迷子って、親近感がわくなあ
セシルさんの左腕に抱えられた買いもの袋が、規則正しく静かな音を立てる。
にこにこと微笑む彼の隣を歩きながら、つい気持ちが不貞腐れた。
「セシルさん、僕も持ちますって」
「構いません。アオイくんは、このあと調理に立たないといけませんので」
「そんな大それたものじゃありませんよ……」
クランドの入った鞄を抱き寄せながら、唇をとがらせる。
同じ男として、年齢の差こそあれど、荷物を持たせてもらえないのって、中々精神的にくる。
それも僕なら両腕で持つだろう荷物を、セシルさんは軽々と片腕で持っているんだ。……心に響く。
……僕だって、鍛えたらきっとそのくらいできるようになるもん……。
暗鬱とした気持ちで、隣のにこにこ笑顔を横目で盗み見た。
今日もセシルさんは、びっくりするほど顔がいい。
事の発端は、なんてことない雑談からだった。
どうやらセシルさんは、食堂生活が長いらしい。
思えば、野営でも携帯食料を食べていて、料理が苦手だと言っていた。
セシルさんのあの憂い顔で、「家庭の味とか手料理って、あまり食べたことがないんですよね」なんて言われてしまえば、普段お世話になっている身として、つい叶えてあげたくなってしまっても不思議じゃない。
しかし、僕が習得している調理技術は、一般家庭のものだ。
それも「おいしい」も「まずい」も言ってくれない師匠と、たまに会えるドーリーさんにしか、手料理を振舞ったことがない。
ついうっかり「作りますよ」なんて気軽に宣言してしまったけれど、早まったと思う。
ちらり、隣の美丈夫を見詰める。
……セシルさんはいつでもにこにこしているけれど、それに輪をかけるほどに、にこにこしている。なんだかもう、鼻歌とか歌い出しそうだ。
こんなに喜ぶなんて、思わなかったんだ。どうしよう、口に合わないものを出しちゃったら。
どうしよう、料理自体久しぶりなのに。戦う前から気が重い。
……失敗しないように、気をつけなきゃ。
現在滞在している街は、これまで訪れた町より、大きめの街だと思う。
石畳の街路と、並ぶレンガ造りの建物。そして人通りの多さ。……都会的だ。
緑の少ない景観は、森育ちの僕には少しばかり息苦しく感じる。
セシルさん越しにすれ違う大体の人が、俯き加減で急ぎ足なところも、僕には不思議に思えた。
僕が田舎育ちのせいだろうか? みんなそんなに急いで、どこへ行くのだろう?
せかせかした人ごみに紛れながら、宿屋さんへ向けて進行する。
セシルさんはいつも建物側を僕に歩かせるので、そういった部分ももやっとしている。
僕だって来年成人するのに……。セシルさんは、僕のことを子ども扱いしすぎじゃないかな?
むう、不満に整った横顔を見詰める。
長い睫毛を瞬かせたセシルさんが、こちらを向いた。にこり、温和な笑顔が浮かべられる。
「疲れましたか?」
「……いいえ、別に」
鞄ごとクランドをぎゅっと抱き締めて、ぷいとそっぽを向く。
そもそも疲れるような出来事なんて……あったな。思い出して、気分が沈む。
なんてことはない。食材を販売していたお店の人が、すっごくこわい顔をしていただけだ。
セシルさんと晩ごはんの材料を選んでいたのだけど、いかめしい顔にずっと監視されているようで、とても居心地が悪かった。
並べられた商品へ指を差しただけで、今にも怒鳴り声を上げそうなほどに、お店の人が身を乗り出す。
臨場感満載のおつかいは、びくびくと怯えるもので、ついにはセシルさんの後ろから商品を選ぶことになった。
早く立ち去りたい思いでいっぱいになったけど、あのお店、売る気あったのかな?
セシルさんがいなかったら、僕は絶対に逃げ出していた。二度と行かない、あのお店。
比べてはなんだが、故郷の青果店のオリバーさんは、いつでも朗らかだ。
僕が田舎育ちのせいだから、こんなにもカルチャーショックを受けるのかな?
都会って、こわいんだね……。ネーヴェの町に帰りたい……。
「おや」
セシルさんの微かな呟きに、はたと顔を上げる。
丁度、べしょりと小さな女の子が転んだ瞬間だった。慌ててその子の元まで走り寄る。
「大丈夫?」
「……っ、うわあああああん」
ぐんにゃり歪んだ泣き顔が、大きな声を上げる。倒れた格好のまま泣きじゃくる様子が、故郷のちびっこたちと被った。
慌てて女の子の両脇に手を差し入れ、立ち上がらせる。
そこでふと、違和感を感じた。そろそろと辺りを見回す。……あれ? 誰も助けてくれないんだ……?
困惑のまま窺った周囲は、我関せずとばかりに通り過ぎる大人たち。こんなにもたくさん人がいるのに、誰も足を止めてくれない。
それどころか、遠目から冷たい目を向けてくる。
……どうしてそんな顔をしているんだろう?
ネーヴェの町なら、子どもが泣いていたら、必ず誰かが助けてくれるのに……。
「ああ、膝をすり剥いたんだ。痛かったね」
きっと誰かのお古なのだろう、着古したワンピースをはたいて、女の子に話しかける。
小さな膝小僧がすれて、血が滲んでいるのを見つけた。……このくらいの怪我なら、よく見かけるやつだ。
「他に痛いところ、ある?」尋ねてみる。泣きじゃくる彼女が、小さな手のひらを見せてくれた。
ふむふむ。砂利の線は出来てるけど、赤くなってるだけみたいだ。
……あとでお家の人に、しっかり検分してもらおう。
「こっちはぶつけたのかな? ほら、泣き止んで」
ぴえぴえ泣き続ける顔の前に、右手を差し出す。
軽く握って開くと、ピンク色の小花の群集が花開いた。……傷薬でお馴染みの、アキレアの花だ。
女の子はびっくりしたのか、サイレンのような泣き声がぴたりと止まる。
こわがらせないよう意識した笑顔で、花を差し出した。
「きみにあげる」
「……あり、……と」
「セシルさん、この辺りに水の出せる場所って、ありますか?」
「探します」
小さく頷いたセシルさんが、路地へ入る。彼の後姿を見送り、幼子へ視線を戻した。
茶色い髪を二つ括りにした女の子だった。
持っていたハンカチで、女の子の頬を拭う。小花を両手で握る彼女は、未だぐすぐす涙目だった。
「きみ、名前は?」
「ミム……」
「ミムちゃんだね。お家の人は?」
「いなくなっちゃったぁ……っ」
地雷を踏んだ。
一気に潤んだ瞳が、再びぴえぴえ泣き出し、途方に暮れてしまう。
迷子かあ……。なんだか親近感が沸くなあ……。
「アオイくん、向こうに井戸があります」
「ありがとうございます。行こう? ミムちゃん」
戻ってきたセシルさんにほっとする。
ミムちゃんへ手を差し出すも、彼女は動こうとしない。それどころか、今にも屈んでしまいそうだ。
……故郷でも、こういうことあったなあー……。
どことなく懐かしい気持ちで、どっこいしょ! 女の子の身体を抱き上げる。
うっ、やっぱりちょっと重たい……! 腕が震える……!
「アオイくん、力持ちですね!」
「3分しか持ちませんッ! セシルさん、井戸どこですか!?」
「ははっ、こちらです」
爽やかに笑ったセシルさんが、軽やかな足取りで井戸までの道を案内してくれる。
ミムちゃんは抱っこのおかげか、ぴたりと泣き止んでくれたけど、下ろそうとした瞬間にぐずりだす。
セシルさんへ引き渡そうとしてみても、余計に泣きそうになるので諦めた。
意地と根性と覚束ない体力を振り絞って、井戸まで辿り着いた。その頃には僕の両腕はがくがく震えていた。
……もっと筋肉をつけよう! そうしよう!!