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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
中層奥部:人、天使、悪魔
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珊瑚の迷宮

 

「へー。こんなところだったのか」


 たどり着いた滝底の世界は意外なようで、意外じゃないと言える場所だった。

 緑を彩る草木の代わりに、周囲を埋め尽くす水底珊瑚(アクエスコーラル)が散見された。


 赤ではなく、蒼く煌めく珊瑚たち。

 水底を照らすそれらは地面や壁面の至る所に生え、茨の如く伸びた珊瑚が天然の迷宮を作り出している。


「邪魔くさいわね」

「……こういうのも乙なもんだろ」

「今求めているのは最短経路」

「寄り道しないなら時間はあるんだろ?」

「ないことはないけれど……」


 セレンがぐるりと周囲に目を向ける。


 眩しいほどではない水底珊瑚(アクエスコーラル)の淡い輝きが彼女に己の美しさを訴えていた。


 だが、彼女には風情というものが理解できない。

 暗闇の中で蒼い輝きが煌めいているなと客観的な事実だけしか感じ取れない。

 天の山道の頂上で見た朝日と同じで、負の感情はないと言い切れる程度だ。


 その感情も道を遮られているとなればマイナス面が強くなってしまう。


「……邪魔なら壊してもいいとは思うわね」

「味気ねぇな」

「悪い?」


 むすっとした顔でセレンが腕を組む。

 拗ねていると分かる表情。それも美少女たる彼女が浮かべれば悪くないのだから罪なものである。


「そうとは言ってねぇよ。けど、こういう景色を楽しめるのも探索者の良いところだからな」


 これはこれでいいなという内心をひた隠し、ラグロスが言った。

 世界各地に迷宮は存在するが、ここも含めた神の迷宮と総称されるものは超自然的世界が内部に広がっている。

 迷宮の外では見れない景色がいくつも存在するのだ。

 それを無下にする理由もない。


「別に、そのためにここへ来たわけじゃないから」

「頭硬いなほんと」

「……」


 その言葉の意味を理解できなかったが褒められていないのは分かったので、無言の抗議とばかりにジトリとラグロスの瞳を覗き込んだ。


「ま、なんでもいいさ。そのうち理解できるかもだからな」

「……ええ」


 セレンが渋々頷く。

 同時に羨ましくもあった。


(お父様に仕えることが至上の喜び……人間から見ればどう思うのかしらね)


 ──セレン、どうしてターゲットを殺さなかったの!?


 己の仕事を全うできなかった天使(セレン)


 ──もういいわ。貴方はここを出ないで。大丈夫、貴方の分もお姉ちゃんが働くから。


 己の生きる意味を見失っていた少女(セレン)


 ──その姿……セレン! もしかして堕ちて……!?


 故に、流されるままたどり着いた終着点。

 ()()()()()()()自分は人間でも人外でもない不安定な存在だ。

 だから、こうやって素直に感動して、素直にそれを喜べる目の前の彼が羨まし──


(……羨ましい? ──馬鹿馬鹿しい。私は彼よりも上位存在たる……)


「セレン?」

「……っ。……何?」

「何って、ぼーっとしてるから」

「少し考え事をしていただけ」

「何か知ってるのか? ここのこと」

「それとは関係ないわ。さ、進みましょう」

「……? おう」


 言葉を濁したセレンに首を傾げつつ、ラグロスはそれ以上聞くのを辞めた。


 *


 ラグロスが事前に用意した地図に従い、二人は珊瑚の迷宮を進んでいた。

 伸び続ける珊瑚のせいか地図通りにとはいかないが、多少回り道をすれば問題ない程度だ。


 それよりも、迷宮において驚異なのはそこで巣くう生き物たちである。


 茨の如く生えては探索者を遮る水底珊瑚(アクエスコーラル)を無視して、宙を泳ぐ鈍色の亀、空泳亀(フライングタートル)


 二人を見つけ、きゅいと甲高い声を上げて突進してくるそれを迎撃すべく、ラグロスが大剣を構えた。


「さて、お出ましだ。援護、頼んだぞ?」

「当たり前のことを聞かないで」

「へいへいっ! ──“チャージ”!」


 魔力を全身に充填。同時に魔圧を相殺。

 十全に行き渡らせた力を眼前に迫る空泳亀(フライングタートル)へ解き放った。


 金属の塊たる大剣が力任せに亀の甲羅を叩き割る。

 溢れ出る血と共に地面に叩き落とされ、空泳亀(フライングタートル)は魔石を残して霧のように消え去った。 


「すまん、援護は要らなかったな」


 自分自身で魔圧の相殺に成功できても、補充に関してはまだ拙い。

 襲い来る虚脱感を振り払いつつ、セレンに軽く頭を下げた。


「謝ることじゃないでしょう。露払いは貴方の仕事よ」

「お、露払いぐらいは任せてもらえると」

「……えぇ、奴隷だもの。精々私の盾になりなさい」

「はは。どうせなら剣がいいけどな、っと」


 魔石を革袋に放り込みつつ、ラグロスが笑った。

 道案内がいつの間にか変化しているのだ。そのくらいの信頼を貰えたのなれば自然と口端が上がるのも当然と言えよう。


 淡々と酷いことを言うセレンの口振りも照れ隠しと思えば何も思わない。

 そんなラグロスの態度に思うところがあったのか、少女は彼の背中を小さな拳で小突いていた。


「へいへい、従うって。盾でもなんでもやるさ」

「そうしてもらおうかしら」


 お手上げだと両手を上げるラグロスの顔はとても柔らかい。

 最近、セレンは何か不満なことがあったときに彼を小突くようになった。


 それが何を意味するのかは本人にしか分からないものの、物理的な接触を厭わなくなった──という意味で心の距離が近づいたと感じている。

 加えて、普段からクールな振る舞いの彼女が不満を隠しもしない──子供っぽい振る舞いをするのは微笑ましい。


 悪戯のつもりかは分からないが、なんにせよラグロスを微笑ませるものでしかなかった。


 それからしばらく探索を続けていたが、出会った迷宮生物は空泳亀(フライングタートル)のみ。

 この水底の世界にろくな自然がないことが原因かもしれないが、一種類の迷宮生物しか見かけないのは少し不思議だった。


(もうちょい調べてくるべきだったか)


 組合で調達してきたのは地図のみ。

 最近ラグロス達がハイペースで迷宮を攻略しているのをつつかれたくはなかったので、最低限の用を済ませてとっとと出てしまっていた。


 それ以外に彼が組合を訪れるのは魔石の換金の時ぐらい。

 こちらに関しては深夜帯にしか訪れないので、犬耳の受付嬢にしか会わない。限られた探索者しか訪れないので警戒も要らない。


 そうした背景で情報の収集が万全でなかったことをラグロスは悔いた。

 だが、今シーフィルに戻ってしまうとここへ戻るまでまた二日以上要する。

 飛行のためにかかるお金も考えるとここで帰るのは避けたかった。


(……とりあえず今のところ危険はないし行けるところまで行くのもありか──ん?)


 撤退の基準を考えていたラグロスが違和感に気付く。

 その違和感の元、ぐいぐいと引っ張られる服の裾。

 そこにはセレンの手があった。


「なんだ?」

「ねぇ、他の探索者を見かけた時ってどうするの?」


 小声だった。

 上層の時もあり、他の探索者にいい思い出がないからだろうと判断する。


「場合によるけど、無視だな。ここに知人なんていないし」


 ラグロスの視界には人の影すら見えない。

 セレンが持つ何かしらの察知手段だろうと考え、それ以上は警戒を割くのをやめようとして。


「多分、貴方の知り合いよ。ルーツェ、だったかしら?」

「……は?」


 無視できない者の名前を耳にしたラグロスが固まった。


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