表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/47

強攻策ってよくないと思う

「ははっ、しんど……。頭ぐらぐらするわ。きもちわる……」

「大人しくベッドで休んでください!!」

「むりむりしぬしぬ。明日起きられねーかもしんないじゃん。やだよ俺、まだ死にたくない」

「師匠! 僕の師匠、薬に詳しいんです! だからっ、師匠のところへ行きましょう!?」

「ヴィントからアストロネシアまで何キロだよ。無理だわ。もたねぇ」


 馬の駆ける速度が上がる。ジゼルさんの息は苦しそうで、このままだと本当に倒れてしまいそうだ。

 どうにかして、止めなきゃ!

 咄嗟に、目の前に伸びる手綱を両手で掴んだ。

 以前セシルさんに教えられた通り、キルシュ姐さんに『止まれ』の合図を送る。


 思いっきり手綱を引いた。高いいななきが響く。


「うわっ!?」


 突然の乱暴な指示に、落ち着きなく蹄が足踏みする。

 慌てたジゼルさんが僕から手を離し、馬を落ち着けるよう操縦した。――ごめんっ、キルシュ姐さん!


「あっ、こら! アオイ!!」

「くそう、やっぱり反射神経いいな、このきょうだい!」


 この隙に逃げ出そうとした僕を抱え、体勢を崩したジゼルさんが馬から下りる。あだっ! そのまま座り込んだ。

 荒っぽい荷物がなくなって、清々したのかも知れない。キルシュ姐さんはそのまま走り去ってしまった。呆然と、なびく尻尾を見送る。


「……やべえ。キルシュ野生化したら、どうしよう」

「セシルさん、絶対怒りますよ」

「あいつ、すでに怒ってるわ」


 あーあ。ため息をついたジゼルさんが、僕を抱えたままその場で寝転がる。

 いやっ、いい加減離してくれないかな!?


「……あー、どうせ腹に乗せるなら、グラマラスな姉ちゃん乗せて死にたかった……」

「お元気そうでなによりですッ!! さっさと手を離しましょうか!?」

「待て待て、窒息する。顔に花を落とすな」


 仰向けのジゼルさんの顔に、ぽんぽん編んだ花を落としていく。

 片手だけでいい。花を振り払うために腕を離してくれれば、その隙に離れてやるのに……!


「あれぇ? 遅い遅いと思って来てみれば、なにやってんのキミたち。そんな仲だったの?」

「ちっげぇわ悪趣味瓶底眼鏡。その眼鏡にしょうゆ塗りたくるぞ」


 唐突に振って沸いた声に、びくりと身体が跳ねる。

 声の方を向けば、ぼさぼさの茶髪に瓶底眼鏡の青年がこちらを見下ろしていた。にこにこ、上を向いた口角が、何だか不気味に見える。


「ルーカスさん……」

「待ち切れなくって、迎えにきちゃった! ねえジゼル、この子もらってくね」

「おい待て、薬!」


 ジゼルさんが身を起こし、ルーカスさんを睨みつける。こてんと小首を傾げたルーカスさんが、無造作にこちらへ手を伸ばした。

 僕の襟首を掴んだそれに、気道が圧迫される。目を見開いたジゼルさんがその手を払った。


「おい! ルーカス!!」

「それね。うんうん。そんな話あったね。ははっ、まだ信じてたの? やれやれ、本当ジゼルくんは脳みそが足りないなー」

「!」

「キミはここで用済みだよ、ジゼル。ふふっ、キミにぴったりの名前だよねぇ。亡霊(ジゼル)って」


 にやにや笑うルーカスさんが、再び僕へ腕を伸ばす。

 本能的に逃げ出したい気持ちが込み上げてきた。跳ね起きたジゼルさんが僕を支え、ルーカスさんから距離を取る。

 ……こんなときだというのに、ちっとも力が入らない。


「ここで消えてしまうジゼルくんに、ひとつプレゼント! 魔力欠乏症ってね、ボクが作ったんだ」

「……は?」

「あれね、とりあえず魔力を集めようと思って、試験的に作ってみたんだ。そしたら勢い余って、せっかくの金のタマゴを産むガチョウの腹を割いちゃって。いやー、失敗したねー」


 ぼりぼりと頭を掻き、ルーカスさんが白衣の袖を振っている。


 ……そんな、ひどい。それじゃあ、ジゼルさんが今こうして苦しんでいるのは、ルーカスさんのせい?

 唖然としているジゼルさんは、震えをひどくしていた。


「特にジゼル、キミは扱いやすくて楽だったよ! 素直に投薬管理をさせてくれるから、ほんのちょっと狂わせてあげれば、ほら、この通り! あははっ! セシルとは大違いだね!」

「……ふざけんなッ」

「キミがどうしてセシルより苦しんでいるのか。簡単だよー? 元々セシルの魔力量は微々たるものだったけど、キミの魔力量は多かった。その差を埋めるために、そうやって他人から魔力を奪い続ける」


 ルーカスさんに指差され、びくりっ、ジゼルさんの肩が震えた。怯えたような目がこちらへ寄越される。

 白衣の諸手が挙げられた。ばんざーい! 嬉しそうな声が弾んでいる。


「リントヴルムとジゼルのおかげでアオイの回復は遅れるし、万々歳だよねー! ほらジゼル、早くアオイから手を離しなよ。そのままさわってると、その子死んじゃうよー? きゃーっ、ジゼルくんの人殺しー!!」

「うるせぇッ!!!」

「あー! まさかまさかさてはもしかして、すでに殺してるぅぅ? きゃー! ひとごろしー!! 騎士さん、この人でーす!」

「ッ、ジゼルさん! 僕なら平気です! 逃げましょう!!」


 咄嗟にジゼルさんの手を引き、来た道を引き返すように脚を踏み出す。

 よろめく身体を、肩に担がれた。お腹がぐえっとなる。そのまま走る振動に合わせて、視界が揺れた。


「ほんっと間抜け……ッ、あんなの信じた俺が馬鹿だった」


 唸るような声だった。

 顔を上げると、楽しげに笑うルーカスさんが見える。彼はぱちんと両手を合わせていた。


「えー、もしかして鬼ごっこぉ? それじゃあ鬼は多くなくっちゃねー!」


 がさがさ葉擦れの音が響いた。木々の隙間から、真っ黒いなにかが垣間見える。

 ぞっと走った悪寒。わらわらと現れ、こちらを追うのは、薄っぺらい影のような、人の形をした何かだった。

 ジゼルさんが舌打ちする。彼の身体がよろめいた。


「気色わり……! ほん、っと、あく、しゅみ! ふざけんなし!!」

「ほらほら! 早くそのお荷物、ボクにちょーだいよー!」

「うるっせーわ! クズ!!!」


 刀を抜いたジゼルさんが、回り込んできた影を切り伏せる。

 けれども止まってしまったことにより、他の影が次々と襲い掛かってきた。


 こちらへ伸ばされた黒い手が、僕の腕を掴む。ひたり、気持ちの悪い感覚だった。込み上げてくる恐怖感に、引きつった悲鳴が漏れる。闇雲に振り払った。

 体勢を崩したジゼルさんが、焦った声を上げる。


「アオイ! 危ねーだろ、じっとしてろ!!」

「っいや、嫌だ、これ、嫌だ……!」

「アオイ!?」


 悪夢に引き摺り込まれるような心地だ。高いところから突き飛ばされるような、強烈な不快感。まとわりつく影が、どんどん増える。

 僕が暴れるせいで、ジゼルさんは刀を振るえない。

 刀を手放した彼が、影から引き剥がすように僕を抱き寄せた。ジゼルさんが咳き込む。重たく苦しそうな咳だった。


「――ッ!!!」


 影の手先が、身体の中に入っている。逆流する冷たさが駆ける。恐怖心が、一気に許容量を越えた。

 僕の周りを走った茨が壁を作る。引き裂かれた影が僕から剥がれ、肩で息したまましばらく震えた。ひっ、呼吸がうまくできない。

 身動ぎしたジゼルさんに、背中を擦られた。


「大丈夫だ、ゆっくり、息、しろ。……はー、セシル気づくか? これ……」


 そういうジゼルさんこそ、喉がひゅーひゅー鳴ってる……。ぐったりと僕にもたれる彼は、ひどく苦しそうだ。


「じぜ、る、さ」

「はいはーい。お取り込み中のところ、失礼しっまーす!」


 べりっ。片手で茨を掻き分けたルーカスさんが、にこにこと僕の腕を掴む。

 愕然と目を見開いた。ルーカスさんには、傷ひとつない。どうして、茨、トゲまみれなのに……。

 必死に暴れて、手にも爪を立てたのに、ルーカスさんの拘束は外れない。無理矢理引きずり出された。

 力なんて入っていないように見えるのに!


 ジゼルさんが小さく呻く。咳き込む音がひどくなった。


「丁度いいお墓ができてよかったねぇ、ジゼル。来世はもっと賢く生まれるんだよぉ?」

「……ッ、しね」

「キミがねー!」


 けらけら! 笑ったルーカスさんの周りの景色が歪んだ。気持ち悪さが込み上げ、頭が痛くなる。

 気がつけば白い床に僕は座り、ジゼルさんはいなくなっていた。ルーカスさんが僕の腕を引き摺る。


「ようこそ、そしておかえり! テラリウムへ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ