが驚く。


 落とさないようしっかりつかんでいたためか、ラグロスが痛みに呻く。

 そんなことはお構いなしとラミィは彼を車椅子に乗せると、ベッド前で唖然とする二人に手を挙げて。


「診察はすぐに終わりますので、お二人はそこで待っててくださいねー!」


 そう言い残して、車椅子を押して病室から姿を消した。


「彼女。いつもああなの?」

「……そう、かな。あんなに力持ちなのは知らなかったけど」


 ルーツェは潮風でなびいた髪を手で留めつつ、懐かしそうに笑う。


 彼女が知っている力に嘆く彼(ラグロス)とはずいぶんと変わってしまった。

 けれど、無茶をして病院の世話になり、ラミィに振り回される今の彼は、

 間違いなく踊り子に居た時のいつもの彼(ラグロス)だった。




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