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エッセイのプロムナード  作者: 多谷昇太
アジア小説との出会い

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自らへの処方箋

みずからの生き方においてなにか行き詰まりがあったとして、またそれに至った由来とそれへの対処法、すなわち処方箋さえわかっていたときに、それでもなおかつ肝心要の、具体的な「行動」に踏み出せないという自分がいる。その状態に甘んじて実に久しい。私の場合ヒト・モノ・コトへの色眼鏡をはずすことと、いままでの自分本位な生き方から、少しでも他人指向のそれへと移ることがみずからに課した処方箋だったのだが、云うはやすしでなかなかできない。およそ万事においてあいも変わらず「しょせん世間とは、社会とは…」などと突き放してしまい、他人様への対応においても、あたかも自動回路のごとくいままで培ってきた自分本位の眼で見、応じてしまう。それで、これではならじとばかり、なにかうまい方法はないかと案じた挙句、一計を思いついた。ひとついままで悉皆目の行かなかった中国や韓国、あるいは東南アジアの国々の現代小説を読んでみようと思い立ったのである。理由はそもそもいまに至る自分の嗜好や価値観がいたって西洋的で、近隣のアジアに目が行かず、横柄にもこれらの地域・国々は日本や西洋よりも一段下の文明レベルではないのかなどと思いもし、加うるに昨今の中国や韓国の反日ぶりを報道で見るにつけても、両国への反発を覚えてしまうことなどがあったからである。つまりは先の色眼鏡をはずすことと、我ならぬ他者を理解して行くうえでのツールになり得ると思ったからだ。まず手始めに21世紀の新たな超大国などと云われている中国から手をつけ、お隣りの韓国、そしてミャンマー、ベトナムへと読みすすんで行った。長編ではなく各国の短編集ばかり。肩がこらないと思ったからだし、またできるだけ多くの作者、「他者」に出会いたいと思ったからだ。ちなみに件の処方箋の由来、斯く「行き詰まってしまった」顛末とはみずからの人生における散らかしっ放し、すなわちひたすら自分を生かそうとするばかりで他人を慮らず、あげく年令をかさねるとともに誰からも相手にされなくなってしまったことが上げられる。しかしそれでは畢竟この試みも他人を介した自助、すなわち他人指向という隠れ蓑をまとった相変わらずの自分本位ではないのかと指摘もされようが、しかしそこは「改めるに憚ることなかれ」という言葉を信じて突き進むほかない。なにごとも修練であり鍛錬であり、また人間というものは多分にソフトであるよりはハードなのだと思うからである。プログラミングの良し悪しによっていかようにでも良品・不良品を生産し得る機械のごときもの。ただしみずからしてプログラミングを選び得る、自由意志を持った機械なのである。ここはひとつ、人間などとは次元の違う、プログラマーの全能を信じて行くほかはない。

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プロムナードが時に歩く(=読む)に堪え難い、恥っさらしな「引越し顛末記」だったりして申しわけありません。不快をもよおした方はここを飛ばされて結構です。以後はできるだけ歩くにまともな道(エッセイ)を敷くつもりですが、しかしこの難所の「引越し顛末記」はあともう一章ほど続ける予定です。
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