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見てはいけないやつ

「クランドー、どこー?」


 鬱蒼とした森は暗い。うろうろと呼びかけながらさ迷う。

 がさがさとした葉擦れの音は僕が立てているものだけで、何とも心細い。

 普段なら聞こえる鳥や小動物の鳴き声もないことが、妙に不安感を煽った。


「ううっ、クランド、どこ行っちゃったんだろう……」


 寂しさに負けて、つい独り言が漏れてしまう。早くクランドを見つけて帰りたい……。


 地面から出っ張った木の根は歩き難くて、時折足を取られて転びかける。

 辺りには見慣れない植物も多く、ちょっとばかりおどろおどろしかった。


 木の陰、枝葉の中、草木の奥、探し回るけれど、クランドは見つからない。

 クランドには羽が生えているから、木の上にいるのか、下にいるのかも検討がつかなかった。おろおろ、困惑する。


「クランドー、ごはん……ごはん? お花だよー」


 左手に青バラを編み、口の横に手を添えて呼びかける。これで見つかればいいのだけど……。


 淡い希望を抱いて辺りを捜索していると、ガサァッ!! 派手な音と怒鳴り声が聞こえた。

 ひっ、思わず心臓が竦み上がる。


 恐々音の方へ近付くと、不明瞭だった話し声が聞き取りやすくなってきた。

 物音を消して、木陰に身を潜める。

 そっと様子を窺うと、見慣れないふたりの男の人が、暴れる白いトカゲに首輪をつけているところだった。


 ――クランド!?


 思わず叫びそうになった喉を、懸命に堪える。

 羽を伸ばして必死に逃れようとしている白いトカゲは、何度確認してもクランドだった。


「くそっ! 大人しくしろ!!」

「何やってんだ、不器用」

「うるせぇな、お前がやれよ!」


 煙草を吸っている人へ、首輪の鎖を持った人が悪態をついている。

 無理矢理引かれた鎖に合わせて、じたばたと飛んでいたクランドの身体が、がくんと揺れた。

 苦しそうな仕打ちに、あんまりだと息を呑む。


 絶対にクランドを助け出す!

 呼吸を整えて、意識を集中させた。


「さっさとしろよ。いつまではしゃいでんだ」

「指図すんな! おい、いい加減大人しくし、ぶぎゃ!?」

「な、なんだぁ!?」


 指を鳴らして、クランドを捕まえている人の頭上に、大量の花を降らせる。

 成人男性を埋めるほど花を編むのは中々骨が折れたけれど、彼の手から離れた鎖が宙を舞った。


 吹っ飛んだクランドを慌てて抱き留め、踵を返して駆け出す。けれどもその身体が、何かにぶつかって弾き飛ばされた。

 いたたっ、こんなところに木なんて、生えていたっけ……?


「待てやガキが!! げっ、お頭……」

「何遊んでやがる」


 見上げたそれは木ではなく大柄な男の人で、とても人相が悪かった。

 率直に表現するなら、人をいっぱい殺してそうな風貌だろうか。

 後ろから追ってきた煙草の人が声音を引き攣らせ、僕も僕で頭上から落とされた低い声に足が竦んだ。


 ぬっと伸ばされた太い腕に驚き、弾かれたように走り出す。けれども掴まれた襟首が引き寄せられ、首が絞まった。


「っい、いやです! 離してください!! 師匠! 師匠!!」

「魔術師か」

「花を出すなんて、聞いたことありやせん」

「師匠ッ、助けてください! ししょ、むぐっ、んんーっ!!」

「黙れ」


 大きな手で口を塞がれ、ぞっとする。

 縦幅も横幅も圧倒的に自分より大きな人物に取り押さえられて、恐怖に涙が滲んだ。

 いやだいやだ! クランドを誘拐しようとした人たちだ、絶対に悪い人たちだ! 何とかして逃げなきゃ!


「こいつ、どうしやすか?」

「小奇麗な面ぁしてやがる。ヴィントの金持ちに売るぞ」

「へい」


 彼等が何を話しているのかはわからなかったけれど、自分の身に危険が迫っていることはよくわかった。

 必死にもがいて暴れる。こんな近接距離で花を編んだって、何の役にも立たない!


 ぐったりしているクランドを片腕に抱えて、腕を引き剥がそうと抵抗する。

 びくともしないそれに、絶望感が増した。森のすぐ傍では賑わう町があるのに、温度差がひどい。


 必死に爪を立てていた手を捻り上げられ、痛みに呻く。僕の腕を掴んでいたのは、煙草の男だった。

 にやにやとした笑みを浮かべた彼が、口許から煙草を抜き取る。

 僕の眼前へかざされたそれが、ゆらゆらと灰を落とした。


「なあ、坊主。これ、ここに落としたら、どうなるかわかるかぁ?」

「ッ!」

「ぱあって燃え広がって、あっという間に山火事だ。へへっ、お前、あの町の子どもだろう?」

「んんーっ! ふぐっ、」

「パパとママが火に踊ることろ、見てぇか? 見てぇよな!?」


 ぎょろぎょろとした目に覗き込まれ、心底怖いと感じた。

 この町は、森に囲まれている。みんなは山火事を特に恐れている。

 いやだ。みんなが焼かれてしまう! 行商屋さんが来ている今、ほとんどの人が広場に集まっている。

 ここから炎が上がれば、人混みは混乱してしまう。


 懸命に首を横に振り、嫌だと訴えた。

 男が高笑いを上げる。ぷらぷら揺すられる煙草が、また灰を落とす。……やめて。


「じゃあ大人しくしていろ。お兄さんたちと、楽しぃところへ行こうぜぇ?」

「……ふ、……うぅ」


 凄んだ顔を眼前に突き出され、大人しく抵抗をやめた。目に涙が溜まる。悔しくてたまらない。

 捻り上げられていた腕が無造作に落とされた。

 ……今逃げたところで、その煙草を落とされてしまえば、町も森も燃えてしまう。……勝ち目なんてない。


「行くぞ」

「おらっ! いつまで寝てんだ!?」

「ぶはっ!!」


 花の山から片割れの男が救出され、見届けることなく大男が歩き出す。

 大股の歩幅に引き摺られるまま足を動かし、派手に武装した荷馬車の中へ放り込まれた。

 中にいた柄の悪い男に、大男が低い声で指示を出す。


「商品だ。手足を縛って転がしてろ」

「へい」


 強引に組み伏せられ、後ろ手に纏められた手首に、きつく縄が食い込む。

 呆然とするまま荷馬車は走り出してしまい、帆布が遮る景色が車輪に合わせてガタガタ弾んだ。

 乱雑な運転を受けながら、これがメルさんのいっていた『人攫い』かと、ぼやりと思案した。

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