二二九話
「あはははははははははははははははっ!!!!」
レアーはショックを受けて地面に座り込んだライクを見て嗤う。
かつて自分に暴力を振るって虐めて来た相手が絶望したのだ。
気分もひどく良くなる。
「ねぇ、ライク?」
そんなライクにレアーは目を合わせる。
これから言う自分の言葉を聞き逃さないためにだ。
「何度も言うけど、貴女は決してこのことを他者に告げることは出来ませんよ。それが貴女と同じように私を虐めていた者たちでも」
レアーはそう言って手放すとライクは泣き崩れる。
全く許してくれていないことが理解したせいだ。
知らなかったとはいえ、レアーにあれだけ後悔していると言ったのに心に響いていなかった。
「レアーは一生、私を許してくれないの?」
「当り前でしょう?」
レアーの答えにライクはもう何も会話をする気力は無くなってしまった。
「?」
レアーはライクの許してくれないのかという疑問に首を傾げる。
許さないのは当たり前のことだ。
それなのに信じられないという顔をすることが理解できなかった。
レアーは今でも覚えている。
身体のいたる所を蹴られたり、殴られたりしたことを。
水を掛けられ汚されたことを。
何もしていないのに悪いことをしたことを自分の責任にさせられたことを。
虐められたことを、つい先日のことのように思い出せる。
何で許してもらえると思ったのが理解できない。
「…………久しぶりね」
そして、もう二人いたことを思い出す。
遺伝子提供者たちだ。
「そうですね、お久しぶりです。私はお父さんたちに拾われてから幸運でしたよ」
レアーの言うお父さんたちというのが自分では無いと理解しているのだろう。
それは誰だとアウルの両親たちは視線で問う。
自分達の娘を奪い、一生懸命悩んで付けた名前さえも奪った相手を知りたい。
「何ですか、その目は?私なんか生まれて来なければ良かったんでしょう?あなたたちに私のお父さんたちを責める資格はありませんよ」
ふざけるな、と思う。
そしてレアーの言葉に何も言い返す資格は無いことも理解していた。
夢を毎日見ているのだ。
レアーに自分達が何をしたのか、何を言ったのか、学校で何を経験していたのか。
知っているからこそ何も言う資格は無かった。
それでもアウルは自分達の娘だった。
今からでもやり直したいと思うのは当然じゃないかと考える。
「お父さんは凄いんですよ。私に魔眼の制御方法を教えてくれましたし、戦うための力も与えてくれた。まぁ、戦う力も魔眼を制御するのも辛い訓練をする必要があって、何度か泣いてしまいましたけど」
レアーは当時のことを思い出したのか目を遠くする。
余程、辛かったらしい。
それなら自分達の元に戻って欲しいとアウルの両親は願う。
昔のことは後悔しているし、二度と同じことはしないと誓うことも出来る。
だから一緒に暮らそうと思う。
「それでも強くなれた実感もありましたから文句や不満は無くなりましたけどね。きっと遺伝子提供者のあなたたと一緒にいたら何時までも魔眼を制御できなかったでしょうね」
さっきも言っていたが魔眼を制御できるようになったとアウルの両親は耳にする。
実際に魔眼を防ぐ効果のあるだろう眼鏡を外しても魔眼の影響を受けなかった。
それなら一緒に暮らしても平気なんじゃないかと思える。
「ねぇ、また一緒に暮らす気は無いの?」
「はぁ………?」
アウルの母親の疑問にレアーは思わず問い返す。
何で、今更一緒に暮らせると思っているのか意味が理解できなかった。
ライクもそうだが、なんでやり直せると思っているのか理解不能だ。
父親の呪いで同じ経験を夢で繰り返し常に正気でいるようにさせられているから、やり直せないのは分かっているはずだ。
「死んで欲しいと言っていた癖に何を言っているんですか?」
「それはすまない………。それでも頼む!」
毎日、悪夢を見るのは死んだアウルの呪いだと思っていた。
だけど実際にはそうではなく、自分達の罪悪感が原因だと考えてしまった。
それなら一緒に暮らして罪悪感を減らしていけば悪夢を見なくなるんじゃないかと予想してしまう。
「………あぁ、そういうこと」
そしてレアーも何で一緒に暮らそうとするのか理解してため息を吐いた。
一緒に暮らしたからと言っても悪夢を見ることには変わらない。
ライクに言った呪いが自分たちにもかかっていないと思っているみたいだ。
そもそもライクはお父さんが呪ったと言った。
なら自分達は呪われていないと何故思うのか理解でき合い。
自分たちは違うと考えるなら好都合だと思い、勘違いさせようとする。
「あなたたちの見る悪夢は呪いですよ。だから一緒に暮らしても悪夢は変わらずに見ますよ」
「何を言っているの………?」
「本当ですよ。お父さんが呪われているって言ってましたし、本人に解かせないと一生悪夢を見るままだって言ってました」
その言葉に信じられないという顔をするアウルの両親。
レアーも嘘は言っていない。
色々と隠しているだけだ。
「アウル!それでも私は………っ!?」
「私の名前はレアーです。間違えないでください」
レアーは自分のことをアウルと呼ぶアウルの両親を反射的に蹴ってしまう。
もうレアーはアウルじゃないのだ。
そういう意味ではアウルの墓があることは不自然でも何でもない。
虐められ親からも望まれなかったアウルは死に、生きているのは喫茶店の店主の娘のレアーなのだから。