5 ウサギさん。あなたは誰?
僕は取り敢えず学校に帰ってきてからログインをし直した。町田さんがDHTを始めたのかは気になったけど、そんなことはどうでも良かった。
デスクに座り、VRグラスを装着する。コントローラーを握り、長めのアームレストに腕をかける。アームレストがないとバイクの操作がしづらい。そして、いざフルダイブ。
僕は自分一人のギルドを作っていて、ギルドハウスも持っている。そしてその中には机と椅子くらいしか用意してなかったけど、あのウサギは机の上にいた。
どうなってるんだ。一体何が起きてるんだろう。
「来た。良かった」
「しゃ、喋った!?」
思わず心の声がダダ漏れだった。昨日は喋らなかったのに。まあ、びっくりして声が出なくなるのも無理はないよね。
「助けてくれてありがとう」
「ヒーローだからね。助けるに決まってるよ」
僕は取り敢えず椅子に座るとウサギと向き合った。
「あの、白鳥のプレイヤーだよね。一体何があったの?」
と聞くと、ウサギもどうやらわからないようで、暫く黙ってしまった。そりゃそうだ。真相を知ってるのは...。
一方でワイルドライドではウィーユが尋問にかけられていた。
ワイルドライドは公式から出されているゲーム内の警察組織のようなもので、強豪プレイヤーの集まりである。
現在のメンバーは6人で成り立っている。
正義感強めのサンバイザー、ウィーユ。
入れ替えマジシャン、スイッチ。
影の忍び、ダブルス。
静かなる重鈍、キューブ。
ちょこざいな縮小、ボーイA。
そして今日もいないミコファール。
会議の先陣を切ったのはスイッチだった。
「ミコファールは今日もいないか。まあそれは良くて」
「一般プレイヤーを狙って打ったって本当?」と最年少のボーイAが茶々を入れる。
「濡れ衣だと言っただろ。あくまで黒いライトを打ったわけだが、避けられたのか一般プレイヤーに当たってしまった。だからあれは事故だ」
ウィーユは弁明をした。
ここで問題なのは、事実はもう広まりつつあるということだ。
ハッカーも兼ねているダブルスが口を開いた。普段はマフラーをしており、長い前髪のせいで顔は良く見えないキャラクターだ。
「情報操作は続けているが、こちらにも限界がある。現在はホワイトハッカー15人体制だが、運営側から払える給与なども考慮すると、ウィーユを首にした方が早い」
淡々たした意見を述べた。かなり現実的だ。運営の人物に選ばれるだけのことがある。
「いきなり首か。事故だって言ってるだろ」
ウィーユは弁明を続ける。彼の身の潔白の証明をできるものは少なくともこの場にはいなかった。そう、この場所には。
「事故だというのならば、その証拠を証明できるものを呼んで来い。さすれば検討しよう」
キューブが渋い低温ボイスで言った。実際の年齢はキューブが一番上だ。年上のオーラが漂っている。
「それか、別の功績をあげるかだな。少なくとも、我々はウィーユ、お前を庇い切れない状態にある。世間が許さないのだ」
と正論を続けた。情報化社会が進んだ今、有名人の噂というのは直ぐに広まってしまう。DHTの世界でもそれは例外ではない。
ここでスイッチが手を挙げた。何か意見を述べる気だ。
「証拠というのなら。ドライブレコーダーでも見てみればいいんじゃないか?」
名案だった。
現実の自動車と同じように、DHT内の全てのビークルにもドライブレコーダーが取り付けられている。不正をされた際に、確認をするためだ。閲覧するためには少々手間がかかるが、公式のプレイヤーであるワイルドライドからすればどうということはない。
ダブルスが素早くキーボードを叩き、巨大モニターに当時の映像を映し出した。
証言通り、黒いライダーと向かい合っている図があり、白鳥に乗ったプレイヤーも映り込んでいる。この人物が今回の被害者だ。
「この被害者はどうなってるんだっけ?」
とボーイAが質問をした。これに関してはウィーユ本人も知る由がなかった。
知っているのは勿論スイッチだった。タブレットから情報を閲覧した。
「被害者の名前はホープ。本名は波村望。今東京の慶早大学病院に入院してる。こんなことばれたら大ニュースになるから、今は厳戒態勢でメディア捜査中だ。本当に時間の問題だぞ。マスコミ連中は金にうるさいからな」
スイッチは煙草を吹かすと煙をウィーユにぶつけた。
完全に目の敵にされてしまったウィーユ。自分にはもう何もできないと思っていた。絶望して画面を見つめていると、画面に映る不自然な赤い部分があった。疑問に思いながら目を凝らしてみると、それはプレイヤーだった。
確か黒いライダーの前に一人プレイヤーがいたのは覚えていた。
「あの赤い奴は誰だ」
ダブルスに聞いた。
ダブルスはカーソルを当てて、拡大した。スキャニングに掛けて分析すると、『HN:クリムゾンヒーロー』との表記が表示された。
「あの有名プレイヤーか」
「こいつがあの時の出来事を見ているはずだ。こいつを捕まえればいいんだろ?」
ウィーユは画面のクリムゾンヒーローを指さして言った。
スイッチ達は顔を見合わせると、まあいいんじゃないかとの返答をした。
「猶予は一か月だ。VVVの第2ステージが始まるまでだ。急いだほうがいいぞ」
指揮権はこれでスイッチが掌握した。口角が上がっているあたり、ウィーユは嵌められたと悟った。
翻すとウィーユは部屋を出た。
クリムゾンヒーロー。見つけるには厄介な相手だ。レース中に突如現れては勝利をかっさらう。しかしVVVには必ず来るはずだ。予想したウィーユは第一ステージを調べ始めた。