公務員にもいろいろある
セシル・カーティスには、胸がない。
俗にいう『まな板』と呼ばれるタイプだ。
セシルは列記とした女性であったが、彼女の麗しい見目と紳士的な所作、そして服を着ると高低差の失われる胸は、周囲に『彼』という印象を与えていた。
セシル自身、個人の性別に対して、別段頓着していない。
そもそも日常生活を送る上で、「私は女です」と公言してまわることもおかしい。
誤解を放置した結果、セシルの勤める中央本部に人が押しかけるようになった。
いずれもセシルのファンであり、その姿をひと目見ようと連日殺到する。
これにはセシルも困惑してしまった。まず仕事が減らない。むしろ増える。
そして男性からの敵視も激しい。
騎士団という男社会において、セシルの存在は異分子だった。
セシルは真面目である。
好意はありがたいが、業務に支障が出ている。そしてやっかみは面倒だ。
彼女は事務員ではなく騎士団員であり、ただ制服を着用しているだけだ。
だというのに、嫉妬に駆られた他団員から「生意気だ」「教育が必要だ」と毎日のように喧嘩を売られる。
そして負けん気の強い彼女が取った手段が、『こてんぱんにやっつける』だったことも具合が悪かった。
理不尽に困り果てた。
セシルはただ穏便に、平穏に仕事がしたいだけだった。
試しに性別を明かしてみても、新手の冗談だと受け取られ、相手にされなかった。
中には奇特にも、「きみの凛々しいところに惹かれた」と、男性から交際を申し込まれることもあった。
しかしその後、「俺より男らしいところが無理」と言われて破局した。
理不尽だ。
彼女はほとほと困惑していた。
彼女は上司と相談した末、現在の単独任務を与えられることになった。
ひとりになってみて、セシルにはわかったことがある。
自由って、素晴らしい。
彼女は現在の生活を謳歌していた。
*
朝の鍛錬を終えたセシルが、隣のベッドで寝息を立てるアオイの様子を窺う。
昨夜大泣きした少年は唐突に寝落ちしたので、彼女は大変慌てた。
彼の額に手の甲を当て、体調を確認する。
セシルのひやりとした指先に刺激されたのか、小さく唸ったアオイが枕に顔を埋めた。
淡く微笑んだセシルが制服に着替え、纏めた髪を適当に編む。
シャワーで湿ったそれは、「切っても伸びて面倒」というずぼらな事情から、長さを有していた。
腰のベルトにポーチを留め、愛用している刀をさげる。
所定の箇所にナイフを装備し、彼女の仕度が整った。使い慣れた黒の手套が、髪を払う。
かっちりとした制服を着こなしたセシルは、どこからどう見ても『青年』にしか見えなかった。
外は新聞配達の馬と、牛乳配達のロバが運行し始めた頃である。
しばし思案気にアオイを見詰めたセシルが、卓上のメモを一枚破り取る。
さらさらと筆記したそれを卓上に、重石代わりに小銭を用いて、彼女は部屋を後にした。
『これで朝ごはんを食べてください。すぐに戻ります。部屋で待っていてください。 セシル』