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獣の王(仮)  作者: 甘粕ナノ
2/2

呼び声

 とある森の中。ここの住民である動物たちは寒さを越える仕度を終えてもう眠りにつき始めている。その者たちの糧を生み出していた木々もまた同じく。

各々が休んでいるというのに、森の深奥――そこだけは違っていた。草花は生い茂り、木々は実りを付け、小動物たちが意気揚々と暮らしている。


そこに侵入者が一匹入り込んだ。痩せこけた猿が息も絶え絶えに這うようにしてこちらに近づいてくる。体格を見るにどうやら冬を越すのに満足な食料を得ることが出来なかったらしい。死なずにここまで来られたのは奇跡と言っていいだろう。そして猿は見た。今までの苦労が報われた。いや、それ以上の物がここにはあることを。

先ほどまでの瀕死が嘘のように駆け、一本の木によじ登った。そして熟した果実を引きちぎり、食べた。


うまい。果汁が胃に染み渡る。飢餓であったことを除いてもこれまで食べたどの果物よりもそれはうまかった。このようなもの一つだけで満足できるはずがない。猿は実った果実を食い漁る。這い寄るモノにも気づかずに――


 数十分も経てば猿はそこに生えていた実を三分の一ほど平らげて満足げに腹をなでながら休んでいる。生気の無かった身体に活力が満ちれば、脳も同様に動き出す。そうだ、ここを自分のナワバリにしよう。ここには自分より大きい動物もいないまさに理想の土地じゃないか。


早速辺りにマーキングを施すために猿は木を降りた。


瞬間――


何が起きたのだろうか。傍から見れば猿が消えたようにしか思えない。そうとしか言えないぐらい、猿自身も何が起きたかわからぬ内に、其れに食われてしまっていた。


其れは地面で待ち構えていたのだ。落ち葉で身を隠し、さらに自らを変色させ、地面に擬態していた。息をひそめて猿が警戒を解き、そして地面に降りる瞬間を。


飲み込むのも一瞬、そして消化も一瞬。


解析を始めるまでもなく生命の維持に必要な分の熱量だけを確保し、残りは破棄。元は猿だったそれは液状になり地面に溶け、其れ自ら作り出した木の養分になる。数日経てばまた実をつけ、獲物が寄ってくるだろう。


其れは曖気とも、ため息とも言えるものをついた。退屈?否、これは億劫によるものだ。


先ほどの猿を食ったのはこれで三十二体目。特徴と言えば物を掴むことが達者な手足と脳。確かに便利ではある。その手足を生やそうと思えば今すぐにでもできる。だが現在の其れが行っている狩り方は罠を仕掛け、一気に食らいつくことだ。手足はほぼ必要としない。

あとは脳。確かに高い知能を有している。だが其れは、あの猿以上の脳を知っている。


あれは良かった。見た目はあの猿とやや似ているが、体格は大きいくせに華奢で体毛が部分的にしか生えていない。これではこの森で1日も持たないだろう。とりあえず食ってみて解析した瞬間――世界が変わった。いや、自分が変わったからこそ世界が広がったと言える。


あの動物を食った堺に自己が生まれた。あれをもっと食えばさらに思考が冴えるだろう。しかしあの二匹を最後にとんと見かけなくなった。薄々は気づいていたがやはりあれはたまたま迷い込んだだけであってこの森にはほぼ生息しない、あるいは存在しない生物なのだろう。だとすれば狩場を変えるしかない。しかし場所を変えるということは新たな敵と出会うということだ。


其れはこれまでを振り返る。最初にいた水場の生物を粗方狩り終え、肺呼吸の機能を付けて地上に上がった。そのときはまさしく無知だった。新しい場所に行けばまた新たな獲物と出会うと同時に、自らを獲物とするものが現れるということを。


引き裂かれたこともあった。半身を食われたこともあった。だがなんとか逃げた。逃げればいつか勝てることを自分は今までの経験から学んでいる。


初めは小さいものから。そしてだんだん大きいものへ――


たったそれだけ、たったそれだけで自分はこの森の王を食らい、新たな主となったのだ。


今の姿は生まれた時とは比べようがない。身体は平べったく伸縮性に長け、最大まで広げれば泳ぐには十分な池ほどの大きさになるだろう。またその表面には前王の物を模倣した深緑色の体毛が生え揃っている。これは生半可な打撃や斬撃をものともせず、火にも強い。そして先ほどやった様に周りの景色と同化することが出来る。加えてその身の半分まで開くほどの大きな口とその消化力。


ここまできた。やっとここまで進化したのだ。

だからこそこれまでの成長を無駄にしない為にも、短絡的な行動は控えるべきなのだ。


――鳴き声が聴こえる。ああ、またアイツか・・・


のそのそとその場を離れ、向かうは自分のナワバリの中央地。そこはこの森の王の玉座とも言える場所であった。そう、それはもう過去の話。

この森全域を守護する精霊が宿った大樹。森の王に挑んで、そして敗れ去った者たちの遺品。かつてのそこは聖域と呼ばれるほどの荘厳な場所であった。

だが今の王にそんなものの価値がわかるはずもない。武具は溶け、精霊は大樹ごと腹に収まった。今のそこは煌びやかとも、荘厳とも言えない質素な平原になってしまった。


唯一注目すべきところがあるとすれば枝葉も精気も吸い取られてしまった大きな枯れ木が一本。どうやら鳴き声はそこから発しているようだ。


其れが枯れ木の洞を覗くと、そこには1歳にも満たない人間の男の子がいた。


――なんだもう腹が減ったのか・・・


先ほどの知能に優れた生物――人間は妊娠していたのだ。それに気づいたのは妊婦共々消化した後だったのだが、其れはもったいないことをしてしまったと考えた。


あれほどの生物の赤子を手に入れることが出来ればこれからの選択肢はかなり広がったのだ。囮として育てることも、自分の代わりに狩りをするよう洗脳することも、そういったことが出来なければそれはそれとして成長して肥えたところを食らうことも出来たはずだ。


食うには余りにも小さく、幼かったことを其れは後悔した。

 

ならばどうするか?


問いも応えも理性が示した。


創ればいい――


生物を産み出すことは前にも行っている。気候に関係なく実をつける木を創り出したのは何より自分なのだから。


さて、そうして創って自らの母体で育て、頃がいい時に産み出したはいいが、ここで一つ誤算があった。それは産み出す際に脳を弄ることを辞めたことだ。其れは脳の構造を粗方理解しているが、如何せん複雑で複製を作るのにも時間がかかる。そのようなものを弄ってしまえば今後どのような作用が起こるか不明である為だ。当初はこれだけの知的生命体であるならば幼少期もさぞ理知的に違いないと其れは考えたのだ。だがそれは間違いであることは産んだ後にわかった。生物の幼児期は頭が良かろうが悪かろうが煩い。


産み出して数分後コイツは泣き出した。何事かと思い感情を読むと乱雑で読み難かったがどうやら腹が減っているようだ。そこで鳥の餌のように昆虫を潰した物を口に突っ込んでみたが吐き出した。どうやら違うらしい。今度は乳を創り出してそのまま飲ませてみたがこれも駄目。さてどうすればよいかと考えていると赤子が自分の身体をペタペタ触ってくる。これはあれか?乳房を通してでないと飲まないのか?腹部に人間の乳房を創り、そこに乳を溜めてやると吸い付いてクピクピと飲み始めた。やがて満足したのか赤子は満足げに寝た。


やれ一安心と思ったのもつかの間。今度は寒いらしい。自分の毛皮を分けてやったらチクチクして痛いと泣いた。そのぐらい我慢しろと腹を立てたが赤子の肌を見るとかすり傷がいたる所についているし、小さな虫にも噛まれている。虫より弱いのかこの赤子は。

処置として食った植物から薬効成分だけ抽出して身体に塗りたくった。毛皮は薄くした胃液の中に付け込んで虫を殺し、ある程度柔らかくなったら吐き出して乾かした。それで赤子はようやく満足したのかまたウトウトとし始めた。


とにかくコイツは腹が減ったら朝だろうが夜だろうが関係なく泣き喚く、減ってなくても泣き喚く。煩わしさで食い殺してやろうかと思ったことは1度や2度じゃない。

だがコイツを破棄して新しく創るためには、また同じものを食わねばならない。だから其れは後悔している。なんて面倒くさい生き物なんだ。


そうこう思案していれば赤子は乳を吸うのを辞めてウトウトしている。なんともお気楽な奴だ。

身体の一部を伸ばして背中を摩ったり軽く叩いてやるとケプッと小さく鳴いた。こうしないと飲んだ物をまた吐いてしまうのだ。


いったいこれをいつまで続けねばならぬのだろうか。生まれてどのぐらいの月日が経てばあの人間の雌ぐらいまで育つのか。


其れは今度は間違いなくため息をついた。


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