怠けん坊知事(かみさま)〔1〕
宮崎神宮に仰怪人が現われ傷害事件へと発展した日の夜の事だった。ニシタチから少し離れたスナックに帽子とサングラスの男がいた。男は元宮崎県知事の西都原和夫なのだが、このニシタチ界隈では変装して西田新之助と名乗っている。スナックの名前は〔さざん〕、ママの佐山栞から取っている。
「ママ、今日仰怪人が現れたのは知ってるかい。」
「宮崎は田舎で話題もないんだからそのニュースで持ち切りよ。」
「そうだよね。やはり僕が宮崎を盛り上げる宣伝マンになるしかないな。実は今日もその仰怪人を退治しようと駆けつけたら、警察が処理した後だった。誠に残念だ。」
「あらあら、元知事はいつも事件が終わってから駆けつけるのね。」
「その元知事と言うのはやめてくれないか。それからね、終わってから駆けつけるんじゃないよ。ヒーローや警察の仕事が速くて僕が駆けつけた時にはもう終わってるんだ。強力な怪人はともかくとして仰怪人ぐらいなら僕で充分だ。」
「はいはい、分かりましたよ。西田真之助さん。昔は暴れん坊だったかもしれないけど、ヒーローや魑魅魍魎対策室の後追いばかりじゃ〔怠けん坊知事〕って言われちゃうわ。」
「だから、知事を付けるのはやめてくれ。」
「いいじゃない。今お客さんは元知事、じゃなかった。西田さんしかいないんだから。」
「相変わらずママは口が悪いな。」
「西都原さんじゃなかった、西田さんは最近流行りの〘コスプレの街〙に乗っかってるって噂ですよ。」
「ママはわざと元知事だとか西都原と言ってからかってるでしょ。それでここだけの話だけどあの姿はコスプレじゃなくて変身してるんだ。森市〆がラジオで〈コスプレをして街を歩こう。コスプレの街、宮崎。〉と放送してハイレベルなコスプレイヤーが多くなった。神武男に変身しても全然目立たなくて大丈夫なんだ。」
西都原が喋っているとドアが開いて男が一人入って来た。
「あら、先生いらっしゃい。」
入ってきたのは緑茶五右衛門だった。緑茶は西田の横に行くと
「隣、お邪魔します。」
と言い、隣の席に腰を降ろした。栞は冷凍庫からジンのボトルを取り出し、
「ドライ・マティーニでいいかしら。」
と緑茶に尋ねた。
「焼酎以外だったら何でもいいよ。でもやっぱりドライ・マティーニかな。」
「先生は本当に一言を多いわね。〈ドライ・マティーニ〉って言えば済むのに〈焼酎以外…〉は余計よ。」
「一言多くすれば、ママも突っ込みやすいだろ。」
「それを一言を多いって言うのよ。褒めるべきなのか迷うわ。」
緑茶と栞が喋っていると西田が割り込んできた。
「そこは褒めるべきだよ、先生は小説家なんだから物語を終わらせちゃダメでしょ。それにしても先生の焼酎嫌いには困ったもんだ。」
西田の言葉に栞が絡んでくる。
「本当にそうね。東京にいた頃の先生は宮崎の焼酎を県外の人にあれ程薦めていたのにどうしちゃったのかしら。」
「言うまでもない。宮崎のマスコミが先生の小説をパソコンから盗んで、それを事件として処理できなかった宮崎県警のせいだ。先生の『隠蔽のパレード』を読むと解る。」
「西田さん、あまりその話はしない方がいいわ。あなた元知事なんだから。」
「元知事元知事って言うな。ただこの件は明確にしなければならないだろうな。政治家に隠し事は良くない。」
「確かにそうだけど世の中には表と裏があるじゃない。最近は光と影っていうのかしら。」
「だけどな、江戸時代は将軍や副将軍が隠密行動をして悪者を懲らしめていたんだぞ。将軍は一強、副将軍には飛車と角がついていた。お奉行様だって長屋で隠密行動だ。」
「それは江戸時代の話でしょ。明治以降は闇の仕事人に頼むんじゃないの。」
「ママも言うね。現実と物語をごっちゃにしないでって言うかと思ったよ。それで仕事人は今も受け継がれているからな。」
「マジに受け取らないで。元知事が言うと冗談に聞こえない。」
「また元知事って言った。」
西田と栞は楽しそうに会話を続けながら、時折緑茶にも視線を向けている。緑茶が一杯目のドライマティーニを飲み干すのを見計らって栞が声を掛けた。
「先生も何か言ってください。」
緑茶はマティーニの余韻を楽しんでいるのか少し間を置いて言った。
「宮崎はまだ古墳時代だ。これからどうにでもなるよ。」
「そうなんだよ緑茶先生。知事ではなく宮崎県人としてゆっくり話がしたかったんだ。」
「ニシタチの西田新之助さんとしてですか。」
話しかけてきた西田に緑茶はそう言った。
「嬉しいね。僕を〈二つ名〉で呼んでくれるのは先生だけだ 。」
すると栞が西田に言う。
「知名度の問題でしょ。西田新之助なんて誰も知らないわ。元宮崎県知事西都原和夫の方が圧倒的に有名。」
「だからニシタチでは元知事って言うな。」
「『怠けん坊神武男』なんて小説がかけそうだ。」
緑茶も話に加わってきた。
「先生、ぜひお願いします。宮崎を盛り上げてください。」
西都原が両手を擦り合わせ願い事をするように言った。
ニシタチの夜は更けていく。




