なんて事無い日常生活
コロナで時間が出来たので初投稿です
「セリカは何故旅行同好会に?」
部室からの帰り道、ふと気になって聞いてみた。私の背には未だ呻き声を上げる部長がいたが、気にせずに。
「気になったから!!!」
ドン!! と効果音がなりそうな程自信満々に答える。
「あー、今世界がどうなっているのかが気になったから、だな」
「それ!!!」
「通訳ありがとう」
彼女はまず国語をもっと頑張った方がいいと思う。主語を使うという事を覚えて欲しいものだ。
その後、部長を保健室に寝かせ、私達は各々の帰路についた。セリカ達はなんと城に住んでいるという。外国の要人で、留学にでも来ているのだろうか?
まあどうでもいいか。どうにせよ、あまり関わりたくないものだ……
この学校では、必須科目と選択科目が存在する。比率は1:3といった所か。今日の2時間目はその1つ、地理だった。
ここでは本来なら小中学校でこれまでに習っている筈の地理よりも更に詳しい事を学ぶのだ。
そして、私はそれを選んだ。折角自由になった身なのだから世界中を見てまわりたい。その為には世界の事を知らなければいけないからだ。
その事をエステルに伝えると、彼女は顔を輝かせて喜んで地理を選択してくれた。
長細い、段々となっている席にエステルと共に座る。当然のようにローシャーもそのすぐ後ろに座っていた。
数分後にその教師は入ってくる。
「私がこの教科を担当する、大鬼のベル・ヴィーロンだ……、今年もやはり少ないな……」
額に1本の角を生やしたその大男は、巨大かつ屈強な見た目とは真逆の力無い声でそう言った。
そう、地理の授業は人気が無いのだ。私達を入れても10人ちょっとしかいない。しかもその半分は私の知り合いだ。
セリカとシャーフルも来ていたのだ。意外だったが、よく考えてみれば旅行部に来るような者なのだ。来てもおかしくはないだろう。
ベルはそんながらんとした教室内を見渡すと小さく肩を落とし、弱々しく教壇へと登る。
「……それでは、早速授業を始めるぞ。教科書の1ページ目を開きなさい」
『未到達区域』、1ページ目のタイトルはそれだった。
「えー、ここレマリア中央学院の地理では、スカーレット公国の事は殆どやらない。主な内容は今日やる未到達区域についてや、表だってはあまり語られない物などを中心に学んでいく事になる」
それについては、私が教科書を貰った時にすぐに読んだので知っている。
なんとこの本、スカーレット公国について殆ど書かれていないのだ。公国の1番の地理の授業の筈だというのに。
まあ、それはそれで良いというものだ。ロマンが詰まっているとでも言っておこう。
「あー、それではまず。未到達区域について簡単にでも何か言える者はいるか?」
「はい!」
と、その問にすぐさまエステルが挙手をする。
「それではリーヴィハット、言ってみなさい」
「はい! 未到達区域とは、その名の通り未だかつて誰も到達出来ていない大陸の事です。
場所はアトランティス大陸の西で、常に深い霧と乱気流に覆われており近付くことすら出来ない場所です」
「その通りだ。よく予習してきているな。さて、その未到達区域だが、大っぴらに調査は出来ない。その理由は?」
「シェヘラザード教によって禁止されているからです」
「そうだ」
流石はエステルだ。すらすらと答えを言っていく。その様子を見ていると何故か私が誇らしくなってくる。どうだエステルは、凄いだろう。
さて、ここレマリア、及びスカーレット公国は世界最大の大陸である"ヒューロニア大陸"という大陸に存在しており、その西にある大洋が大西洋だ。アトランティス大陸はその大西洋にある。
そして、その大西洋の更に西にあるのが件の"未到達区域"と一般には呼ばれる大陸なのだ。先程彼女が言った通り、そこは常に濃霧と乱気流に覆われており、飛空艇なんかで侵入しようとすればすぐさま墜落してしまう。
また、未到達区域付近の海には凶暴な海獣達が生息しており、船での侵入も不可能。
因みに、未到達区域は別名憧れの地とも呼ばれている。その名が示すとおり、人々はいつだって未知を追い求め、辿り着けない場所に憧れを求めていたのだろう。
「その教科書に"未到達区域周辺に生息する海獣一覧"があるだろう。次回の最初の小テストではそれをやるからな。覚えてこい」
私はその欄を見る。最大で全長300メルトにもなる巨大魚"大洋蛇"、巨大な体と強靭な顎によって豪華客船をも食い千切る"殺鬼喰魚"、体長は1メルト程だが群れで行動し、まるで魚雷のように船底を食い破る"弾丸魚"……。
その種類はざっと見ただけだが30種類以上はありそうな気がする。次回の地理の授業は……明後日。自分は物覚えは良い方だと思うが果たして覚えられるのだろうか。不安になる。
そんな不安を残したまま、この授業は終わったのだった。
次の授業はこちらも選択科目の1つ、"精霊術"だ。しかしこちらは先程の地理とは違いかなりの人気科目であるらしく、広い講堂はほぼ満席となっている。
私達2人はたまたま空いていたーーーその後ろにはさも当然の如くローシャーが座っている為何か作為的なものを感じるがーーー席に座り、教科書を鞄から取り出して教師の到着を待った。
「……ねぇねぇ、"公国の守護樹"ってどんな人なんだろ」
「さあ……噂ではちっちゃい女の子らしいけど」
「え、私は逆に背の高いお姉さんって聞いたよ?」
「俺は筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だと」
「「それはない」」
周囲ではこの授業の教師についてひそひそと話し合っている。その中でふと気になる単語が耳に入った。
「エステル、"公国の守護樹"って何? 樹ってことは木なの?」
「違う、とは言い切れないかな」
その言葉に、私の脳内では動く魔物の木、即ち妖樹種がちょこちょこと動き回った。
「あ、多分今シンが想像してるようなのじゃないよ」
が、その言葉ですぐに動きを止めて灰となって崩れ去る。
「その人は滅多に表舞台には出てこないからね。あんまり外見は知られてないんだよ。私も1回しか会ったことないし。だから、そんな人が教師を勤める事になったから今年は例年よりも精霊術の志望者数が多かったらしいよ」
「へえ」
仮にも宰相の娘である彼女ですら1度しか会ったことがないという事は相当なのだろう。
「その人はーーー」
と、彼女が言いかけた時だった。
「皆さん、おはようございます」
静かな、それでいて透き通るような声が講堂内に響く。その声はお世辞にも大きいという訳ではなかったというのに、それだけで広い部屋の中はしんと静まり返った。
教壇へと向かうその少女を、中にいる皆が見つめる。
林檎の髪飾りをつけた膝下まで伸びる深緑色の髪、美しい白い肌、エメラルドグリーンの如き瞳。瞼はやや下がり気味で、所謂『眠そう』な表情をしている。
そして、背には2対4枚の淡く光る羽根が生えており、彼女が妖精、それも通常の2枚しか羽根を持たない者とは違う、所謂"大妖精"だという事を証明していた。
緑色のドレスに、やや藍がかった緑のケープ。それはシンプルな刺繍が施されており、胸元の留め具には血のように紅い蝙蝠のような形をした物が使われていた。そしてそれは、スカーレット家の紋章でもあるものだった。これだけでも彼女がスカーレット家に深く関わる者だということが分かる。
だが、そんな事よりも気になる事がある。
彼女からは、殆ど何も感じないのだ。パッと見ただけだが、魔力は少なそうだし特に筋肉がついているわけでもない。
ただ、"貫禄"が彼女からは感じ取れた。長い年月を激しい戦場で過ごしたかのような、そんな雰囲気を彼女は纏っていた。
「精霊術の講義を担当する、ウィスピー・イーストウッドです。これからよろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
皆が圧倒され、揃ってその言葉を言い返す。
「さて、まずは簡単に精霊についての説明をしましょう。
精霊とは、空気中に無数に存在する"魔素"と呼ばれる物質が集まり、それにちっぽけな魂が入り込む事によって擬似的な生命体を形作った物です。肉体が存在しない為に寿命はありませんが、それ故に意思も存在しません。因みに、入り込む魂が大きければ私達のような"妖精"と呼ばれる生物になります。それらに関してはまた後ほど生物学で習う事でしょう。
魔素は同じ属性同士で引き付け合います。植物より漏れ出た魔素ならばそれら同士、炎より漏れ出した物ならそれら同士で、という風になりますので、自然と精霊にも属性が生まれます」
濁流の如く押し寄せる情報の嵐に、既に私の頭のダムは決壊寸前までいっていた。
正直、自分としては術が扱えればそれでいいので理論的な事はそんなに知らなくてもいいのだが……。
「言っておきますが、理論は大事ですよ。精霊術は『精霊が何処から来て、どのような物なのか』を理解しておく必要があります。その方がイメージがしやすいですからね。
魔法や精霊術は武器です。仕組みを知っていなければ使えこそすれど故障した時に直せませんし、自分好みに改造する事も出来ません」
だが、そんな私の心を見透かしたかのようにそんな事を言ってくる。
なるほど、自分に合うように改造が出来るのか。確かにそれは理論を知っていないとダメそうだ。私はなんとか決壊寸前のダムを補強しつつ授業を聞いた。
「精霊にはふらふらと空気中を漂う"自由型"と人に憑く"憑依型"の2種類が存在します。"憑依型"はその人がこれまでよく触れてきた物によって属性が変わり、例えば山の中で過ごしていたならば植物や土、石の精霊が憑いているでしょうし、海で過ごしていたならば水や塩の精霊が憑いているでしょう。
さて、それではまずはあなた達に憑いている精霊を見るところから始めましょうか。今から私の唱える呪文を唱えて下さい。『アペアレンス』」
「「「『アペアレンス』!」」」
室内の生徒達が一斉に唱える。
すると、生徒達の周囲に淡く光る光球のような物がふよふよと浮いているのが見えるようになる。これが精霊だろうか。
私の周囲には黒茶色の物が3体浮いていた。
「シンのは何の精霊なんだろう?」
「さぁ……? エステルはどんな……うわ、す、凄いね」
「何でこんなにまとわりつかれてるんだろうね」
そんな私とは正反対に、エステルには赤青黄、果ては黒まで様々な色の精霊が無数に憑いていた。私の、黒茶色の物はいなかったが。
因みに、背後のローシャーには1匹も憑いてはいなかった。
「ほう、流石はエステルです。そこまで精霊に愛される者はこれまで見た事がありませんよ」
そんな私達にウィスピーが気付く。
「炎、水、電気、植物、土、石……これならば多様な術を使うことが出来るでしょう。
隣のリュートスさんは……」
と、そこで一瞬だけ、これまで殆ど変わらなかった温和な表情が動いたのを私は見逃さなかった。
その動いた先の表情は、恐らく訝しむような物だろうという事も見抜く事が出来た。
「……なるほど、リュートスさんは無煙火薬の精霊に懐かれているようですね」
「……っ」
「試験では素晴らしい射撃技術を見せてくれたと聞きました。そこまで銃に触れる機会があったのですか?」
その言葉で教室内が騒然となり、いくつもの視線が私に突き刺さる。
火薬の精霊。心当たりが多すぎる。まずい、このままでは平穏な学園生活どころではない。まさかこんな事でばれるなんて。
彼女は訝しむような表情を浮かべている。当然だ。こんな歳の子供が精霊に愛される程銃火器に触れる事なんて、それこそ冒険者でもない限り有り得ないだろう。正直私としても想定外だった。
「……過去に親(代わり)から銃の技術を叩き込まれたので、きっとそれででしょう」
「……そうですか」
やや苦しい言い訳だったが、とりあえずは納得したようで視線を背後のローシャーへと移し、驚愕する。
「あー……」
「私としてもこれは予想外だったっす。まさか自分がここまで精霊に好かれないとは」
「……まあ、精霊術は自分に憑いていない、自由型を使う物もありますので、気を落とさないで下さいね」
そうして、精霊術の授業は終わったのだった。
その後も様々な授業が続き、ようやく終礼が終わり下校となるーーー筈だった。
「シーンっ! 部活行こ!」
教室から出ようとした時に、その言葉と共に背後からエステルに抱きつかれる。
そうだった。私は旅行同好会に入ったんだった。正直忘れていた。
「うん」
「ふふふ……じゃあしゅっぱーつ!!」
そうして、私達はあの寂れた部室へと向かったのだった。
主人公のセリフが少なすぎるッピ!