第五部
「悪いな、最近、色々とあって個人用の電話に出ている暇がなくてな。」
窓を開けて空気を変えながら、黒木は自分の携帯にかかってきた電話に出て言った。
「今回の件は、あまり関わられていないのだと思ってましたが、何か大きな動きでもありそうですか?」
電話の向こうの坂本が心配そうに聞く。優しい奴だなと思いながら、その反面、自分のバックグラウンドでの動きを察するあたり、さすがに優秀すぎるなとも思った。そんな自分を嘲笑すると、坂本が聞く。
「どうかしましたか?」
「いや、相変わらず察しの良い奴だなと思ってな。
近々、衆議院の解散がありそうだ。総理は、今の状況で少しでも国会運営を楽にするために自分の党の人員を増やしたいようでな。」
「新党の準備とかですか?」
「総理がか?」
「いえ、黒木さんですよ。お忙しいならもしかしてと思いまして。」
「アハハ、ないない。俺がわざわざ、国を動かしにくくなる新党の結成なんてするわけないだろう。
今は、支持者を集めて地盤固めとか、資金集めだよ。」
「そんなことしなくても、余裕じゃないですか。」
「万全を期することは何事においても重要だよ。
それに、今の件を終息させるための法案作成も並行してやってると、なかなか大変なんだよ。」
黒木はため息交じりに言い、坂本が笑いながら
「専門家がたくさん必要な法案ですからね。今回はシステムエンジニアとか、黒木さんのフィールド外の人が多いからもっと大変ですね。」
「色々と注文を出しすぎて、『これだから素人は』って言われたよ。」
「その分、儲けになるだけの量を発注してやるんだから、文句を言わずに取り組めよと僕は思いますけどね。」
「今度、彼らと交渉に行くときは、ぜひ坂本にも同行してもらいたいな。」
「そうですね。暇なら行きますよ。」
来る気もないくせにと思いながら、黒木はにやりと笑い、
「彼の計画は、成功するだろうか?」
「誰に聞いてるんですか?僕だとしたら、答えはNOですよ。」
「山本に止められるからか?」
「あの人も、僕に探りを入れてきましたから、何か進展してるのかもしれませんね。」
「うちの叔父に会ったそうだよ。叔父から連絡が来た。」
「いらないことに気付かないでくれればいいですけど。」
「無理だろう。あいつの視点はいつも斜めからだから、見られたくないとこばかり見るからな。」
坂本が電話の向こうで笑い、
「同じ視点だからそう思うんじゃないですか?」
「今日は、痛いことばかり言うな、何か機嫌が悪いのか?」
「そんなことはないですよ。ただ、監査室長というのはウジが寄ってきやすい役職でして、一斉に排除するための準備で忙しかったので、疲れてはいますね。」
「彼の計画には、手を出す気はないが、個人的には気に食わんのでな、山本に少しヒントを出しといてくれるか?」
「そんなことして僕が、疑われたら面倒じゃないですか。」
「そのためのあいつだろう?」
「あいつの動きもあまり悟られたくはないのですが。」
「まあ、ほっといても自力で何とかするかな山本は。」
「ええ、なんと言っても我らの救世主ですから。」
坂本が言い終わってから笑い、黒木は少しリフレッシュすることができた気がした。
電話を切り、窓の外を見る。窓の外は快晴なのに、自分の心の中はずっと曇りだなと思いながら。