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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
回顧:これ即ち追憶の旅路
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生活感

 体内で膨れ上がる魔力が筋肉の密度を上げる。ぎゅうぎゅうに詰められた袋が破裂して飛び散るみたいに体内で埋まっていた血管が押し出され、浮き上がる。

 今も鉄塊を量産する大剣、それを支える男の両腕は丸太のようだ。


 死の権化たる銃弾の嵐を金属の盾で打ち凌ぎ、近寄って砲身を支える人形をスクラップへと変えていく。

 天井に打ち上げられて花火のように火花を上げへし折れるモノも居れば、地面に叩きつけられ大砲に穿たれたみたいな陥没痕を残すモノも。

 破壊と殺戮を振りまく相手に真っ向からそれ以上の破壊を押し付ける。


 一歩間違えればいつでも死ねる状況で、迷わず一歩どころか二歩踏み出す威勢のよさ。

 後ろで彼に庇われながら見ているセレンにとってはそれだけで心臓が止まりそうだった。


 正気を保った狂戦士。

 今のラグロスを一言で説明するに適当な言葉だろう。


 負けていられない。セレンの心に火が灯った。ゆらゆらと定まりのない灯火とは違う、一直線に立ち上る力強い火柱。

 単純で、純粋で、明白で飾り気のない感情。

 集団から遅れることに怯え、背中を追いかけて足を急がせる焦燥とは違う。


「──契約(Conect)潜行(Dive)!」


 見ていると自分も頑張りたくなるような共感。去っていく背中を追いかけるのではなく、預

 けられた背中を受け止められるよう奮起する心だ。

 火柱のような輝かしくも荒々しい勇気が詠唱を起動。セレンの胸元で契約の(ルーン)が淡く光る。


「……まだ増えんのかよ!」


 ラグロスが苛立たしく叫んだ。

 通路から顔を出し続ける鉄人形は減るどころか増す一方。一手、二手で敵を倒し続けようとその一瞬で相手は二倍三倍と増えていく。

 彼だけでは処理が追い付かないのは彼自身がよく分かっていた。


 だが、泣き言を言っても変わらない。幸いにもここは通路で侵入者を排除することしか考えてない奴らは同士討ちも厭わず弾幕をばら撒き続ける。


「半分受け持つわ! 遠慮なく突っ込みなさい!」


 そんな彼の元へとセレンが庇護下から抜け出し、死の嵐へと立ち向かう。

 もう隠す気もないとローブをはぎ取り、偽装のベールも脱ぎ去って黒翼と黒装を晒す。


 手にしているのは黒の大盾だ。

 彼女の手札は守りの術が少なく、先程ラグロスを守った時のような魔力をぶちまける力技かこのように物理的な防御を生成することぐらいしか出来ない。

 そして、彼女の筋力は並以下。天使として確保された肉体強度こそあれ、人間よりは強いがこのような機械生命体との真っ向勝負では劣ってしまう。


「──は」


 一瞬、ラグロスが言葉を失う。彼女の力量はここ一ヶ月の探索でよく知っている。

 魔力を使った攻撃こそ強いが、防御は不得手。だからこそ剣であり肉壁をこなすラグロスが前線を貼っているのだから。


 だが、それも今は別だ。

 ラグロスにより強靭な対魔圧耐性を施す契約のルーンはセレンの力の貸与だ。

 だが、単なる貸与は隷属のルーンでも似たようなことが出来る。もちろん、隷属なんてものを施す相手に信頼を置いているわけがない──なんてこともあるだろうが。


 契約のルーンの本質は相互強化だ。

 人馬一体さながらの如く両者の力を合わせる。それでいてそれぞれが戦士として数を減らさず戦える。

 強化される力こそ相手依存だが、あれだけの鉄人形を相手に正面から立ち向かえる彼ならば、セレンにもそれ相応のフィードバックが来る。


 前線に飛び出た瞬間セレンへ襲い掛かる死の嵐。

 大盾を持ちながら疾駆する彼女を弾痕が追いかけている。


 そして、追い付いた弾丸は大盾を叩き彼女の体を金属越しに揺らす。

 その時点でまともに身動きが取れなくなるほどの衝撃なのだ。


「うるさいわ」


 だが、左手一本で支える大盾を取り落とすことはない。それどころか涼しい顔を浮かべる彼女の右手がルーンを描き多方向へと光の槍を放つ。

 セレンに釘付けだった鉄人形達は猛スピードで迫ったそれを避ける間もなく体に穴を開ける。

 駆動し続ける機関銃に火を吐かせながら、彼らが倒れる。駆動部を正確に打ちぬいている。一切の抵抗も許さない即死だった。

 弾倉に残った銃弾は吐き出され続け、鉄の花火を打ち上げ続けていた。


「やるじゃねぇか」


 一手で五体をも殲滅したセレンにラグロスが口笛を鳴らす。

 銃声のノイズの前では彼の上機嫌な証は誰にも聞き取れないが、戦況は変わる。

 前線が増え、彼の負担は実質的に半分。襲ってくる銃弾の密度も半分だ。


 大剣を構えずとも死なない時間が出来る。大剣をより構えられる余力が増える。


「吹っ飛べ!」


 増強された力のまま繰り出すフルスイング。がこんと鉄人形をくの字に折り曲げながらボールみたいに飛んでいく。

 実際、彼がやりたかったことはそういうこと。

 吹き飛んだ鉄塊は別の鉄人形に直撃しもみくちゃなって地面を転がっていった。


「まだまだぁ!」


 青年がまだ踏み出す。死線がなんだと前線を上げる。

 どれだけ濃密な死の匂いを感じようと、臆さずに進み続ける。


 後方の安全は約束された。言葉も交わさないし確認も取らないがこれは決定事項である。

 そうであると信じている。

 より踏み出したことでラグロスの間合いに入る鉄人形も増える。

 一手で二体が消し飛ぶ状況も少なからず増えていく。


 鉄を叩く、スクラップにする、汚い花火だと打ち上げる。

 邪魔だ邪魔だとぶった切る。うざったいと弾幕ごと大剣で押しつぶす。

 引っ込んでろと地面も陥没させて圧縮させる。可愛くない顔だとかっ飛ばす。


 量産されるスクラップ。積みあがる鉄の屍。そこに生身のものはない。時が過ぎ去り死者(アンデッド)としてよみがえることもない。


 むしろ、あの鉄人形達こそある意味死者(アンデッド)だろう。

 今は亡き古代文明を生きた人間たちが作り出した人造兵器。悪魔や天使、ひいては迷宮から無尽蔵に湧き出る魔物に抗うべく遺した遺産。


 彼らに言葉を発する口はない。大量生産品に余計なものを搭載する必要もない。

 語らない不死者、そんな彼らはもう居ない作り手の命に従いただ黙々と目の前の敵を殲滅するべく銃口を構えるのだ。

 何故そうするかも知らず、遺したかった人間をも殺すべく。


「……はぁ」


 また一つ鉄の屍を積み上げる。

 銃声(おと)はもう聞こえない。あれほど大量にあった魔力の気配もいつの間にか途絶えていた。一応の終わりをようやく実感し、深い息と共に傷だらけの大剣を突き立てた。


「お疲れさま」

「……そっちもな」


 リットたちの方も終わりが来たようだ。

 スクラップの数こそ少ないが、なんだかんだ生き延びているのは彼らの成長だ。

 契約のルーン(ズル)で強くなっているラグロスとは大違いで、彼らの地力で勝ち抜いた証を周囲の鉄塊が示してくれる。


「──で? なーんでこんなバカみてぇな数の機械が出てくんだ」


 下層の情報がないのも、ここを安易に潜った探索者が軒並み死んだからだろう。

 生きて帰ってきた探索者など数えられるほどに違いない。


 この分だと他の場所も鉄人形の大群が現れて通り魔の如く探索者を殺したに違いない。

 セレンはどうにかなるかもしれないが、踊り子が平地で囲まれてしまえばどうにもならないだろう。


「進めば分かるでしょう。ここまで隠しもしないで露骨に出してきたもの。直接つながる何かがあるでしょうね」

「繋がるって──」


 何をだよ。と言いかけるもセレンはスタスタと先へ歩いて行く。

 いくつも分かれ道があるくせに足取りは確かで迷いがない。


「おーい……」


 何か理由があるにせよ、説明してほしい。しかし、呼んでも振り向く気配はない。

 不満をぐっとこらえとりあえず彼女の背を追うことにした。


 かつかつかつ、かつかつかつ。

 あれだけ銃弾が暴れたせいで、取り付けられた魔石灯は軒並み砕け散り地面に破片をばら撒いている。

 目の前は真っ暗で、雑脳に突っ込んでいたランタンも跳弾を受けたせいか割れている。

 使い物にはならなさそうだ。万が一燃えられても困るので処理をして捨てて置く。


 彼女が前方にいることをミュールが鳴らす踵の音で判断する。

 距離はつかず離れず、一定を保っていた。話しかけようにも速足で歩かねば追い付かないだろう。

 正直後ろの四人がちゃんとついてきてるのかも気になるものだから下手に早くも遅くも出来ず、一人っきりで歩く羽目になっていた。


「……ないな」


 数分も経たないうちに壁面から魔石灯が消えた。

 これ以降は誰も踏み入っていない未開の地らしい。何やらやたら低所かつ固定が甘い魔石灯が最後の方に残っていた。

 きっと、丁寧に設置しながら歩き見つかった所で慌てて逃げ出そうとしたのだろう。

 彼か彼女かも分からぬ探索者の生死はともかく、逃げ遅れた死体はない。だが、情報もないそれだけで答えは出ていた。


「──ラグロス、いる?」

「いるぞ」


 顔も声も知らない誰かに想いを馳せていると、前方から声が聞こえて来た。

 何も言わず歩いて行ったセレンの声だ。


 いつまにか地面ばかり見て落ちていた視線を持ち上げれば何やら開けた場所が見える。

 毛並みの良い黒翼を晒したまま、顔だけをこちらに向けるセレンの姿も見えた。


 明りがあるらしく、暗がりばかりを歩いてきたラグロスには少し眩しい、唐突に増えた光量に視界が狭まるのを感じながら彼女の元へとたどり着いた。


「……なんだここ」


 そこは迷宮の中にしてはあまりにも生活感がありすぎた。

 洞窟の中が嘘みたいな普通の家屋。艶のある時間をかけてキャラメル交じりの深い色になった食卓に黒のスツールが並べられている。

 硝子のテーブルだったり、やたらとでかい黒の板。ラグロスがよく見る家具よりもどこか違和感の感じるモノが多かったが、ここで誰かが暮らしていたのだろうとはすぐに分かった。


「貴方達の祖先が居た場所でしょうね」

「んなこたぁ。……分かるがよ」


 雰囲気のちぐはぐさに疑問を漏らせば、セレンの面白くもない答えが返って着て苦笑しか出来ない。


「でね、少し面白いのもあったの。そこに映すから座って」

「面白い、ねぇ──へいへい」


 ここまで来るとそれもまた笑い事では済まない代物なのだろうが、せっかくだからと黒革のソファに腰かけた。見た目こそ堅そうだが思いのほか沈み込む感触が心地いい。


「となり、失礼するわね」

「……おう」


 何やらボタンらしき突起物がたくさんついた棒を持ち、セレンがとなりに腰かける。肌が触れるか触れないかの微妙な距離。意識して離れて座ることもなく、恋人のようにぴったりくっついているわけでもない。だが、どちらかと言えば近いような気もする。

 死闘を終えて一度落ち着いたからか、妙に近いその距離感が気になった。

 軽く触れる肌の熱さえも今のラグロスには気が散りそうだ。


「……これ、かしら」


 棒状の何かを黒の液晶(テレビ)に向け、ボタンを押す。

 雑念を振り払うべくラグロスも液晶に映る内容へ意識を集中させた。



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