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第二部

「何か共通点があると、次の被害者の絞り込みができるんですけどね。」

 今川と上田は、並んで座り、今までの被害者の情報を確認しながら、狙われるような共通点を探していた。今川の問いに上田が、

「計画的に狙ってる犯行なら、被害者の共通点は特定しにくいようにすると思うな。

隠しきれない共通点が前科者であるということ、あとは、資料を見る限り、累犯者、つまり何度も犯罪を行っている人ってこと、刑務所に入って、仮釈放されていることくらいか。」

「新山の様に仮釈放を取り消されている人もいれば、満期を向かえて完全に釈放になった人もいますね。全員が仮釈放を受けていたことに関してはあまり関係ないのかもしれませんね。」

「そうだな。じゃあ、犯罪歴はどうだ?何で捕まったのかだよな。共通の犯罪なら、何か恨みに思われるようなことしてるかもしれないしな。」

「でも、生まれも育ちも、犯罪を行った場所も違いますし、犯罪歴で言うなら、暴行・傷害、が多くて、他にも窃盗なんてのはよくある犯罪ですよ。何人かは殺人罪での懲役者もいますけど、全体の1割未満ってところで共通点とは言えない割合ですしね。」

上田と今川は考えれば考えるほどに、共通点が見つからない状態に陥っていた。そこに、

「全員が仮釈放者なら、全員が保護観察処分を受けていたってことだろう。共通の保護司がいないかを調べたらどうだ?」

 浅井・朝倉と別れて、戻って来た山本が言い、上田が聞く。

「保護観察ですか?」

「平成23年くらいから、仮釈放者の保護観察率は100%になってます。平成18年の刑事収容施設法の制定で、刑事施設の在り方や矯正処遇、主に関連するのは仮釈放の制度が見直されたことが、関連して、出所後の保護観察制度や更生緊急保護制度等の社会内処遇に至るまでに影響を与えて、その影響で仮釈放者の保護観察率が100%になったと思われます。」

 今川が説明すると、上田も「なるほどな。」と言っているものの本当はわかっていないのではないかと山本が思いながら、

「俺ら警察の仕事が、事件の真相を解明して、被害者を救うことなら、検察・弁護士・裁判官の仕事は加害者に反省を促し、その罪の重さを分からせること。刑務所で働く刑務官の仕事は受刑者となった加害者を更生に導くことが仕事、保護司の仕事は受刑者が出所者になった時、社会に復帰するサポートをすることだと俺は思ってる。

 どの仕事も重要で、どこか一つでも機能しなくなれば、その制度の機能を失うほどの重要な役割を担っている。ただ、問題点が山積みなことは変わらないからな。」

「警部はそのへんの問題が、今回の事件に何か関係しているとお考えですか?」

 上田が聞くが、山本は笑いながら

「どうだろうな。黒木が関係してる事件と仮定するなら、政治的に山積みの問題の解決を狙うかと思ったんだよ。」

「じゃあ、今回の事件も?」

「いや、どうだろうな。その可能性はあるがそうじゃないかもしれないし、俺の勝手な妄想だろうな。」

「そういえば、お客さん誰だったんですか?」

 上田が突然話題を変えた。山本は

「ああ、五條の担当弁護士と検察官だったよ。」

「ああ、あの五條さんとの面会を許可した二人ですか?」

「ああ、三橋ゼミ生で仲良くつるんでたよ。」

「いいんですかね、それで。」

「ダメだろう。だが、そこは俺らが口出しできるとこじゃないからな。」

 山本と上田の話を黙って聞いていた今川が

「例の手紙の件ですか?」

「ああ、一応、現物のコピーを本物の様に言って渡しといたよ。」

「そんなことして大丈夫なんですか?」

 上田が心配そうに聞く、

「まあ、証拠にする気はなさそうだったからいいんじゃないか。」

「えっ、証拠にしないんですか?」

 今川が驚き、山本が

「斎藤の話に根拠がない部分が多かったからな。それに斎藤が死んでいる以上、手紙の信ぴょう性を証明できるのは五條だけで、五條は絶対に斎藤の関与を認めないから証拠として提出する意味もないというのが法曹人二人の判断だ。」

「そうですか、でも爆弾の設置に関しての供述部分には誰が見ても納得できる部分があったじゃないですか。」

 今川が言うが、山本は冷静に

「無理だな。確かに俺ら捜査を続けている人間からすれば、そうだと言えるが、他の人からもそう見えるかは、その人次第だからな。」

「警部、武田総監から、すぐに俺のとこに来いと電話がありましたよ。」

 三浦が荷物を持ちながら言い、山本が

「面倒だな、俺はいないと言っといてくれ。」

「無理ですよ。電話があったの今さっきで、警部の話声を確認してから言われたので。」

「しょうがないな。上田、とりあえず保護司の確認とどこの刑務所だったかも調べてくれ。もしかしたら同房だったかもしれないしな。」

「わかりました。」


「失礼します。」

 山本は渋々、呼び出しに応じて、総監室を訪れた。

「どうだ、山本捜査は進んでるか?」

「1・2時間で進むほど簡単な事件なら、俺らに回ってこないのでは?」

「それもそうだな。じゃあ・・・・、新しい職場はどうだ?」

「部屋の広さが変わっただけで、人が同じなので特に感想はありません。いい加減本題に入ってください。」

 武田は少し、嫌そうな顔をしてから、

「そうだな。今日来てもらったのは、事件と関係あるかはわからないが、衆議院議員の黒木俊一が、交通事故被害者の会と呼ばれる団体の会長と接触したようだ。」

「支持層の拡大のために、そういった人との交流も政治家としてはあるものかと思いますが?」

「確かにそういった活動をすること自体には、特に不審な点はない。

 だが、この交通事故被害者の会と呼ばれる団体は、少し他の交通事故を減らそうとする団体とは趣旨が違ってな。名称こそ、ごくありふれた名前だが、その中身は交通事故の加害者に対して、常に監視を付け見張らせるべきだという思想が中心にあり、過激な思想の者になると事故を一度でも起こした者は免許の永久はく奪だけじゃなく、車への搭乗すら禁止すべきだという者までいる、いわば、交通犯罪関連の被害者の会で最も過激な団体なわけだよ。」

「まあ、ルールも守れないなら車に乗るなって言ってる分には、被害者や遺族なら共感できる部分はあると思いますけど?」

「人の思想は自由だ。これは憲法で認められている。でも、その思想を行動に移せば、犯罪になることもある。」

「つまり、一部の過激な者が、加害者に報復をしたということですか?」

「まあ、簡単に言うとそうだな。暴走族のくだらん集会に巻き込まれて、子供を失った親が、暴走族のバイクや車を壊して回った事件がある。その親からすれば、こんな物さえなければ子どもは死ななかったと言っているし、他の事案では、交通事故を起こして釈放された加害者が車に乗り込もうとしたところを無理やり引きずり出して、『次、車に乗ろうとしたら、その時は殺す』と脅しをかけたなんてのもあった。」

「突然、家族を失った者としては、加害者には永久に償い続けて欲しいと思うのは普通のことだと思いますよ。」

「まあ、そこはいいだろう。話がそれたが、黒木が接触したのは普通の被害者の会ではなく、過激な思想を持った被害者の会だという点に問題がある。」

「黒木が誰と会っていたからって警察が気にすることじゃないでしょう?」

「山本、お前と黒木が大学の同期で仲がいいことも知ってる。

だが、お前ももうわかってるんじゃないのか。黒木は犯罪が起こったからその政治的問題点を解決する政治家ではなく、前提として、政治的問題点を解決するために犯罪を引き起こしている政治家なのではないかということに。」

武田はまっすぐに山本を見ている。山本は少し驚いてから真顔で、

「そのように考える根拠を教えてください。」

「政治家には、色んな考えを持っている者がいる。それは国民の代表として国を動かすのだから様々な考えの者がいて当然だし、そうあるべきだ。だが、政策の実現を追い求めた時に、権力を持たない政治家がすることは、権力を持った政治家に近づくことや、金銭的な方法もあるだろう。

 黒木はそんなことはしない。あくまで自分が正しいと思ったことしかやらない人間だからだ。そして、自分の考えと正反対の者は、全力で排除しようとする。その徹底ぶりから、北条総理は黒木を自分の後継者にと考えて教育をしていた。だが、ある時を境に黒木は北条総理から離れ、違う道を歩き出したらしい。」

「何かあったんですか?」

「よくはわからないが、何かに絶望したようだったと総理は仰っていた。」

「で、違う道とは?」

「社会問題になれば、政策は実現すると考え出したみたいだ。

 確かに社会問題になり、世間が注目すれば、政治的な問題点は改善を要求される。その中で自分が最も早く動くことで、自分の政策に近い改正が可能になる。」

「黒木がそうなったという根拠は、北条総理の考えだけということですか?」

「前回の事件で殺害された石川議員の元秘書の話では、石川議員が黒木に関する情報でやばいものをつかんだという話を聞いていたそうだ。その秘書は、最初石川議員が殺されたのはドラ息子関係ではなく、黒木が後ろで手を回した暗殺だったと考えたらしい。」

「その秘書こそが、黒木を追い詰めようとしている人間なんじゃないですか?」

「それも考えて調べたが、石川議員が個人的に雇っていたジャーナリストや探偵、まあ、ブラックな奴らだったようだが、そいつらの消息が確認されていない点と、黒木の情報について石川が情報の漏洩を防ぐために誰にも内容を伝えていなかった点から考えて、秘書の陰謀説が消え、逆に黒木が怪しくなったわけだ。」

「俺は、五條の起こした銀行強盗事件の被害額のうち、三橋に送られた1億以外の4億が、黒木に回ったのではないか、と考えています。

五條たちは燃やしたと言っていましたが、燃やすのであれば使用済みの1万円札を要求する必要はありません。その金の行方を知らせないために、そのような要求をしたと考えるなら、あの事件に関与していたであろう一番の大物にその金が行くと考えてました。

 黒木は銀行強盗事件でも、前回の坊ちゃん狩りでも、自分の理想に近づける法案を提出しています。都合よく黒木の望む法案を出せるような事件が起こるわけない。だから、最初っから黒木が全ての事件の後ろにいる黒幕だと思ってます。でも、それを証明する証拠が一切ない。」

「そうか・・・・・。また、話は戻るけど、黒木が接触した被害者の会について、今までの話から考えるとどうだ?」

「黒木は支持層の拡大のために会っていたのではなく、今回の事件に関連した法案作りのために、ある種の専門家である被害者の会の話を聞きに行ったということですか?」

「自分が計画した事件を出しに、被害者の会の人間の信頼を得て、さらに何かを計画しているとも考えられるな。」

「黒木が直接事件に関与しているなら、被疑者として調べますし、関与がないかは全力で調べます。裏で何か考えてるとしても俺には関係ありません。ただ事件を捜査し真相を解明して、犯人を捕まえる。

 それが俺の仕事ですから、あとのことは武さんなり、上杉さんで処理してください。」

 山本はそう言って、頭を下げ、部屋から出ていった。武田は山本のスピードについて行けず、言おうと思ったことをひとり呟いた。

「任せとけ・・・・、ぐらい言わせろよ。」 


「こんにちは。」

 山本は今川と藤堂を連れて、一戸建ての住宅を訪れ、今川がチャイムを鳴らし、出てきた老人に向かって挨拶をした。老人は明らかに嫌そうな顔をして、

「セールスならお断りします。」

 そう言ってドアを閉めようとしたので慌てて今川が、

「すみません、訪問販売じゃなくて、警察です。少しお話をお聞かせ頂きたく参りました。」

「アポもなく来て、話が聞けるほど私は暇じゃないんでね。お引き取りください。」

 老人はまた家の中に戻ろうとしたので、今川が

「本当に申し訳ありません。少しでいいのでお願いできないでしょうか?」

「最近の若い者は礼儀というのがなってないな。ダメなものはダメだと言ってるだろう。」

 今川は自分ではどうしようもないことを悟ったのか、山本の方を振り向く、山本はため息をついてから、

「警視庁特別犯罪捜査課の山本と申します。事件について、関係者から事情の聴取を行うことが、大事なことは警察OBである小森さんにもおわかり頂けると思いますが?」

「何だ、警察OBなら捜査に協力するのは当たり前のような口のききようだな。」

「いえ、捜査に協力して頂けるかはその方の自由ですが、最悪の場合、あなたの身に危険が及ぶ可能性もないとは言えない状況ですので、お話をお聞かせ頂きたいと思います。」

「だいたい、特別犯罪捜査課って何だ?聞いたこともないぞ、そんなもの。」

「最近、新設された課でして、警視総監がほとんどのマスコミを集めて行った会見で発表されたので、世間にはかなり周知されているものだと思っていましたが?」

「ふん、そんなものに興味はない。」

「まあ、そうでしょうね。」

「それで、なぜ私の身に危険が及ぶ可能性があるのかね?何の事件を捜査しているんだ?」

「ご協力いただけるならお教えできますが、そうでないなら捜査情報の漏洩になりますので、これで帰らせて頂きます。」

「そこまで言われたら、しょうがない。協力しようじゃないか。で、さっきの質問はどうなんだ?」

「まず、最初に新山武を覚えておられますか?」

「ああ、私が担当した保護観察対象者だからな。新山がなんだ?」

「もしかして、新山が死んだことも知らないんですか?」

「何だ、あのくず野郎は死んだのか。まあ、人はいつ死ぬかわからんからな。で、何で死んだんだ?」

「車に轢かれて死にました。」

「交通事故の捜査を新設された課はやっているのか?」

「ただのひき逃げではないようなので、とだけお答えしますよ。」

「そうか、それで私に関係することは新山のことでなのか?」

「そうですね・・・・。とりあえず、小森さんにお聞きしたいのは、新山が刑務所に入ることになった事件の捜査資料について、お聞かせ願いたいのですが?」

「なぜ、それを私に聞く?そんなものは警察が管理しているものだろう?」

「ええ、ただ、新山の資料に関しては紛失扱いになってます。しかも、記録の上ではあなたが新山の担当保護司になったあと、資料は紛失しています。あなたが後輩などに対して、資料の隠ぺい・或いは破棄を頼んでいないかということです。」

「失礼にもほどがあるな。私がなぜそんなことをしなければいけない。それに、保護司は元受刑者を更生させることを目的とした民間ボランティアだ。そんな人間の言うことを警察が聞くと思うか?」

「ただの保護司では聞かないでしょうね。それが警察OBであるあなただから、その話を聞かなければいけなかった人はいたでしょうね。」

「例え、そうだったとして、それを立件できる証拠はあるのか?私の関与を明確に表せられるような証拠もなく、言っているなら、名誉棄損で訴えるぞ。」

「まあ、命令された人を見つけるのは、俺の部下が今してますので、時間の問題だと思います。」

「ふざけるな。全く先ほどの若造よりはましかと思ったが、もっと上の人間を連れて来い。お前らみたいなひよっこじゃあ話にならん。」

「そうですか。藤堂、上杉さんに電話して来てもらえ。」

「えっ、警部?本気ですか?」

 藤堂がいきなり話を振られた上に刑事部長を呼び出せ、と言われたため動揺して聞き返した。それに対して小森が

「まて、お前が警部なのか?」

「ええ、そうですよ。ついでにあなたが若造扱いした奴も、あの慌ててるやつも警部補です。うちの課の中では上の方の人間ですよ。」

「そ、それなら、課長を呼べ。」

「だから、今、呼べって言ったところですよ。藤堂、早く上杉刑事部長にここに来てもらえ。」

「ま、待て。課長を呼べと言ったんだ。なぜ刑事部長を呼ぶ必要がある?」

 山本は明らかに動揺してきている小森を見ながら、

「なぜって、特別犯罪捜査課は上杉憲敬刑事部長の直轄する課ですので、上杉刑事部長が課長を兼務されていますから。」

「わ、わかった。刑事部長は呼ばなくてもいい。お前の部下が資料を破棄した者を探していると言っていたが、よく考えればそんなことできるわけないだろう。管轄も部署も係も違う人間にそんな情報を提供することはないからな。」

「残念ながら、うちの課は、そういう縦割りの区分をなくして、自由に情報を得るとともに、管轄・部署など関係なく、捜査を連携して行い被害者を増やす前に迅速に事件を解決することを目的に創設されたので、上からいうなら、警視総監命令で情報の開示を求めることができるんですよ。

つまり、新山が事件を起こした時にその部署にいた人間を割り出すことも、資料の管理をしていた人間も、直ぐに割り出せるように情報を得ることができるんですよ。」

小森の表情はどんどん青ざめていき、そして、

「わかった。資料の破棄を命じたのは私だ。後輩に頼んだ。

新山の事件に関する情報をなくすことで、新山がどんな犯罪を起こしたかが世間にわからなくなれば、それだけ、更生が楽になると思ったからだ。」

「新山以外の対象者に対しても同じことをしたのか?」

「ああ、そうだ。保護司は社会福祉として、前科者を更生させる役割を担っている。なら、更生の邪魔になる情報をなくせばされだけ、更生しやすくなるだろう?すべては対象者のためだ。」

「まあ、動機はどうでもいい。俺が聞きたいのは、新山に恨みを持っている人間がどれだけいるかだ。小森さん、わかるだけ教えてください。」

「そんなこと覚えてるわけないだろう。あんなくず野郎のことを恨んでいる人間なんて山ほどいるんじゃないか?見つけるのも一苦労だろうな。」

「そうですかね?俺らは結構、簡単に一人見つけましたけどね。」

「誰だ?」

「藤堂、例のやつ。」

 山本はそう言って、少し下がり、代わりに藤堂が少し前に出て、紙を広げて、

「新山武。今から3年ほど前に仮釈放され、一年半前くらいに、保護司である小森重蔵に対して、全治一か月の傷害を負わせ、仮釈放を取り消された。この取消時点で残りの刑期は十か月程度であった。

当初は、この十ヵ月にプラス傷害の罪の分の量刑を加えることになっていたが、被害者である小森から訴えを取り下げる旨の申し入れがあったため、プラス三ヵ月をして、つい先日、満期を迎えて釈放された。以上です。」

 藤堂は言い終わると、後ろに下がり、山本が

「ということです。一ヵ月もの治療が必要なけがを負わされたら、新山を恨んでいても仕方ないですよね。実際、あなたは新山をくず野郎と呼んでいる。」

「あいつの更生のために私が色々としてやったのに、あいつは私が少し説教をしただけで、殴りかかって来たんだ。そう呼ばれても仕方ないと思わんかね?」

「じゃあ、なぜ告訴を取り下げたんですか?」

「それは・・・・。」

「まあ、どうでもいいですよ。それにあなたという人もわかった気がします。」

「どういう意味だ?」

「二年前に新山が信号無視で捕まった時に、刑務所に戻しとけば、あなたはけがせずに済んだのに、ってことですよ。」

「何を言っている?そんなことはなかった、逮捕記録も捜査資料もないはずだ。記録に残ってないことを、さもあったことのように言うのはやめてもらおうか。」

「小森さん、確かに記録には残ってないけど、その時に新山を捕まえた刑事の記憶には残ってるんですよ。あなたが事件をもみ消したこともね。」

「そんな刑事がいるとして見つけることができるのか?交通課の人間だけでも何百、何千といるんだぞ。」

「探す必要はありませんよ。」

「なぜだ?」

「その時、新山を捕まえたのが俺だからですよ。」

「な・・・・」

 小森が何も言えなくなっているのをしり目に山本が、

「今川、上田に連絡して、小森がはいたことを伝えろ。上田の手間が一つ減るからな。」

「わかりました。」

 今川は電話を取り出し、上田に繋いで

「上田さん、こちらは終わりました。小森保護司が例の件を認めましたので、そちらも切りの良いところまでで結構です。

あっ、はい、わかりました。じゃあ、警部に伝えておきます。」

 今川は電話を切り、山本に向かって、

「上田さんの方も収穫があったようなので、一旦、警視庁に戻ってきて欲しいそうです。」

「わかった。それでは小森さんお忙しいところ、お邪魔して申し訳ありませんでした。」

 山本は少し頭を下げそのまま、車に向かった。今川・藤堂も会釈してその場を離れ、山本を追った。


「それにしても、よくあんな人が保護司になれましたよね。」

 車の中で藤堂が言い、今川が

「確かに、あまり人格者であるとは思えない人だったと僕も思ったよ。」

「保護司は保護司法の第三条の規定で選考される。だが、この規定自体が時代遅れで、保護司の定員5万2500名に対して、最近は4万人弱しかいなくなってる。この前、今川が言っていたように仮釈放者の保護観察率が100%の現状で、少年院の仮退院者の保護観察も併せると、圧倒的に保護司が足りてない。そんな現状で保護司がやりたいなんて人が出れば選考も少し甘くなるだろうな。」

「確か、①人格及び行動について社会的信望を有すること、②職務の遂行に必要な熱意及び時間的余裕を有すること、③生活が安定していること、④健康で活動力のあること、この条件を具備した上で、保護司選考会を通り、保護観察所の推薦を得て、法務大臣が委嘱するでしたっけ?」

 今川が聞き、山本が

「確かそんな感じだ。まず一つ目の条件の問題点は、核家族化が進み、地域的な繋がりも薄くなってる現状で、その人物の人格等に信望があるかを判断するのが難しくなってる点、あと人から信望を集めるためにはある程度の年齢を重ねてる必要がある。どこぞの若者に信望が持てるかと言われてはっきり持てると答えられるほど甘い社会じゃないからな。

 二つ目の条件は、熱意の判断は難しいが、時間的余裕があるとなると、青年層は自分のことで精一杯でそんな時間の余裕はないだろう。壮年層も同じく、仕事に家庭に忙しい。そうなると仕事を退職した高齢者しかこの条件を満たしにくい。

 三つ目の条件は、生活の安定だが、低賃金だとか、年金の受給が不安定になってること等から、高齢者であっても働かなければいけない最近じゃあ、優雅に老後を満喫してる人の方が少ないだろう。

 四つ目の条件も、平均寿命が80歳以上になったとはいえ、健康で若者の相手をできるほどの元気がある人もそう多くはない。」

「保護司の高齢化問題ですね。」

 今川が言うと、藤堂が

「あのすみません。僕はいまいちわからないんですけど、保護司が高齢化すると何かいけないんですか?高齢者の言うことの方が、なんていうか人生経験からくる話とかの方が、説得力があると思うんですけど?」

 今川が、

「そうだね。そういう人の話を聞くことで、自分の悩みが解消されることはあるし、そういうアドバイスをすることで更生のサポートするのが保護司の人の役割でもあるけど、例えば犯罪の低年齢化と言われてる今だと、保護観察の対象者が十代の人もいるわけで、保護司が高齢で、75歳とかの人もいるから、60歳も年齢差がある人の会話が成り立つのかっていう点がまずあるよね。

 普通の会社でもジェネレーションギャップが原因で上司と部下の会話がかみ合わないってこともある。会社なら年齢差があっても2・30歳だから、そこでかみ合わないとなるとその倍の60歳はもっと会話がかみ合わないってことになると思うんだ。

 会話ができないということは、意思の疎通ができないから信頼関係の構築ができなくなる。保護観察の取消事由には保護司との面会を行わないことも規定されてるから、対象者が保護司を信頼できずに面会を行わなければ、それだけで少年院や刑務所に再入所することになるってこと。」

「えっ、でも、若い人には若い保護司が担当すればいいんじゃないですか?」

 藤堂が聞き、山本が

「さっき言った4万人弱の保護司の年齢的な割合で言うと、65歳以上が8割を超えてて、40代の人もいるにはいるが、0・何%ってくらいの割合でほぼいないのと変わらないんだよ。」

「じゃあ、人手不足だから、小森みたいな人格に難がある人でもなれてしまうってことですよね?」

藤堂が聞く。山本はため息をついてから、

「元警察官だから、人格に関しては、大目に見られてるだろうな。他にも元警察官という立場上、色々とひいき目にみられてるだろうしな。」

「でも、保護司をやりたいような人には見えませんでしたけどね。何かやりたいと思うほどの熱意を持ってるんですかね?」

 今川が聞くと、

「あいつは、上杉さんとの出世争いに負けて、結局、脚光を浴びるような場所には行けなかった奴だからな。あいつは自分のおかげで出所者が更生したっていう、ある種の自己満足でやってるんだろうな。事件の資料を破棄させたり、事件をもみ消して、自分の担当する対象者が更生しているように見せたかったんだろ。」

「そうなんですか?」

 今川が聞き、藤堂が

「そういえば、上杉刑事部長を呼ぶってなってから少し様子がおかしかったですよね?」

「ああ、上杉さんが、小森の不正を見破ったことで、あいつの出世はなくなり、さらに上杉さんもそういう不正を許さない人だから、鬼の形相で追求し続けたらしくて、小森の中では上杉さんはトラウマになってるそうだ。」

山本が楽しそうに言うと、今川が

「誰情報ですか?」

「決まってるだろ、上杉さんが知らなくても、それを陰で見てて楽しんでる人だよ。」

「武田総監ですか?」

 藤堂が聞いたが、山本はにやりと笑っただけで、はっきりとは答えなかった。今川と藤堂は、その反応だけですでに答えてるのと一緒だなと思いながら、それ以上の追及をすることをあきらめた。


「小森の指示で、捜査資料を破棄した警察官は別件の事件もみ消しで、既に懲戒免職になってました。やっぱり、一回そういうことをすると何回でも同じようなことをしてしまうものなんですかね。」

 山本達が戻ると、上田が報告をはじめ、誰に問いかけるわけでもなく言った。山本が

「何事にも慣れってものがあって、最初は抵抗感を覚えるが、次第にそれを感じなくなる。俺らが被疑者を当然のように疑ってることも、本来なら常に自分たちの行動は正しいのかと疑いながら捜査しなきゃいけないが、それも時と回数を重ねるごとに疑うことが当たり前になってる。

 小森の指示に従ってた人もきっと最初は、こんな事いけないと思ってたけど、同様のことを繰り返すうちに、それが当然になってしまったんじゃないか。」

 山本が少し寂しそうに言い、三浦が

「人のふり見て我がふり直せですね。」

「確かにそうですよね。町中で迷惑な人もいて、迷惑だなで終わるんじゃなくて、じゃあ自分は、ああいうことしないようにしようと、皆が思えばその迷惑行為はなくなるわけですからね。」

 加藤が言い、上田が

「まあ、意味としては違わないけど、今の話とはちょっと意味合いがずれてる気がするぞ加藤。」

「えっ、そうですか?」

 加藤が驚きながら言い、上田と三浦がうなずく。山本が

「でも、加藤の言う通りだな。問題なのは、その行為が誰かの迷惑になっていることを気づけない人が増えてることだ。ポイ捨てでも、正確に誰の迷惑になっているというのはポイ捨てする側からはわからないが、ポイ捨てされた場所の管理者やそれを拾わなければいけない人からすれば迷惑でしかない。軽い気持ちでしたことが、後に大きな影響を及ぼすなんてことはよくあることだからな。

 自分の行動を見つめなおすために他の人の行動について評価することは大事なことだ。」

「そうですよね。」

 加藤が、山本に賛同されたため嬉しそうに言う。上田はそれを無視して、

「もとの話に戻しますが、既に破棄された資料に関しては、復元できそうにないそうです。今、藤堂に頼んで図書館とかにある新聞記事とかから事件のことがわかるものを調べてもらってます。」

「累犯者であれば、初犯のものは大きく取り上げられるかもしれないが、それ以降の犯罪が殺人とか社会的な注目を浴びないようなものであれば、被害者の割り出しは難しくなるな。」

 山本があごに手を当て考え込み、三浦が

「他の事件に関して、担当の保護司となかなか会えないので、まだ話は聞けてませんけど、事件の内容に関しては資料を取り寄せてるとこです。ただ、窃盗、特に万引きとかの逮捕者が多いですし、恨みに思うほどの犯罪を行っていない者が結構いますね。」

「でも、万引きでも件数が増えれば、店が潰れることもあるんだから、恨みに思う人はいるだろ?」

 上田が言う。山本はまだ考え込んだままで何も言わず、三浦が

「そうですけど、車で轢いて重傷負わすほどの恨みを持つにしては、少し動機になりにくい犯罪だと思いますよ。」

上田と三浦はお互いに意見を認めながらも、どちらにも結論を寄せることができずに考え込んだ。

 それを見ていた今川が、

「警部が先ほど言われた、小さなことが大きなことに影響することもあるということから考えると、万引きでも何か別の事象を起こすきっかけになっていた可能性はありますね。」

上田と三浦が今川を見て、上田が聞く。

「例えば?」

「例えば・・・ですか?そうだな・・・・、万引きじゃなくて、ひったくりなら逃げる最中に、交通違反をしたりとか、逃走時に誰かを突き飛ばしてけがを負わしたりとかじゃないですか?」

 その話を聞いた加藤が、

「ちょっと待ってください。この死亡した新山以外、全員が道交法違反で捕まってます。って言っても、スピード違反、一時停止無視違反等がほとんどで、過失致傷も何人かいますけど、前科者でなくても普通に起こしてしまうような違反ばかりですけど・・・。」

 三浦が、

「あのな加藤、道交法違反者なんて警察が把握してない人も含めると何千万人っている可能性があるんだよ。それに、被害者の共通点探しなら、例外がいるのは無視しちゃいけないだろ。」

「すみません。」

 加藤が落ち込んだのか肩を落とすと、山本が

「いや、新山も道交法違反してるだろ。記録には残ってないが、信号無視とスピード違反をしてる。」

「ああ、そうですよね。僕と警部が新山を知ったのも、それがあったからですもんね。」

 上田が言うと、三浦が思い出したのか

「確かにそうですね。でも、関係あると思いますか警部?」

「確かに一見すると、関係なさそうだが、総監室に行ったとき、武さんが、黒木が交通事故被害者の会の会長と接触した話をしていた。

今回の事件に黒木が絡んでるなら、交通犯罪つまり、道交法違反と何らかの関係がある人物を狙っているとも考えられるな。

 お手柄かもしれないぞ加藤。」

「ホントですか?」

 加藤が嬉しそうに聞き返す。今川も加藤に向かって「よかったな」と言い、上田が

「そうなると、その黒木議員の接触した被害者の会のことも調べた方がいいですね。その被害者の会に今回の被害者と関係がある人物が出れば、捜査がぐっと進みますから。」

「よし。とりあえず、上田と加藤は、被害者の会の詳細と上田の言ったことを調べてくれ。三浦は事件の被害者が起こした道交法違反の洗い出しと、関連して死亡事故などが起きてないかを調べてくれ。今川は俺と外に出て情報収集だ。」

「え、僕一人で洗い出しですか?」

 三浦が不満そうに言い、山本が、

「藤堂が帰ってきたら、手伝わせてやるよ。」

「いや、藤堂の方も結構大変な調べものだからいつ帰ってくるかわからないじゃ・・・」

 三浦が言っている途中で、山本が

「今川行くぞ。」

 そう言って、山本は出ていった。今川が少し三浦を見て頭を下げて、出ていった。残された三浦は言おうとしたことが言えなくなったことと自分の扱いがだんだんひどくなっているような気がして肩を落とした。上田が、その肩に手を置き、

「安心しろ三浦。警部は誰に対してもあんな人だから。」

「そう・・・だといいんですけど・・・・・。」

 三浦の言葉を肯定できる人物は、既に部屋を出た山本だけだった。

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