拝啓 師匠へ
――拝啓 きっと自堕落な生活を極めている師匠へ
ごはんは食べていますか? ちゃんと夜に寝ていますか?
師匠は放っておくと、いつまでも本を読んでいるので、心配です。
僕の方は、必死に帰り道を探しているところです。早く家に帰りたいです。
いっぱい走っているためか、前より体力がついた気がします。
駆けっこなら、師匠に勝てると思います。
……師匠が走っているところなんて、見たことないんですけど……。
この間も、命がけの追いかけっこをしました。
セシルさんに助けてもらったのですが……あ。セシルさんは優しくて親切で頼りになる、一緒に帰り道を探してくれている、顔の良いお兄さんです。
時々不思議だけど。度々人の心を失うけれど。ええと、ものすごく強い人です。
かたな、という武器を使っているそうです。僕にはちょっとよくわかりません。
刀と剣は、なにが違うのでしょうか?
セシルさんにはとってもお世話になっているので、師匠とも会ってもらいたいです。お礼をしたいんです。
師匠、こういうとき、どんなお礼が一番喜んでもらえるんでしょうか?
クランドも元気にしています。
お腹がひんやりしていて、かわいいです。あと、食いしん坊です。かわいいです。
最近はバラひとつではもの足りないのか、催促されて困っています。かわいいは罪です。
師匠、バラ二本あげても大丈夫ですかね?
元がむっちりしているので、太っているのかどうかわかりません。
肥満だったらどうしよう、心配です。鞄が結構重たいです。
あと、セシルさんはクランドをドラゴンだと言うのですが、僕にはトカゲにしか見えません。
師匠、クランドはドラゴンですか?
いっぱいいろんなことがありました。
僕が無事、家に帰ることができたら、これまであったことを聞いてください。ちょっとでいいので相槌打ってください。
たくさん、話したいことがあります。夜更かしするなら、僕の話を聞いてください。
師匠に会いたいです。
「……なんて、手紙なんて送れないんだけど」
アルバイト代で購入した日記帳を閉じ、ため息をつく。
瞬間、僕の顔の横を滑らかな刀が通り過ぎた。
ごぎゃ、異音を立てた背後が、どさりと音を響かせる。涙目で目の前の人物を見上げた。
「すみません、アオイくん。驚かせました」
にっこりと柔和な笑みを浮かべたセシルさんが、刀を鞘へ仕舞う。
「火をたいていても寄ってくるなんて、よっぽどお腹を空かせていたのでしょうね」
続いた言葉がこれなのだから、僕は二度と背後を振り返られない身体にされてしまった。
「……ありがとうございます、セシルさん……」
「どういたしまして」
この世の全ての輝きを詰め込んだかのような微笑みで、セシルさんが僕へと手を差し出す。
静々縋りついた。
絶対に後ろは振り返らない。何かすっごく危険な音がしてた。
つらい。こわい。セシルさんの手を握る手が震える。
セシルさんがとっても優しい仕草で、僕をブランケットに包んでくれた。
黒い手袋が何度も僕の頭を撫でる。セシルさんは変わらず笑顔だった。
ぐっすり眠っているクランドを、片腕でぎゅううと抱き締める。
師匠、聞いてください!
いっぱいいろんなことがあったんです。聞いてください!