序章
炎華がお前らに何をした!
お前らを護ろうとさえしていたあの子に、何をした!
あの子の黄金の爪を、剥いで売ろうとしただろう!
あの子をよってたかって殺そうとしたんだ!
お前らの欲望のために。
死ね!みんな死んでしまえ!!
お前らごとき虫けら!
この村ごと焼き払ってくれる!
お姉ちゃんは赤く燃えさかる火を、
ずっと大切に護ってきた人々と村に向けて放った。
ぼくを護るために。
ぼくを殺そうとした村の人々を焼き尽くすために。
お姉ちゃんは、何度も何度も火を放った。
女の人も、子供も、老人も、誰一人許される者はいなかった。
全て、お姉ちゃんの炎の犠牲になった。
村の全てを燃やし尽くしても、
お姉ちゃんの怒りはおさまらなかった。
空に舞い上がろうとするお姉ちゃんを、
ぼくは必死に止めた。
お姉ちゃんの肌は、とても熱くなっていた。
お姉ちゃんに触れたぼくの手や肌が焼ける。
熱い!痛い!
でも、でも、ここでお姉ちゃんを離してしまったら、
お姉ちゃんは他の、関係ない村も町も焼いてしまう。
そうしたら、お姉ちゃんはもう誰にも許されなくなる。
心まで魔物になってしまう。
そんなの嫌だ!
お姉ちゃんと離れるなんて嫌だ!
ぼくがしがみついているので、お姉ちゃんは舞上がれないでいた。
「離せ。」
ぼくを見下ろした目が金色に光っている。
お姉ちゃんの目は赤茶色で、いつもぼくを優しく見つめてくれるのに。
今は怒りのせいで、ぼくのこともわからなくなっている。
悲しみで心がいっぱいになる。
でも、お姉ちゃんを止めなければ。
「お姉ちゃん!お願いやめて!正気に戻って!」
「離せ。邪魔をするなら、お前も燃やしてくれる!」
「だめだよ!これ以上人を殺してしまったら、
魔物になっちゃう!そんなの嫌だよ!」
「離せ!」
お姉ちゃんはぼくを爪でひっかいた。
目の上に当たって、そこが裂けたようだった。
するどい痛みを感じて、何か液体が目の中に入ってくる。
それでも、
「離さないよ!離さない!」
手が、胸が、腹が、お姉ちゃんに触れているところが焼けていく。
熱いよ。痛いよ。お姉ちゃん。
でも、絶対に離さない。
「こ、こいつ!」
お姉ちゃんは、息を吸い込んで、大きな口を開いた。
だめだ!あの炎をこの距離で浴びたら・・
でも、いいんだ。
ぼくがいると、またこの黄金の爪を狙って、
ぼくを殺しにくる人がやってくる。
その度にお姉ちゃんは、人を殺す。
村や町を焼くようになる。
だったら、このまま焼かれて死んだ方がいいんだ。
この爪もろとも、無くなってしまった方がいい。
お姉ちゃんの口の中が明るくなってきたのを見て、
ぼくは目を閉じた。
「ぐっ!」
覚悟した灼熱の炎は、ぼくに浴びせられることはなかった。
目を開けると、金色の槍がお姉ちゃんの体を一直線に貫いていた。
「お姉ちゃん!」
お姉ちゃんは、ぼくを巻き込んで、地面に倒れた。
急速にお姉ちゃんの体が冷えていく。
ぼくはお姉ちゃんに顔を寄せた。
お姉ちゃんは、うっすらと目を開ける。
その目の色は赤茶色だった。
「・・・炎華。」
「お姉ちゃん!ぼくがわかるんだね。」
お姉ちゃんは力なく頷く。
「ごめんね。大事な、あなたを、殺そうと、する、なんて。」
「お姉ちゃん!」
お姉ちゃんの目から、涙がこぼれた。
「ごめんね。手も、体も、そんなに、して、しまった。」
「大丈夫だよ!こんなのすぐ治るよ!
だから、お姉ちゃん、逝かないで。」
ぼくは泣きながら、お姉ちゃんにすがる。
お姉ちゃんがぼくの手を握ると、
そこから何かが流れ込んでくるような気がした。
すると、体の痛みが全てひいていった。
それを見届けると、お姉ちゃんはうっすらと微笑んだ。
「よかった・・」
それきりお姉ちゃんは動かなくなった。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!逝かないで!
ぼくをおいていかないで!
お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
お姉ちゃんの体はどんどん冷たくなっていく。
ぼくがどんなに呼んでも、体を揺らしても、
お姉ちゃんはもう二度と動くことはなかった。
ぼくのお姉ちゃんを呼ぶ声だけが、
黒と灰色になってしまったこの世界で響いていた。