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この騎士さん、容赦ないな!

「内ももと腹筋とおしりが痛いです……」

「その日のうちに筋肉痛がくることは、若い証拠ですよ。おめでとうございます」


 にっこりと笑ったセシルが、書き物机にペンを置く。

 両手でお腹を押さえるアオイは風呂上りで、水気を含んだ髪が、いつもより暗い色合いの青を映した。

 ベッドに転がっていたクランドが、のしのしシーツの海を進行する。


「乗馬はダイエットに効果的だとか」

「はー。それでセシルさん、そんなにスマートなんですねー」

「あはは、これでも割れてますので」


 爽やかな笑顔で、セシルが皮肉を打ち返す。

 クランドを抱き上げたアオイが唇を尖らせた。


 アオイは運動が苦手だった。逃げ足でさえ、大して速くもない。

 彼を追う『人ならざる者』は、さぞかし愉悦に甚振ったことだろう。

 アオイには、脅威に対抗する手段がなかった。


「……セシルさんは、いつからその騎士団とやらに入ったんです?」

「そうですねー。始めは訓練生から始めたので、十四とかそのくらいですかね?」

「そんな子どもの頃からですか!?」

「あまり裕福ではなかったので。兄と一緒にいろいろやってましたからねぇ」

「お兄さんがいるんですか?」

「はい、ひとつ上の」


 苦笑を浮かべ、セシルが席を立つ。

 徐にアオイの首にかかっているタオルを手に取り、少年の頭を拭き始めた。

 わわっ、アオイが慌てる。崩れた体勢に、抱きかかえられていたクランドが手足をじたばたさせた。


「節操のない人なので、アオイくんも重々気をつけてくださいね」

「……お金でも集られるんですか?」

「どちらかといえば、女性関係ですね」

「何故僕はその注意を受けたのだろう……」


 優しい手つきで髪の水分を拭われ、タオルが取り除かれる。

 きっと女性ならば即座に見惚れただろう、セシルの柔和な微笑みを向けられ、アオイが難しい顔をした。

 くつくつ、笑う見た目優男が、手櫛で青色の髪を梳く。


「……セシルさんこそ、女性にもてそうですけど」

「人気はありますよ」

「……さいですか」

「ははっ。拗ねないでください、アオイくん」


 愉快そうに笑ったセシルを置いて、不貞腐れた顔でアオイがベッドに座る。

 クランドを膝に乗せ、少年が年上の彼女を見上げた。


「僕だって、ご婦人方には人気があるんですよ。一応!」

「庇護欲を掻き立てる何かがありますよね、アオイくん」

「それはそれで複雑です」

「アオイくんこそ、好きな人はいないんですか?」


 にこにこと小首を傾げるセシルに、益々アオイが半眼を作る。

 ぷいと顔を背けた少年が、素っ気ない声を出した。


「いませんよ。僕のいた町は、過疎地なので」

「そうでしたか。……よし」

「何が『よし』なんですかぁ……」


 小さく拳を作ったセシルを胡乱の目で見上げ、アオイが膨れた顔をする。


 彼の住まう地は言葉通りの過疎地であるため、みんなこぞって田舎を去ってしまう。

 たまの帰省と、行商人のメルくらいだろうか。

 都会の土産話は、いつも目まぐるしい。


 誤魔化すように微笑むセシルを、じっとりと青色の目が睨みつける。

 唐突にぴんと閃きを見せた少年が、にっこりと清浄な笑顔を形作った。

 膝のクランドがベッドへ戻され、アオイが立ち上がる。


「セシルさん、これからお風呂でしたよね? ちょっと待っていてくださいね!」

「は、はあ……」


 セシルが手にしていた濡れたタオルを取り上げ、アオイが浴室へ消える。

 だばだば鳴り出した湯を張る音を扉越しに見詰め、困惑した様子で彼女が首を傾げた。

 見下ろしたベッドでは、主人の座っていた箇所で大の字になって転がるクランドがいる。


 困惑のまま数分。

 湯煙を扉で遮断したアオイが、袖を捲くったまま、にっこりと愛らしい笑みを見せた。


「お待たせしました、セシルさん! お風呂どうぞ!」

「は、はい……」


 たじろいだセシルが、そっと浴室を覗き込む。

 湯煙の充満した個室に漂う、ふんわりとした甘いにおい。

 はたと瞬いたセシルが、慌てて浴槽を覗き込んだ。


 ぷかりと湯船に揺蕩う、いくつものバラ。

 大輪のそれらは白色やピンク色とメルヘンな配色で、乙女な光景に不慣れなセシルの喉が、「ふえぇ」情けない悲鳴を上げた。

 彼女の顔は真っ赤だった。

 これに入れと!? ズボンが濡れることすら構わず膝をつく。

 これが噂の薔薇風呂かあ!!!!






「……お風呂ありがとうございました」

「お湯加減どうでしたか?」

「そうですね。アオイくん、いいお嫁さんになれますよ。私が保証します」


 湯上りで火照った頬のまま、セシルが咳払いする。

 眉間に皺を寄せる彼女を、ベッドにうつ伏せてクランドと遊んでいたアオイが、にんまりと笑った。


「バラって、美容効果にいいそうですよ」

「そうですか。時にアオイくん。笑うと免疫力が上がるそうですよ」

「はい? えっ、ちょ、セシルさん? 何で乗り上げ……待って待って待って!! くすぐんないでくださいっ!」

「全く、きみという子は」

「くすぐった……! や、やめてください!! セシルさっ、さては負けず嫌いですね!? やめっ、やめてくださいー!!」


 表へ返したアオイの身体に乗り上げ、セシルが少年の脇腹をくすぐる。

 抵抗する彼の両手首を片手で纏め上げる辺り、セシルの辞書に『容赦』の文字は存在しなかった。


 数分後には生きも絶え絶えな少年がぐったりと横たわり、満足そうに息をついた彼女が書き物机へ戻る。

 恨みがましくセシルを見送った少年は、翌日更なる筋肉痛に苦しめられることとなった。

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