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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
中層奥部:人、天使、悪魔
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雨雲ノ群

「……」

「早く着いたわりに不機嫌そうだな。良いことだろ?」


 沈黙続きの探索行は思いのほか早く終わった。

 中層の奥部とはいえ、少なからず探索者と出くわしただが、セレンの姿を見かけるとそそくさに迂回して道を譲ってくれたおかげだ。


 ラグロス達が通っていた道は最短経路でもあるため、採取など目的が違う他の探索者もある程度利用する。

 既に迷宮生物も倒された道を歩くだけなので、時間もかからなかったというわけだ。


 セレンが不満げに黒門を睨んでいるのは、何故か逃げるように立ち去っていく探索者の行動に対する苛立ちのせいだ。


「あそこまで避けられると何か後ろめたいことでもあるのか、疑うじゃない」

「後ろめたいのは俺らの方だろ」

「……それもそうね」


 小さく頷いたセレンは何故か納得したようで、すぐに凛とした雰囲気を取り戻した。


「ここの主について何も聞いてないけれど、対策はあるの?」

「一応情報はあるぞ」


 ラグロスが鞄から折りたたまれた紙切れを取り出す。

 乱雑に押し込んだのか、戦闘の余波のためか、くしゃくしゃになったそれを押し広げてセレンに渡す。


「……もう少し綺麗に保存できなかったの?」

「悪いな、そんな頑丈な鞄を買う金はねぇ」

「そういう問題じゃないでしょう……──雲形迷宮生物、クラウディア。特徴は雨を降らせる、ね。脅威には感じないけれど」

「ちゃんと読んだか?」


 箇条書きで記されたラグロスのメモ。

 大きさが家二つ分だとか、動きは遅いなど簡潔な文章が並べられている。

 その中にある最後の一文を見たセレンが目を見開いた。


「魔力の阻害?」

「上層のアイツと一緒。追い込んだら放出系のスキルが使えなくなる雨を降らせてくるってよ」

「つまり……体内で循環している分には干渉してこない?」

「そゆこと」


 魔力とスキルの関係性を知ったラグロスならば、何故特定のスキルが使えなくなるかを理解できるようになった。そういうものだと片付けていた物に説明がつくのは、不思議とスッキリして気持ちが良かった。


 ただ金を稼ぐための場所として認識していなかった迷宮の隅々まで調べる物好きの気持ちが分かり、この話を持ち掛ければどんな反応をするのだろうとラグロスはふと思った。


「俺にはあんまり関係ねぇ。セレンはどうするんだ?」

「……試してみるしかないわ。最悪貴方を使えばいいもの」

「だな」


 今までもそうだったのだ。深く考える必要はないとラグロスは頷く。

 そこにはセレンへの無意識の信頼もあった。


「じゃ、話はそんなもんでいいだろ。開けるぞ?」

「……ええ」


 セレンの了承を取ったラグロスが黒門に両手を当て、ゆっくりと押し始める。

 本当に挑む気があるのかを再三確かめるが如く、門は中々開かない。


 彼がぬぐぐと唸りながら門を押している様を、セレンは細めた目で見つめていた。


(……落ち着いているのが癪に障るのも変な話ね)


 上層でこの門が開かれた時、セレンの胸中では不安が広がっていた。

 あの時に何故不安を抱いたのか今も彼女自身分かっていない。


 同じ人間で、人数だって前の時の方が多かった。

 戦力的な面だって当時ならば、ラグロスの方が頼りなかった。


 何故、何故、何故。


(奴隷の癖に生意気なのよ)


 真面にラグロスを奴隷扱いしたこともないセレンが、心内で彼に文句を飛ばす。

 妙に自分のことを分かられているという状況が気に食わない。


 ──もっと下等生物らしく慎ましく付き従えばいいのに。

 そう思いつつも、すぐに打ち切る。


(それも似合わないわね……)


「……ぁ」


 結局らしい答えは出せず、ついにラグロスが重々しい音を立てて扉を開け放ってしまった。


「どうかしたか?」


 僅かに吐き出した息遣いを聞き取ってか、彼が後ろを振り向きセレンの顔を覗き込む。


「──なんでもないわ」

「そうかい」


 ふるふるとセレンが力なく首を横に振ると、ラグロスはそれ以上は聞かず前を向いた。

 改めて二人が門の先を見やる。


 広がっていたのはぽっかりと空いた空間を占める鍾乳洞だった。


 見慣れた水底珊瑚(アクエスコーラル)もたくさん存在していたが、道中では見かけなかったつらら石や石筍(せきじゅん)が天井に生えている。


 妙に古臭く年季を感じさせる鍾乳洞。

 その中央で鎮座している一体の迷宮生物。


 暗雲を圧縮した塊が、蛇がとぐろをまくように渦を巻いている。

 普段は空の上にしかいない雲がこうやって目の前にあるのは珍妙で、好奇心をそそる光景だが、いつ牙を剥いても可笑しくない迷宮生物とあれば油断などできない。


 家一つなら容易に飲み込める暗雲と相対した二人が、息を整えつつ得物を構えた。


「中層門番。相手に取っちゃあ不足なしだ。──セレン、いいか?」

「いつでも、好きに暴れなさい」

「おうよ」


 ラグロスが大剣を担ぎ、飛び出していく。


(集合体、だったっけか?)


 クラウディアの生態を思い出しつつ、一番外側の暗雲に向け大剣を振るう。


 上層門番のフォレスティアと似たように核を持つが、目の前のそれは一本体だけではなく、複数の核が存在している。

 撃破にはすべての核の破壊が必要だった。


 ラグロスの大剣が暗雲を切り裂く。

 振るったと同時に空気を薙いで、雲を吹き飛ばすも手ごたえは皆無だ。


「……なーるほど」


 攻撃に反応してか渦を巻く速度を上げた暗雲から一度距離を取り、呟く。


「どうだった?」

「おわっ」

「何驚いてるのよ」

「いきなり声かけるからだ──あいつ、どうみる?」


 いつの間にか前に出ていたセレンに驚かされ、挙動不審な様を彼女に呆れた目で見られる。

 むっとしつつも、ラグロスは大人しくセレンの洞察を尋ねた。


「……そうね。まだ時間が欲しいかしら」

「そうかい──来るぞ」


 渦を巻いていた暗雲が分離し、それぞれ大型犬ぐらいの大きさになって周囲へ広がる。


 地表から離れ、宙を彷徨う暗雲は二人を取り囲むように配置についていく。

 ラグロス達もそれを警戒して、自然と背中合わせになった。


「一気にしかけるのか? ちょっと俺には高すぎるんだが……」

「……分かってるわ。届きそうなのだけで十分。高いのは──ただの的よ」


 セレンが(ルーン)を描く。

 手早く描き上げられたそれが、光の槍をいくつも生み出し、暗雲の中央へ向けて射出された。


「魔力、掴めるようになったのでしょう? 見ないで。感じて。分離してしまえば分かりやすいわ」


 光の槍が暗雲達を貫く。

 先程のラグロスのように無駄に終わると思われたその攻撃はどれも核を貫いたらしく、暗雲が消え、代わりに電流が走る雷魔石が地面に落ちた。


「簡単に言うよなほんと……」


 セレンが何を伝えたいかはラグロスにもすぐ理解できた。

 恐らく、魔力を感じれば核の位置が分かるとのことだろう。


 簡単に出来れば苦労しないだろと、毒づきつつ精神を集中させる。

 魔力がつかめたと言っても、体内の話だ。


 体内にある魔力と外気とともに漂う魔力は違う。

 慣れ親しんだ魔力ならともかく知らないものをどう感じろと言うのか。


「言っておくけど、簡単よ? 魔力が多いほど揺らめくもの」

「知らねぇよ、んなもん……」


 揺らめきとやらを暗雲の中に探してみるも全く見えない。

 そうしているうちに、暗雲達が一斉に電流を迸らせ始めた。


 攻撃の兆候に二人が身構える。


 二人の内誰かの息が吐かれた瞬間、暗雲同士を雷が結んだ。


「いづっ──!?」


 閃きが如く、走る電流を二人は辛うじて回避する。

 ラグロスは掠めてしまい、僅かながらも肉の焼ける感触に声を漏らした。


 相手はどうやら狙っているのではなく無差別に攻撃しているらしく、網のように張り巡らされた雷の線が無い場所なら当たらないようだ。


「こえぇ……」

「あまり時間をかける訳にもいかないわね。──一気に落とすわ」


 涙目なラグロスの横。

 セレンが今度は両手で(ルーン)を描く。

 先程の倍の数生み出された光槍の弾幕が暗雲達を貫き、魔石に変えていく。


 攻撃されたからか雷の網が消え去り、暗雲達もまた別の配置に動き出す。


 本来ならばもっと時間をかけて倒されるはずであろう暗雲達。

 まるで蜘蛛の子を散らしたようかの動きっぷりにラグロスが少々同情すら覚えた。

 無論、肉を焼かれて黙ってる訳にもいかない。


(けどなぁ)


『オイラにまかせろ!』

「……フレア?」

『おなかいっぱい! げんきもいっぱい! ラグ―に力をかすぞ!」

「お、おう? 今まで何してたんだ……?」


 突然どこからともなく聞こえて来た子供っぽい声。

 慌てて人魂の姿を探すが、その姿は見えない。


「……ラグロス?」

「あ、いや。フレアの声が聞こえて……」

「聞こえないけれど……」

「いや、確かに──フレア? いるよな?」

『いるぞ! さっきまでごはんたべてたぞ!』


 ラグロスには確かに声が聞こえる。

 異変があるとすれば、声が頭に響くような気がするといった程度か。


 姿が見えないが声が聞こえる。

 恐らくラグロスの中にいるのだろう、と彼は結論づけ、それ以上の考えを打ち切った。


 今必要なことは核の探知なのだから。


「そいつは良かった。──じゃあ、存分に力を貸してくれ」

『わかったぞ!!』


 さっきよりも倍うるさい声が聞こえたと思えば、ラグロスの体に違和感が走る。

 しかし、それは既視感のあるものだった。


 ぴりりと痺れるような仮初の電流が駆け巡る感覚。

 そう、セレンに体を委ねた時と同じものだ。


 同時に全く同じ代物ではない。


 そして、ある種逆とも言えた。


「こいつぁ……」


 体の奥から力が溢れてくる。

 とにかく駆けだしたい衝動に駆られ、思うがままに“チャージ”を起動して飛び出す。


「──!!」


 ぐんと、体に圧がかかる。

 一瞬で短距離を移動し、その分だけかき分けた空気の圧を受けたのだ。


「おわっとと!?」


 想定よりも移動している自分にラグロス自身が戸惑う。

 しかも標的の暗雲がすぐ目の前にあった。加えて、暗雲の中に妙な煌めきが揺らめいているのを見つけた。

 それが核であることに気付いたのは少し後のことである。


 ともかく、反射的に彼が大剣を振りかぶり、想像以上の軽さにまた驚く。

 異様に軽いそれはあまりにも一瞬で振り上げられ、落とされる。


(砕いた──!)


 軽い動作とは裏腹にきちんと質量を伴う一撃。

 大して硬くない暗雲の核は綺麗に砕け、ラグロスに確かな手ごたえを返した。

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