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俺の家にはクノイチがいる


翌朝、目覚めると全身が妙に痛かった。

どうやら、あのまま滴をあやした後に床にそのまま寝てしまったようだった。


「いててて、あれ滴?」


周りを見渡すが滴の姿がない。

(昨日は確か、俺の膝でそのまま寝てしまったはずだが)

記憶を遡っていると、滴の声がした。


「ここだよぉ」


確かに部屋の中から声はするのだが、あの幼い少女の姿を目に入れることができない。


「からかってないで、出て来てくれ」

「はーい、ってあわわわ」


慌てている声と共に、俺の背中に衝撃と痛みが走る。

どうやら滴は俺の真上、つまり天井に張り付いていたらしい。

(本物のクノイチの身体能力恐るべし)


「えへへ、ごめんなさい。つい手が滑っちゃって」


滴は反省しながらも笑った顔で言うので、俺も許すしかなかった。

時計を見ると、いつもの起床時間の10分程前だった。

長時間残業明けの朝では珍しかった。


顔を洗い、スマホで今朝のニュースをチェックしながら歯を磨く。

朝食を家で食べる時間がもったいないので、普段はコンビニに立ち寄り、パンやコーヒーを買い会社で食うようにしている。

だが、今日は普段と違う。


「しずく、お腹すいたよぉ」

「そういえばまだ何も食べてなかったな。ちょっと待ってろ何か探してくる」


ほとんど使わないキッチンの棚を開けて、朝食になるものを探すが、出てくる物といえば酒のつまみばかりだ。

冷蔵庫を開けても同じ様な状況だったが、唯一の救いがフルーツヨーグルトがあったことだ。

(令和ブルガリオヨーグルト♪でお馴染みのやつだ)


「今はこれで我慢でしてくれ」


初めて見る、ヨーグルトに興味津々の滴はスプーンを持つなり陽気に


「ヨーグルト、ヨーグルト♪」


と口ずさんだ。

(かわいいかよ、)

そして滴は人生で初めてのヨーグルトを口に運んだ。


「ヨーグルト、ものすごくおいしいぃ」


満面の笑みで食べている滴を見ると俺も自然と笑顔になっていた。

なぜだろう、昨日の疲れが一瞬にして体から抜けていく。

まるで魔法だ。


昔話か何かで座敷わらしの話を聞いたのを思い出した。

何の前触れもなく突然現れ、出会った人を幸せにするという妖怪らしい。

もしかしたら、この子は俺にとっての座敷わらしなのかもしれない。

たとえそうでなくても、今はそう思うことにした。


髪を整え、髭を剃り、スーツに着替え仕事に行く準備はできた。

滴のご飯は奇跡的に見つけたカロリーマイトを机に置いたので心配ない。

玄関で靴を履いている俺を滴はもの寂しい目で見ていた。


「ふみやちゃんと帰ってくるよね」

「当たり前だ、ここは俺の家だし、ここしか帰る場所がない。」

「滴、もう一人はやだよ」

「ちゃんと帰ってくるよ、約束する」

「約束だよ」


二人からは自然と手が伸び、小指と小指を絡ませた。

指の大きさにかなりの違いはあったものの、指切りげんまんにそんなことは関係ない、約束は約束だ。


「いってらっしゃい」

笑顔で迎いだされると、俺は会社までの道のりを急いだ。



「大崎くーん、この発注頼める・か・なー」


デスクで真剣にパソコンに向かっている俺にうざったく仕事を追加してくるのは、上司である長谷川部長だ。

俺を信用しているのかコキ使っているのか知らんが、暇さえあれば追加の仕事を押し付けてくる。

(俺が定時で帰れないのは大体こいつのせいだ)


「はい、分かりました。午前中までに済ましておきます」


淡々と返事をすると、長谷川部長は満面の笑みで


「さすが大崎くん、君に任せておけば安心だからネェ。

それじゃあよ・ろ・し・く。」


長谷川部長がおネエ口調になるとき、それは決まって機嫌が良いときだ。

そういう趣味があるとか、ないとかはさておき、部長の機嫌をはかるものさしとして、仲間たちの間では使われている。


「おう、朝から追加仕事とか、働きもんだねぇ」


と、ぼやいたのは隣のデスクの同僚の青井だ。

大学時代からの知り合いで、お互いに競争心が薄いせいか平社員止まりである。

でも結構話せる奴で、俺が心を全解放できる少ない友人、いやここでは親友とでも言っておこう。


「働きもんじゃねぇよ、上手い断りかたを知らないだけだ」

「なら俺流の"断りかた講座"開こうか?」

「他をあたれ」

「今ならお安くしときますよ旦那」

「てか、お前のパソコン早く起動させろよ」


青井のパソコン画面はまったくの黒だった。


仕事中に頭の中にあったのは家に一人にした滴のことだった。


「今日は残業するわけにはいかないな」


心の声がつい漏れてしまったのを、青井は聞き逃さなかった。


「今日は何か特別なご予定であるんですか?」

「別にそんなんじゃねぇよ、ただ今日は早く帰りてーなって思っただけだよ」

「ふーん」


何か不満げに会話を終えると、青井は俺のデスクから追加分の仕事の資料を持ち出した。


「俺も少し手伝うから、今度何か奢れよ」


青井はたまに良いやつになる。

でもこれなら何とか定時で帰れそうだ。



青井のおかげで定時で帰ることができた俺は、青井のデスクに缶コーヒーを置いて会社を出た。

そして駅近くのスーパーに立ち寄り、自分と滴の分の食料を調達した。

金曜日の夕暮れ時ということもあり、店内は親子連れで賑わっていた。

必ず通るお酒売り場は避け、冷凍食品やらパン、お菓子を買い漁った。

(もちろんヨーグルトも忘れず)

パンパンになった袋を両手に持って店を出た俺は、いつもよりかは早歩きで家へと急いだ。


滴が無事であることを祈りながら、玄関の扉をそーっと開けた。


「ただいま、滴いるか」


返事はなかった。

不安が大きくなり心なしか両手に持っていた袋が、ドンと重く感じた。

靴を脱ぎ捨て、部屋の奥へと進む。

カーテンで閉めきっていて部屋は暗かったので、すぐに電気のスイッチを探す。


「確か、ここら辺に…、あった」


電気を点けて暗闇から解放されると、そこにはベッドですやすやと眠る滴の姿があった。


「無事で良かったぁ」


安堵の声がつい漏れると、その声で滴を起こしてしまったらしい。


「んー、あれ、大崎おかえりなさい」

「ただいま滴」


こう短く言葉を交わすと、滴はベッドから起き上がり一緒に夕飯の支度を手伝ってくれた。


「これはなぁに」

「これか?これは焼きそばだ。もちもちの麺と野菜と肉をこのソースっていうので混ぜれば完成だ」


思えばキッチンに立って、料理をするなんていつぶりだろうか。

ここ最近は多忙でコンビニ弁当で済ますことが多かったが、滴のことを考えて自分で作ることにした。

(こう見えてもオムライスや焼きそば程度の簡単な自炊はできる俺である)


二人で作ると言っても、滴に包丁や火を扱わせるわけにはいかないので、仕上げの目玉焼きの卵を割ってもらった。


「いいか、こうやって角に卵を何回かぶつけて、このひびに指をいれて開くんだ」


「うん、わかった」


パカッといい音がすると、卵はフライパンめがけて飛び込んだ。


「やったぁ、滴は達人だね」

「あっあぁ、確かに達人だな」


滴が嬉しそうにこちらを見るので、俺は殻が大量に入った目玉焼きを横目に、苦笑いで返事をした。

(滴に机を拭いてもらっている間に、殻を一つ一つ丁寧に取り除いて上げたはここだけの話。)


他所から見れば親子のように見えるかもしれないが、滴が命を狙いにきたクノイチであることは決して忘れていなかった。

本当に滴は何なんだろう、今夜はそれをとことん追及しようと思った。


続く

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