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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
上層:天使との邂逅
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衝突

「……あぁ──ルーツェか」


勢いよく開け放たれた扉の前。肩で息をする青髪の少女、ルーツェにラグロスが驚いた様子もなく呟いた。


彼女が来ることは十分予想の範囲内だった。

噂の中心はセレンだ。

そして、強いと知られている彼女と行動を共にしているのがラグロスである。


スキルの所持数が少ないもので組まれたパーティ、風の踊り子のメンバーであった彼が何故彼女と組めているのか。

この噂を燃え広げている要因の一つだった。


ここまで噂が広がればルーツェがラグロスを見つけるのは難しくない。

仲間だったのだから、彼が居る場所にも見当はつく。


「はぁ、はぁ。どうして、どうして急に──!」

「……まぁ、座りなよ」

「ごめんなさいね~。どうしてもって聞かなくて」

「いえ、大丈夫です」


ルーツェの後から来たアリエルが申し訳なさそうに言うも、ラグロスが首を横に振る。

ラグロスがシーフィルから離れない以上、いずれ起きた出来事だ。

むしろ迷惑を持ち込んだと思っている彼が申し訳なさそうに目を伏せる。


「アリエルさん。ココア一つ下さい」

「アイスでいいかしら?」

「はい」

「じゃあ、ラグロス君のと一緒に持ってくるわね」


椅子に座ったルーツェが迷いなく注文。

注文を受けたアリエルが去り際にラグロスへぺこりと頭を下げた。


「……何から聞きたい?」

「──まず」


ルーツェがセレンを一瞥する。

しかし、彼女はセレンにあまり興味を持っていない。


知りたいのはパーティを抜けた動機。さらに言えば、ここまで強引に抜けた動機だ。

セレンに関する話は彼女にとって今はどうでもよかった。


「──どうして?」

「……それはリットから聞いてないのか?」

「聞いた。けど、わたし達は止まってない。まだ頑張れた」


内容こそ言っていないが、三年共にした仲間だ。

ルーツェの言いたいことをラグロスはすぐに察する。


「止まってねぇけど、牛歩じゃ意味もねぇ」

「でも、でも──。それじゃ仕送りはどうするの!?」

「……だから、探索者はやってる」


矛盾こそしていないとは思うが、別に抜ける必要がなかったと思うのはラグロスも分かっていた。

けれど、リットはもっと先へ行くことを望んでいる。

なら、ラグロスと入れ替わりで風の踊り子に適した誰かを入れた方が得策だ。


「リットだって、分かってるんじゃねぇか? 待ってるとは言ってたけど、掲示板に募集の張り紙張ってあったの見たぜ?」

「──あれはっ! ……チリーがやっただけ」

「……やってるってことは一応合意してんだろ? リット達は独断でそんなことしねぇよ」

「──っ、それは」


まるで誰かに罪を擦り付けるような口振りをしたルーツェ。

彼女がそんなことをすると思わず、ラグロスも冷たい視線を投げかけた。


反対していたというのは事実だろう。張り紙があったということは何かしらの妥協案でそうなった可能性が高い。

ともかく、ただでさえ強みの少ない五人パーティから一人欠けたのだから、早めに募集してほしい気持ちの方が強い。


だからこそ、ルーツェがラグロスを諦めるよう努めて振る舞う。


「……ルーツェ、絶()()なんてないんだ」

「──嘘つき!」


ラグロスが目を伏せて、力ない言葉を口にする。

絶対。二人にとってそれなりに意味のある言葉で。


それを否定されたルーツェがバンと机を叩いた。

椅子を蹴飛ばして立ち上がり、部屋から駆けだそうとする。


「……待ちなさい」


二人の会話を静かに聞いていただけのセレンがここで初めて口を開いた。

思わぬ人物からの声にルーツェも思わず足を止める。


「……」

「どこに行くと言うのよ。注文したならそれを片付けてから消えなさい」


セレンの変わった呼び止めに思わずラグロスが噴き出す。

彼女なりにアリエルに好意を抱いている証なのだが、斜め上の言い方に彼が堪えきれなかった。


「他所の人間に……」

「かと──それはこちらの台詞。勝手に来たのは貴方よ?」

「……ふぅ」


下等生物、と言いかけたセレンが何とか誤魔化す。その先に何が続くかは分からなかったが、踏みとどまった彼女にラグロスが思わず内心で喝采を送る。


言いかけた時点で駄目なのは一度横に置いた。

彼はルーツェと話す時よりも不思議と疲労を感じながら二人を見守っていた。


「……」


歯に衣着せぬ物言いはともかく、セレンの言い分に一理ある。

それを分かってしまったルーツェが不機嫌そうに腰を下ろした。


「私はここで騒がれても困るの。毎日人が追ってくるだけでうんざりなのに、面倒事に構ってられないわけ」

「だから──何?」

「私で答えられることなら答えてあげる。それで、自分の注文を片付けたら帰って貰えるかしら?」

「──ッ。分かった。……質問は何でもいいの?」

「答えられることだけね」


(爆発しそ……)


上からの物言いにぎっと歯を噛みしめるルーツェ。

わざとじゃないかと疑うほどルーツェを煽るセレン。

あまりの険悪さに、見ているラグロスの方が冷や汗をかいていた。


「……どうしてラグロスと一緒にいるの?」

「私の仕事を手伝わせているからよ」

「……何の仕事?」

「言えないわ」

「そ。……じゃあ、あなたはたぶん強い。なのに、ラグロスもいるのはどうして?」

「戦力には期待していない。ただの案内人」

「……」


ルーツェの質問はそこで止まった。

別に彼女はセレンをどうでもいいと思っている。あくまで興味を持っているのはラグロスと行動を共にしているセレンであり、一介の天使であるセレンではない。


ついでに知っておきたかった情報を確認したルーツェがそれきり黙り込んだ。


「あら。終わり?」

「貴方より、わたしはラグロスと話をしたいの」

「もう終わったじゃない。交わらない道に行った人を引き留めてどうする気?」

「そんなこと──!」

「……傲慢ね。力不足を嘆く人の気持ちなんて、貴女には分からないでしょう?」

「違う。あたしだって散々……」


珍しくセレンが踏み込んだ話をする。面倒事を嫌いながらその面倒に突っ込んでいる。


(力と居場所。か……)


セレンが興味を見せる言葉。

その二種類から連想できるものは多い。

だが、方向性は定まっている。


人の並から外れた力を持つ天使の少女にも、どうやら人並みの背景があるらしい。


「貴方がどう考えているかなんて、私は分からない。けれど、平等に作られていない人間が真の意味で他人の気持ちを解せる訳がない」

「違うッ! わたしたちは今まで五人でやってこれた! だからこの先もッ──」

「順風満帆にやってこれたと?」

「……それは」


もう見て居られなかった。

口をつぐんで見守っていたラグロスがその口を開く。


「もういいセレン。これは俺の問題なんだ」

「それをここに持ち込んだのは誰?」

「…………」


しかし、ラグロスが一瞬で黙らされる。ぐうの音も出ない。

半分我儘で抜けたせいもある。

抜けたことは正しいと疑っていないが、正しい抜け方であったとは彼も思っていなかった。


「お待たせしまし……まだやってるの?」


代わりにアリエルが沈黙を断ち切ってくれた。

彼女が持つトレイにはパンの耳を揚げたものと、ココアの入ったカップを乗せている。

呆れた顔をした彼女はテキパキと配膳を終えた。


「……ありがとうございます」

「いえいえー。で、お話は終わったわけ?」

「終わってはないですけど。──ちょっとだけ、諦めもつきました」

「そっか」


前に進めているかは誰にも分からない。けれど、ルーツェは折り合いをつけた。考えが納得できないなりに妥協をした。それが、彼のためだと言うのならなおのこと。


「……ルーツェ」

「かってに抜けたくせにそんな顔しないで」

「……すまん」

「それに。諦めはちょっとだけ。だから」

「分かった。俺も、俺なりに頑張るよ」


虎が得物を見定め、狙いをつけるよう、ルーツェの瞳がラグロスを捉える。


彼女がそこまで執着する理由をラグロスが理解することはなかった。

しかし、いつもの雰囲気に戻りつつある彼女を見て、感化されたラグロスの表情も澄んだ。


「じゃあ──」


ルーツェがぐいとココアを一度で喉に押し込む。

甘いものが好きな彼女にとって非常に勿体ないこと。


けれど、時には諦めなければならないことを今学んだ。

一気飲みを終えたルーツェがポケットに押し込んだ財布をまさぐり、銀貨一枚を丸テーブルの中央に滑らせる。


「またねっ。アリエルさん、ごちそうさまでした!」

「──ああ、頑張れよ」

「ありがとね、ルーツェちゃん」


椅子から立ち上がるルーツェ。先程とは違って感情に流されたものではない。自分の意思で離れると静かな決意を固めた意思表示。

一時はラグロスよりも思い詰めていた彼女。しかしもうその陰りが見えなくなった少女を二人が見送る。


(俺も変わらねぇと、な)


新たに迷宮に潜り始めたはずのラグロスに未だ変化はない。


見送る彼の言葉には僅かな嫉妬が混ざっていた。



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