一四七話
「ネスト、今大丈夫か?」
夕食を食べ終わり明日の学校の準備をしている途中、父親がネストの部屋を開ける。
ネストはたしかに学校の準備もあるが、それは直ぐに終わるからと父親の問いに頷いて部屋の中から出る。
そして一緒にリビングの中に入り椅子に座る。
「すまなかった」
「………!!」
そして頭を下げられた。
まさか謝罪されるとは思ってもみなかったせいでネストは目の前にいるのは誰だと知らない者を見る目で父親を見てしまう。
「ネスト……?」
父親もネストがまるで初めて自分を知らない誰かを見る目で見ていることに気付いて声を掛ける。
ネストも目の前の父親の瞳を鏡として自分の顔の表情を認識して優しそうな笑顔を一瞬で張り付ける。
「えっと何の話?」
父親は息子が自分を知らない誰かを見る目で見ていたのは見間違いだったのかと考えてしまう。
何せ今はちゃんと父親として認識して見ているからだ。
「あぁ。昨日、家の外に追い出しただろう。家に入れてもらえないと思って身体を休ませる所に避難したんじゃないのか?」
昨日のことを謝罪しているのだとネストはようやく理解する。
だけど、そもそも謝罪されること自体が初めてで何で謝罪を急にしたのか不思議だ。
「別に良いよ。いつものことだし」
父親に謝罪されたことで混乱しているのかネストは余計なことまで口にしてしまう。
気にしてないだけで良いのに謝罪しても今更だと取れるような言葉を言ってしまったのは失敗だった。
笑顔を浮かべているのは、ただの仮面だと見抜かれてしまう。
「そうだった。何でお前は家の近くにいなかったんだ?いつものことなら家の中に入れていただろう!?」
いつものことだと聞いて普段のことを思い出したのか父親はネストに詰問する。
何処かに行かなければ心配することは無かったのだ。
心配させたことを謝れと文句を言い始める。
「ごめんね。夜風かどうも冷たく感じたから開けてくれるまで待つのも我慢できなかったんだ」
「それなら、そう言えばよいのに何でなにも言わなかったんだ!?」
そこまで責めるなら先程の謝罪は何だったんだとネストは笑顔を浮かべながら文句を口にしないように内心で抑える。
ネストからすれば自分を理不尽に追い出す家族に何でそんなことまで言わなきゃいけないんだと考える。
正直、話す必要が一切ない。
「何をしても入れてくれないじゃん。それに夜中に大声を出したら近所に迷惑だと思ったから許して」
ネストの建前上の言い訳に父親は納得する。
たしかに夜中に大声を出すのは近所迷惑だ。
それでも教えて欲しかったとネストを睨む。
「それに何処に泊まらせてくれたか教えてくれないか?お礼を言いたい」
「気にしなくて大丈夫。向こうも気遣いはいらないって言っていたし」
「それでも父親として迷惑を掛けたと謝罪に行きたいんだが……?」
「僕も迷惑を掛けたから謝罪に来るかもしれないって言ったけど、むしろ来るなって言われて………」
そう言ってため息を吐いたネストの雰囲気に嘘は言っていないと父親は判断する。
もしかしたら人嫌いなのかもしれないと思って何かお礼の品を贈るだけにするかと考える。
「そうか……。今度お礼に何か買ってくるから、それを贈ってくれないか」
「それなら大丈夫だと思う」
父親の提案にネストは笑顔で頷きながら冷や汗を流す。
今にも殺したいほど父親たちを憎んでいる。
憎いならまた来れようなことを事務員も言っていたし大丈夫なはずだ。
その時に渡せば良いと考えている。
もし行けなかったら捨てれば良い。
「要件はそれだけ?それなら、もう部屋に戻って良いかな?」
ネストは話はそれだけならと部屋に戻ろうとし、父親も頷く。
謝罪したいことも言いたいことも全部言い終わったから引き留める必要も無かった。
「やっぱり父さんはクソだわ」
ネストからすればどう考えても悪いのは父親なのに最終的に謝るように責めてきた。
心配したと言うのなら最初から家から追い出さなければ良いのにと思う。
「何で僕を外に追い出すんだろ?それに追い出して外に出て寒そうにしている僕を見て笑っているし」
昔からそうだ。
何も悪くないのに外に追い出して笑っている。
寒そうにしている姿を見て笑われたくないからネストは家の前から移動した。
そのお陰で復讐相談事務所にたどり着いたのだから何が幸いするのかは本当に分からない。
そして父親に自分を怒る資格は無いとネストは思っている。
それは他の家族たちも同じだ。
「にしても失敗したなぁ」
父親の前で笑顔以外の表情を作ってしまったり、余計なことをネストは言ってしまった。
あれで本当は憎悪を向けていると気づかれたらネストは嫌だった。
信頼している相手から裏切られたという現実を与えたいから疑われるのは避けたいと思っている。
殺すにしてもただ殺すのではなく絶望して殺したいと考えていた。
「はぁ。気のせいだと思ってくれれば良いけど」
父親はネストの知らない誰かを見る目をしっかりと見てしまった。
もしかしたら急にネストが変わったこともあって怪しむかもしれない。
家族たちには、できれば今までのように見下し何をしても問題ないと油断して欲しいとネストは祈っていた。




