雨中模索
連絡なしに途絶えてしまいすみません。噂のあれにかかってしまい、現在パソコンが居ない場所にいるため、更新できませんでした。
スマホにも残してあるデータを使って、更新を続けさせていただきます。
一部書き直しのため、申し訳ありませんが二日に一日のペースであることをご了承ください。
元に戻り次第、毎日に切り替えます。更新日時はいずれも0時です。
翌日。
二人と一匹は探索を再開する。
跳んだ先は水に浸された廃墟群──インディゴブルーを超えた場所に位置する転移装置だ。
「ここからはどういう感じな訳?」
昨日は晴れだったので今日は雨。日光は空一面の雨雲に遮られている。
合羽を叩いてくる雨の元を、彼女は煩わしそうに睨みつけていた。
「山登り」
「また?」
「雨で登りにくいおまけつきだ」
「……一日待っても良かったんじゃないの?」
淡々と言い放つラグロスにセレンが言い澱む。
先を急がせているのは彼女の頼みである。
そんな自分が停滞の意見を出す事に多少の後ろめたさを感じていた。
「いいや? 予定通りさ。悪いけど今日は我慢して登ってくれ」
「……そう。分かったわ」
あまりにも当たり前のように言うので、セレンも肩透かしを食らった気分になる。
事実、雨の日に登るのを決行したのは彼の計画通り。
あらかじめ組合の方で調べたのを踏まえると、目的地の頂上にたどり着くのにかかる時間は約一日。
つまり、頂上に着くころには雨が止むのだ。
そこに本来の目的があった。
「──まずは邪魔者を蹴散らしてからだな」
「そうね」
雨音に紛れて気付くのが遅れた彼らを出迎える三匹の巨人ことタイタン。
ラグロスが大剣を引き抜き、セレンが指に光を灯す。
天の山道。中層最大の山場と言われるこの場所では、高頻度でタイタンと遭遇する。
あくまでも体格が大きく、頑丈なだけ。
しかしシンプルが故に、対抗するのも純粋な力を要する。
スキルに火力を委ねる探索者にとって、確実に魔力リソースを割かれる相手。
何度も戦いたくない迷宮生物なのだ。
無論、ラグロスからすればこれほどやりやすい敵は他にない。
一歩先の“チャージ”を使えるようになった今なら言うまでもない。
「“チャージ”!」
コツを掴んでしまえばもう楽だった。
体を巡る魔力を知覚し、自力で強化の反動として跳ね返る魔圧を押しとどめる。
膨れ上がる力の勢いのまま地を蹴り、正面のタイタンへ切りかかる。
地面に溜まった雨粒が蹴飛ばされ、弾けるように跳ねた。
まさしく驀進。
タイタンも手に持った棍棒を振り上げ、正面から迎撃する構えを取る。
自分よりも何倍も大きい相手。影はラグロスの体をすっぽりと覆っている。
それへ臆することなく突っ込んだ彼が大きく踏み込み、
「おうっ──らぁっ!」
水飛沫を跳ね上げながら勢いよく大剣を振り上げた。
対するタイタンが棍棒を振り下ろし──激突。
一瞬の拮抗の後、棍棒をタイタンの手から跳ね飛ばす。
得物を失ったタイタンが驚愕に目を見開いた瞬間、その眉間を光の柱に貫かれた。
セレンの援護だ。
「次!」
瞬く間に一匹倒され、残ったタイタンが激昂しながら二手に分かれて襲い掛かる。
人の何倍も大きい巨人が、人二人分の得物を振り回す光景は怖気づいても仕方がない。
だが、真っ向から張り合えるならば話は別である。
「へっ、やれるもんならやってみろってな!」
まだラグロスの魔力操作は拙く、魔圧相殺をしながらでは直線的にしか動けない。
無論、その場から動くことしか出来なかった頃に比べれば、躍進と言える進歩だ。
故に、彼の戦意を衰えるどころか勢いを増していた。
セレンが光の槍で応戦しているのを横目に、増強した力を目の前の巨人へ叩き込む。
大上段の一撃は、棍棒の薙ぎ払いと激突。
先程と同じようにタイタンの手から棍棒を引きはがし、勢いのまま水面へ叩きつけた。
薄いとはいえ、水が張っていた場所に棍棒が叩き落とされて水飛沫が跳ね上がる。
それを目くらましにラグロスは再度疾走──跳躍。
彼の姿を見失い、顔をきょろきょろさせているタイタンの頭を頭上からひっぱたく。
体格差があるはずなのに、巨人を純粋な力で押し倒す。
それはあまりにも奇妙な絵面だった。
(セレンは……)
心配はしていないが、念のためラグロスがセレンへ視線を向ける。
そこには巨人が残した魔石に座る少女の姿が。
「流石だな」
「頭まで筋肉が詰まっているような馬鹿に負けるわけがないじゃない」
「……うっ」
負けてなどいないが、当てはまりかねない彼女の言葉に被弾し、小さく呻く。
彼がやっていることも大概同じ戦法なのだから。
「何かあった?」
「……いいや、なにも? さっ、行こうぜ」
「……?」
誤魔化しも兼ね颯爽と歩き出す。
合羽を羽織っているおかげで、彼の気まずげな表情はセレンにバレることはなかった。
「……こういうときは面倒だけどさ、雨って良いよな」
「いきなり何?」
「ただの雑談」
「……そ。……雨ね、羽が濡れるし、面倒なことしかないわよ」
坂道を踏みしめ、長い参道を登る中、ラグロスが唐突に呟いた。
それに対し、セレンは困惑しながら不満を述べる。
「面倒なことの方が多いけどよ。この程よい煩わしさがいい訳よ」
「うるさいだけじゃない」
セレンが水に塗れた合羽を叩く。
「関係のない奴らの声だとか、雑音を全部消せるんだぜ?」
「それは魅力的ね」
「だろー?」
賛同する者があまりいなさそうなラグロスの意見にセレンは頷いてしまう。
真っ当に生きていない者同士の歪な同意だ。ジエル辺りが聞けば眉をひそめるに違いない。
「雑念も消えるし、いいことずくめなわけ」
「ええ。でも、これを着ないといけないと味わえないのなら……嫌だけれど」
「ちっちっち。違うんだなぁこれが」
「うざいわ」
渾身のどや顔だった。
思わずセレンの手が出るほどに。
「いってぇ……平手はなしだろ平手は」
「もっと普通に言いなさい」
「へいへい。……でだ」
「ん」
叩かれた頬をさすりつつ、ラグロスがよいせと岩を飛び越える。
セレンも僅かな水音のみで軽やかに飛び越えた。
「俺らは迷宮に行かなきゃならねぇから面倒だけどよ、休日とかに部屋で聞く雨音は……良いぜ?」
「……ふぅん」
「向こう──シーフィルで雨が降ったら、憩い場にでも行ってゆっくりするともいいな」
「……そんな日あるかしら?」
「ま、俺の一存じゃなんともってやつだ。セレンに任せるぜ」
そう言いながら、ラグロスが大剣を引き抜いて一閃。
いつの間にか発動させていた“チャージ”も合わさり、隠れていた岩羊を両断する。
「随分と慣れたものね」
「だろ? 付いていくって言ったんだ。これぐらい出来なきゃな」
残された魔石を拾い上げつつラグロスが笑う。
雨の日は彼が好きな日でもあり、より集中できる日でもある。
晒した素肌を叩く雨粒がいつもより膨らんだ筋肉の所在を教えてくれる。
他の探索者の罵倒を、嘲笑をかき消すことが出来る。
肉体的にも精神的にも助けてくれる存在だった。
そうして、余計な考えを奪ってくれるおかげで正しい何かを考えることが出来る。
そういった模索を好んでいた。
「ま、今日は長い。ゆっくり行こうぜ」
「そう──ね」
セレンの指がさっと動き、印を描く。
瞬く間に放たれた光の槍が、窪みの雨水溜まりに隠れる蓮砲を貫いた。
「さっすが」
「気は抜かないことね」
「いや、気付いてたぞ?」
「強がりはよしなさい」
「いーや、気付いてた。ちょっとナイフ投げるには遠かっただけ」
「そ」
降りしきる雨の中、周囲の音から隔絶された二人は些細な言い合いを重ねた。
その子供っぽいやりとりは、お互いがお互いの距離を探るようにしばしば繰り返された。