一七二話
「恋人でも無いのに抱きしめ合っているらしいが、そこはどう思っているんだい?」
ルーの父親はネストに娘と恋人でもないのに抱き締め合っていることに文句を言う。
恋人なら不満はあっても厳しく問いただすつもりは無かったが、恋人でないなら詳しく話を聞きたいと考えている。
ハッキリ言って娘も問題はあるだろうがネストに関しても酷く不快な感情を抱いていた。
「?そもそもルー先輩も抱き締めて来ていますよ?抱き締められたら抱き締め返すのが普通じゃないんですか?」
「お、おう」
ネストの言い訳にルーの父親は何にも言えなくなる。
目の前の少年からは、それ以外の理由はあるのかと本気で言っているように見える。
逆に問い質そうとする自分が悪いのかと考えてしまいそうになっていた。
「………それでも父親としては恋人でも無いのに娘と抱き締めあうのは止めて欲しいと思うんだが」
「本人に言った方が良いと思いますよ?そもそも俺以外にも抱きしめていますし」
ネストの言葉に更に何も言えなくなるルーの父親。
今度こそ娘には誰彼構わず抱きしめるのは止めさせようと決意していた。
「そうか……。恋人じゃないのか……」
ネストの言葉に恋人ではないことに家族たちは残念そうにする。
かなり可愛い子が息子に抱き着いていたから恋人だと思ったのに、誰にでも抱き着くと聞いて多くの者たちを勘違いさせてきそうな女の子だと思う。
「お前は彼女のことを恋人にしたくないのか?」
「特に恋人にしたいとは思っていないけど……」
ネストは自分の父親の質問に何とも思っていないと返し、ルーの父親はその言葉にまなじりを吊り上げる。
「………どういう意味だ?」
娘を恋人にしたくないと言っているようなネストの言葉に娘の何が不満だとルーの父親は思う。
それは是が非でも確認したいと考えていた。
そしてネストの言葉はルー本人や話が近くにいた者たちも聞こえており興味を引いてしまう。
「正直、他の男に抱き着いていたら、そんなつもりは無いと分かっていても嫉妬すると思うので。心が狭いと付き合えないと思います」
ネストの理由に父親も納得してしまう。
むしろ嫉妬するのが普通だから何も言う気にはならなかった。
それは周りにいる者たちも同じで確かにルーは可愛いが恋人にしたいかと思うと否定する者がほとんどだった。
ルー自身も母親に肩を叩かれ恋人が欲しいなら誰にでも抱きしめるのは止めないさいと注意されている。
「そろそろ出発するのでバスの中に乗ってくださいー!!」
牽引する教師がバスの中から乗るように促す。
まだまだ会話したいことがあったが迷惑を掛けるのは本意ではないと、それぞれが会話を止めて離れていく。
「ルーもだけど君も頑張れよ」
それでも最後の一言だけでもと、それぞれが応援の一言を送る。
その言葉にそれぞれが頷いてバスの中に入っていった。
「それにしても、まさかネストが選ばれるなんてな……」
聞こえないように離れたところからネストが選ばれたことに文句を出す者たちがいた。
口に出した者はネストのクラスメイトであり、つまりは虐めていた者達だ。
誰に対しても抱き締めるネストに壊してしまったと恐怖を覚えてしまっていたが慣れてしまい、離れたところにいることで、つい本音が出てしまっていた。
「最近ネストの奴、調子に乗っているし、またみんなで虐めるか?いくら代表に選ばれたとしても数で叩けば問題ないだろ?」
「そうだな。試合が終わって帰ってきたら、虐めるか皆に確認するか」
最近まで虐めていたことで格下だと扱っていた者が代表に選ばれ自分達より客観的に上のカーストに立ったことに不満を抱いてしまう。
それにルーという可愛い先輩とも仲良くなっており敵意を向けてしまう。
ピシリと音が鳴る。
「ネスト、今から約束をして良いか?」
バスが動く前にクルドがネストの前に来て約束をしようと話しかけてくる。
バスの中に入るのは代表だけでなくサポートも何人か一緒に乗ることができ、クルドもその一人だ。
「良いけど、どうしたの?」
「学校の大会が終わったら俺と戦ってほしい。今度こそ俺が勝って見せる」
そう言って敵意を向けてくるクルド。
それに対してネストは前の勝負から、そんなに時間が経っていないのに、またかと呆れてしまう。
ピシリと音が聞こえてくる。
「良いよ。大会が終わったら戦おう」
本音は嫌だった。
こんな短時間で挑まれても結果は変わらない。
するとしても、もっと後が良かった。
それでも頷くのは良い顔を見せて、本当は憎悪していると思わせないためだ。
ピシリという音が他者にも聞こえるようになる。
「サンキュ。それにしても、さっきから何かが割れるような音がしないか?」
ネストはクルドの言葉に満面の笑みが浮かぶ。
良い顔をする自分にも憎悪を向けてしまうが、それもようやく終わる。
「本当だ。ネストは何か知らないか?」
ピシリとした音が聞こえる方向にはネストがいる。
そしてネストに何か知らないかと確認すると満面の笑みを浮かべ腹がえぐれていた。
 




