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こんな国、出て行ってやるー!

 こくりと頷き、『知らない人に浚われたので、家に帰りたいです』と伝えた。

 ストレートに表現した僕に、目の前の美貌が微笑みを失う。


「残念ですが、ヴィントは入国にも出国にも、許可証が必要です」

「そんなっ、許可証なんてありませんよ!?」

「ですので、それを発行するための手続きを行います。浚われたのは、アオイくんおひとりですか?」

「クランドっ、ええと、トカゲがいます」

「トカゲですか? 失礼ですが、拝見しても?」


 セシルさんの説明に、少しだけ希望が見えてくる。ほっと息をついて、ベッドに置いた鞄を覗き見た。

 クランドはうずまきを作って眠っており、のほほんとした顔で鼻ちょうちんを膨らませていた。

 すぴー、というのん気な寝息に、うっかり笑ってしまう。


「あはは、間抜け面。この子がクランドです」

「……はい。わかりました」


 そっと僕の後ろから鞄の中を覗き込んだセシルさんが、ぴしりと笑顔を強張らせる。

 元いた椅子へ戻る最中、彼が額を押さえているのが見えた。

 何だろう……? 何か困らせること、しちゃったのかな……?


 ぎしりと椅子に腰を下ろしたセシルさんが、真顔で身を乗り出した。


「あのドラゴンの幼獣を、一体何処で入手しましたか?」

「ドラゴン? フトアゴヒゲトカゲですよ?」

「ドラゴンです。確かにトカゲ……爬虫類らしい見た目をしていますが、あれは列記としたドラゴンの幼獣です」

「ええええええ……」


 何を言っているんだ、セシルさん。

 だってドラゴンって、何か大きくて、赤くてずっしりしていて、火とか噴いて、ええとそれから、肉食って感じの生きものだよね?

 クランドは平べったいし、もったりしてるし、とげとげ生えてるし、主食が花だよ?

 どこがどうドラゴンなんだろう?


 そもそもドラゴンって、そんな頻繁にタマゴ落ちてるの?

 ドーリーさんが成敗した盗賊の人たち、一体どこから拾ってきたんだろう?


 大量に疑問符を並べる僕の様子に、セシルさんが難しい顔をして額を押さえる。

 ぐぬぬ、唸っていてもきれいな人だ。


「ですから、幼獣です。種類にもよりますが、成獣になると、きみのイメージに近しい姿になります」

「そんなっ、鞄に入らない……!」

「そこですか」

「だって、冬眠しちゃうんじゃ!?」

「……アオイくん、前提を変えてください。トカゲではなく、ドラゴンです」


 真顔で詰められ、はひ、頷く。

 でも、そんな、クランドがドラゴンだなんて……あれ? じゃあ、クランドの主食が花だと当てた師匠は、クランドの種類について知っていたってことだよな?

 んん!? 知っていたのに教えてもらえなかったこと!?

 ここでもまた放任じゃないか、師匠!! 何で教えてくれないんですか!? 今、すっごく恥ずかしいです!!


「あ、あんの師匠……ッ」

「アオイくん?」

「はっ、す、すみません!」


 ふるふる俯いた僕へ声をかけ、セシルさんが浮かない顔をする。

 失礼、短く声をかけられた。


 徐に腰のポーチを漁った彼が、僕の目の前に小さな瓶を垂らす。

 たぷりと液体の揺れる中には、薄ぼんやりと光る石が浮かんでいた。嘆息したセシルさんが、それを左手へ引き戻す。


「……これは魔力に反応する石です。ヴィントではこれを用いて、魔力の有無を調べています。……きみは、魔術師ですね」

「なんですか、それ。師匠は『魔女』なんて呼ばれてますけど……」

「アストロネシアでは、『魔術師』を『魔女』と称していましたね。あの国は魔術師にとって寛大な国と聞きます。……きみは、火や水が出せたりしますか?」


 セシルさんの話が、よくわからない。

 それは師匠みたいな人が、他にもたくさんいるということだろうか?


 けれども僕は、それこそ師匠のように火とか水とかを出せたり、浮けたりなんてびっくり芸なんか出来ない。僕に出来るのは、花を編むことだけだ。

 首をぶんぶん横に振る。

 急に魔女とか魔術師だとか言われても、困る。それは普通の人と、どう違うのだろう?


 そういえば人攫いの人たちも、魔術師がどうのと言っていた気がする。

 何だろう、とても気持ちがざわざわする。不安感が強くて、落ち着かない。

 椅子から立ち上がって、セシルさんから距離を取った。


「ヴィントでは、魔術師の存在は管理されています。大きな魔力は身体を蝕みます。事故を防ぐためにも、管理局で登録を必要としています」

「……事故? 管理? なんで……?」

「言葉のままです。……きみは大丈夫ですよ。このくらいの反応でしたら、基準値を若干上回る程度ですから。瞳の色にも影響は出ていませんし」


 僕を落ち着かせるためだろう、殊更ゆっくりとセシルさんが説明してくれる。


 いや、でも、管理なんてされたら、ヴィント国から出られないんじゃないのかな?

 それは嫌だ! 僕は家に帰りたい!

 それに瞳の色って、魔力とやらが多いと危険なんだ? それじゃあ、師匠は? 師匠は大丈夫なのかな!?


「帰ります!! 師匠が!」

「落ち着いてください。……ヴィントは統制されています。私がきみたちの密入国に対して、即座に対応出来たことが、その証明です。無策にシエミラ山を突破することは、お勧めしません」

「でもそれじゃあ! 管理とか許可証とか! どうしたらいいんですか!?」

「まず中央で、魔術師管理局に登録しましょう。番号が発行されるので、これを使って出国手続きを行います」


 一刻も早く師匠の元へ帰りたいのに、とても回り道しないといけないらしい。

 ヴィルベルヴィント王国は、とても大きな国だ。

 僕の住むアストロネシア公国は小さく、国土を何個収めることができるのだろう? そんなどうしようもないパズルを考えてしまうくらいには、ここは大国だ。


 立ち上がったセシルさんが、一歩僕へ近付く。

 ……部屋の端なんて、あっという間に辿り着いてしまう。

 諦めて俯く僕へ手を伸ばし、彼がそっと頭を撫でた。……泣きそうだ。


「大体の事情はわかりました。きみを浚った人物は、魔術師であるきみと、ドラゴンのクランドくんを、ここヴィントで売ろうとしたのでしょう」

「……僕たちはこれから、どうなりますか?」

「保護した以上、私がきみの安全を守ります」

「帰れ……ますか?」

「全力を尽くします」


 セシルさんの言葉に、ふっと力を抜く。

 ……帰れるのなら、この人に従おう。悪い人じゃなさそうだし。親切だし……。


 そんなことを思っていたら、何かを引き抜いたセシルさんが、その何かを僕の首に巻きつけた。

 ぐるりと一巡したそれが、かちりと音を立てる。

 え? そんな心地で彼を見上げた。


「すみません。私がきみを保護しているという、目印です。……その、この国では、登録のない魔術師は処刑の対象となってしまうので……」

「ちょっとでも気を抜いた僕が馬鹿だった! 帰ります!! 意地でもあの山を越えます!! こんな国出て行ってやるッ!!」

「お、落ち着いてください……! 外では必ず、これを着用してください。騎士団員全員が、私のような人間ではないので……」

「必ずも何も、外れませんよ!? どうなってるんですか、これ!」


 懸命に爪を引っ掛けて外そうとするも、びくともしないそれに戦慄する。


 さらりとした手触りの、サテンリボンのような帯だった。

 留め具に何かついているらしい。ぼこっとしている。

 ただ、自分の視点では何がどうなっているのかわからず、ただただ不気味だった。

 必死になって爪を立てる。巻き込みで皮膚を引っ掻いているけど、知ったことか!!


「あと、その、非常に言いにくいのですが……外ではクランドくんを出さない方が懸命でしょう。……ドラゴンは、討伐対象なので……」

「帰る! 今すぐ出て行く!! 師匠っ! 助けてください、師匠!! 師匠ッ!!」

「あ、アオイくん、落ち着いてくださいっ。ここの壁、そんなに厚くないので……苦情が……」

「いたいけな17歳が、こんな混乱の状況下で泣き喚かないことをありがたく思ってください!」

「はいっ」

「あのおじさんたち、絶対に許さない! 顔も覚えてないけど!!」


 首輪をつけられた猫が暴れる心境って、こんな感じかも知れない。

 何度も首を引っ掻く手をセシルさんに掴まれ、振り払おうと全力で暴れた。

 なのに両手首を片手で一纏めにされたのだから、この優男のどこにそんな力があるのかと疑った。


 最終的には泣きじゃくった。そして疲れ果てて寝た。

 ……どこの酔っ払いだろう? 自分で自分が悲しい。

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