真の英雄の話
突っ込み所、描写不足な部分多数あり。
「お前がターム村のフィエナだな。一緒に来てもらおう。これは公王陛下からの勅命だ。拒否は許さない」
突然の事に、ターム村の人々は驚き、混乱し、ざわめいた。
ここターム村はのどかな村だ。
そこにいきなり武装した男たちが現れ、ただの村娘に対して雲の上の人である王様の命令を告げたのだ。
驚かない方がおかしいというものだ。
「あ、あの、家の娘が何か? 何故そのような……ヒッ!」
男たちに名指しで指名された少女──フィエナの父親が低姿勢で当然の疑問を投げ掛けるが、先頭にいるリーダー格の男に睨まれて悲鳴をあげる。
「我々は栄えあるガッテンベルグ公国の騎士である。この度、神殿から女神アルフレア様の神託が下った」
下された神託はこうだった。
『世に乱れの兆候あり。平穏を脅かす黒い影現れん。偉大なる英雄の末裔にターム村のフィエナを。さすれば真なる英雄誕生せり』
「分かったら出立する用意を。時間はない」
「そ、そんな……」
「お父さん」
騎士を名乗る男たちの無慈悲な言葉に、父親は力なく膝を着いた。
そんな父親へと、当の本人であるフィエナが声をかける。
「私、行きます」
「そうか。なら──」
「フィエナ! ダメだ! 行くな!」
「ライ!?」
震えながらも気丈に振る舞うフィエナ。
騎士たちはその言葉にどこか安堵したようで、けれど命令を遂行するためにフィエナへ手を差し伸べようとして、少年の声に邪魔された。
ライと呼ばれた少年はフィエナへと近付こうとして騎士たちに邪魔をされた。
小柄なライは屈強な騎士二人に押さえ込まれ、容易く這いつくばることに。
「ぐ……フィ、フィエナ」
「やめて! ライを放して!」
「言っただろう。時間がない。小僧も騒ぐな。これ以上騒ぐなら、我らも容赦しない」
騎士は淡々と告げると、仲間に目で合図する。
合図された騎士は剣を抜き、その切っ先を押さえ込まれたライの眼前に突きつける。
「我々も本意ではない。何度も言うが時間がない。大人しくしろ。そうすれば怪我もしなくてすむ」
ライは向けられた切っ先を怯えた表情で見つめ、ただ震えることしかできない。
「さて、フィエナとやら。共に公都へ」
「は、はい」
騎士の言葉に、フィエナも震えながらもしっかりと首肯した。
「ライ、ごめんね。私、行くわ」
「フィエナ……」
「元気で。さようなら」
「フィエナー!」
この日、少年は絶望を知った。
◇◇◇◇◇
ガッテンベルグ公国の東端にあるターム村は、古より伝わる伝説を唯一の取り柄としていた。
願いの洞窟。
心からの願いを胸に秘めて洞窟に入り、試練を乗り越えればその願いが叶うというものだ。
そこは一見すればただの洞穴だ。入った事のある者の証言では、入り口からすぐに広い場所があるだけの簡素さ。壁になにやら模様があるように見えるだけの場所。
しかし、この言い伝えを信じて入った者の中には不思議な場所にいつの間にかいて、試練を受けたという者がいて、のちに実際に願いが叶ったと証言した。
それがあって、ターム村には願いの洞窟を目当てにやってくる者を相手にした宿場が何軒もあった。
この村に住むライとフィエナは、幼い頃から一緒にいた。
フィエナは円月亭という宿の娘として生まれた。
秋の稲穂を思わせる黄色がかった波打つ髪を肩口まで伸ばし、宿の名と同じく月を思わせる色の瞳をした少女は、幼い頃から元気一杯だった。
物心がついた頃から宿の看板娘として可愛がられていた。
ライはこの村の生まれではない。
かつて願いの洞窟を目当てにやって来た旅人が抱えていた赤子で、旅人が願いの洞窟に行っている間に一時的に預かっただけなのだが、その旅人はいつまでたっても帰ってこなかった。
探し回ったが姿はなく、捨てられたのだと分かった。
フィエナの両親は、ならばとライを引き取った。
宿屋は人手が多い方がいいし、何より娘も可愛いが息子も欲しかったからだ。
円月亭の主人夫婦はライも実の子のように可愛がった。
ライは黒い髪に黒い瞳という珍しい容姿をしていた。だが、この村には他国の旅人も多く来るので、珍しいが黒髪も黒い瞳の人間も見たことがある。
ライもそういった特徴のある国の人間なんだな、くらいに思われた。
大人たちはそれで済んだが、子供たちはそうでもなかった。
異質な存在を子供たちは無邪気に迫害する。自分達と違う容姿という、大人からすれば些細な事でも、子供からすれば立派な理由になる。
村で唯一の黒い髪に黒い瞳。それを理由に子供たちは徹底的にライを苛めた。
その度に大人たちが拳骨を落とすが、それでも止まることはない。
苛められ、泣くライ。
それを見たフィエナは、果敢にも苛めていた村の子供たちに向かっていった。手には太い木の棒。
フィエナは弟を守る姉のようにライを守った。
「ライ、ないちゃだめ。おとこのこはつよいの。おんなのこをまもるの」
「むり……」
「つよくなるの。ひーをまもるくらい。ね?」
「……うん」
それは、幼い二人の何気ないやりとり。
それでも子供にとってのそれは、とても大切で、いつまでも輝き続ける、大事な約束だった。
やがて時が経ち、ライもフィエナも年頃になった。
フィエナは美しく成長した。
幼い頃はくすんでいた髪色は陽を浴び黄金に輝き、活発でしなやかな肢体は健康的で、その笑顔は多くの男を魅了するに至った。
彼女のおかげで、円月亭の売り上げは右肩上がりに増えていっていた。
ライの方は身長はそこまで伸びずに小柄なままだったが、黒い髪は艶やかに輝き、この周辺ではあまりいない顔立ちと相まって、密かに女衆から人気が集まっていた
幼い頃の約束を胸に、彼は体を鍛え、様々な仕事を率先してこなした。今では宿の最大戦力だ。
こうなると、二人は村では人気が出た。
フィエナの美貌は村の同年代の若者たちの心を掴んで離さず、多くの者が気を引こうと熾烈な戦いが繰り広げられた。
しかし、宿の客からの誘いを上手くあしらう彼女には効果は見込めず、村内で酒の消費量が上がったとかどうとか。
ライは未だ若くとも力はあるし、宿屋の経営に必要な仕事を全て覚え、なおかつ柔軟に対応できる応用力ももっていた。
何より、フィエナを守るという約束があるからか、年齢を重ねるごとに胆力も鍛えられ、酔客や態度の悪い客にも堂々と対応する姿が人気を集めていた。
さぞ女衆から狙われているだろうと思われるが、そうでもなかった。
ライの視線の先には、ずっとフィエナがいた。
主張せず、けれど何かあれば自然にフォローして、フィエナと話せば他の誰にも見せないような満面の笑みを浮かべる。
フィエナの方も他の男は上手くあしらうがライにだけは過剰なスキンシップをして、心を許していた。
これを見せられては、女衆は早々に諦めて手頃な獲物の方へと標的を移していった。
逆に男衆は毎夜酒とジュースを自棄になってがぶ飲みしていた。
そんな悲喜交々がありながらも、村人たちはこんな日々がずっと続くと思っていた。
◇◇◇◇◇
フィエナが連れていかれてから数日。
村は表面上は落ち着きを取り戻していた。
今日も願いの洞窟を目当てにやってくる旅人がおり、その対応に集中していた。
現実から目を背けるように。
村の人間は結束力が高い。お互いを助け合って生きてきたのだから当然だ。
一人が困っていれば全員で手を差し伸べて、不幸があれば全員で哀悼の意を示し、幸福があれば全員で祝う。
それが、ターム村の人間たちだった。
今回のことで皆、円月亭の主人夫妻を心配した。
だが、彼らにはそれくらいしか出来ない。
相手は騎士たち、引いては国の上層部が関わっている。さらに国教でもある女神アルフレア教会も率先して動いている。
ただの村人には荷が重い相手だ。
無力感に苛まれ、村人たちはフィエナのことを口に出来なくなった。
ただ一人を除いて。
ライは失意と絶望に支配された。
フィエナを守ると言っておきながら、騎士たち相手に何もできなかった。
だが、それで膝を屈したままではいられない。
──フィエナを、取り返す。
幼き日の約束という火を灯し、冷たく重い体を無理矢理にでも動かすライ。
彼はこの村から出たことはあっても、国全体の地理など分からない。せいぜい近隣の村や街に連れていってもらった事があるくらいだ。
そんな彼がどうやって彼女を取り戻すというのか。
(願いの洞窟……心からの願いを胸に秘めて入って、試練を乗り越えればその願いが叶う場所)
それは、今までお伽噺だと思っていた。
彼には円月亭の主人夫妻がいてくれて、フィエナがいてくれれば、それで満たされていた。
だから、別に願いの洞窟に用は無かった。
(それでも……言い伝えが本当なら)
それは藁にもすがる願い。
他者からすれば鼻で笑うようなものだ。
しかし、ライとて無力な村人だ。衝撃的な事態に頭が回らなくても誰が非難できようか。
「……行かなきゃ」
まるで幽鬼の如く立ち上がると、ライは部屋を抜け出した。
暗い廊下を歩く。
フィエナが連れていかれてから、円月亭は営業をしていない。愛する娘を国に奪われたという事が、主人夫妻を打ちのめした。
ライは静かに建物から外へ出る。
時刻はもう深夜に程近い。
多くの宿屋が一階に食堂を持っているとはいえ、さすがにこの時間では旅人も酔っぱらって寝床に行っている。
見上げれば、煌々と光る丸い月が、大地を照らしている。それでもライはランタンを持ち出し、火を着ける。
虫の鳴き声がうるさい中を、わざわざ整備した一本道を歩いて洞窟へと向かった。
願いの洞窟は岩山の麓にある。ぽっかりと開いた出入り口として使っている穴へ入れば、ちょっとした広場があるだけ。
壁や床に何かの模様らしきものが描かれている……ように見えるだけで、他には特徴といえるものもない場所だった。
「願いの洞窟……願いを叶えられるのが本当なら、俺に試練を受けさせろ! 俺はフィエナを取り戻したい! 弱いままじゃダメだ! 俺は強くなりたい! 誰よりも! 何よりも! フィエナを守れるほど強くなりたい!」
心からの願いが迸る。
叫びは洞窟内を反響し、耳が痛くなる。
やがて反響も消え、洞窟内には静寂が戻る。
変化は……ない。
「くそっ!」
ライは自分が何をしているのか、今になって理解した。
ただの言い伝えなんかに頼る。こんな無力な自分が嫌になる。
膝をつき、四つん這いになって悪態を吐く。
「くそ……ちぐしょう」
涙で視界が滲む。
何故自分はこんなに弱いのか。剣を向けられて怯えてしまうのか。
何故フィエナを守れないのか。
「ぢぐじょう……ぢぐじょう!」
乾いた地面に涙に涎、鼻水が滴り落ちる。
冷たく暗い洞窟の中に、一人の少年の嗚咽が虚しく……。
風が、吹いた。
サァッ! と柔らかい音と共に、ライは不可思議な感覚に囚われる。
洞窟内は冷えていたし、地面はゴツゴツとした岩肌がそのままのはずだった。
なのに今、彼は暖かい空気に包まれていた。しかも、手足に触れる感触が固いものから柔らかいものに変化していた。
まるで、草のような感触だ。
「…………?」
ぐしゃぐしゃの顔のまま、ライは目を開けた。
そこにあったのは、青々と生い茂った草。
──え?
いきなりの事に、涙がひっこむ。
鼻をすすり上げ、袖で顔を拭う
滲みが無くなった視界で、草をよじゅ見る。
どこからどうみても、そこらに生えてる草だ。
「……なんで?」
「どうした坊主、そんな所に座り込んで?」
「──っ!?」
何故? と疑問を口にすれば、誰かの声が聞こえた。
驚いて顔を上げれば、そこにはがっしりとした体格の、初老の男がいた。
それにも驚いたが、ライの周囲の光景が変わっていた。
洞窟にいたはずの彼はいつの間にか、柔らかな陽射しに照らされる、森の中にいた。
「は? え!?」
「なんだ? 何をそんなに驚いている」
「え、いや」
ライに話しかけてきた初老の男は、どこか呆れたような口調だ。
「ここ、どこ? あんたは、誰?」
「記憶が曖昧なのか? いや、待て。ふむ、そういう事か」
「え? 何が?」
「落ち着け、若いの」
初老の男から風が放たれ、ライは体を震わせた。物理的な衝撃をも感じるそれのせいで混乱は収まる。
意識は男に集中する。
「よし。落ち着いたな。お前さん、強くなりたいと願ったようだな? それで、何故強くなりたい?」
初老の男の言葉に、ハッとする。
そう、彼は願いの洞窟で強くなりたいと願ったのだ。そうして、この不思議な場所に来た。
つまりこれは、試練。
そう理解した瞬間に、ライの心にあった小さな火は爆発的に燃え上がった。重かった体に力が漲り、呼吸が楽になった。
「俺は……」
「ん?」
「俺は、フィエナを守りたい。でも、今のままじゃ騎士にすら勝てない。だから、強くなりたい! どんな奴からでも、フィエナを守りたい!」
少年の心からの願い。
「そのフィエナというのは、お前にとってどういう人間だ?」
「……そりゃあ、その、可愛くって、一緒にいて楽しくて、嬉しくて、抱き締めてくれると暖かくて、やわかくて……」
「ああ、分かった分かった。つまり惚れた女だってことか。それなら話は早い」
顔を真っ赤にして、しどろもどろに話すライに、初老の男は呆れつつも納得した。
よっこいしょと立ち上がる。
そこで初めてライは目の前の男の姿をじっくりと見た。
座っていたのは大きな切り株。
立ち上がったその姿は髪に白いものが混じっているとはいえ、背筋がしっかりと伸びている。ゆったりとした服を着ているが、いたる所から筋肉がついている。
腰には使い古した剣を一振り。
目は切れ長で、まるで睨んでいるように見える。眉間に刻まれた皺がよりそう思わせる。
ライは思った。
(なんかよくわかんねーけど、すごい強そうなじいちゃんだ)
「で、強くなりたいと願ってここに来たと」
「え? ああ、そう、なる、のかな?」
「ふむ……なら、修行するか?」
「え?」
「俺も以前、惚れた女のために強くなりたいと願った男に手解きをしたことがある」
男の言葉に、ライは高揚した。
「その人は、どのくらい強くなったんだ!?」
「並の騎士以上だな。特定の状況下なら世界有数の実力のはずだ」
「お願いだ! 俺を、俺を強くしてくれ! 俺は、俺は!」
「そうか、なら、覚悟しろ」
「へ?」
ライはしばらくの後にこう思う。
このジジイ、鬼だ! と。
「ハッ、ハッ、ハッ」
「どうした。ペースが落ちているぞ」
まずは体力だ、と言われて走らされた。
しかも全力疾走で。すぐに息が切れるライの真後ろを平然と追ってくる男に、彼は戦慄した。
「いい具合に力が入らなくなったな。では素振りだ。正確に振れるようになるまで指摘するからな」
汗だくでもう動けないライは剣を持たされて、握りかたを教えられたらひたすら剣を振らされた。
ちょっとでもおかしいと男が感じたら容赦なく木の枝で叩かれ、納得するまで延々と続いた。
「筋力もないな。少しはつけんと」
鉄の剣を振りすぎて痙攣しっぱなしの腕をさらに酷使するように腕立て伏せ、ガクガクと震える足を酷使するスクワット、腹筋背筋と筋トレが続き、
「体が硬いな。柔らかくするぞ」
「あだだだだ!」
柔軟と称して全身を捻られ、搾られ、折り畳まれていく。
「お前、力の通り道が塞がっているな。そんなんじゃ歪んでしまう。どれ、腕を出せ。少しビリっとするが我慢しろ」
「ひぎぃっ!」
腕を掴まれ、何かを流し込まれた。
あまりの衝撃に、気絶と覚醒を繰り返すライ。
「さて、休憩はこれでいいだろう。走れ」
「うわぁぁぁっ!」
「叫ぶな。それだけ息が切れる」
今度は抜き身の剣を持った男に追いかけられ、必死に走る。
それが何セットも続いた。
(し、死ぬ)
「人はそう簡単に死なん」
(心を読まれた!?)
「さて、次だ。時間は有限だ。立て」
今度はライが剣を、男が木の枝を持って対峙する。
「一先ず、戦えるようになるには実戦あるのみだ。どこからでもかかってこい」
半泣きで、理不尽な扱いをされた恨みを込めて切りかかったライだが、容易く避けられて手を枝で叩かれる。
鋭い痛みに、剣を取り落とす。
「攻撃には必殺の意志を込めろ。あと握りかたは教えたはずだ。やれ」
「踏み込みが足りん。もっと大きく、力強くだ」
「目を動かすな。一部ではなく全体を見るようにしろ」
「馬鹿正直に切りかかる奴はいない。フェイントを多用しろ」
何かする度に指摘と枝が飛び、傷がどんどん増えていく。
やがて力尽きたライは、糸が切れた人形のように地面に倒れこんで意識を失う。
すぐさま水をかけられ、再び模擬戦闘が始まる。
それからある程度ボロボロになると、剣を持って追いかけられ、強制的にランニング。
「ひぃ……ひぃ……」
一体どれだけの時間が流れたのか、もはや感覚が曖昧になったライは行きも絶え絶えのまま走り続け、ついに倒れた。
「ふむ。それなりにサマにはなったか」
鬼は平然と呟くと、倒れ付したライに近づく。
「どうする? もう終わりにするか?」
「……こ、れで、おれは……フィエナを?」
「無理だな。騎士一人と相討ちするのがやっとだろうな」
「……な、ら…………まだ」
「分かった」
鬼がむんずとライの足を掴むと、そのまま引きずって移動し始める。
「な、にを!?」
「安心しろ。次は基礎の第二段階だ」
「な……あ、ああああああああああああっ!」
ライは知った。
絶望にも、種類があったのだと。
…………。
………。
……。
…。
「いい面構えになったじゃないか」
「おかげさまでな!」
鬼に向けて放った拳は容易く止められ、ライは舌打ちした。
永遠にも思えるほどの苦難の果てに、彼は及第点を得た。
「ほら。合格祝いだ、受けとれ」
「なんだこの剣?」
どこから出したのか、鬼が差し出したのは一振りの長剣。飾り気のない、武骨な代物だ。
「今のお前だと並のモノでは折れてしまう。これならどんなに無茶をしても壊れたりしないから安心しろ」
「どういうことだよ……」
困惑しつつも、剣を受けとる。
「さぁ行け。後はお前次第だ」
「いや、だから……」
「もう時間だ。達者でな」
「おい、俺はまだあんたの──!」
一瞬の光と共に、ライの姿がかき消えた。
それを見送った男はため息を吐きながら切り株へと腰を下ろす。
「まったく、顔見知りの女神だからと言うのなら自分で面倒を見ろと言うのだ。実績があるからとこちらに丸投げとは。年寄りをもっと労れ」
肩を自分で揉みつつ、愚痴を溢す。
そのまま目を閉じ、ゆっくりと深呼吸していると。
「じーじ! みっけ!」
「おう、どうした?」
小さな女の子に勢いよく飛び付かれ、男は驚きつつも優しく抱き上げた。
「パパとー、ママがー、じーじどこーって!」
「そうか。なら帰るか」
「ん!」
ライには終始見せなかった柔らかな微笑を浮かべ、男は女の子を優しく抱き上げると、ゆっくりとした足取りで姿を消した。
「ふあ!?」
奇声を上げて飛び起きたライは、慌てて周囲を確認する。
視界一面、岩肌。
すぐ近くには火の消えたランタン。そして武骨な長剣。
「夢じゃ……なかった」
拳を握る。
目を閉じ、全身に意識を巡らせれば、そこには確かな力を感じる。
「よし!」
ランタンと剣を掴んで、ライは白み始めた外へと駆け出す。疾風のように願いの洞窟からターム村へ、息も切らさずに一直線だ。
朝早くから動き出している旅人や、顔馴染みの村人たちが何事かと顔を出すが、ライはそのままの勢いで長年世話になっている円月亭へ駆け込んだ。
「おじさん! おばさん!」
習慣化しているためにもう起き出していた主人夫婦に声をかける。
「ライ……なのか?」
「ライ? どうしたのその姿は?」
「俺、フィエナを迎えに行く!」
「「ええ!?」」
この日、少年は住み慣れた場所を飛び出す。
彼はまだ知らない。自らの取った行動がどのようなものなのか。その結果得た力がどれほどのものなのか。
そして、自らが向かう未来が、どういうものなのか。
今はまだ、愛しき少女のことだけしか、頭にない。
◇◇◇◇◇
ガッテンベルグ公国首都、ガッデスには公王が住み、政治の中枢となる公城が存在する。
この国は六英雄と呼ばれた偉大な英雄の一人、『万難の排剣』エンドリュー・アル・ガッテンベルグが興した国で、代々の公族は彼の子孫である。
故に、此度の女神の神託で真っ先に名を挙げられた。
何せ他の六英雄の内、四人の血族は長い歴史の中に埋もれていき、判明しているもう一人の末裔は女性であった。
ガッテンベルグ公国には男の公子が三人おり、長子が十六歳。下は十歳と八歳。
『世に乱れの兆候あり。平穏を脅かす黒い影現れん。偉大なる英雄の末裔にターム村のフィエナを。さすれば真なる英雄誕生せり』
この神託を、女神アルフレア教会と各国は公子とフィエナが婚姻することで、公子が新たな英雄になるという内容だち判断した。
公王もそう判断し、即座に騎士をターム村へと派遣し、フィエナの身柄を確保したのだ。
フィエナは公都にまで来てからそれを知った。
いきなり騎士が来て、混乱しながらも剣呑な雰囲気を感じとり、怖い思いを圧し殺して大人しくついていくことにした。
村に何かあれば、嫌だから。
それは尊い行動だ。
しかし、やはり怖いものは怖いし、嫌なものは嫌だ。
なぜなら今夜、彼女はオルハイネン・アル・ガッテンベルグ公子と閨を共にしなければならないのだから。
ギシリとベッドが軋む音に、フィエナは体を硬直させる。
今までの人生で見たこともない豪華な装飾の施された天蓋つきのベッド。その上で、一生縁がないはずの最高級素材でできた半透明のベビードールを着せられ、見ず知らずの男に抱かれようとしていた。
(ライ……ごめんね。ごめんね)
思い浮かべるのは、将来もずっと一緒に居たいと願ってやまない少年のこと。
かつては弟のように思っていたが、成長するにつれて他の女といるだけで嫉妬するようになった、彼女が好いた男。
もう少ししたら想いを告げて一緒になるんだと思っていた。両親もそれを歓迎していた。
なのに、
(なんでこんなことに……?)
あまり信心深くない彼女は女神を呪った。呪ったところでどうにかできるわけでもないが。
「緊張、しているのか?」
「っ!」
「……だろうな」
公子の声かけに、フィエナはより強く体を震わせた。
公子は百人の女が揃って黄色い声を上げるほどの美男子だが、今のフィエナには有象無象でしかない。
「私も本意ではないが、世のためだ。そなたを、今から抱く。よいな」
(嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!)
ギュッと体を縮こませる。
どんなに嫌でも、もう彼女に逃げ場はない。この部屋の外には見届け人やら護衛の騎士やら使用人たちが大勢待機している。
それだけこの事態が重要視されているということだ。
そっと、公子の手がフィエナの肩に触れる。
(ライ……!)
轟音。
風。
煙。
フィエナの心の叫びに応えるように世界は一変した。
「な、何事だ!? げほっ」
「公子!」
「ご無事ですか!」
目を閉じているフィエナには公子の驚く声、ドアを蹴破る音、護衛の騎士たちの喧しい声が渾然一体となって聞こえてくる。
何が起こったのか、彼女には分からない。
分からないが、これが悪夢で、覚めてくれればいいと願っていた。
「誰だ貴様! ここをガッテンベルグ公城と知っての事か!?」
「いいから、フィエナ返せよ」
その声に、フィエナは弾かれたように顔をあげた。
その声を彼女が間違える訳がない。
ずっと一緒にいたのだ。ずっと聞いてきたのだ。
「ラ……イ」
「フィエナ。見つけた」
土煙が晴れた。
豪奢な飾りのあった壁は崩れ去り、大穴が空いていた。
そこからは月の光が部屋の中に差し込み、ぼんやりと人影を浮かび上がらせている。
手には長い棒のようなものを持ち、瓦礫の上に立っている。
「おのれ不届き者め!」
騎士たちが灯りを灯し、闇を払う。
瓦礫の上に立つ者の姿が明らかとなった。
「あ……らいぃ」
「迎えに来たよ。帰ろう、フィエナ」
ライはにこりと笑った。
「ふざけた真似を!」
「ふざけてるのはどっちだ」
公子の怒声に平然と答えるライ。
「フィエナは返して貰う」
「女性を物扱いするとは……恥を知れ!」
「なに言ってんの? 人拐いのくせに」
「世の平穏のためだ!」
「俺の平穏はお前らのせいで壊れたんだぞ。どうしてくれる」
「大義も分からぬ俗物が!」
公子が騎士から剣を受け取り、抜き放つ。
「やるんなら、相手するよ。お前、あの爺さんより怖くないし」
「貴様、この私を『万難の排剣』の末裔、オルハイネン・アル・ガッテンベルグと知っての言葉か?」
「知らないよ。俺はただ、フィエナを取り戻す。そのためなら、どんな奴も倒すだけだ」
ライと公子が同時に剣を構える。
フィエナはそれを止めたいと思いつつも
ライが来てくれた感動で言葉が出ない。
そして、二人が一歩踏み出そうとした時、夜の闇を切り裂いて天より光の柱が大地へと突き刺さった。
「なんだ!?」
公子や騎士たちが驚き、開いた穴から外を見れば、光の柱は公都にある女神アルフレア教会に降り注いでいた。
その隙にライはフィエナをお姫様抱っこしてさっさと離脱しようとした。
「帰ろ」
「うん」
「待て貴様ぁっ!」
「ち、見つかった」
その後、増援が来てかなりの人数に囲まれてしばしの睨み合いをしていたら、教会からの早馬が公城へと駆け込んできた。
『真の英雄、誕生せり』。
新たな神託を告げに。
◇◇◇◇◇
使い込んだ鎧を装着し、具合を確かめる。
「ライ、もう行くの?」
「フィー」
ノックもなく部屋に入ってきたのは、最愛の女性だった。
「この戦いに勝てば、全部にケリがつく。だからさっさと終わらせるよ」
「もう、そんな事言って……無事に帰ってきてよね」
「もちろん。フィーと一緒に円月亭を再開するんだから」
「うん」
ライはフィエナを抱き締める。
甘くいい香りが、彼に無限のパワーを与えてくれる。
「お邪魔だったかな?」
「無粋だぞ、公子様」
いい雰囲気を邪魔したのは、貴公子然とした青年、オルハイネン・アル・ガッテンベルグ。
彼も鎧を身に付け、傍らには婚約者の令嬢をエスコートしていた。
あの日、ライが公城へカチコミを仕掛け、女神からの新たな神託が下った後、事態は思わぬ方向に向かった。
女神が告げた英雄とは、ライの事だと判明した。
公国騎士団に包囲されつつ教会へ向かい、そこでライが六英雄の末裔で、フィエナの相手はライだったと降臨した女神本神に言われたのだ。
それから、この世界とは異なる場所から巨大な蟲のような生命体がやってくるとも。
『エヴン』というその蟲たちは常に餓え、ありとあらゆる物を捕食する化け物だ。多くの世界が喰らい尽くされ、今度はこの世界が標的になった。
だから女神は神託を降ろしたという。
ライはそんなものは知らん、と最初は思ったが、結局その蟲のせいでフィエナが危険に晒される事実があったので、戦わざるを得ないと割りきった。
「残念だが、もう時間だ。皆待っているぞ」
「ならなんで恋人と一緒にいるんだ?」
「お前と一緒だ。一秒でも多く共にいたいからだ」
「もう! オル様ったら」
ファーストコンタクトは最悪だった公子とは、今や背中を預けられる戦友だ。
彼には当時から愛し愛される婚約者がいたが、教会や国の圧力で仕方なくフィエナを抱こうとしていた。
その件で殴り合いが勃発した。決着は着いて今では笑い話だ。率先して話題にしようともしないが。
あのカチコミがあったおかげで彼は婚約者を悲しませずにすんだ。
和解した二人は意気投合(ノロケ合戦)し、今に至る。
愛しい恋人と連れだって部屋を出て、対エヴン戦のために建造された要塞の中庭へと出る。
そこには、戦いの中で集まった頼もしい仲間たちが集まっていた。
『斬鉄将軍』ガイジ・スァーマ。
『破砕王女』アンドレア。
『千騎将』モステンキ。
『豪傑無双』ファンファン。
『愛の伝道師』ラヴデストロイヤー。
他、名だたる英傑たちが四人を出迎える。
ここに『万難の排剣』の名を継いだオルハイネン。
そして『黒閃』の二つ名を持つライが加わることで、人類最強軍団は完成する。
「んじゃ、行こうか皆。俺らの庭を荒らす蟲を退治しに」
『応!』
真なる英雄たちが、出陣する。
『とある勇者パーティーの話』に出てきたおっさん、バルクをゲスト出演させてみました。
もうあの人、英霊化してんじゃないかな?
練兵の英霊とかいって。サーヴァント戦もこなすけどマスターも鍛え上げるアサシンみたいな。




