Prologue
コポコポ・・・コポコポ・・・
揺れる、揺れる。でもそれは優しい、母親が子供を抱く暖かさのようなものではなく、かといって強者が弱者を甚振るような邪気を孕んだものでもない。
ただあるがままに揺れている。ただあるがままに冷たく在る。生命活動に必要な空気も少ない世界――海の中に其れはいた。
本能が指令を出す。自己分析しろ。
コポコポ・・・コポコポ・・・
小さい其れは困っていた。少しだけ大きく揺れて上下が逆さまになっても構わない。元々上下などないような体なのだから。空気だって少ないけれど、小さな自分にとって寧ろ十二分にあると言っていい。
問題なのは冷たさだ。これはいけない。自分の内側にある熱さがゆっくりと、しかし着実に奪われていくのがわかる。なぜ奪われてはいけないのかまではわからないが、このままではまずいと生物としての本能がそう言っている。
ではどうすればいい?ではどうすればいい?
問題は本能が教えてくれた。でもその答えも本能がすぐ応えてくれた。
他者から奪え――
コポコポ・・・コポコポ・・・
この身体は自ら動くことは出来ない。だから其れはひたすら待った。揺れは流れへと姿を変え、其れは流れに身を任せた。
しばらく漂っているとやがて自らに触れる何かがあった。其れは体を拡げ、全体で触れて確認する。
これは駄目だ。大きすぎて取り込めない。
其れは元の姿に戻り、また流れに乗った。
取り込めるぐらいの小さいものに出会った。でもそれはとても固く、なにより熱を持っていなかったので吐き出した。また小さいものに出会ったけれど、抵抗されて逃げられてしまった。
コポ・・コポ・・・コポ・・コポ・・・
自分の内にある熱も薄れ、体を拡げる力も鈍くなっていった。足掻け!足掻け!と叫んでいた本能も今は大人しくなってしまった。
コポ・・・・・コポ・・・・・
冷たかった世界が暖かい。そう感じた瞬間全てが暗くなった――
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・・・・・・・・シニタクナイ・・・・・
冷たい体に暖かい何かが触れた。その瞬間本能が、身体が目を覚まし、叫ぶ――
奪え!!!!
拡げ、取り込む。前に捕まえたものよりも一層暴れている。だが放さない。離したくない。
内側の粘膜を傷つけられた。でもそれがどうした構うものか。死に物狂いで消化する。
何時間そうしただろうか。
内側に入れたものは体力を消耗しすぎてもう動かない。ならもうこちらの好きにしよう。ゆっくり時間をかけて消化、吸収し、自らの糧としていく。先ほど傷つけられた内壁は癒え、冷え切った身体に熱が入る。もう大丈夫。
冴えた本能が命令する。解析しろ。
コポコポ・・・コポコポ・・・
・・・消化したものは自分にはない多くの器官を持っていた。世界を視認する目。獲物を無力化すると同時にその体液を啜るようにできた口。どうやら自分の内壁もこれにやられたようだ。そして空気を効率よく取り込む鰓。他にも多数。
其れは知っていた。自分の熱量を引き換えに奪った獲物の特徴を自分に反映させることができることを。
解析は本能がしてくれた。選択も本能に従おう。
コポコポ・・・コポコポ・・・
本能が歓喜する。進化だ!
コポコポ・・・コポコポ・・・
軟体だった自分の体に小さい突起ができた。使い方はわかる。これを突き刺し、吸い取ればいいだけ。身体を拡げて時間をかけて消化するよりずっといい。
身体も少し大きくなった。これでより大きなものを吸収することができるだろう。だが大きくなったことで必要な熱量が増えてしまった。また探さなければ。
コポコポ・・・コポコポ・・・
其れは漂う――何の為?其れは奪う――何の為?それを考える器官はまだない。