そのルックスで力技かあー
「セシルさん、そんな繊細そうな見た目なのに、びっくりするくらい脳筋なんですね」
「そうですか?」
鉄パイプを肩に乗せたセシルが、意外そうな顔で振り返る。
げんなりとした顔のアオイは、クランドに青バラを食べさせたところで、空腹が満たされた幼獣は元気になっていた。
古城の中には人の気配はなく、声をかけるとゴーレムが動く。
崖下で遭遇した石膏像と、似たような仕組みで動く甲冑や彫像に、現地調達で鉄パイプを手に入れたセシルは強かった。
自分の大切な刀を折るわけにはいかないと、消極的だった戦い方から一転。
殴る、蹴る、突くと、武器が壊れるまで振り回した。
これにはアオイもどん引きだ。クランドを抱えて震え上がっている。
哀れ、残骸と成り果てた甲冑を足蹴に、セシルが先ほどまでその甲冑が振り回していた剣を手に取る。
両手剣であるそれは重量があり、気に入らないとばかりに放り投げられた。
がしゃあん!! 砕けた彫像が粉塵を上げる。
「何処かにゴーレムを制御している装置があるはずです。壊しましょう」
「……セシルさん、その細腕の何処に、それだけの筋力が……?」
「アオイくんくらいなら、余裕で横抱き出来ますよ」
「結構です」
破壊された甲冑等を遠回りで避け、アオイがセシルの後ろに続く。
「地下か屋根裏が鉄則なんですよね」あっけらかんと言うセシルは、恐れもなくずんずん廊下を直進した。
「セシルさん、あの、……今更ですけど、勝手に入って、よかったんですか……?」
「天井や窓枠についた埃や蜘蛛の巣に対して、廊下の埃が薄い。人の出入りがありますね。調査します」
彼女の指摘に、はたと少年が足許を見下ろす。
廊下の両端にはうずたかく埃が積もっているのに対し、彼等の歩く真ん中には、うっすらとした層しかなかった。
割れた窓は多いが、入り口だった扉は固く閉ざされていた。
体感するに、空気も重く停滞している。
アオイの顔色が悪くなった。
このような廃墟に、一体誰が住んでいるのだろう……?
「なるほど。既に事切れていましたか」
地下の小部屋に辿り着いたセシルが、後方へ向けて手を伸ばす。
階段を降り切る直前で足を止めたアオイが、周囲さえも覚束ない暗闇に怯えた。
振り返ったセシルが、柔和に微笑みかける。
「何かあれば、大きな声で呼んでください」
「ここでひとりぼっちですか!?」
「クランドくんがいますよ」
「ふたりぼっちですか!!」
「最大でさんにんぼっちです」
現地調達のランプをアオイへ託し、セシルが小部屋へ入る。
クランドを首に巻くアオイは落ち着かず、そわそわと壁や階段の先へ目を配らせていた。
かぱり、幼獣が口を開ける。震える手で、少年がクランドの頭を撫でた。
ランプの明かりを心許なさそうに抱える。
「うわあッ!?」
突然の剣戟の音に、アオイが悲鳴を上げる。
セシルの消えた小部屋から響くそれに、少年は顔色を悪くさせた。
――セシルさんは大丈夫だろうか!?
慌てて扉へ駆け寄り、錆びついた取っ手を掴んで、力を込めた。
「セシルさッ」
「アオイくん! 危ないですよ!?」
外開きの扉にぶつかった、干乾びた頭部。
弾んだそれには胴体がなく、直視してしまったいたいけな少年が涙目になった。
小部屋の床に広がるのは赤錆色の魔方陣で、頭の持ち主と思われる干乾びた肢体が倒れている。
禍々しいそれへ、慌てたセシルがいそいそと上からボロ布をかけた。
しかしアオイの隣には、彼女によって弾き飛ばされた頭部が転がっている。
ぐすんっ、クランドに顔を埋めたアオイが肩を震わせた。
「えっ、えーっと、アオイくん? 百合の花をお願いしてもいいでしょうか? この辺りの陣を消したいので……」
「すんっ」
アオイが編んだ白百合によって、浄化された床がゴーレムの術式を解除した。
町に平和が訪れた。
アオイの心に深い傷が残った。