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事例報告:白い石の化け物

 その日立ち寄った町で、騎士団員であるセシルは町の人たちに囲まれた。

 何でも山に『石の化け物』が現れるらしい。

 これまで何人もの被害が出ており、途方に暮れていると懇願された。

 セシルはその清廉な見た目のまま、にこりと快諾し、被害の場所などを詳しく聞き込んだ。


「白い石の化け物だった!」


 怯えた町の人々の証言はどれも一致し、アオイが不安そうに表情を曇らせる。

 セシルは彼へ宿で待つよう指示するも、彼女が扱う武器は、細身の刀だった。


「……石相手に、どうやって戦うんです?」

「何でしょう? まあ、適当に」

「……僕も行きます」

「ええ……っ、危ないですよ?」


 困惑した様子で眉尻を下げるセシルに、半眼のアオイが肩を竦めた。

 目的地の地形上、連れてはいけない馬のキルシュを宿の厩舎に繋ぎ、じと目でセシルを見上げる。


「でしたら、もう少し計画的に挑みましょうよ」

「そうですね……。では、どんなものか様子見だけしましょう」

「……セシルさんって、実は能天気なんですね……」


 にこりと微笑んだ見た目優男が、『石の化け物』とやらが現れると噂の場所を目指して歩き出す。

 頼れる姉御であるキルシュの鼻筋を撫で、ため息をついたアオイがその後ろを追いかけた。






 こうして出会った『石の化け物』は、身の丈二メートルほどの大きさをした、巨大な石膏像だった。


 即座にアオイたちを見つけて、頭上の斜面を転がり落ちてきたのだから、様子見も何もあったものではない。

 滑らかな白肌をところどころ汚した石膏像は、落ち着きがなかった。

 首がざりざり軋みを上げて回転し、削がれた片腕によって、重心の崩れた体勢をしている。

 関節を無視した角度で足を曲げ、身軽なセシルと交戦していた。

 大きく薙いだ片腕が胴体ごとぐるりと一巡し、セシルのいた場所を払う。


「ッ!? アオイくん!!」


 セシルの鋭い声と同時に、どすっ、鈍い音を立てて、石膏像の無表情がアオイの頭上にめり込んだ。

 咄嗟に屈んだアオイに砂塵が降りかかる。

 元々石膏像のいた位置からアオイの隠れている場所までは距離があり、とてもではないが、一瞬で近接出来るような距離ではなかった。

 しかし現に石膏像はセシルの前からアオイの元まで移動し、猛威をふるっている。


 青色の瞳を愕然と見開いた少年が、眼前に迫る真白い膝小僧に怯えた。

 セシルが足場の悪い路面を蹴る。


「くわっ」


 アオイの鞄から、もぞもぞと顔を出したクランドが、生まれて初めて一声鳴いた。

 晴天に落雷の音が響き渡り、重心の崩れた石膏像の頭部を抉る。

 揺らめいた巨体をセシルが蹴り飛ばした。

 かすかに一瞬、たぷん、聴覚が拾った何かの揺れる音に、彼女が眉間に皺を寄せる。

 横転の音が地響きを上げた。


「クランド!? 今、雷……!」

「アオイくん! 下がって!!」

「は、はい……!」


 壁伝いに立ち上がったアオイが、セシルの誘導する方へ足を動かす。

 クランドは疲れたように天を向いて口を開けており、きゅるるる、緊張感のない腹の音を立てていた。


 ぎこちなく動いた石膏像の首が、鼻から上の足りない顔面をアオイへ向ける。

 がこん、その口が開かれた。

 歯並びの良い口内に沈着した、茶褐色の汚れ。セシルがその秀麗な顔をしかめた。


「なるほど。人の味を知っているようですね」

「石膏像って、人食べるんですか!?」

「普通は食べません。どうやらあのゴーレムは、呪物的な扱いをされたのでしょう」

「どんな業を積んだら、そんな惨いものが生まれるんですか!?」


 ナイフを片手に、セシルがアオイを背に隠す。

 石造りの敵は刃物との相性が悪く、致命打を与えるに至れなかった。


 何か打開策は……、セシルが視界の端に崖下を映す。

 どうにかして突き飛ばすことは出来ないだろうか? 彼女が思案した。

 起き上がろうともがく石膏像が、ぶるぶると小刻みに頭を震わせる。

 鋭利な破片がぽろぽろと零れ落ちた。


「セシルさん、石膏って、水に対して脆かったですよね?」

「そうなんですか?」

「確か師匠が、雨が降ったから採取を切り上げたとか言って、いつもより早くに帰ってきたんです!」


 石膏像など、数えるほどしか見たことのないセシルが、怪訝そうに首を傾げる。


 アオイの記憶に残る、ずぶ濡れの黒髪。

 不機嫌そうな面持ちで舌打ちする魔女へ、留守番のおわりを喜んだアオイはタオルを差し出していた。

『石膏像は風雨に晒されると劣化する。とんだ無駄骨だ』思い出した言葉に、アオイが顔を上げる。


「風雨で劣化すると言っていました!」

「現在の天気では、雨は望めそうにありませんね……」

「……人、食べてるなら、血も水分です。もろもろになってませんかね……?」

「内部はわかりませんが、外周はまだ硬質です」


 片腕をついた石膏像が身を起こす。

 途端、ばたばたと腕のみで地を這う姿に、セシルがアオイを肩に担いで壁面を蹴った。

 突然の浮遊感と、突然の接近。

 眼下を這う頭の欠けた石膏像へ、短く悲鳴を上げたアオイが鞄を抱き締めた。

 固く目を閉じ、叫ぶ。


「花っ、水気が多いの、百合!!」


 急停止した石膏像が身体を反転させた、その不安定な体勢に瑞々しい白百合が咲く。

 おびただしい量の開花に強いにおいが辺りに広がり、関節を軋ませた彫像の動きが止まった。

 五指の形に地面が線を引く。

 前を見据えたアオイが指を鳴らす。瞬間、全ての白百合が枯れ、石膏像の細部を滲ませた。


「セシルさん! 水、かけました!」

「行きます! アオイくん、目を閉じてください!」


 アオイを下ろしたセシルが赤茶けた地面を蹴り、刀を抜く。

 伸ばされた片腕を避けた彼女が、石膏像の横腹を突いた。

 ぐしゃり、柔らかなものが貫かれる音が、くぐもって響く。


 刀を引き抜き飛び退ったセシルを追うように、石膏像が身体を動かした。

 腐乱臭が刺し傷から溢れ、たぷりと揺れた内部の腐肉が決壊する。

 どす黒い色をした液体が軽石のような外壁を破り、石膏像の内側から破壊した。

 立ち上がろうともがいたそれが胴体から折れ、たたらを踏んだ下半身が崖下へと転落する。

 袖口で口と鼻を覆ったセシルが顔を顰めた。


「……アオイくん、急ぎましょう」


 酷い臭気と惨い光景に、顔色をなくしている少年の手を彼女が引く。

 セシルの行き先は、崖上にそびえる古城だった。

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