心の訪問者
ーーーダン、ダン、ダン。無数の破裂音が騒がしい屋敷の中に響き渡る。だがそれは更に多くの破裂音によって掻き消される。
廊下を自動小銃を構えた警備員達が駆ける。その目標はたった一人。そのたった一人に確認できただけでもこの僅か数分で36発の銃弾が放たれ36人が殺された。
「……」
「くそったれェッ!!!」
「く、来るなァっ!!」
木製の扉の前で二人の男がこちらに向け発砲する。20発の鉛弾が回転しつつこちらに飛来する。
だが、この程度ならば避けられる。走りながらそれらを避け、リボルバーに弾を装填し、五回撃つ。内二発はがむしゃらに乱射していた男二人の額に穴をあけ、後の一発は木製の扉を貫き、残り二発は扉の蝶番を破壊する。
それらが全て終わった後に、飛来していた銃弾が後方の壁や肉塊に当たり鈍い音を立てる。
「……」
それに目をくれることもなく、私は扉を蹴り飛ばす。蝶番の破壊されたそれは鍵を支点に回転し、耐えきれずに倒れる。
「……任務完了」
中はそこまで広くもない部屋。しかし大企業の社長室ともあって内装は豪華絢爛、小さくも煌びやかなシャンデリア、色鮮やかな絨毯、緻密な装飾の施された壁。
そして、その奥には、額に穴のあいた、かつては豚面種だった肉塊が机に向かって鎮座していた。
その顔は恐怖でひどく歪んでいたが、元々醜い豚の顔、特に思う事も無い。
穴から流れ出た赤い血が顔を伝い、これまた煌びやかな金のネックレスにポタポタと落ちていく。
「……?」
念の為死体に近付くと、机の上にある物が置かれていた。写真立てだ。この部屋には似合わないえらく質素な造りの物だった。
その中に飾られている写真では、一人の若い豚面種とこちらも若い人間の女。女の方は子供を抱き、どちらもみすぼらしい格好をしていたがとても明るい、幸せそうな顔をしていた。
それを何故か、無性に撃ちたくなった。何故だろう。まあいい、どうせ再装填するのだから残っている後一発、ここで使ってしまおう。
私は銃をその写真に向けーーー
ーーーーーーー
「……」
瞼を開く。暗闇の中見えるのはいつもの天蓋だ。
ああ、またこの夢だ。最近は見なくなっていたのに……
ふと、顔に手をやる。べっとりとつくのは汗だ。呼吸に意識をやる。その息は荒い。心臓に意識をやる。鼓動が速い。
「……ああ」
声を出してみる。普通の物とは別に喉に詰まっていた息が吐き出される。それで少し、落ち着く。布団の柔らかさが伝わってくる。
ふと、横を見る。そこにはスヤスヤと眠っている一人の少女。彼女の白い翼がふわりと私の上に被さってくる。それでまた、安心する。
偶然なのか意図的なのかは分からないが、心臓の鼓動は遅くなっているし、息は落ち着いている。汗もいつの間にか蒸発していた。これならばまた眠れることだろう。
「……ありがとう」
私はエステルに小さく礼を言い、彼女の方を向いて目を閉じた。
途端に意識が闇の中へと落ちていく。だが、もうあんな夢は見ないだろう。なぜなら、私には彼女がいるのだから……
夜が明ける。太陽がのぼりレマリアの摩天楼の光が日光に上書きされていく。
今日は昨日とは違い、普通に授業をした。魔法力学、数学、物理学……難解な単語や数字や記号が並べられる授業。だが、こうして皆と同じように教えを受けるという事がこれまで無かったので中々に新鮮な体験だった。因みに、エステルは寝ていた。
そして訪れた昼休み。リーグは教師に呼ばれて行った。私は寝ているエステルを起こし、二人で食堂へと向かおうとしたのだが……
「リュートスさん、ちょっといいっすか?」
立ち上がった瞬間、悪魔族の少女に呼び止められる。背丈は私と同じくらいだ。そして、昨日僅かな視線をこちらに常に向けていた。
そんな彼女が、ニマニマと笑いながら私に話しかけてくる。その笑みは、エステルの物とはまた違う、感情の読めない表情だ。普通の用事では無いだろう。
「なんですか?」
「少し場所を変えても?」
「ここでお願いします」
「そこを何とか!」
「無理です」
ひどく食い下がってくる。面倒臭い。リーグに似た面倒臭さだ。体の起伏の少なさも似ているし、体型が似れば性格も似るのだろうか。
「ふあぁ……あれ、ローシャー?」
「あ、エステル様。おはようございます」
「うん、おはよ〜」
そんな時に、エステルが起きて背伸びをする。
「エステル、この人は?」
「この人って、ちょっと突き放した言い方じゃないっすか?」
「突き放してなんかない。最初から離れてるだけ。で、この人は?」
「彼女はローシャー。リーフ王女の護衛だよ」
「リーフ王女?」
「そういう事っす。私はローシャー・リーフ・デルビート、リーフ王女殿下の護衛っす。まあ、今はただの学生っすけどね」
ヘラヘラと笑う。
リーフ王女、確か少し前に追放されたこの国の王女だ。確か理由は『弱いから』。一般には伏せられているがエステルに教えてもらっていた。
追放を決めたのはこの国の公妃、キャサリン・グロリア・スカーレット。彼女の家であるスカーレット家は代々『最も強い者』が家を継いでおり、彼女もそうやって成り上がったそうだ。
そんな彼女にしてみれば、陰で出来損ないとまで言われるリーフを許す事など出来なかったのだろう。
だが、現在子供はリーフただ一人。正直愚かな選択だと思う。
話が逸れた。いくら仕えるべき主がいなくなったとはいえ、普通なら別の仕事を与えられると思うのだが……疎まれでもしたのだろうか、それとも目的があって入学したのか。……まあ、恐らくは後者だろうが。
見たところ武器は持っていないようだが、体のどこに魔法陣やら武器やらを仕込んでいるか分からない。
実際、今だって目に彫った魔法|陣を何時でも起動出来るように魔力を集めている。
実力が未知数の中、人のいない所に行くのはあまりにも危険だ。
「丁度いい。エステル様も一緒でいいので、場所を変えるっすよ」
「無理です」
「うーん……ここじゃダメな事なの?」
「そうですね」
「もしかして、これ?」
そう言いながら右手を銃の形にする。
「……そうですね」
表情は崩れない。だが一瞬息が詰まっていた。エステルは見た目に反して意外と鋭い。まさか当てられるとは思っていなかったのだろう。
銃の形、それが示す物は彼女の目的が私の場合、十中八九マフィアの事だ。まあ大体予想はついていたが……
しかし、様付けをしている辺り彼女はエステルより下にいるのだろう。という事はエステルと共にいれば何かされる心配も無い訳で。ならば、
「分かった。ただし場所は時計台で」
「それでいいっすよ。まあ何処でもアンタが危惧してるような事はないっすけどね」
「ねえ、放課後じゃ駄目なの?」
「放課後は私に少し用事がありまして」
「ふーん。でもなるべく早く終わろうね。お昼ご飯食べられないよ」
「承知しております」
そんな訳で、私達は時計台へとやってきた。外へ出れば学園が一望できる。
ここはかつてはレマリアキャッスルに次ぐ高さの建築物だったのだが、周囲が高層ビルで囲まれてしまってはあまり目立たなくなってしまったらしい。
しかしそのベルは現代においてもレマリアの時間を住民達に意識させていた。
「単刀直入に聞くっす。アンタは死体祭りっすか?」
「違います」
思った以上に直球だった。
死体祭り、マフィア内では八号とだけ呼ばれている私だが、外ではそんな名前で呼ばれているらしい。本人なのに知ったのは脱出してからだ。
「隠さなくてもいいっすよ。ここには私とエステル様、そしてアンタしかいないっす。エステル様にはもう話しているんでしょう?」
「何の事だか」
とぼけてみせる。
確かにエステルは知っているが、それをわざわざ今会ったところの相手に話してやる必要はない。
「それに、人に話を聞く時は武器は収めるべきでは? 目の魔法陣をいつでも起動出来るようにしているようですけど、公国秘密情報局の諜報員さん?」
「にゃはは、何の事やら」
無機質な笑顔を貼り付けてとぼける。今度は予想していたのか息もブレない。
スカーレット公国秘密情報局。公王直属の組織であり、国内外での諜報活動を行う組織だ。だが、表向きには存在しない組織とされており、構成員は全員何らかの『表での肩書き』を持っている。理由は活動内容が表に出せないような物ばかりだからだ。
時には他の国家の国家元首の暗殺、情報操作などを行い、また時には国内での要注意人物の暗殺や監視などを行う。
私がノースマフィア出身だという事は既に知られている。一応下っ端だったという事になっているが。そんな人物がマークされない訳がない。
今回ここまで思い切った行動に出たのは宰相に保護されているから裏での工作があまり出来なかったのだろう。
「アンタはノースマフィアについてかなり話してくれたっす。
浮遊島基地の場所、武器や食料の仕入れ先、戦力の概要、そして幹部やボス、『ナンバーズ』の存在……まあ、基地は急行した時には既にもぬけの殻で、仕入れ先も一つは潰せたっすけど恐らくまだ存在する。それでも弱体化した事には変わりはない。
その功績もあるっすから、今更アンタが史上最恐の暗殺者だった所で何かする訳じゃないっすよ」
そう言って、瞳の魔法陣から魔力を抜く。
「実を言うと、私アンタを見た事があるんすよ」
「へえ」
「少し前、ソルド王国に行ったことがあるんすよ。
それでレヴソールの軍需企業の元へ行ったんすけど、着く前に館が騒がしくなって。何事かと走っていったらなんと護衛が全員殺されていたっす。で、視界の端に黒ローブの誰かが窓から飛び出てくるのが見えて。
仮面を被っていたから顔は見えなかったっすけど、何故か殺気を放っていて、それを浴びた直後に撃たれたっす。まあ急所はたまたま外れてたんで今こうして生きているんすけどね」
そうしてまたヘラヘラと笑う。
「で、その時浴びた殺気が教室でアンタが放った物と似ていたんすよ。気は人によってかなり違って、逆に同じ人ならば違う気でも似ている物っす」
「それで私が死体祭りだと? 馬鹿馬鹿しい」
どうやら確たる証拠は持っていないようだ。これなら私が認めない限り大丈夫だろう。ただし、ここまで食い下がってくるということは情報局は私をそれだとほぼ確信しているだろうし、平穏な学園生活はもう送れないかもしれない。
「……正直言うと、アンタが認めるか認めないかなんてあまり関係ないんすよね。手を出していないのは宰相閣下の保護下にあるからで、それが無ければマフィアの構成員だったという時点で拷問にかけられてるっす」
「でしょうね」
「で、もしアンタが情報局に死体祭りの疑いありと判断されればいくら保護下にあろうが全力でアンタを捕縛しようとするっす」
「……」
ローシャーが手すりに座って言う。
「でも、アンタは強い。捕まえようとすればかなりの死者が出る筈っす。だから」
「だから、まだ上には言ってないんでしょ? 寝ている竜をわざわざ起こしたくないから」
今までずっと黙っていたエステルが言った。
「そうです。この事を知っているのは私とメルシィだけです」
「そう、それが正解。シンを捕まえようと思ったら、それこそ四天王でも連れてこない限り無理。危機察知能力だって凄いんだから」
いや流石に情報局にだって私以上の者はいるだろうとか、色々と言いたい事はあるがとりあえず黙っておく。
「はは……、なんでそんなに強いんすか?」
諦めたような顔をこちらに向けてくる。
「私に聞かれても……」
「シンはね、処刑寸前の私を助けてくれて、何人もの兵士達を薙ぎ倒してアジトから脱出した。私なんて完全に足でまといなのに傷一つ負ってなかったの」
「……凄いですね」
「でも、それが最後。もうシンは人を殺さない。だって約束したもんね」
「約束ですか……」
約束。私達が脱出してレマリアへ帰ってきた後にやった物だ。私が自分は暗殺者だと明かした時に。
「信用出来るんですか?」
「あなた達は信用出来ないだろうけど、私はしてるからね」
「なるほど……はは、例え世界が敵に回っても自分だけは味方でいると?」
「違うよ。そんな状況で私一人味方でも足でまといにしかならないじゃん。そうじゃなくてーーー」
スタスタと歩き、跳んで手すりの上に立つ。そして摩天楼を背に両手を左右に大きく広げる。
ーーーあなたがやってきた事は確かに許される事じゃない。でも、これからは絶対に殺さないって約束してくれるなら、私はシンを信じて離さないよ。
だから、約束して。それなら私はーーー
「ーーー私が世界を敵に回させない。例え味方がいなくても」
「そう……ですか。はは、エステル様には敵いませんね」
「でしょう? じゃあもう昼ご飯食べに行ってもいいよね?」
「構いません。申し訳ありませんでした」
「いいよ。また後でね、ローシャー」
そう言い、呆然と突っ立っていた私の手をくいくいと引く。
「シンドバッドさん」
「……何?」
「一つだけ、聞いてもいいっすか?」
ベランダから中に入る直前、彼女が呼び止める。
「……アンタはここで、何をするつもりなんすか?」
「何を……」
何をするつもり……どう、生きていくつもり……か。あまり考えた事は無かったが……
私の目的は……願いは。
「私はエステルと日常を送る。ただそれだけ」
「そう……っすか……。呼び止めて悪かったっすね。ではまた後で、教室で」
「また後で」
そうとだけ答えて、私は時計台を降りていった。前を走るエステルは何故か少し嬉しそうだった。
「日常……っすか。アンタがそれを送るのはとても難しそうっすけど……」
レマリアの中心に鎮座する城を見つめながら呟く。
「にゃはは、私に出来る事は願う事だけっすかね。それが平穏に繋がるなら……」
風が吹き、服がはためく。その瞬間には彼女の姿は掻き消えていた。
異名は某ホラゲーです