表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/47

迷子って、親近感がわくなあ

 セシルさんの左腕に抱えられた買いもの袋が、規則正しく静かな音を立てる。

 にこにこと微笑む彼の隣を歩きながら、つい気持ちが不貞腐れた。


「セシルさん、僕も持ちますって」

「構いません。アオイくんは、このあと調理に立たないといけませんので」

「そんな大それたものじゃありませんよ……」


 クランドの入った鞄を抱き寄せながら、唇をとがらせる。


 同じ男として、年齢の差こそあれど、荷物を持たせてもらえないのって、中々精神的にくる。

 それも僕なら両腕で持つだろう荷物を、セシルさんは軽々と片腕で持っているんだ。……心に響く。

 ……僕だって、鍛えたらきっとそのくらいできるようになるもん……。


 暗鬱とした気持ちで、隣のにこにこ笑顔を横目で盗み見た。

 今日もセシルさんは、びっくりするほど顔がいい。



 事の発端は、なんてことない雑談からだった。

 どうやらセシルさんは、食堂生活が長いらしい。

 思えば、野営でも携帯食料を食べていて、料理が苦手だと言っていた。


 セシルさんのあの憂い顔で、「家庭の味とか手料理って、あまり食べたことがないんですよね」なんて言われてしまえば、普段お世話になっている身として、つい叶えてあげたくなってしまっても不思議じゃない。


 しかし、僕が習得している調理技術は、一般家庭のものだ。

 それも「おいしい」も「まずい」も言ってくれない師匠と、たまに会えるドーリーさんにしか、手料理を振舞ったことがない。


 ついうっかり「作りますよ」なんて気軽に宣言してしまったけれど、早まったと思う。

 ちらり、隣の美丈夫を見詰める。

 ……セシルさんはいつでもにこにこしているけれど、それに輪をかけるほどに、にこにこしている。なんだかもう、鼻歌とか歌い出しそうだ。


 こんなに喜ぶなんて、思わなかったんだ。どうしよう、口に合わないものを出しちゃったら。

 どうしよう、料理自体久しぶりなのに。戦う前から気が重い。

 ……失敗しないように、気をつけなきゃ。



 現在滞在している街は、これまで訪れた町より、大きめの街だと思う。

 石畳の街路と、並ぶレンガ造りの建物。そして人通りの多さ。……都会的だ。

 緑の少ない景観は、森育ちの僕には少しばかり息苦しく感じる。


 セシルさん越しにすれ違う大体の人が、俯き加減で急ぎ足なところも、僕には不思議に思えた。

 僕が田舎育ちのせいだろうか? みんなそんなに急いで、どこへ行くのだろう?


 せかせかした人ごみに紛れながら、宿屋さんへ向けて進行する。

 セシルさんはいつも建物側を僕に歩かせるので、そういった部分ももやっとしている。

 僕だって来年成人するのに……。セシルさんは、僕のことを子ども扱いしすぎじゃないかな?


 むう、不満に整った横顔を見詰める。

 長い睫毛を瞬かせたセシルさんが、こちらを向いた。にこり、温和な笑顔が浮かべられる。


「疲れましたか?」

「……いいえ、別に」


 鞄ごとクランドをぎゅっと抱き締めて、ぷいとそっぽを向く。

 そもそも疲れるような出来事なんて……あったな。思い出して、気分が沈む。


 なんてことはない。食材を販売していたお店の人が、すっごくこわい顔をしていただけだ。


 セシルさんと晩ごはんの材料を選んでいたのだけど、いかめしい顔にずっと監視されているようで、とても居心地が悪かった。

 並べられた商品へ指を差しただけで、今にも怒鳴り声を上げそうなほどに、お店の人が身を乗り出す。

 臨場感満載のおつかいは、びくびくと怯えるもので、ついにはセシルさんの後ろから商品を選ぶことになった。

 早く立ち去りたい思いでいっぱいになったけど、あのお店、売る気あったのかな?

 セシルさんがいなかったら、僕は絶対に逃げ出していた。二度と行かない、あのお店。


 比べてはなんだが、故郷の青果店のオリバーさんは、いつでも朗らかだ。

 僕が田舎育ちのせいだから、こんなにもカルチャーショックを受けるのかな?

 都会って、こわいんだね……。ネーヴェの町に帰りたい……。


「おや」


 セシルさんの微かな呟きに、はたと顔を上げる。

 丁度、べしょりと小さな女の子が転んだ瞬間だった。慌ててその子の元まで走り寄る。


「大丈夫?」

「……っ、うわあああああん」


 ぐんにゃり歪んだ泣き顔が、大きな声を上げる。倒れた格好のまま泣きじゃくる様子が、故郷のちびっこたちと被った。

 慌てて女の子の両脇に手を差し入れ、立ち上がらせる。


 そこでふと、違和感を感じた。そろそろと辺りを見回す。……あれ? 誰も助けてくれないんだ……?


 困惑のまま窺った周囲は、我関せずとばかりに通り過ぎる大人たち。こんなにもたくさん人がいるのに、誰も足を止めてくれない。

 それどころか、遠目から冷たい目を向けてくる。

 ……どうしてそんな顔をしているんだろう?

 ネーヴェの町なら、子どもが泣いていたら、必ず誰かが助けてくれるのに……。


「ああ、膝をすり剥いたんだ。痛かったね」


 きっと誰かのお古なのだろう、着古したワンピースをはたいて、女の子に話しかける。

 小さな膝小僧がすれて、血が滲んでいるのを見つけた。……このくらいの怪我なら、よく見かけるやつだ。


「他に痛いところ、ある?」尋ねてみる。泣きじゃくる彼女が、小さな手のひらを見せてくれた。

 ふむふむ。砂利の線は出来てるけど、赤くなってるだけみたいだ。

 ……あとでお家の人に、しっかり検分してもらおう。


「こっちはぶつけたのかな? ほら、泣き止んで」


 ぴえぴえ泣き続ける顔の前に、右手を差し出す。

 軽く握って開くと、ピンク色の小花の群集が花開いた。……傷薬でお馴染みの、アキレアの花だ。

 女の子はびっくりしたのか、サイレンのような泣き声がぴたりと止まる。

 こわがらせないよう意識した笑顔で、花を差し出した。


「きみにあげる」

「……あり、……と」

「セシルさん、この辺りに水の出せる場所って、ありますか?」

「探します」


 小さく頷いたセシルさんが、路地へ入る。彼の後姿を見送り、幼子へ視線を戻した。


 茶色い髪を二つ括りにした女の子だった。

 持っていたハンカチで、女の子の頬を拭う。小花を両手で握る彼女は、未だぐすぐす涙目だった。


「きみ、名前は?」

「ミム……」

「ミムちゃんだね。お家の人は?」

「いなくなっちゃったぁ……っ」


 地雷を踏んだ。

 一気に潤んだ瞳が、再びぴえぴえ泣き出し、途方に暮れてしまう。

 迷子かあ……。なんだか親近感が沸くなあ……。


「アオイくん、向こうに井戸があります」

「ありがとうございます。行こう? ミムちゃん」


 戻ってきたセシルさんにほっとする。

 ミムちゃんへ手を差し出すも、彼女は動こうとしない。それどころか、今にも屈んでしまいそうだ。

 ……故郷でも、こういうことあったなあー……。

 どことなく懐かしい気持ちで、どっこいしょ! 女の子の身体を抱き上げる。

 うっ、やっぱりちょっと重たい……! 腕が震える……!


「アオイくん、力持ちですね!」

「3分しか持ちませんッ! セシルさん、井戸どこですか!?」

「ははっ、こちらです」


 爽やかに笑ったセシルさんが、軽やかな足取りで井戸までの道を案内してくれる。


 ミムちゃんは抱っこのおかげか、ぴたりと泣き止んでくれたけど、下ろそうとした瞬間にぐずりだす。

 セシルさんへ引き渡そうとしてみても、余計に泣きそうになるので諦めた。


 意地と根性と覚束ない体力を振り絞って、井戸まで辿り着いた。その頃には僕の両腕はがくがく震えていた。

 ……もっと筋肉をつけよう! そうしよう!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ