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暴走運転は取り締まれますか?

 遮るものがなにもない青空と、のどかに続く広い平原。

 疾走する景色は横殴りで、必死にセシルさんの腰に腕を回してしがみついた。


「せ、セシルさっ、セシルさん!? ひゃぐ!?」

「アオイくん、走行中に喋ると、舌噛みますよ?」

「はっ、速いです! 徒歩の時速より速いものに乗ったことないんです!!」

「では、頑張って慣れてくださいね」

「――ッ!!」


 とん、馬の腹が蹴られ、益々流れる景色の速度が上がる。

 さてはこの人、中々のどえすだな?

 サディスト極まる速度で馬が駆け、がくがく揺れる視界と脳みそに、気持ちが悪くなった。


 僕は山育ちの森住まいだ。そもそも平原なんてはじめて見る。

 広大で雄大な世界に突然放り込まれたのだから、とてもびっくりした。こんなに広いところがあったんだ。


 まあ、その感動も、一瞬で崩れ去ったのだけど。

 最初は馬の前側に乗せてもらっていたけれど、流れる景色が速すぎて、僕は酔った。

 今度は後ろ側に乗せてもらったのだけど、蹴り上げられる振動に酔った。詰んだ。


 セシルさん、こんな温和な見た目をしているのに、なんでこんなに乱暴運転なんだろう……?

 馬から伝わる衝撃が、最早暴力的なのだけど……。



 休憩だと立ち寄った小川で、馬にまたがったまま、ぐったりとセシルさんにもたれて息をついた。

 まだ、頭がぐらぐらして気持ち悪い……。

 鞄の中から飛び出したクランドまで、よろよろと羽ばたいているのだから、僕たちの消耗具合は相当だ。


「アオイくん、大丈夫ですか?」

「……大丈夫じゃ、ないです。もう歩いていきます……」

「野宿になってしまいますよ?」

「構いません! 僕は自分の三半規管の方が大切です!」


 あとおしり痛い! ふとももの内側とか腹筋とかすごく使う!


 徐行した速度が止まり、セシルさんがこちらを振り返る。

 長い睫毛は羽のようで、瞬きの度に音がしそうだ。彼が困ったように笑う。


「失礼しました。急ぎ過ぎましたね。もう少し段階を追ってから、慣れてもらおうと思います」

「セシルさん、見た目によらず、サディストですね!?」

「あはは、初めて言われました」


 爽やかな笑顔で馬から下りたセシルさんが、こちらへ手を差し出す。

 よぼよぼと手を繋ぎ、ほとんど抱きとめられる形で地上へ降り立った。ううっ、浮遊感がきもちわるい……。

 へろへろな僕の頭にクランドが着地する。ひんやりとした鱗を撫でた。

 きみだけが僕の心の癒しだよ……。


 手頃な木に馬を繋ぎ、セシルさんが荷物を下ろす。


「休憩にしましょう。時刻も昼時です」

「……だいぶんお腹の中がシャッフルされたので、全く空いてないんですけど……」

「ははっ、それは失礼しました。午後からはもう少し加減して走ります」


 いっそ清々しいほどさっぱりと笑われ、僕の心に仄暗いなにかが生まれた。

 本当に? 本当に加減して走ってもらえるの?

 嘘だったら、僕、意地でも歩くからね? クランドと一緒にのんびりした速度で歩くからね?






 結局セシルさんが加減してくれたのは、はじめの方だけだった。

 振り落とされないよう必死に彼へしがみつき、目的地の隣町へ辿り着いた頃には、僕の心身はずたぼろになっていた。


「セシルさんのうそつき!!」

「アオイくんの服を買うのを忘れていたので」

「そういうのは、出発前に教えてください!! 居心地が悪いです!」


 僕の非難に、少し困ったように微笑むのだから、罪悪感がひどい。

 おまけに用件が僕のことだ。すごく決まりが悪い。

「走っている最中に思い出したので、ちょっとだけ急ぎました」だなんて、とても居た堪れない気持ちになるじゃないか!

 ……うん? あの速度で、ちょっとだけ? ふ、ふーん?


 宿屋さんの厩に歴戦の馬を繋ぎ、セシルさんが地べたでへばる僕を引っ張り上げる。

 見上げた彼は少しばかり申し訳なさそうな顔をしていて、余計に罪悪感を煽った。

 ぎゅっと握った彼の手は、手袋越しにひんやり感じる。


「……その、……すみませんでした」

「いえ。私の服で、袖のあまっているアオイくんも、中々かわいいものですよ」

「身の丈に合った服を着ます!!」


 セクハラかな!? 確かにセシルさんの服をお借りしているし、袖も丈もあまってるけど、その発言はセクハラかな!?


 にこにこ笑っているセシルさんは、とても清浄な空気を纏っている。

 おかしなことなんて、何もいっていないような顔をしている。

 くうっ、美人って得だ……!!


 残念なことに、僕の背はそこまで高くない。

 年齢も17歳だと信じているけれど、これについても曖昧だ。

 いつも15歳くらいに間違えられるのは、童顔な造りと、伸び悩んでいる身長のせいだと思っている。


 そもそも僕は、自分の誕生日を知らない。

 師匠もドーリーさんも知らなくて、ネーヴェの町の人たちに相談して、ついには町長まで出てきて、幼き日の僕の年齢は決まった。

 それがとても大変だったから、こうして忘れないように毎年数えている。なのに、年相応に見えないのは切ない。


 大体、セシルさんだって僕のことをからかうけれど、彼の見た目は細身の優男だ。色が白くて繊細そうだ。

 身長も僕より高いといっても、170とかその辺だろう。

 セシルさんの年齢は知らないけれど、それでも僕にはこれから伸びる希望がある!

 170センチくらい、追い抜いてみせる!


 意気込みを新たにした僕を見下ろし、セシルさんが不思議そうに微笑んだ。

 にこにこ、温和な顔をしている。


 それからセシルさんは、閉店間際の仕立て屋さんのマダムを微笑みで悩殺し、僕の背丈に合った服を買ってくれた。

 美人って得だな!!

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