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エッセイのプロムナード  作者: 多谷昇太
アジア小説との出会い

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甘い微笑

 さて私の処方箋行脚も終わりに近づいた。東南アジア、ミャンマー、ベトナム文学を記したい。ミャンマー小説には仏教からの観点が随所に見られ、例えば実に奇妙な商売がひとつあって、捕らえてきたスズメ数十羽を檻に入れて持ち歩き、お金を払えばその人の眼の前で蓋を開けてこれを逃がしてやるのである。曰く「これであなたは生き物を助けたという功徳を積みました」となるのだが、しかしそれならば始めっから捕まえなければいいではないか。これほどさように仏教からの価値観が特に男性作家に見受けられるのに対して、他方でそれに相克する(?)ような女性陣の現実的な強さがあって、たとえばキンフニンユという女流作家の「甘い微笑」には外国人である私でさえ生き行く勇気と指針を与えられた。年老いた親に加えて同居しているこちらも老いた叔母がいるのだが、彼らへの養生や死後の葬式代に頭を悩ませている女性が主人公。この状態を悲観ばかりしてないで、解決すべく彼女は八面六臂の打診を関係官庁や寺社関係者にして行く。文面からにじみ出てくる、我々読者にも感得できるような彼女の前向きな姿勢と、それゆえの人から愛される人柄に呼応したような、親切な寺社関係者が一人あらわれて、安価に葬式を済ます方法を彼女に教えてくれるのだった。ラストの述懐がいいのだ。原文は不確かな記憶になってしまったがおおむね「こうして私は彼ら(親と叔母)が安心して死に行けるような環境を整えることができた。人は誰でも死ぬ。私もそうだ。ふりかえってこの‘死ねる’‘安心して死ぬことができる’ということほど人生を送り行く上で勇気を与えられることはない。人生を逆算しよう。人に迷惑をかけずに死ねることが保障されているなら、私は毎日の暮らしを頑張り通すことができる。死というステップに立ってみて、初めて逆に生が見えてくる。 なぜ、何のために人は生きるのかということまで、肌感覚でわかるような気もするのだ。〜氏(寺社関係者)のあの折りのやさしげな微笑が、まるで仏様のお顔に見えて‘よく悟ったな、それでいいのだ。真の人生の意義に立った、これからの日々を送るように’と云われているようにも思えたことだった」という風に記憶している。キリスト教に云う「主はみずから助くる者を助く」の通りであることを、この主人公の生き行く姿勢からまざまざと見せられる。そこには人が手助けしたくなるような、彼女の前向きさがあるのだろう。仏教で云えば「依正不二」「色即是空・空即是色」ということになるだろう。棚からボタ指向ではいつまでたっても真の幸せ、真の充実は来ないのだ…。

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プロムナードが時に歩く(=読む)に堪え難い、恥っさらしな「引越し顛末記」だったりして申しわけありません。不快をもよおした方はここを飛ばされて結構です。以後はできるだけ歩くにまともな道(エッセイ)を敷くつもりですが、しかしこの難所の「引越し顛末記」はあともう一章ほど続ける予定です。
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