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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
中層奥部:人、天使、悪魔
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デジャヴ・ジャメヴ

 ラグロスが確かな手ごたえを感じると、硬い地面に魔石が一つ残された。

 たかが一つ、されど暗雲を一つ破壊したことを証明していた。


「……こいつぁいい」

『だろー!』


 フレアの力はラグロスの力を純粋に引き上げている。

 しかし、セレンが操る高性能な“チャージ”と似て非なる物だった。


 どちらもラグロスという水槽に力と言う名の水を注ぎこむことを助けており、セレンは表面張力が働くギリギリまで注ぎ込んだ水の水位を維持している。

 精度は水面すべてが完全に凪いでいるほどだ。


 それとは違い、フレアの強化は大きくした水槽に大量の水をぶちまけている。

 水面は荒れに荒れているが、水槽そのものを大きくしたおかげで溢れることはない。


 無駄を減らし継続戦闘力を高める反面、限度のあるセレン。


 恐らく戦闘後の負担を代償に上限そのものを引き上げるフレア。


 どちらが良いかなどという話は贅沢だと分かっているが、あえて言うならば、諸刃の剣という言葉がふさわしいフレアの力がラグロスの好みだった。


「──次! 頼むぜフレア!」

『おう! だぞ!』


 興奮のまま、フレアが生み出す力のまま地を蹴り、接敵し、剣を振るう。

 濃密な魔力に浸されているからか、不思議と冴えたラグロスの目が暗雲の中に一つの煌めきを映す。

 重さなど感じない大剣を動かない的に当てるなど彼にとって造作もないことだ。


 また雷の網が生み出される前に少しでも暗雲の数を減らすため、ラグロスが奔走する。


 より鋭利に研ぎ澄まされた剣。

 悪魔という存在が器の中に満たした力を燃やし、諸刃の剣は猛威を振るう。


 セレンが放つ弾幕も合わさり、暗雲達が危機感を覚えたのか突如空中へと浮かび上がっていく。


「逃がすかっ!」

『おいかけろー!!』


 撤退行動すらも許さぬラグロスの常軌を逸する跳躍。

 あっと言う間に暗雲よりも高く飛び上がり、逃げ道を塞ぐように大剣を振り下ろす。


「……ちっ」

『にげられたー?』

「仕方ねぇさ」


 魔石と変わった暗雲と共に地に降り、舌打ちを一つ。

 所詮は得物一つ。数を生み出すセレンとは違い、一太刀で一網打尽にする能力は彼にない。


「貴方……!?」

「話は後だ。先にあいつを倒す!」

「……ええ。恐らく雨よ、注意して」

「誰があの紙用意したと思ってんだ!」

「その口ぶりなら心配いらないわね。出来なかったら──知らないわよ?」

「……おう」

『ラグ―よわーい』

「うるせぇ……」


 興奮のあまり意気揚々と返した返事をセレンに付け込まれ、ラグロスが若干の後悔を抱きつつ目を逸らすことで応える。

 しかし、おかげで頭が冷えたラグロスが冷静に暗雲を睨んだ。


 ふよふよと鍾乳洞の天井付近で浮かんでいた暗雲達が一塊へと戻る。

 塊となったクラウディアは散らばらないまま薄く広がり、天井を覆い隠していく。


 警戒を強める二人の頬を数粒の雫が叩いた。

 雫の数は少しずつ増え始め、やがて雨へと変わる。


 空も見えない場所で降りしきる雨。違和感を感じることこの上ないが、神なんて名のつく場所で今更とも言える話である。


 視界も悪い中、ちらりとローブ少女の方へ眼を向けたラグロスがフードの奥で顔を歪めるセレンの姿を見つけた。


「……なるほどね」

「どんな感じだ?」

「……魔力が外に出せないわね。抑え込まれてる、と言えばいいのかしら」


 手を開いたり閉じたりして感触を確かめているセレンは苦々しくそう言った。

 しかし、ラグロス自身にこれといった変化はない。


 魔力が外に出せないという話なので、自己強化で完結しているラグロスには関係がないのだろう。

 詳しい仕組みは彼自身にも分からないが、今知りたいのは自分がどれだけ影響を受けるか否かだ。


「そうかい、俺はなんともねぇな。ま、たまには任せな」

「…………そうするしかないわね」

「なにしょげてんだ。落ち込む暇があるなら……手ぇ出せ」

「……?」


 顔を俯け、声の勢いも減ったセレンの肩を一つ叩く。

 言われるがまま手を出した彼女の手にラグロスが腰に付けていたウエストポーチを乗せる。


「…………なに、これ?」

「いつもつけてる鞄」

「それは知ってるわよ」


 余りに当たり前のことをいうものだから、セレンがつい出しかけて伸ばした手を途中で引っ込めた。

 彼女の様子にラグロスが苦笑を浮かべる。

 そこにはセレンがいつもの様子を取り戻したことへの安堵も含まれていた。


「……何よ」

「いーやなにも? 色々入ってるから好きに使ってくれ。あ、金は投げるなよ?」

「……はいはい、分かったから行ってきなさい」

「言われなくてもっ!」


 追い払うように手をひらひらとさせてセレンが彼を追いやる。

 降り注ぐ雨の中でラグロスには見えないが、フードの奥に潜むセレンの頬は緩んでいた。




 *



(……何と表現すればいいのかしら)


 体が触れてもいないのにひどく暖かい。

 同時に、突き放されたときのようなどこかいたたまれない感覚。


 身近に居るのかそうでないのか。

 まるで既視感(デジャヴ)未視感(ジャメヴ)が混在しているようで、ありえない矛盾がセレンを苛む。

 それが何かを説明できず、理解できず、ただ息苦しい。


 長い、長い時間をかけて作った穏やかな水面。

 垂らされた雫が作り上げる波紋のように心が荒ぶる。


 雨は雲から発されているわけではないらしく、雨が鍾乳洞の天井から降り注ぐまま、暗雲達が再び分離する。

 散っていった雲を追いかけ、ラグロスが縦横無尽に駆けるのを彼女は見ていることしか出来なかった。


 託された鞄を漁るも、セレンにはいまいち用途が分からない物が多く、それこそ投げるなといった財布が一番分かりやすいまである始末。


 出来ることもなく、今も暗雲の核を叩き割ったラグロスが彼の中で魔力を滾らせ、湧き出る力への興奮に口端を吊り上げるのを眺めていた。


 出来ることが何一つない。権能すら使えない。

 本来はセレン一人で倒さなければならなかった相手だ。


 ──もし一人で来ていたら。


 別の可能性を思い浮かべ、詰みに追いやられた自分を想像してセレンが眉をひそめる。

 なくなってしまった可能性だ。考える時間が無駄だと割り切る。


 これは最良だ。

 何故かはわからないが、セレンの力を借りずともラグロスは“チャージ”を使いこなしている。


 少々荒々しいのが玉に瑕だが、この際関係のない話。

 自分の保有する戦力があがったのだから。


(…………なぜ胸がざわつく?)


 だというのに、どうしようもない不安が膨れ上がっている。

 文句のつける必要などない盤面。適材適所がこれほどふさわしいものもない。


(……どうして彼が遠く見える?)


 それなのに、我慢できない孤独感が襲いかかってくる。


(……いえ、分かってる)


 頭の片隅がずっと叫び続けている彼女のトラウマ。


 窘められず、責められず、怒鳴られず、ただ当たり前のように自分の仕事が誰かの手に渡る。

 集団に属しているはずなのに明らかに浮いている。


 それを受け入れることしか出来ない無力感。

 胸を掻きむしろうと、彼女の心が癒えることもなければ、強くなることもない。


 己の存在を象徴する羽を掻きむしろうと、無駄に頑丈な自分自身が阻み、数枚の羽根が散らばるだけ。


 不安定な彼女の視界が地面に転がる魔石を捉える。

 無造作に散らばったそれらが、いつか見た己の羽根と重なった。


「──ぁっ!?」


 咄嗟に胸を抑える。

 有る訳のない物を写す視界を閉じ、フードを深くかぶる。

 名残にすぎないローブに縋り、救いを求めるように天井を見上げた。


 もう暗雲の数は両手で事足りる数にまで減っている。


 ここまで減れば雷の網もただの縄跳びのようなもの。

 触れれば命に係わるとはいえ、身体能力が大幅に上がったラグロスにとって造作もないことだ。


「──おらよっ!」


 軽々と飛び越え、くぐりぬけ、大剣を振るって核を砕く。


 難度も破壊したからかその手並は随分と鮮やかだった。


「こいつで、しまいだ!」


 そうして、探索者の力を試すものとして立ちはだかる門番──クラウディアはラグロスに一矢報いることすら出来ず、最後の核を砕かれた。


 全ての暗雲を倒し終えたラグロスが地面に降り立って大剣を突き刺し、額の汗を拭う。

 そして、確かめるように周囲の魔石をぐるりと眺め、深く息を吐きながら地面にどんと腰を落とした。


「……つかれたぁー」

「──よくやったじゃない」

「……?」


 仕事を終えたラグロスをセレンが労う。

 彼女としてはいつも通りを装ったつもりだったが、微妙に震えていた声を彼は掴んでいた。


「まだ何かあったか?」

「……まだも何も今貴方が倒したばかりじゃない」

「いや、そうじゃなくて──」

「──ひゃっ!?」


 立ち上がる元気のないラグロスがセレンの腕を引いて同じく地面に座らせる。

 普段ならいくらラグロスが力に勝っていようとあっさり引っ張られるセレンではない。

 そのこともあり、ラグロスがやや責めるような目で近づいたセレンの顔を覗き込んだ。


「な……何するのよ」

「……はぁ。どうしたんだよ。らしくないぞ」


 震える瞳。何かを口にしようとして、開ききらない唇。その様は恐怖に怯える子供にしか見えない。

 あまりにも動揺している彼女を見たラグロスも一瞬気張っていた力を抜き、流れのまま地面に倒れ込んだ。


「とにかくだ」

「……?」

「今の俺は歩けねぇ。連れ帰ってくれ」

「……貴方と私の関係を知った上で言っているのかしら?」

「え? それくらい良いだろ、()()?」

「……。──串刺しにされたいのかしら」

「じょ、冗談だって。ははは、いつもお世話になってまぁす……」


 額に青筋を浮かべたセレンを見て、ラグロスが力なく笑った。

 急に冗談を言いだした彼の意図が分からないセレンは嘆息するに留めた。


「まあいいわ。許してあげる。寝てなさい。起きれば着いているでしょう」

「そいつは、ありがてぇや……」

「……いい御身分ね」


 普段使いでも消耗が激しいスキル。

 それを最大限に引き出すセレンの支援。

 さらに、体を破壊する勢いで力を引き出すフレアの支援。


 内部を荒れに荒らされ、ラグロスの体はとうに限界だった。こうして話していることさえひどく苦しく、どう笑っても乾いた笑みにしかならなかったのだ。


 故に、礼を言い放った途端がくりと体を手放すように力を抜いて目を閉じた。

 あまりに早い変わり身にセレンは文句を吐きつつ、首を傾げた。


「……全く」


 そして、遅れて悪魔の力の残滓を感知したセレンが彼の体力がとっくに尽き欠けていたことに気付いた。


「感涙に──寝てるなら意味ないわね……」


 自信も気付かない微笑を浮かべた彼女は、体を引きずって連れ帰るのを取りやめると、彼を負ぶって帰路に着いた。


これにて三章は終了です。

次章についてなど詳しい話は活動報告に記載しますので、後程そちらをご覧ください。

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