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エステルとシンドバッド

ーーニルシア暦1661年、9月12日。この日、世界トップクラスの国力を持ち、かつて神々と激しい戦いを繰り広げた"魔王"の治める国、『スカーレット公国』の宰相の娘が乗る大型飛空挺が何者かの襲撃を受け、娘が消息を絶つという事件が発生した。

 溺愛している一人娘を失った宰相はすぐに捜索を始めさせようとした。しかし、その必要はすぐに無くなった。事件の翌日にある小包が彼の元に届いたからである。その中には手紙と音声晶石が入っていた。


「宰相閣下の娘、エステル・リーヴィハットは我々ノースマフィアが預かった。無事に返して欲しくば80億シェードを25日までにラズナー国のコスターン銀行のB35口座に振り込め。

 期限まで毎日エステル嬢の新鮮な悲鳴を封じた音声晶石を送る。期限までに振り込めばこちらで回復し、無傷で返す。

 しかし期限を超えれば今度は晶石の代わりに麗しい首が同封される事になるだろう」……それが、手紙の内容であった。そして、同封されていた晶石を起動させると


「ーーーー!!!」


 言葉にならない叫び声が鳴り響く。それは紛れも無く彼のよく知る娘の声だったーー




 時は少し遡り、9月13日、浮遊島。ここにはいくつもあるノースマフィアのアジトの1つがある。


「この肝心な時に拷問官が負傷とは、使えん奴だ」

「拘束具が緩くなっていた様で。捨て身の反撃をくらってしまったらしく、まともに動ける様になるにはしばし時間が必要かと……」


 この浮遊島は常に雲に覆われており、見つけるのは困難を極める。更に、小さいながら湖や森もあり、寒いという事を除けば快適な場所であった。

 そんな島に建造されたアジトの廊下で、2人の男が歩いていた。


「ふむ……ならば代わりにあいつを使うとしよう」


男はニヤリと笑い、ある者が待機する部屋へと向かったのだった。



 ガチャリと音を立てて鋼鉄製の扉が開き、薄暗い部屋の中へと1人の少女が入ってくる。彼女は整った顔立ちで、肩までの長さの赤紫色の髪。そして頭部に生える2本の湾曲した禍々しい角、背に生やす一対の蝙蝠のような翼……"竜人(ドラゴノイド)"の特徴である。

 彼女は入ると、その部屋の中央にある椅子。そこに座る少女の元へと近寄っていく。

 その少女は彼女と同年代のような見た目で、黄金の長く美しい髪に、背には先程とは対照的な純白のこれまた美しい天使の様な翼があった。彼女は鳥人の一種、"鴎翼人(シーガラー)"であった。

 両手足首は椅子に拘束されており、動かす事は出来ない様子だった。拘束されている少女は彼女が入ってきたのに気付くと、そちらを向いて口を開いた。


「あなたが私の拷問官さん? 私はエステル! あなたは?」

「……」


 そう問い掛けられるが、彼女は何も答えない。


「さっき入ってきた人にすぐに拷問官が来るって言われて、どうせオッサンが来るんだろうなーとか思ってたけれど、まさか女の子が来るなんて」

「……」

「良かった〜。拷問されるにしても、オッサンより女の子の方が良いもんね」


 などと、意味が分かるような分からないような理屈で安堵しているエステルの近くに寄っていった彼女は、おもむろに丸い玉を取り出し、台の上に置く。

 その玉は音声晶石といい、新品に魔力を流すと起動してその間に流れた音を録音し、再び魔力を流す事によって録音を止める。その後にまた魔力を流すと録音された音が流れるという便利な代物である。


「それって音声晶石? あ、分かった。それに私の悲鳴でも録るつもりでしょう。私は賢いのよ」

「……」


 彼女が話すのを無視しつつ、今度はペンチを取り出して爪を挟み、


「え、もうやるの? 待って心の準備が」


 勢いよく剥がす。爪に付いた赤い血が細かい粒となって宙を舞う。


「ーーーーっ!!!!」


 声にならない悲鳴が飛び出る。彼女はすかさず晶石に魔力を流し録音する。剥がした爪はトレイの中に落としておく。


「っ……はぁ、はぁ……」


 彼女は俯いて荒い吐息を吐き出している。爪が剥がされ、親指に血が滲む。それを少し見て、そして背を向けて部屋を出ようとする。


「……すうううぅぅぅ、はぁぁぁぁぁ……」


 後方で震えた深呼吸の音、そして


「た、耐えたわよ……」

「……」


 彼女が振り返ったそこには、唇を噛み震えた笑顔で彼女を睨みつけるエステルの姿があった。表情には出さなかったが、彼女は内心驚いていた。普通、この年頃の少女ならば爪を剥がされたならば恐ろしい悲鳴を上げて泣き叫んでいるところだ。

 いや、そもそもこのような場所で拘束された時点でその状態になっていてもおかしくは無いのに、彼女は平然として、拷問官だと分かっている相手にもぐいぐいと話しかけていた。恐らく、精神が人よりも図太いのだ。彼女はそう考えた。

 そして、それならばなんの問題も無い。精神が折れるまで何度も何度も繰り返すだけだ。指の1本でも切り落とせば簡単に堕ちるだろう。そう、考えていた。



 だが、すぐに彼女のその考えは甘いと思い知らされる事となる。



 次の日、彼女は再びやってきた。今度は晶石とハサミを持って。エステルは彼女が入ってくるのを見るや否や何故か顔が明るくなった。


「あ、今日もあなたなのね。嬉しいわ」

「……」


 その言葉に気味の悪さを感じつつも黙々と準備を進める。


「私がここで見るのって、あなたを除いたら牢屋から見える看守のオッサンとここに連れてくるオッサンだけだから暇なのよ」

「……」

「だから同年代の女の子と会えるのは本当に嬉しいの。昨日は爪だったわね。そのハサミ的に今日は指でも切り落とすのね?」

「……」


 そこまで分かっていてもまだ慌てる様子を見せないのに彼女は驚きよりも感心する。その精神の強さを活かしてスパイでも出来そうだ、と思っていた。

 彼女は思った。この余裕は指を切り落としても大回復(ハイヒール)でくっつけるのを分かっているからだと。しかし、指を切り落とされるのは想像よりも遥かに大きな痛みを伴うのだ。それを体験しても心を保っていられるとは思えなかった。

 ハサミを開き、指を刃と刃の間に入れる。触れた時に鉄の冷たさが少女の指をぴくりと震わせる。エステルは目をぎゅっと閉じ、頬の内側を噛んでいる様だった。心の準備は整っているらしい。


 ザク、という音と共に右の人差し指が手から離れる。取れた方の指の断面から血がとろりと流れ、ハサミを離すと次は手に付いている方の断面から血がピュッピュッと飛び出てくる。


「ーーーーーっ!!!?」


 閉じていた目がかっと開かれ、またも声にならない悲鳴が出る。だが、昨日よりも短かった。しかし、録音は出来た。問題無い。


「ーーっ、はぁっ、っあぁ、はぁ……」


 彼女の口から荒い吐息が吐き出て、顔を汗が伝う。


「ふふ……昨日よりも早いでしょ……」


 無理を感じさせる笑みを浮かべる。

 だが、これは想定範囲内だ。指を耐えるのならば大回復でいくらでも回復させられるのだから耐えられない程の痛みを与えてやればいい。それこそ腕でも、翼でも。彼女はそう思った。



 それからも拷問の日々が続いた。

 次の日は腕を切り落とした。その次は足を、その次は翼を切り落とした。血が宙を舞い、服や壁にこびり付く。常人ならば既に心の底から屈服している程の痛みを与えた。与えた筈だった。

 なのに、悲鳴の後に彼女の口から吐き出される言葉といえば、


「……今日も記録更新よ。昨日よりも早かったわ」


「ねえ、そろそろ名前くらい教えてよ」


「つ、翼は痛いって!! でも耐えたわ!」


「もう結構長い付き合いになるんだし名前くらいは教えてくれてもいいんじゃないの?」


「あなたの角とっても綺麗! 一本くれない? 先っちょだけ! 先っちょだけでいいから!」


「ねえ名前……もうこっちで勝手に名前付けてもいい? あなたの名前は……ツノ?」


「ねえ、昨日よりも痛くない? ツノって名前がそんなに気に食わなかったの?」


 ……というように、ふざけた物ばかりだ。少しくらいは落ち込んでもいいと思うのだが。あの少女は、一体何なのだろうか。どうすれば屈服させられるのだろうか。考える。

 そうこうしているうちに、今日も拷問が始まる。扉を開ければ、そこにはいつものように彼女がいる。


「あ! ツ……じゃなくて、シンドバッド!!」

「……シンドバッド?」

「そう! あなたの新しい名前!! 図書館にあるいつ書かれたのかも分からない物語に出てくるキャラで、鉱山から自分を大鷲に掴ませて脱出するの!!」


 変なキャラクターの名前にしたものだ。まあ、どのような名前で呼ばれようが関係ない。私は私の仕事をするだけだ……


「あ! あなた今返事してくれた! 自然だったから気付かなかったけど初めて返事してくれた!!」

「!!」


 はっとして反射的に口を押さえる。それを彼女が顔をニヤニヤとさせながら見てくる。

 そうだ、実に自然と私は返事をしてしまっていた。たった一言だが……

 基本的に、拷問官は対象と会話をしない。してはいけない。情が移ってしまってはいけないからだ。

 それを分かっていたはずなのに……忌々しい。


「シンドバッド……長いしシンでいっか」


 自分で決めた名前をいきなり略す。それを気にしないふりをしつつ黙々と準備を整える。今日はノコギリでゆっくりと切る事にしよう。

 長いノコギリを手に持ち、右翼の付け根に当てる。


「う……今日も耐えるわよ!」

「……」

「シン! 一思いにやって!!」

「……」


 ぎゅっと目を閉じる。本当は心構えなどさせたくなかったのだが、まあいい。私はノコギリをゆっくりと引き始めたーーー



「……っ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「……」

「ひ、一思いにって言ったじゃん……」

「……」


 ノコギリの血を拭き取っている時、いつものように彼女は話し始めた。


「……でも耐えた!」

「……」

「ねえ、シン。あなた私と同じくらいの歳でしょ? ずっとマフィア(ここ)にいるの?」


 珍しく、そんな事を尋ねてくる。答えが返ってくるとは思っていないだろうが……いや、さっき返してしまったせいで希望を与えてしまったのだろうか。拷問官失格だ。私は拷問官ではないが。

 いつものように無視する。


「両親はいないの? それとも両親がマフィアなの?」

「……」


 やはり希望を与えてしまっていたらしい。いつもよりもプライベートな事を尋ねてくる。明日はさっさと済ませてしまおう。


「そんなんじゃあ、友達とかいないでしょ」

「……」


 苛立ちが止まらない。さっさと済ませて出ていこう。


「ね、ねえ。もしいないんだったら私が……って、ちょっと待って! まだ話のとちゅ」


 ガチャン、扉が閉まる。分厚い鋼鉄の扉は彼女の声を容易く遮断してくれる。


「……何笑ってんだ。気持ちわりぃな」

「……え?」


 外にいた男にそう言われる。ふと、顔に意識を向けてみると。


 頬が少し、上がっていた。



「あ! 来た! おお、今日は随分とやる気まんまぎゃぁっ!!?」


 部屋に入る前から握っていた剣で、彼女の右腕を力任せに切り落とす。

 突然の事で流石の彼女も驚いたのか、いつもよりも派手な叫びを上げた。


「ちょ、早いんぎゃっ!!?」


 すぐに左腕も切り落とす。


「に、二本!? いつもより熱いね!!?」

「……っ!!!」


 それなのに、私の事を恐れもしない。心の中の苛立ちが栓をこじ開けた。


「どうして」

「へ?」

「どうして!! お前は私を恐れない!!」


 叫ぶ。


「何故屈しない!! 何故そんな……」


 唖然とする彼女の目を指さし、叫ぶ。


「何故そんなに希望に満ちた目をしていられるの!!」


 対象のその目は、紅い瞳は、拷問されている側にはとてもではないが似つかない輝きを湛えていた。

 この島は見つからない。対策も完璧だ。絶対に助けが来る事はない。


「……それは」

「お前は明日死ぬ!! 向こうに送り付ける為の生首となる!!」

「……」

「どうだ!! 屈服する気になったか!!」


 はぁ、はぁ、と柄にも合わない荒い息をたてる。額には汗が浮かび、体は火照っていた。

 だが、目の前の少女はそれとは対照的に、冷静で、私を見つめ続け、やがて口を開く。


「……私は、諦められないから」

「何?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、私が大鷲になってみせる」

「……っ」


 得体の知れない感情が次々と湧き出てくる。汗が垂れ、頬が歪むのを必死に耐える。

 きっと彼女の近くに居るからだ。早く部屋から出なければ。私は逃げるようにその場から去った。


 代わりに、また新しい感情が生まれた。



 その日は、自室のベッドにすぐさま突っ伏した。暗く静かな部屋の中にどさり、と音が鳴り響く。埃が舞う。


「……」


 掛け布団に顔を埋めて、思考に耽ける。何も考えなければ、あの忌々しい少女の顔ばかりを思い浮かべてしまうのだ。だから、別の事を考えようとする。


『だから、私が大鷲になってみせる』


「ーーーっ!!!」


 ばっと起き上がり、枕を力任せにベッドに叩きつける。枕は弾け、ベッドが悲鳴をあげる。中の羽が舞い上がり、否が応でもその純白の羽を視界に映らせる。そしてそれは、あの何度も切り落とした翼を連想させてくる。


「……くそ」


 両手で頭を掻きむしる。


「くそくそくそくそ」


 痛い。髪が一本、また一本と抜け落ちる。角に手が当たる。それでも掻きむしる。


「あいつは、あいつは!!」


 気を紛らわせる為に叫ぶ。

 あの少女とはもう会う事はないのだ。明日断頭室で首が落とされる。それをするのは私ではない。

 もう、見なくていい。こんな意味不明な感情など、もう味わなくて済むのだ。


 また、私は一人になれるのだ。


「……あ」


 そう思った瞬間に、理解した。してしまった。

 あの部屋を出た時に生まれた感情、あれは生まれたのではない。思い出しただけだ。

 ずっと感じていて、長い時の中で忘れ去っていた感情。それはーーー



 次の日、小さな部屋でそれは行われる。少女は首に木の枷を嵌められ、床に伏せさせられている。斧を持った男がそこの横に立っていた。見物客は殆どいない。

 大国の宰相の娘の最期にしては、あまりにもあっさりとした状況だった。


「何か最期に言い残す事はあるか? 首と共に送ってやる」


 大男が言う。


「うーん……また今度、自分で言うね」


 そんな状況下にも関わらず、彼女はふざけたようにそう言った。彼は露骨に表情を悪くし、斧を構えた。


「ふざけた事を……」

「えー、ふざけてなんてないよ」

「……」


 彼は堪えるように目を閉じ、そして開いて斧を首元に振り下ろしーーー



 その直前、何者かが部屋の中に入ってくる。()()は赤紫のリボルバーをホルスターから引き抜くと、バン、という音と共に硝煙が()()生まれる。

 瞬間、その部屋の中にいた見物客(構成員)四人と斧を振り下ろした男の頭が撃ち抜かれ、そして斧自身が砕け散る。斧の欠片はパラパラと明後日の方向へと落ちていく。


「信じてたよ」


 希望に満ちた笑顔を浮かべるエステルに、彼女は手を差し伸べる。それを掴み、立ち上がる。


「……お前のせいで、私の人生はめちゃくちゃだ。せめて掴んで離さないで」

「ふふっ、勿論」


 そうして、二人は走り出した。



「脱走だァッ!!!」


 そんな叫びと破裂音がアジト内に響き渡る。その声で、無数の戦闘員が各々の武器を構えて走り出す。

 だが、その誰しもが"彼女達"を認識した直後に人型の肉塊と化していった。


「うひゃー、すっごい」


 走りながら六人を六発で倒し、エンフィールド・リボルバーを折って排莢し、バッグから素早く弾丸をとり、装填し、また撃つ。その度に誰かが倒れていく。


「そこ右!」

「はいよっ!!」


 シンの合図で二人が一斉に右に曲がる。そしてまたも撃ち、放たれた四つの弾丸は四つの蝶番を一斉に破壊する。

 そこに二人が突っ込むと、扉はただ置いただけの板の如く吹き飛び、二人の瞳に満天の星空が映し出される。次に数人の戦闘員が映る。


「羽!!」

「りょっ!!!」


 二人が一斉に翼を広げて羽ばたく。先程までとは比べ物にならない程のスピードで戦闘員達の上空を飛んでいく。彼らはその無防備な姿を撃とうとするも、銃を向ける前に脳が破壊されていた。

 しかし、飛ぶのはいいもののただ生身で飛ぶだけでは簡単にマフィアの飛空挺に追いつかれてしまう。だが、彼女には策があった。


 高速で飛び、とある所に着地する。


「これって……魔女の箒!!」


 とある倉庫。それは浮遊島の端にあり、大量の『魔女の箒』が保管されている場所である。

 自転車の様に立て掛けられているハンドル付きの魔女の箒の内の一つを取り、シンが跨り箒の持ち手の先についている両端に突き出たハンドルを握る。


「早く後ろに乗って!」

「分かった!」


 続いてエステルも跨る。

 直後、箒がふわりと浮かび上がり、開いた出口から大空へと飛び立った。月が輝く満天の星空が、地上が見えない程の分厚い雲海がそれぞれ上下に広がっている。

 後方にはマフィアの基地がある岩石の塊が浮いていた。既にボール程の大きさになっていく。やがて流れてきた雲に隠れて見えなくなった。



 辺りは、静寂に包まれた。


「……どうして、私が来ると?」

「……勘?」


 あどけなくそう答えた。


「無茶をする……」

「ふふ、でも来てくれたでしょ?」

「それは……」


 そう言われて考える。思えば、私はたった一つの感情で動いた事になる。

 彼女がいなくなると思った時に気付いた……寂しさで。寂しさを感じたくないが為に私は動いたのだった。自分の赤紫の銃を握りしめ、断頭室に飛び込んだのだ。


「ねえ、そういえばまだ名前聞いてなかったわね。もう教えてくれるでしょ?」

「……はあ……」


 本当にマイペースだ。拷問でも止められないのならばもう彼女を止めることは出来ないのだろう。


「私に名前は無い。あるのは番号だけ。八号、それが私の番号」

「なるほど……じゃああなたの名前はシンドバッド!! 略してシン!! それで良いでしょ?」

「ええ。それで構わない」


 私は一拍置いて言った。


「私はシン。シンドバッド。お前がエステル。エステル・リーヴィハット」

「私がエステル。エステル・リーヴィハット。あなたがシン。シンドバッド。ふふ、もう覚えた」



 その時、辺りに轟音が響いたと思えば、眼下の雲海を切り裂き、巻き込みながら巨大な飛空挺が浮かび上がってくる。

 本体が80メートル程、分厚い翼は全幅が本体の三倍はありそうな、そんな巨大な鉄の塊だった。あちらこちらに銃座が設置され、狙われればさしもの私でもひとたまりもないだろう。


「あ!! 輸送艦!! スカーレット公国の軍事輸送艦よ!!」

「……」


 警戒したが、どうやら杞憂だったらしい。

 暗い空に点々と窓からの光が浮かび上がっている。少し経ってライトが辺りを警戒するように照らされる。


「……じゃあ、これからもよろしくね。シン」


 後ろから手が差し伸べられる。それを見た私の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。


「ええ。よろしく」


 夜空に浮かぶ巨大な飛空艇、その側で手を繋いだ少女達が箒に乗って飛んでいたーーー

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