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天然キャバ嬢は事を荒立てる

「どうでもいい話なんかする必要はないだろう。」

 田網が日之影実に言う。

「どうでもいい話なら聞かずに運転に専念してくれ。僕は絵楠君と話をしているんだ。」

「聞かなくても大丈夫です。私もその話は知ってますから。千葉県警京葉署における武器庫での拳銃暴発事件です。」

 梯はさらりと言ってのけた。

「これだけなら大したことではない。警察での拳銃暴発事故なんてしょっちゅうある。千葉県警は翌年も警察学校で暴発事故が起きている。広島県警なんか金庫から押収した数千万円が消えたりしているからな。奈良県警の要人警護大失態に至っては日本が亡ぶまで言われるだろう。」

 実が喋っていると梯が、

「何が問題なのかはっきり言いなさいよ。私が代わりに言いましょうか。」

と言う。

「それじゃあ、頼もうか。」

と実は梯に言った。

「知らないのは田網だけなんですけど、田網巡査長聞いてくださいね。」

 田網は無言のままだ。

田網嶺太(れいた)君は絵楠君の良き相棒だろ。聞いてあげなよ。」

 実は皮肉たっぷりに言う。

「京葉署暴発事件の前日、緑茶先生は入院中の友人にメールしてます。先生の校正校閲をしているあの海老田さんです。メールは執筆中の小説『大泥棒かいとうの孫vs天才物理(へんじん)学者』で、前日送ったメールには拳銃が暴発して射手が死亡する描写がありました。当時、森市〆は緑茶先生の文書を多数盗んで抹茶粉右衛門(にせあか)のハンドルネームでSNSにアップしていた。そして京葉署の暴発事件のニュースのコメント欄に緑茶先生の小説によく似た文章があった。極端に確率の低い事象の一致で偶然にしてはあまりに不自然です。」

「確率は低いけど偶然なんだろう。」

 梯が喋った後、田網がそう言うと実は笑った。

「だから君たちは無能警察だと言われるんだよ。きちんと調べもしないだろう。そっくりだった描写とは拳銃の部品の羅列だ。暴発した黄金のワルサーP-38(ワルピー)を州警察が検証する際、小説で描写された部品の順序とコメント欄の部品の順序が同じだった。部品がいくつあるかは解るだろう。この順序が一致する確率を考えてみたまえ。10桁の数字を無作為に並べて、その数字がピタリと会う確率よりまだ低いんだよ。これが偶然なら指紋の一致やDNA鑑定まで疑問視されるんじゃないのか。」

 実が言うと梯は補足した。

「小説で緑茶先生はハンマーをハマーと誤入力してしまった。コメント欄ではハマーはハンマーに修正されていたから全くの素人がコメントしたんではないはず。今となっては調べようがないけど。調べようがないと言うのは警察が事件にしたくないと言う意味です。」

「そうだったな。緑茶先生はその事を〈親切に校閲してくれる覗き屋コメンターがいるんだな。僕の小説を盗んだら校閲して抹茶粉右衛門名義で発表してくれないだろうか。〉と笑ってたよ。ちなみに小説の中でワルピーの検証をしていたのは怪盗の愛人で田中直美という女だ。もちろん変装して偽名を使っている。正体は〘あの仔ぉ猫ちゃぁん〙だよ。」

 田網は黙りこくったままだ

「これでも緑茶先生の妄想だとか偶然だと言いますか、田網巡査長。」

 田網は梯ではなく実に言う。

「日之影実、だったらそいつらの影に侵入して緑茶先生に教えてやればいいじゃないか。警察内部に悪事を働いている者がいたり、通信会社にハッキングをしている者がいればそれは許せない犯罪だ。」

「嶺太君、落ち着けよ。影に侵入して〈この人はこういうことをしてました。〉が裁判で証拠になるはずがない。もちろん彼らのパソコンや携帯の通信履歴を調べれば事実は分かるのだろうけど政治的圧力や司法取引で隠蔽される確率も高い。そしてそれは本来の我々の仕事ではなくヒーローズの仕事だ。」

 実はヒーローと影の役割の違いを明確に語った。

「確かこの事件の後から緑茶先生は『大泥棒の孫vs天才物理学者』を書かなくなった。」

 梯がそう言うと実は答える。

「書かなくなったんじゃない。海老田さんには朗読して聞かせている。元々この小説は入院中の彼が退屈したために書き始めたんだよ。ストーリーはとっくにできている。兄も僕も今度ゆっくり聞かせてもらうつもりだ。世界を舞台にした面白い小説だしな。そうそう、それからこの暴発事件の話を先日先生とした。そしたら香さんの被害届を先生は〈サバイバルゲームの最中に実弾で撃たれた。暴発じゃなくて故意だな。〉と笑っていたよ。」

「怒ってなかったんですか。」

 梯は実に尋ねた。

「心の中は僕には判らない。先生は中出(なかいで)君にも社交辞令として〈好意はある。〉と伝えたみたいだな。だから単細胞の中出君は恋愛感情があると勘違いしたんだろう。先生は優しいよ。『天使になりたかった魔女』のヒロインはクリーン・ヒロインなんだよ。亜莉須ちゃんは悪者にされてるけどね。」

「それは解かります。それが(あだ)になっている。」

と梯は言った。

「先生の元カノが東京在住で良かったよ。先生の小説に出てくる魅力的な女性のモデルはほぼ彼女だ。」

「宮崎だったらどうなるの。」

 梯は実に尋ねる。

「あの伝説の名セリフが聞ける。香さんに言うんじゃないかな。」

「私、それ知りません。」

 梯は気になって仕方がない。

「先生の元カノは昔アイドルに〈その程度でアイドルなの。私の方が全然可愛いけど。〉って言って泣かせたことがある。」

「経緯がよくわかりません。」

 梯は更に尋ねた。

「先生と元カノが銀座でデートしている時にB級アイドルがCDの即売会をやっていて、購入した人は握手ができたらしい。先生がアイドルに視線を向けると元カノは〈買ってあげたら。〉と言った。そして購入した時にアイドルが〈彼女ですか。綺麗な方ですね。〉と言って先生と握手した瞬間にそのセリフを言った。アイドルはしばらく呆然としていたしていて、しゃがみこんで泣き出してしまった。先生は元カノの手を掴んで走って逃げたんだと。僕は怪盗と愛人が担当警部から逃げる場面を思い出して大笑いしたよ。」

「それは先生の元カノに対する初動ミスよ。〈買ってあげたら。〉と言われてもデート中なら〈お前の方か可愛い。〉とか〈お前がいるから。〉でしょう。」

 梯は警官としての立場ではなく女性として実に言った。

「先生は香さんを〈自分から仕掛けて大騒ぎにする。アイツにそっくりだ。〉と笑っていたよ。先生が香さんに〈からかってるの。〉と尋ねたときに〈ごめんなさい。〉と素直に言えば顧客と従業員のままだったはずだ。先生は香さんを天然キャバ嬢だと言ってるな。」

「仕掛けて掻き回すのはお前達も同じだろうが。」

 田網が実に少し大きめの声で言うと実は、

「仕掛けているのではない。心の声を引き出しているのだ。丸く収められるものなら丸く収める。そこから暴走すればヒーローの出番だよ。警察はヒーローと同列にいるはずだろう。それなのに丸く収めようとした緑茶先生を犯罪者にしたんだよ、君たちがね。だから無能警察だ。僕が疑問に思うのは兄の影響で森市〆が覚醒して香さんにも影響を与えたとしたら香さんの行動は本音だ。先生に触れたのも、目を見つめるのも、顔を見たくないのも、怯えて避けるのも全てが本音だ。心の矛盾だ。警察は負の部分に拘りすぎだな。兄の操影開花能力は森市に伝わり、宮祭香、五味田総務部長、中出巡査長にまで影響を与えてる。。」

「解りやすく説明しろ。」

 田網は実に言う。

「簡単なことだ。最近で言うバタフライ・エフェクトだよ。僕達が影から囁く小さな声は行動のきっかけにすぎない。それが人から人へと伝わる際に増幅して暴走することもある。それを考えて行動して欲しい。それから田網君、僕が〘緑茶の会〙の(よし)みから絵楠君と親しくしたら不愉快だろう。そろそろ緑茶先生の所に行って小説の続きを朗読してもらうよ。兄も待ってるだろうし。」

「やかましい黙れ。」

 田網は大声で怒鳴った。

「運転気をつけるように。僕も親しい友人を失いたくないからね。それじゃあ今度は本当に消えるよ。じゃあな、とっつぁん。」

 実はアニメの台詞をパロった。

「今度は本当に消えたみたい。」

 梯がポツリと言った。

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