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だれがコマドリをころしたの

「全く、君たち魔術師は、粗暴で下品で厄介な存在だ!」


 でっぷりと突き出た腹を揺すり、男が声高に叫んだ。

 後ろ手を組んだ体勢はますます男の腹を主張させ、釦が弾け飛びそうなほどに騎士団の制服を引き伸ばしている。

 胸元に並んだ勲章さえも、斜めに配置されているように錯覚させた。


 アオイは今、騎士団アクセロラ支部の拘置所に放り込まれていた。

 固く縛られた両手首は背中側へ、ぐったりとした身体は冷たい床に転がされている。

 そこへこの男が怒鳴り込んできたのだから、アオイは状況が飲み込めず、狼狽していた。


「シュヴァルツハントの幼獣に手を出して、この街をどうするつもりだったんだ? ん?」

「……僕じゃありません」

「白を切るな!!」

「あぐっ」


 鳩尾に男の爪先が入り、身体を折り曲げたアオイが苦しげに噎せる。

 蔑む目で少年を見下ろした男が、神経質そうに口髭を撫でた。


「お前のせいで、一体どれだけの被害が出たと思っているんだ!?」

「僕じゃない……ッ」

「ならば誰のせいだ? 市民を虐殺し、街を破壊し、甚大な被害を与えた真犯人は誰だ!?」


 アオイの前髪を掴んで持ち上げた男が、唾を飛ばしながら怒声を張る。

 言葉に窮したアオイを床に叩きつけ、「お前だよ」冷ややかな声を浴びせた。

 苦渋に唇を噛み、少年が肩を震わせる。


「そうだな。……お前は無登録の魔術師だそうだな?」

「ッ、」

「望み通り処刑してやろう。我等の同胞が数多の血を流した広場で、長く苦しむよう天日に干すか。石でも投げられながらな!」


 顔色をなくした少年を愉悦の目で見下ろし、男が嗜虐的な笑みを見せる。

 ふるふる、アオイが首を横に振った。涙を溜める目は、元の青色に金縁を残す色彩へ戻っている。

 男が顔を近づけた。


「ほう? 命乞いか。……そうだな。お前の能力次第だ。くだらんものなら、お前の処刑は明日決行する」

「っ、そんな……」

「ほら、とっとと魔術を見せろ!」


 再び鳩尾を蹴られ、咳き込んだアオイが花を編む。

 嗚咽を漏らす少年が、ヒヤシンスの花を編んだ。ぽろぽろ溢れる紫色の花びらに、男が顔色を変える。


「なんだぁ? これは」

「花です。一体何処から……」

「そんなものは見ればわかる! ……いや、もしやこれは……」


 脇に控える騎士団員が、怪訝そうな顔で花びらを摘み上げる。

 瑞々しいそれは、たった今花開いたかのような色をしていた。……花屋で見かける、ありふれた質感だ。


 考え込むように口髭を撫でた男が、にたりと笑みを浮かべた。

 即座に厳格な顔を作り上げ、拘置所の入り口を警備する騎士団員へ指示を出す。


「おい! ルーカスを呼べ!」

「は?」


 不可思議そうな声を上げた年若い部下に、彼が怒声を張り上げた。


「ぼさっとするな! 良いからさっさと連れて来い!!」

「は、はい!!」

「おい! こいつとリントヴルムの幼獣を私の屋敷へ運べ! 決して傷をつけるなよ!」

「し、しかし、ジネヴィラ支部長」


 ひとりの騎士団員が指示通り駆け出し、残ったひとりが困惑の声を上げる。

 ああーッ、苛立ちに濁った声が、肉の弛んだ喉から発せられた。

 部下の顔色が悪くなる。「失礼しました!」即座に礼をした騎士が、手配に走った。


 泣きじゃくりながら花を編む少年を、男が見下ろす。下卑た形に、その唇が引き伸ばされた。

 胸倉を掴まれたアオイが、涙に濡れた顔を上げる。

 野暮ったい前髪のため隠れていたが、少年の造形はそこそこに整っていた。


「よし、わかった。今回は特別処置として、私がお前を『保護』してやろう!」

「……え」

「いいか? お前は重罪人だ。本来であれば、すぐにでも処刑される身だったんだ。それをこの私が救ってやった。わかるか? ん?」


 がくがく胸倉を揺すられ、アオイが呆然とする。

 男はにたにた笑っていた。肉に埋もれた細い目が、三日月形を描いている。


「私はお前の『ご主人様』だ。私の言いつけを守れ。そうすれば命は助けてやろう」


 愕然としたアオイの目に、新たに涙が溜まる。

 男が丁重にアオイの身体を床に寝かせた。漏れ出た笑い声が、高笑いに変わる。


 男の名はマッティア・ジネヴィラといった。

 この騎士団アクセロラ支部の責任者の椅子に座っている。

 彼はこのアクセロラの街で、誰も逆らうことの出来ない地位にいた。





 ルーカスの事務所とは反対方向にある高台に、ジネヴィラの屋敷はあった。

 豪奢なそれは広大で、如何に裕福な生活を送っているのかが見て取れる。


 アオイが連れてこられた場所は、そこから更に奥まったところにある地下室だった。

 灰色の壁が無機質に少年を見下ろし、燭台の明かりが覚束なく周囲を照らす。

 手枷を嵌められた少年が、家具も毛布もない殺風景な室内を心細そうに見回した。


「あ、あの! クランド、……僕といた白いトカ……ドラゴンは、どこですか!?」


 アオイをここまで運んだ騎士団員に、少年が縋りつく。

 しかし肩を突き飛ばされ、バランスを崩した彼が転んだ。冷たい目をした男が鼻を鳴らす。


「別の場所に保管してある」

「ごはん、あげなきゃ……!」

「調子に乗るなよ、人殺しが」


 憎々しげに吐き捨てられ、アオイの肩が跳ねる。

 俯いた少年が、掠れた声で「ぼくじゃない」繰り返した。

 舌打ちした騎士が重たい扉を閉める。がしゃん! 派手な音が反響した。


「……ふッ、……ひっく」


 込み上げてくる嗚咽を、手の甲で塞ぐ。ぼろぼろ溢れる涙が、石の床に落ちた。

 しゃくり上げるアオイが俯く。……理不尽だ。音にならない訴えが、腹の中に溜まる。


 ――セシルさんの傍を離れたことが、いけなかったのかな?

 セシルさんに不信を抱いた罰が当たった?

 それともセシルさんもこうしようとしていた?


 クランドからも引き離され、騎士団という組織から受けた仕打ちに、アオイは冷静でなかった。

 泣き崩れた彼の嗚咽が、狭い空間を跳ね返る。

 ざわざわ、岩の隙間を双葉が這っていることにも、彼は頓着することが出来なかった。

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