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世の中にはそっくりさんが三人いる

 がやがやと人の話し声が響く。

 騎士団アクセロラ支部の受付ホールは、雑多に人が行き交い、雑然としていた。

 セシルを待つアオイが、クランドの入った鞄を抱えながら、待合のソファに座る。

 ぼんやりと虚空を見詰める彼の前を、ひとりの人影が横切った。


 ――今の人、すごくセシルさんに似てた。


 はたと瞬いたアオイが、興味深そうに件の人物を目で追いかける。

 金の髪に、空色の目をした好青年だった。

 背も高いのだろう。話しかけた受付の女性が、彼の肩ほどまでしか身長が届いていない。

 頬を染める彼女が青年を見上げ、青年も爽やかな笑顔を振り撒いている。


 ……セシルさんも、度々ああいう顔するな。


 アオイが恩人の顔を思い浮かべて、腑に落ちた顔をする。

 顔がいいって得だ。少年は思った。


 件の青年が白手套に包まれた手を振り、受付を離れる。

 受付の女性は、ぽう……とその後姿を見送っていた。


 青年の向かった先は廊下で、ふとした好奇心から、アオイは尾行を決意した。

 そーっと音を殺して青年の消えた廊下を覗き込み、思案気にきょろきょろと辺りを見回す。

 セシルからはホールにいるよう指示を受けていたが、少年の胸中は探究心でいっぱいだった。


 ――セシルさんと髪の長さや目の色程度しか違いのない彼は、一体何者なんだろう?

 そわそわ、少年が廊下の奥を注視する。


「――……、」


 一歩踏み出し、廊下へ立ち入ってみる。

 誰からも声をかけられないことを良いことに、少年がそのまま廊下を突き進んだ。

 案外ちょろいな。彼のいたずらっこな部分が、にっこりした。


 不規則に並ぶ扉には無機質なプレートが掲げられ、アオイには見慣れない部屋名を並べている。

 きょろきょろ視線を配りながら、少年が更に奥へと脚を進めた。


「こーら。関係者以外立ち入り禁止だぜ?」

「ひゃっ!?」


 T字路に差し掛かったところで背後から声をかけられ、アオイの肩が過剰に跳ねる。

 振り返った先にいたのは、先程の青年だった。苦笑混じりに微笑む顔が、セシルと瓜二つだ。


 まさか遭遇するとは、それは背後を狙われるとは思ってもみなかったアオイが、慌てて頭を下げる。

 少年は現状に対して困惑していた。


 ――他人の空似にしては、随分そっくりだ。この青年の方が、ちょっとだけセシルさんより、垂れ目かな?

 けれども、こんなにそっくりな人物がいるのだろうか? 双子? それともご兄弟?

 彼の頭の中は忙しかった。


「……すみません」

「ほら、戻った戻った。今なら見逃してやるよ」


 人好きの笑みで片目を閉じた青年が、アオイの肩を押す。

 白手套に包まれた指先は存外にひんやりしており、少年がはたと瞬いた。

 ……セシルさんも、体温は低めだ。いつも手袋をしているのに、ひんやりしている。

 今日の天気は陽気なもので、そこまで冷えるものでもない。

 体質かな? 彼が内心首を傾げた。


 元の受付ホールまで送られ、大人しくアオイが頭を下げる。彼の短い冒険が終わった瞬間だった。

 にっと口角を持ち上げた青年が、ひらひら手を振る。


 踵を返した彼を見送る後ろで、足音が近づいた。

 アオイが振り返ると、小走りのセシルが表情に安堵を滲ませていた。


「アオイくん、良かった。探しました」

「すみません、セシルさん」

「あれ、セシルじゃん」

「げっ、ジゼル」

「あ。やっぱりお知り合いですか?」


 振り返った青年がセシルの姿を目に留め、驚いたような顔をする。

 対するセシルは、嫌そうに顔をしかめていた。

 彼等の認識の具合に、納得の声を上げたアオイがふたりを見比べた。けほん、セシルが咳払いする。


「……紹介します。彼はジゼル。私の兄です」

「お兄さんでしたか!」

「こちらはアオイくん。決して手を出さないでくださいね」

「俺、どんだけ無節操に思われてんの?」


 苦笑いを浮かべる青年ジゼルが、アオイへ手を差し出す。

 緩く握り返した手のひらは、やはり温度が低かった。

 セシルよりも快活な笑顔で、ジゼルが微笑む。彼が数度上下に振った手が、ぱっと解放された。


「セシルが世話になってるな」

「いえ、こちらこそ、セシルさんにはいつも助けてもらっています」

「いつでも支えます」

「では、もう少しキルシュ姐さんの速度を落としてください……」

「あはは、加減が難しいので」


 にこにこ笑うセシルと、肩を落とすアオイの応酬に、ジゼルが空色の目を丸くする。

 まじまじとふたりを見比べた彼が、にまにました笑顔で、親指をくいと動かした。


「なあ、セシル。飯食いに行こうぜ」

「お断りします。今日はアオイくんが作ってくれる予定なので」

「お前の中の優先順位が、今の一瞬ではっきりわかったわ」


 ばっさりと拒否を示すセシルに、ジゼルが苦笑いを浮かべる。

 きょうだいの再会なのに、素気ないな……。アオイが困惑した。


「構いませんよ、セシルさん。折角のお兄さんのお誘いなんですし……」

「兄といっても、年子なので。あまり兄と認識していないんです」

「やっぱりか! そんな気がしてた!! お兄ちゃんを敬って!」


 あっけらかんと言い切ったセシルに、ジゼルが耐える顔で腰に手を当てる。

 ふたりのやり取りを笑ったアオイが、口を開いた。


「僕にはきょうだいがいないので、羨ましいです」

「……喧嘩の絶えないきょうだいでしたよ」

「喧嘩ってしたことがないので、ちょっとやってみたいです……」


 放任主義の師を思い出し、しょんぼりと肩を落とす。

 過疎地は子どもも少なく、きょうだいと喧嘩はアオイの憧れだった。


「アオイくんは、そんな野蛮なことしなくていいんですよ」

「お前、ほんっとべたべただな」

「ジゼル、怒りますよ」


 低く地を這う声音に、頬を引きつらせたジゼルが両手を上げる。降参。彼の仕草が物語っていた。

 剣呑な目で一瞥したセシルが、すぐさま普段の表情に戻った。

 にこにこ、柔和な仮面に、アオイが若干引いた顔をする。


「ではジゼル、私たちはこれで失礼します」

「ああ、待て。お前、忘れもの――」

「きゃあああああッ!!」


 耳をつんざく悲鳴が、ぴたりと空気を止める。

 さっと真剣な顔つきになったセシルとジゼルが、即座に音の発生源へ顔を向けた。


 受付ホールに巡らされた大きな窓が、数人の騎士団員とひとりの男を映す。

 血走った目をした男の腕には、ひとりの年若い女性が捕まっていた。


 緊迫した周囲が悲鳴とざわめきを上げ、騒然とする。

 窓から離れるよう、係員が注意を叫んだ。硝子越しの景色が、くぐもった怒声を伝える。


「来るな! 俺を解放しろッ、この女を殺すぞ!?」


 口から泡を飛ばす男が、女性の首に包丁を突きつける。

 がくがく震える彼女は咽び泣いており、それが余計に男の神経を逆撫でした。


 はたとアオイが気づく。

 男の首には、アオイと同じように黒い輪が巻かれていた。


「……アオイくん、物陰に隠れてください」

「セシルさん……っ」


『人ならざる者』と対峙したときと同じような声音で、セシルがアオイへ耳打ちする。

 微かな囁き声に、少年が顔を上げた。

 見慣れたセシルの顔は、緊迫していた。アオイの目が瞠られる。


「大人しくしろ! 彼女を放すんだ!!」

「うるせえ!!」


 突如男を中心に弾けた紅蓮が、ホールの窓硝子を舐める。

 室内に悲鳴が走り、子どもや女性の泣き喚く声が加わった。


 駆けたジゼルが係員へ声をかけ、死角にある締め切られた扉から外へ出る。

 物陰に身を潜めた彼が、包丁を掲げ、恐慌状態へと陥る男目がけて、何かを撃った。


 大勢の目には、突然男が倒れたように映っただろう。

 かくん、傾いだ男の身体が、支えられることなく地面に横倒しになる。

 女性は救助され、男は数人がかりで取り押さえられた。


「……今、なにが?」

「眠らせるための道具で捕縛しました。……少々手荒ですが」


 放心状態のアオイへ、ほっと息をついたセシルが知識を与える。

 こくん、頷いた少年の耳に、「魔術師がまた暴走した!」「これだから魔術師は」「全部捕まればいいものを」「無登録は処刑しろ!!」激情に駆られた怒声が届く。


 震える手で鞄の肩紐を掴んだアオイが、唇を噛んで俯いた。


「……アオイくん?」

「あっ、……いえ、……おひる、買いもの、行ってきます」

「え!? アオイくん!!」


 真っ青な顔色で、ジゼルが使った扉から外へ飛び出した少年を、セシルが呼び止める。

 途中ぶつかりかけたジゼルが驚いた顔をするも、アオイは止まることなく走り去ってしまった。

 唖然、ジゼルが閉まる扉を見送る。


「……どうしたんだ?」

「……配慮が、足りませんでした」

「んん?」


 長い睫毛を伏せたセシルが、興奮状態にある受付ホールを一瞥する。

 係員や制服を着た職員へ詰め寄る群集に、憂い顔が重たく息をついた。

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