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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
中層奥部:人、天使、悪魔
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セカンドステップ

「なんだ、こいつ……」


 ラグロスがそれを()()()()


 精々タイタンよりは高くなかった蕾が咲き、茎のような触手の束を支えに群青の花弁を広げて大輪を広げていた。

 植物の茎と違って、うねうねと右往左往する触手の束を見れば誰もが嫌悪感を抱くだろう。


「……気持ちわる」


 ルーツェが顔をしかめる。

 ただ大きな花ではないそれの中央で、虫の頭が突き出ていた。


 大きな虫の頭単体は彼らを竦みあがらせるようなものではない。

 大きさで言えば、中層に生息する二―ドルビーの頭より少し大きい程度。


 問題はその頭が花の中央から生えていること。

 まさしく異形と言っても差し支えない迷宮生物(キメラ)

 虫の頭が身をよじらせる度、根元で生えていた触手たちも連動して蠢く。


 その様は思わず目を逸らしたくなるほどに気味が悪かった。


「気を引き締めなおして」

「……おうよ」


 後ろからの忠告。

 その意味を僅かな間で理解したラグロスが大剣を握りなおした。


 だが、彼の体力は確実に減っている。

 短時間とはいえ、“チャージ”によって体にかけられる最大の負担を常に背負っているのだ。


 その結果、彼は途方もない疲労感に襲われていた。

 勿論、目の前の迷宮生物が配慮してくれるわけもない。


「来る……!」


 羽音のような甲高く、煩わしい音が虫の頭から響いた。

 どこからそんな音をなどと疑問を抱く暇もなく、触手が暴れ出して前衛の二人を襲う。


「へっ、さっきと変わってねぇな!」


 速度も数も大きな変化はない。触手の群れを捌き慣れた二人ならば問題ない。


 少女の分身が氷刃で切り刻み、青年がまとめて薙ぎ払う。

 それでも漏れた触手は、どこからともなく襲い来る光の槍に貫かれた。


 戦況は安定している。

 ラグロスとルーツェが身を切るような代償を背負った上で成り立たせている状況だ。


 つまり、これは長く持たない。

 皆がそれを分かっているから、口では強気なラグロスも険しい表情を浮かべている。


(今の一撃を耐える……不味いわね)


 セレンが下唇を小さく噛む。

 先程神の悪意をも丸焦げにした光の柱。

 それを放った彼女自身の余力はまだ十分に残っている。


 だが、二度は使えないのだ。あの力は上位存在にしか扱えない超常の力。

 同じ力を持つならばこのエネルギーにも敏感で、また使ってしまえば()()にバレてしまう。


 しかし、目の前の奴を倒すにはあれと同じ威力がもう一発欲しい。


(今からでも逃げるのもありだけど……)


 逃げることに彼らが納得するかどうか。

 別に珊瑚喰らい(コーラルイーター)を倒すことは主目的ではない。

 散り散りになったルーツェの仲間を助けることが優先事項である。


 彼女はラグロスを雇用──ないし支配している関係だ。

 別にセレンがそれを気にする必要などさらさらない。


「…………」


 それでも。


 必死になって誰かを助けようとするさまは憧れで。


 ああやって誰かに助けてもらいたいと、連れ出してもらいたいと願っていた。


「……邪魔」


 前線を張る青年と話す時間を作るため、槍ではなく光の巨剣を生み出し触手を蹴散らす。

 本体である花にもかすめたが、大した手ごたえはない。


 先程のセレンの攻撃を耐えたことも含め、魔力への耐性が高いと予想していた。

 ならば──話は早い。


「ラグロス!」

「なんだ!?」

「──体を、寄越しなさい」


 何度も言ったはずの言葉なのに、セレンが僅かに躊躇い、つい顔を俯けてしまう。


「言われなくても貸してやるよ! 頼んだ!」


 迷いのない即答が返って来る。

 その答えは彼女に前を向かせ、彼女自身も知らぬうちに微笑を浮かべさせた。


「……ええ、“貴方の魔力、使わせなさい”」


 ラグロスの体を痺れにも似た何かが駆け巡り、妙に感覚が鋭敏になる。

 数日ぶりの感触。無意識に鳥肌が立った。


(……?)


 そこで彼に疑問が浮かんだ。

 痺れはともかく、鳥肌が立つ感触すらも濃く感じられるようなものだったか。


「……ッ!」


 その疑問を追及する暇もなく、すぐさま復活した触手たちに向けて大剣を薙いだ。

 金属の塊に触れた触手たちは液体のようにその身を四散させる。


 セレンによって疑似的に再現された“チャージ”は、ラグロスが使うそれよりも安定していた。


 力を解き放ったことで襲ってくる脱力感もなく、好き勝手に膨らむはずの力と魔圧も穏やかだ。

 ラグロスが自分で使う“チャージ”が風の強い日の海だとすれば、セレンが操るそれは波一つ立たない穏やかな海の日のよう。


 負荷こそ上がっているが、ラグロスが使う時の振り回されるような荒々しさがない。当然制御も楽だった。


 触手との攻防戦にも色濃く表れ、五分五分だった戦況が一瞬で優勢へと傾く。

 あっと言う間に蹴散らされる触手を目にし、花の中央にある頭が不快げに鳴いていた。


 上層で受けたセレンの支援とはまるで話が違う。

 まだ先があることにラグロスは感動を覚えつつも、目的地が遠くなったことにめまいを感じた。


 これはあくまで魔力操作技術。

 セレンも今のラグロスと同じ状態になれることを意味していた。


(並び立ったと思ってたけどよ……全然まだまだじゃねぇか!? あの時啖呵切ったの死ぬほど恥ずかしくなってきたんだが……)


 羞恥でぐるぐると巡る思考。

 しかし、今考えたところで仕方がない。かぶりを振って過去の記憶を必死に忘れることにする。


「あー! 考えるのはやめだ! ルーツェ! セレンの方に行く触手は頼んだ!」

「何を……わ、分かった!」


 そう言い残して飛び出したラグロスに呆気にとられながらも、ルーツェは己の仕事を全うする。

 ラグロスの体を襲っている負荷も常人には耐えがたいが、それは彼女にも言えた。


 実質四人の自分を操作する平行思考(マルチタスク)

 日頃から分身体を作り出す“ミラージュ”を使っていたとはいえ、被弾を避けるとなれば脳への負担は何倍にも膨れ上がる。


 ──はずなのに、微塵も負担を感じさせない分身達の氷刃乱舞。

 踊り狂う青髪と氷刃は迷宮内に置かれた魔石灯の光を受けて淡く輝く。


 一度輝きを放てば一本の触手が千切れ、数度煌めけば同じ数の触手が地に落ちる。


 奮闘する彼の前で倒れる訳にはいかなかった。

 既に限界など超えている。あるのは恋する乙女の意地だけなのだから。




 想像以上にひっくり返った戦況。それを後ろで眺めるローブの少女。

 ラグロスの魔力操作の傍ら、光の槍を放つセレンは苦笑を浮かべていた。


(つくづく化け物ね。あれ、人間じゃないでしょ)


 明らかに無理している青髪の少女はさておき、人体への負荷を考えない魔力強化を受けながら平然としている青年。

 同じ強化をセレン自身に施すことは出来る。


 だが、施すことと維持することは別なのだ。


 肉体というのはその者の力量をある程度示す。

 力が強いものほど筋肉が発達しているのと同じように。


 ならばあの青年はどうか。

 重い大剣を日頃から振り回しているだけあって、筋骨隆々と称すのにふさわしい体格。


 でも、それは人間基準の話。

 魔圧に対する抵抗力は一目で分からない。


 こうやって自分から負荷をかけてみることでようやくわかる。


 この、馬鹿みたいな抵抗力が。


 今の彼は例えるなら、人が十数人集まって持つような重りを一人で持っている状態。

 元々の存在が強固な天使よりも魔圧に耐えられる体。


 最終的な能力自体は素の性能が高い天使に軍配が上がるとはいえ、人間であることを加味すればラグロスの強化幅は計り知れない。

 現に、今セレンが施している魔力強化を彼女自身に付与しても長くはもたない。


 白翼を追い、並び立つことを目標に己を痛めつける青年。

 彼は既に彼女と違う道を歩み始めていた。


 同時に、セレンに危機感が生まれる。

 このまま成長したラグロスがいつか障害となって立ちはだかるのではないかと。


(……いえ、ありえない。支配権は私にある。いざという時はどうとでもできるもの)


 まだ先は長い。

 考えるのは話がうまくいってからだとセレンは即座にその考えを切り捨てた。


「お──らっ!!」


 彼女が余計な思考の海から浮き上がるのと、ラグロスが珊瑚喰らい(コーラルイーター)の頭に渾身の一撃を叩きこむのが同時のことだった。


「どうだっ!?」


 珊瑚喰らい(コーラルイーター)が羽音のような高い悲鳴をあげるのと、ラグロスの顔に喜色が浮かぶのもまた同時。


 彼が振るった一撃で、中央に咲く虫の頭ががくんと折れている。

 千切れかかった頭は蠢く触手の束によって無理やり繋がれていて、とても生き物には見え辛い。


 そのまま珊瑚喰らい(コーラルイーター)の動きが止まり、触手の再生も止まった。

 周囲の触手をひたすら刻んでいたルーツェがふっと息を吐いている。


「ラグロスッ! 仕留めなさい! まだ死んでいないわ!」

「──おう!」


 セレンの支援を一身に受け、驀進する。

 しかし、彼女の言葉を証明するように、一気に再生した触手が一斉にラグロスへと牙を剥いた。


「させない」


 突き進むラグロスの背後から現れた三人のルーツェが特攻。

 度重なる並列思考にルーツェの意識は朦朧としていた。


 それすらも感じさせぬよう、三人の少女は独楽の如く回転しながら触手を切り裂き、彼の道を切り開いた。


「さんきゅ!」


 背後を見ることなく礼を言う。ラグロスが睨む先は青の大輪。

 いくつもの珊瑚を食らった珊瑚喰らい(コーラルイーター)の魔力はいまだ尽きない。

 ため込んだそれを吐き出すようにして一瞬で触手を再生させた。


「もう遅ぇ!」


 一閃。

 地下世界に咲く大輪の茎。

 触手の束であるそれを一息で上下に分離させた。


 分離と言っても、あまりに乱雑に質量を叩きつけたものだから触手がくの字に折れ、千切れた衝撃で上部の大輪が吹き飛ぶ──何とも荒々しい有様なのだが。


「……」


 神の悪意を切り捨てる一撃。

 それを小人数で叩き込むことが出来た機動力。


 純粋なステップアップ。だが、確かに遠い。


(全然並べてねぇよなぁ……)


 巨大な体躯が霧と化し、代わりに現れた座れる程大きい魔石を見ながら眉をひそめる。

 すると、唐突に虚脱感が彼を襲った。

 セレンが強化を止めたようだ。


 ちらりと後ろを振り返ると、行きも絶え絶えで座り込んで壁にもたれかかるルーツェと、こちらに歩み寄って来るセレンの姿が見えた。


「……よくやったわ。長期戦は望めそうにないから負荷を強めたけど──耐えられるなら大したものよ」

「……どの口が言ってんだよ」

「……?」


 セレンが首を傾げる。

 彼女としては最上級の誉め言葉と言ってもいい。


 彼女が素直に褒めたということがどれほどのものか、普段のラグロスなら気付けただろうが、目標の遠さに目が眩んだ今の彼はそれを失念していた。


「この口だけど?」

「──あー、はいはい。そりゃどうもっ」

「……? ええ」


 小首をかしげて当たり前だろうと言わんばかりのセレン。

 元の素材が良いものだからよく似合う仕草で。

 一瞬見惚れたラグロスが複雑そうに眉を持ち上げると、投げやりな返事と共に魔石を拾い上げて抱える。


 彼の態度に白髪の少女は再び疑問符を浮かべた。

 何かしらの齟齬が生じていることは分かっていたが、わざわざ解消することでもないだろうと頷きを返す。


 何がどう凄いかを詳しく説明しなかった。

 故に生じた認識のすれ違い。


 それがどう左右するか、今の二人には分からなかった。

長らく期間を開けてしまい、本当に、申し訳ありません。

何があったかについては以前に述べた通りで、自分からは感染対策はしてくださいとだけお伝えしておきます……。

パソコンも使えるので、多少の修正をしてから残りを投稿します。

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