第四部
「それで、何かわかったか?」
五條と面会して数日が経ったため、それぞれの捜査の進行状況を確認するために、全員が集まり、山本が聞いた。
「まず、交通事故被害者の会ですが、一般的な交通事故の被害者の会ではなく、積極的に法改正を訴える団体のようで、黒木議員の他にも多くの国会議員や地方議員とつながりがあるようです。
その活動内容から、他の被害者の会からも一目置かれており、選挙の際に、この会が推した候補者が当選することから、かなり多くの組織票があると思われ、他の被害者の会にも働きかけて、交通事故被害者の会全体を巻き込んだ動きが起こることもあるそうです。
今のところ、この会の会員で現在の事件の被害者と関係がある人物は見つかっていません。僕らからは以上です。」
上田が報告を終え、山本が
「じゃあ、次は藤堂の調べ物は?」
藤堂は資料を広げながら、
「はい、新山の関連した事件で見つかったのは、主に保護司に対する暴行事件だけで、他の累犯に関しては見つかりませんでした。
事件の資料を破棄した元警官にも話を聞きましたが、内容までは覚えていなかったので、これ以上の捜査は厳しいかと思います。」
「そうか。で、三浦は?」
「雑ですね。僕も全員は調べられてないですけど、ほとんどが信号無視や一時停止無視、速度超過でした。この違反が原因で起こった事故に関してはこれから調べることになりますが、特に死亡事故に至るような違反ではなかったようです。
あと、業務上過失致傷、つまり、人身事故を起こしていた者もいましたが、治療費と慰謝料、損害賠償を請求されていましたが、それも完璧に支払われていますし、事故の被害者も後遺症が残っているということもないようです。以上です。」
「この短期間でそれだけ調べられれば、十分だな。よくやった三浦。
藤堂は明日から、三浦の手伝いを頼む。」
「了解しました。」
藤堂が返事し、上田が
「それで警部達は収穫ありましたか?」
「これというものはないな。他の保護司にも何人かあったが、話を聞く限り、素行が悪く、改善更生の見込みが薄い者が多かったようだ。
今回の被害者は特にそれが顕著に表れていた人物で、誰に恨まれていてるかもわからないような人間だったと証言している。」
「保護司は全員会ったんですか?」
「いや、まだ一人だけ予定が合わなくて会えてないが、明日には会えると返事が貰えたので明日会ってくる。」
「そうですか。僕らは何したらいいですか?」
上田に聞かれて山本は、少し考えてから、
「加藤は明日俺と一緒に来い。上田と今川は、坂本に会って来てくれ。」
「坂本さんですか?」
「ああ、あいつが監査室長になってから、全く話を聞かないからな。あいつの動向も少しくらい把握しときたい。」
「確かに、室長になった直後はかなり噂になってたのに最近何もないですね。わかりました。」
「僕も結構、長くこの仕事してますけど、自分から監査室に来られた方は今まで見たことないですね。」
笑顔で坂本が言い、上田も苦笑してから、
「山本警部の下にいればこんなことも当たり前になるのかもしれませんね。」
「大変ですね。優秀すぎる人の部下は。上司の意思をくみ取って動かないといけないですけど、山本さんレベルになるとくみ取る意思が何なのかも、わからなそうですから。」
坂本が楽しそうに言い、今川が
「坂本さんは、最近どうですか?室長になってから、ご活躍の噂を聞かなくなりましたが?」
坂本は少し驚いてから、笑顔で
「管理職になると、なかなか自分で監査することもできなくてね。活躍の場すら与えられないということもあるんだよ、今川君。」
「そうなんですか。」
今川が大変ですねと言わんばかりに言い、坂本も笑ってはいるが少し疲れているように上田には見えた。
「次期監査室長と思われてた吉本さんがいなくなったからね。僕にはこの職は重かったんじゃないかとずっと思ってますよ。」
「坂本さんほど、仕事ができれば大丈夫なんじゃないですか?」
上田が聞き、坂本が
「いや~、そんなことないですよ。監査に関しては自信がありましたが、人の上に立とうと思うと人間関係を重視になるので、やはり人望という面で僕は吉本さんの足元にも及ばなくって。」
「確かに、吉本さんは厳しい人でしたけど、人望は信じられないくらいありましたよね。」
今川が言い、上田は肘で今川を小突き、小さな声で
「そんなこと言ったら坂本さんに人望がないみたいに聞こえるだろ。」
と言った。坂本は苦笑しながら
「いいですよ、上田さん。実際、叔父の件があって、警察内でも僕に不信感を持っている人はまだいますし、警察を疑う仕事をしている監査室の人間が僕を疑い続けるのも仕方ないことです。
最近は監査室のみんなとも打ち解けられるようになりましたが、最初は空気が重くて重くて・・・・」
「そ、そうですか・・・・。
そう言えば、警部が黒木さんに連絡したいみたいに言ってましたけどなかなか連絡できないし、自分から連絡するのも嫌だから、坂本さんが黒木さんと会うことがあれば、遠回しに連絡してほしいと伝えてくれと言ってましたけどどうですか?黒木さんと連絡を取る予定とかありますか?」
上田が聞くと、坂本は少し驚いてから、
「山本さんが黒木さんと連絡を取りたいと思うなんて・・・、時期じゃないですけど、雪とか降りそうですね。」
「まあ、友達認定してる数少ない人のようですからね。」
今川が言い、坂本は笑い、そして
「予定はなかったですけど、連絡してみますよ。最近忙しくて、電話しても出てもらえないことが多いから確約はできませんけど。」
「電話はされるんですか?」
上田が聞くと、坂本は恥ずかしそうに
「いや、上司として部下との関わり方とかアドバイスをもらいたかったんですよ。そういうことが相談できる年上の方が警察内にはいないので。」
「な、なるほど、坂本さんも大変ですね。」
「まあ、お互いに大変ということですね」
坂本と上田はお互いの現況に共感する中で、立場を交換するかと言われてもしたくないと思った。
「じゃあ、今日はこれで失礼します。」
上田が言い、坂本が
「また今度ゆっくりお話しできたらいいですね。」
上田はあいまいな笑顔を浮かべて頭を下げて、監査室から出ていった。今川も会釈をして出ていく。周りに誰もいないことを確認してから坂本はひとり呟いた。
「探りを入れてきたのか。油断はできないかな。」
「どう思います、坂本さんのこと?」
監査室から帰る途中で今川が聞いた。
「そうだな、上司がいるのも大変だけど、上司になるのも大変なんだなと思ったかな。」
上田は笑顔でそう言い、
「いや、そういうことじゃなくて・・・・。」
今川が言いかけたところで、上田が真顔で、
「わかってるって。黒木議員との連絡をしようとして、できていないという話が本当かどうかはわからないけど、確実に繋がりがあることはわかったし、坂本さん自身もそのことは伝えてきたからな。」
「僕達の目的もわかった上でそのことを伝えてきたってことですか?」
「たぶんそうなんじゃないかな。警部の目的は一応果たせたからいいんじゃないかな。」
「警部の目的って何なんですか?」
「本当のところどうかわからないけど、俺はまだお前を疑ってるんだぞ、って伝えることだろうな。警戒させて逆に尻尾をつかもうとしてるんじゃないかと俺は思うよ。」
今川は坂本が言っていたように山本警部の意思をくみ取って動くことは難しいと思っていたが、上田はそれをしている点と今までの彼の捜査力からこの人もただものではないのではないかと思った。
しかし、その考えは上田の次の一言で意味をなさないものになった。
「まあ、俺の勝手な想像だし、警部の目的はもっと違うことかもしれないけどな。」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだな・・・・、やらせることがなかったから適当に言っただけの可能性の方が高いかな。」
「あ、そうなんですね。」
今川の上田の評価は『ただ者ではない』から、『よくわからない人』になった。
「何度もご連絡を頂いていたのに申し訳ありませんね。」
60代半ばの男性が、山本達に笑顔で言う。
「いえ、お忙しいところお時間を頂きありがとうございます。」
山本が言うと、男性はまっすぐに山本を見て、
「ああ、そうだ。中村さんの担当保護司をしていた黒木雄二です。」
「あの、何か?」
あまりにじっと見つめられたので、山本が聞くと黒木は笑顔で、
「いやいや、申し訳ありません。俊一が楽しそうに話していた人物を実際に見て、少し興味がありましたので、すみませんね、不快な思いをさせて。」
「黒木・・・・、黒木俊一ですか?」
「ええ、私の自慢の甥っ子なんですよ。」
「そうでしたか。私のことを黒木・・じゃなくて俊一さんが話していたんですか?」
「ええ、彼は友人の話を聞かせてくれることはあまりないのですが、あなたのことだけは天才がいると言って話してくれるんですよ。最近も食事に行ったときには、なんでしたか、あの・・・・『坊ちゃん狩り』とかいう事件を解決したのもあなただと聞きました。」
「そうですか。まあ、話を戻させてもらいますが、中村忠について、どういう人間だったかを教えてもらえますか?中村を恨んでいた人間などもわかれば嬉しいのですが。」
「中村さんは、普段は温厚でとてもいい人なんですが、お酒を飲むと人が変わったように乱暴になりましてね。
彼が初めて捕まったのも、居酒屋で喧嘩をして相手にけがをさせたからなんですよ。
それで、初犯だったので、保護観察付きの執行猶予になったので私が担当保護司になり、断酒をすることが特別遵守事項で定められていたので、いい機会だからお酒をやめるように指導をしていたんですが、隠れて飲酒していることが分かって、私が保護観察所に通報し、保護観察が取り消されて、執行猶予もなくなり、刑務所に入られたのですが、彼も後悔していたので、面会をしに行って、『仮釈放になったら私がまた面倒を見ますから、今度こそお酒をやめましょうね』と言ったら、涙を流して私に謝られましてね。
約束通り、仮釈放になった時に担当保護司になれるようにお願いして、彼の保護司になり、禁酒・断酒に成功して期間を終えたんですが、古い友達と食事に行った際に飲酒してしまったらしく、乱暴なことはしなかったのですが、飲酒運転をしてしまって、前科のこともあったので、再入所となってしまったとお手紙をもらいました。
彼を恨んでいる人は基本的にはいないと思います。お酒さえ飲まなければ本当にいい人なので。」
「そうですか、ありがとうございました。」
山本が言い、帰ろうとすると、加藤が
「あの、すみません。保護司が希望すれば対象者を選ぶことはできるんでしょうか?自分は勉強不足でそのへんがわからないのですが。」
「ああ、そうですね。基本的には認められないのですが、私も一応、国の仕事をしていて、私の意向をくみ取ってい頂けるような役職にまでなっていましたので、わがままを聞いていただけたんだと思います。」
山本が、
「一応伺いますが、どのようなお仕事を?」
「総務省の事務次官を数年間してましてね。法務省にも何年か出向していたので、私に気を使う人がいたようでして、すみませんね、こんなお話はお嫌いでしょう?」
本当に申し訳なさそうに黒木は言い、加藤が
「でも黒木さんから、そういう対応を求めたわけじゃないんですよね?勝手にそういう対応をされたってことならねえ、警部。」
「そうですね。官僚は階級社会ですから、上層部の意思をくみ取りながら仕事してますからね。仕方ないことではあるかと思います。問題なのはその対応があることを前提に無理難題を言いつける人間にあると思いますよ。」
「そうですね。私もそうすることはできますかと聞いただけで、どうしてもそうして欲しいと言ったわけではありませんでしたから。いらない気を使わせてしまっていたんですね。」
黒木は肩を落として言った。
「そういえば、俊一さんに最近連絡が取れないのですが、何かお忙しいんですかね?」
山本が聞くと、黒木は顔を上げて、
「そういえば、保護司法の改正をしたいから意見をくれと言われましたね。詳細はお話しできないのですが・・・。あと、私は車に乗らないので、あまりわからなかったのですが道路交通法についても、少し聞かれましたね。」
「道交法ですか・・・・。俊一さんは自分の政策のことであなたに相談されることがあるんですか?」
「私のわかることであれば、聞きに来ることもありますが、基本的に優秀なブレインが近くにいますからね。参考までにと言った感じで聞きに来ます。」
山本は優秀なブレインの中に、『元凶』と言われる人物がいるかもしれないと思い、
「そのブレインの中で俊一さんが最も信頼を置いている人とかわかりますか?」
黒木は質問の意味が分からなかったのか首をかしげて、
「いえ、優秀な部下がいるという話はしますが、個人名が出たことはないですね。ああ、そういえば二、三年前に、一回、優秀な若者がいると言って、影山さんという人の話をしてましたよ。」
「影山ですか・・・・・」
「どうかされましたか?」
黒木の問いに、山本は笑顔で
「いえ、ゼミの後輩にそんな人がいたような気がしたので。それではまた、何かありましたらご連絡させて頂きます。行くぞ加藤。」
山本が頭を下げて、その場を離れ、加藤も後に続いた。
「いい人でしたね、あの黒木さん。」
車に乗り込み、加藤が言うと山本が
「どうだろうな、俺にはいかにもなたぬきオヤジって感じに写ったぞ。」
加藤は驚いて、
「えっ、何でですか?」
「総務省の事務次官にまでなる人間が、ただのいい人なわけないだろう。腹の中で何考えてるかわからないそんな人に俺は見えた。」
「偏見ですよ、警部。そんなこと言ったら色んな人に怒られますよ。」
「まあ、俺の個人的な意見だから大丈夫だろ。」
そう言って、山本はあくびをする。
「でも黒木議員の叔父さんだったなんてびっくりですよね。
もしかしたら、お父さんも何か偉い人なんですか?」
加藤に聞かれて、黒木の親が何をしている人間かを聞いたことがなかったなと思い、考えていると、
「警部?」
「ああ、悪い。あいつの家族について聞いたことがなかったから、今日あの人に会って初めて血縁者がいたのかと思ったくらいだったんでな。」
「それじゃあ、総務省の元事務次官の叔父さんに、現職の国会議員なんだから、優秀な家なんじゃないですか?」
「加藤、叔父さんとかいるか?」
「えっ、いますよ。父の弟なんですけど、高校野球の監督やってて、本人はプロになりたかったらしいですけど、ドラフトで漏れてなれなかったらしいです。」
「叔父さんに野球を教えてもらったことは?」
「ああ、叔父さんの家、娘ばっかりで男がいないので、僕をプロにしたかったみたいで、ビシバシ鍛えられました。結局センスがなさ過ぎて諦めましたけど。」
「おじさんの影響を受けて野球をしていたか・・・・」
山本が考え込むと、加藤が
「僕の叔父が何ですか?」
「いや、黒木が影響を受ける人物で、あの人は十分に可能性があるよな。総務省の元事務次官のスーパーエリートで政策についてアドバイスを貰いに来るほどの人物なんだから。」
「あの人が『元凶』なんじゃないかってことですか?」
「わからないな。とりあえず、あの人について調べといてくれるか。何となく引っかかるんだよ。」
「わかりました。」