9 白と赤の鬼ごっこ
カウント0。
現実では手に汗どころか二の腕など変なところにも汗をかいていた。アームレストが濡れているのがわかる。
レースが始まった。タイミング良く僕はスタートできた。開始30秒は誰にも僕の姿は見えない。
ファイアフラッシュの圧倒的スピードを活かして、無数のプレイヤーを抜き去っていった。
「このエリア、来たことあるかも」
操縦パネルの上にいるホープが言った。
「割と有名なエリアだからね。一回くらいはみんな来たことあるかも」
「あの城が特徴的ね」
「そう。入ると入り口によって走るコースが変わる。一番楽なのは背面だからそっちへ向かうよ!」
ホープに宣言をした矢先、丁度巨大な城が見えてきた。正面の入り口には用はないので迂回しようとした矢先。
「クリムゾンヒーロー!やはり出場していたああ!!!!」
急に実況のボイスがイヤホン越しに鳴り響いた。そうか。気づいたうちに30秒経っていた。
普通なら問題ないことだけど、僕の知らない所で、僕に関係する問題が起きていたようだ。不本意にもその問題に巻き込まれることになる。
「止まれ!クリムゾンヒーロー」
今度は頭上から声が。飛んでる?
見上げた先にいたのは見覚えのあるサンバイザーに白服の男。ワイルドライドなのはわかる。浮遊するサーフボードになって僕の後ろをついてきた。
「なんで止まらなきゃいけないんだ!」
「なんかしでかしたの?」
ホープが操縦パネルから声を掛けた。
「絶対濡れ衣だろ!」
最悪なことに、このサンバイザー野郎のせいで予定していたルートが取れそうになかった。仕方なく正面の門を突っ切った。
「逃がさない!」
サンバイザー野郎はそのまま僕を追って城に突入した。
ファイアフラッシュの速度を全開にする。城の中のルートはかなり複雑だった。蛇道が続いたり、時には鉄球が降ってくるトラップなども。
なんとか躱して進んでいたが、それ以上に追っ手がいるというのが厄介だった。
「かなり相手もしぶといわね」
「本当に!」また鉄球が坂の上の方から転がってきたので避ける。「しつこいやつだ」
「話を聞かぬと言うのなら、こちらも本気を出すしかないな」
と言うとサンバイザー野郎はサーフボードを踏み込んだ。
『ShiftUP! MAJIN imagination‼︎』
そのシフトアップは強烈な効果だった。思わず僕は後方を振り返って確認した。
サーフボードから水蒸気の塊が噴出され雲が出現する。そしてサーフボードが細かく分解され、相手の身体に鎧のように装備されていく。鎧を纏ったサンバイザー野郎は、まるで雷神のような姿になった。
背中には電電太鼓を背負い、雲に搭乗している。まるで風神雷神だ。
「何あれ!最早ビークルじゃなくない!?」
「聞いたことがある。この世界で3つだけ存在するアーマー型ビークル。プレイヤーの鎧となり、戦闘というこのゲームでの概念を超えた概念を与える」
「あれがその1つってこと?どうなってんのよ」
「少なくとも相当イカれたスペックだろうね。しかもワイルドライドだからこのレースの順位は関係ない。本当に厄介だった」
僕は内心舌打ちをしながら、更にスピードを上げた。
相手は雷神の如く雷を操り、電撃を後方から放ってくる。ホープが僕の第3の目になってくれていたお陰で、僕は避けながら進むことができた。
その間に、僕の横をジャンプしながら過ぎ去っていく影が。
視界の端に映った時に見えたのはただの人だった。乗り物になど乗っていない。まるで忍者のようにその人物は螺旋階段状のステージを、階段という概念を無視して飛び越えていった。
何者なんだ。僕より早い...
このサンバイザー野郎に追われてるってのもあるけど、今回のレースで僕は神様に随分と嫌われたようだった。
流石に雷攻撃が厄介すぎるため、シフトアップをして1発バグブラッドを放った。
しかし軽々と避けられてしまう。バグブラッドは一見最強の能力に見えるけど、4発しか打てないというのがやはり玉に瑕だった。
コントローラーに手汗が滲んでいるのがわかる。焦るな。落ち着くんだ。
「レッド、もしかしてもしかしたら...」
「何?お腹でも空いたの?」
「お腹は空いたけど。冗談言ってる場合じゃないでしょ。あたしにもシフトアップが使えたら」
「そういえば...ハズレのドロップ品で貰った人参があるよ」
こういう食べ物のアイテムは、ビークルが動物のプレイヤーにしか必要とされない。僕にはもっての外だったが、意外な場面で役に立つ時が来た。
人参をホープに渡すと、不思議なことが起きた。
「なんか力が湧いてきた気がする」
うさぎの垂れていた耳が立った。その瞬間。
『Shift UP! Extend』
なんとホープの元々持っていたシフトアップが発動した。
ということは・・・。僕は悪いことを思いついた。もう一度バグブラッドの弾丸を放つと、エクステンドの効果を帯びた弾丸は最早広範囲レーザービームとなった。そして赤い光がサンバイザー野郎に降り注いだ。
三大アーマー型ビークルだかなんだか知らないけど、僕のバグブラッドそういう神話などを全て無視して効果を無効にする。
マジンモードが解除された相手は、後方へと吹っ飛んでいった。
「助かった?」
「そうみたい。本当にありがとう」
僕はホープにお礼を言うと、トラップなどを乗り越えてゴールを果たした。
だが、ゴールテープの先には既に人影が一つ。ああ。あのサンバイザー野郎のせいで勝利を逃してしまった…。