表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/47

師匠と会話が2ターン以上続く奇跡

「師匠ー! 大変です! 見てください、師匠!!」


 勢い良くアトリエの扉を開け広げて、師匠を呼ぶ。

 大きなトカゲは頭の上だ。何だかおさまりがいいらしい。


 一瞬だけこちらを向いてくれた師匠が、興味なさそうに切れ長の目を逸らせた。

 何食わぬ顔でバラの棘を落とす姿に、苛立ちが募ってくる。もう! 地団駄を踏んだ。


「師匠! タマゴの中身が出てきたんですってば! この子一体何なんです!?」


 頭から下ろしたトカゲを師匠の前へ掲げるも、琥珀色の目は一瞬すらこちらを向いてくれない。

 だらりと垂れた爬虫類は、かぱりと口を開くのみで、鳴き声もなく静かだった。


「知らん。お前に任せると言った」

「ああっもう、師匠の放任! この辺の死蔵書、借りますからね!」


 知ってた!! 師匠が放任なんて、ずっと前から知ってた!!

 再び頭の上にトカゲを戻して、ずんずん本棚へ近付く。ええっと、生きもの図鑑、生きもの図鑑……。

 いいや! 片っ端から持ってっちゃえ!!




 苛立ちに任せて運んだ図鑑を、机の上にどすんと置く。ううっ、腕ががくがく震えてる……!

 何度も師匠のところへ行き来したくなくて、欲張って分厚い図鑑ばかり選んだけど、あとでこれを戻さないといけないのかー……。

 返すときは分割して運ぼう。僕の腕が死ぬ。


 重たく溜まった息を吐き出して、頭の上のトカゲを下ろす。

 ぷらん、垂れ下がった手足が、ぱあっと広げられた。

 間抜けな顔がかぱりと口まで開けるのだから、苛立ちなんて忘れて笑ってしまう。かわいいじゃないか。


「大きなトカゲかー」


 机にトカゲを置いて、濡れた服を着替える。

 ……結構派手に濡れていた。シャツとかどうやって濡れたんだろう? ……図鑑、大丈夫かな?

 積み重ねた図鑑を側面から確認する。……よかった、大丈夫っぽい。

 一番上のものを引き摺り下ろし、目録を捲った。


 ……爬虫類……トカゲ……とげとげの生えたトカゲ……羽のあるトカゲ……。


 頁を捲るも、該当する生きものが見つからない。

 ううん? もっと爬虫類に詳しい本がよかったのかな?

 まじまじ、ひなたぼっこしているトカゲを見詰める。上体を反らせて、短い前足でふんばる姿には愛嬌があった。


 ええと、色は白で、青い鱗も生えていて、とげとげは首の周りにあって、尻尾は長い。


 うんうん唸りながら図鑑を閉じ、次の図鑑を手に取る。


 気付けば日差しは位置を変え、トカゲもひなたの場所に合わせて、どっしりと日光を浴びていた。


「……そうだ。名前どうしよう」


 ひとり呟き、背凭れに身を預ける。トカゲは瞼を閉じていて、のほほんとしていた。

 もうタマゴじゃなくなったから、『タマゴ』と呼ぶのはおかしいし。シロ……なんて、師匠のネーミングセンスと同じじゃないか!

 ううん、保留保留! もっとかっこいい名前を考えよう!


 ゆるゆる首を振って、図鑑へ顔を戻す。

 捲った頁に描かれたスケッチ画。その絵を見た瞬間、これだと閃いた。

 隣に書かれた生態なども確認して、トカゲの両脇を抱え上げる。

 ぷらんとぶら下がる肢体は、抵抗もなく大人しかった。


「きみの名前が見つかった!」


 晴れやかな気持ちでトカゲの顔を見詰め、名前と種類を告げる。

 のっぺりとした顔は相変わらずのそりとしていて、何だか微笑ましかった。


 トカゲを抱えたまま階下を目指し、師匠のアトリエを開く。


「師匠!」


 ……呼んでも顔を上げてくれないのなんて、慣れっこだ。


「あんら、アオイちゃん。どうしたの?」

「ドーリーさん、聞いてください! この子が誰か、わかりました!」

「まあっ、本当に?」


 代わりに相手してくれたドーリーさんへ笑顔を向け、安楽椅子に座る師匠の前まで歩み寄る。

 俯いて本を読む師匠の真ん前に、トカゲをぷらんと垂らした。


「フトアゴヒゲトカゲです」

「……は?」

「ですから、フトアゴヒゲトカゲですって」

「…………」


 師匠が唖然とした顔を上げた。久しぶりにこちらを向いた保護者に、嬉しくなる。


 どうだ! 師匠へフトアゴヒゲトカゲを見せる。

 琥珀色の目が、まじまじと白い生きものを見詰めた。次いで、頭痛に耐えるような顔をする。

 ……なんですか。その反応。


「何故そう思った?」


 投げかけられた尋ねる声音に、ぱっと気持ちが華やぐ。師匠が断定的な物言い以外をするのって、すごく久しぶりだ!


「図鑑に載っていたのですが、フトアゴヒゲトカゲは大きめのトカゲで、首の周りにとげとげの突起物が生えていているんです。白色の種類もあるそうで、これしかないと!」


 羽はあれだ。なんか誤差だ!


 腕が疲れたのと、僕は次にやることがあるので、トカゲを師匠の膝の上へ下ろす。

 まじまじとトカゲと見詰め合う師匠を置いて、踵を引いた。


「フトアゴヒゲトカゲ、葉っぱも食べるそうなんですけど、肉食なんですって。なのでこれからコオロギを捕まえてきます。師匠、その子のこと、しっかり見ていてくださいね!」

「……アオイ」


 久々に呼ばれた名前に振り返る。

 ……師匠が僕の名前を忘れていないことに、ちょっとだけ安堵した。ほら、師匠は忘れっぽいから。


 立ち上がった師匠がトカゲと本を安楽椅子の上に置き、プランターから一本茎を手折る。その先がこちらへ向けられた。


「花を編め」

「……珍しいですね。わかりました」

「あら! あたし久々に見るわ。アオイちゃんのお花!」


 手のひらを合わせて喜ぶドーリーさんに、えへへと照れ笑いを浮かべる。


 僕の特技は、花を編むことだ。何てことはない、言葉の通りだ。

 町のご婦人方や小さな子どもに喜んでもらえたり、はたまた奥さんのプレゼントにしたいと、ご主人方からお願いされる特技だ。


「師匠、ご要望は?」

「青いバラ」

「……随分メルヘンな注文ですね。わかりました」


 青いバラなんて、おとぎばなしでしか見たことがない。上手く編めるといいのだけど……。


 師匠の差し出す茎を両手で包み、ゆっくりと開く。

 零れた淡い光の粒子とともに、幾重にも折り重なった青バラが花開いた。……よし、成功。


「いつ見ても見事なものね~!」

「えへへ、ありがとうございます。ドーリーさんにも編みましょうか?」

「あんら! いいの!?」

「もちろんです」


 うっとりとしていたドーリーさんの手へ、握った手を広げる。

 零れ落ちた青バラは二回目とあってか、さっき編んだものよりも色鮮やかに生成できた。よかった!


「まあっ、素敵! アオイちゃんのお花、いつ見ても惚れ惚れするわ!」

「喜んでもらえて嬉しいです。……僕も師匠みたいに、花じゃなくて、火とか水とか出してみたいんですけどねー」

「アオイちゃんは、エレンみたいに物騒にならなくていいのよ」


 ご満悦といった顔でドーリーさんに頭を撫でられるけれど、本当はこんな女の子っぽい特技じゃなくて、師匠みたいに自在に火とかを操ってみたい。憧れだ。


 けれども師匠が教えてくれたのは、花の編み方だけだった。

 以前に、水を操ってみようとこっそり練習したことがある。滅多にないくらいに師匠から怒られたので、やめたけど。


 無茶苦茶な馬鹿力で腕を引かれて、思わず肩を脱臼しかけた。……それ以来、やっていない。

 水が操れるようになったら、植物の水遣りとか、洗濯とか、楽になるんじゃないかなーって軽い気持ちだったのに……。


 憧れなんだけどなー。胸中でもう一度呟いて、曖昧に笑う。別の言葉を口にのせた。


「それじゃあ僕、コオロギ捕まえてきますね」

「必要ない」

「そんな、タンパク源は必要ですよって、なにしてるんですか!? 師匠!!」


 端的な声へ振り返り、驚いた。

 師匠は先程僕が編んだ青バラをむしり、トカゲへ食べさせていた。

 舞い落ちる花びらへ向けて、懸命に開かれるトカゲの口。慌てて抱き上げるも、大輪だったバラは小振りなバラにまで縮められていた。


「なんてものあげているんですか、師匠!! お腹壊したら、どうするんです!?」

「こいつの主食だ」

「そんなわけないでしょう!?」

「こいつも、不要なものは食わん」


 無愛想な顔が突き出した残りのバラを、大口を開けたトカゲが、ばくん!! 食べてしまう。

 口からはみ出た花びらがもしゃもしゃと飲み込まれ、満足気に空っぽになった口が開かれた。

 そのまま僕の腕の中で、もぞもぞと丸くなって寝息を立て出す。すぴー、心地良さそうな鼻息に唖然とした。


「ええっ、ほ、本当にバラ食べるんですか……!?」

「青バラを一日に一輪与えろ」

「リンゴは……?」

「嗜好品だ」

「コオロギは……?」

「食わん」


 淡々ともらえた返答に、はわわと震える。そんな、なんてメルヘンな食事なんだ……!


「そういえばアオイちゃん、その子の名前、どうするの?」


 ドーリーさんに尋ねられて、はたと意識を切り替えた。ひんやりとした間抜け面を見下ろして、えへへと笑みを浮かべる。


「クランドって、どうでしょうか?」

「あら、かっこいいじゃない!」

「……蔵人クランドより、殻人カランドだろう」

「何で師匠、わかっちゃったんですか!?」


 ぼそりと呟いた師匠の正答に、むむむ、と口を噤む。そんなに捻りがなかったのかな……?

 師匠の死蔵書のどこかにあった単語から、意味は違うけれども拝借した。クランド、タマゴから出てこなかったから……。


 眠ったクランドをドーリーさんの前へ差し出す。ひやひやと鱗を撫でた彼が、ぱっと瞳を輝かせた。

 クランド、はやくドーリーさんにも慣れてほしいなあ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ