第十九部
「お待たせしました。担当の姫地です。」
法務省に到着し、矯正局を訪れると、バタバタと職員が走り回っており、話を聞ける雰囲気ではなく、少し待ってくれと言われて待っていると、40代くらいの男性が駆け寄ってきて言った。
「お忙しい中すみません。特別犯罪捜査課の山本です。」
「今川です。」
「大谷です。」
「お話は伺ってます。武田総監から色々と求められている情報をまとめておきました。」
姫地はそう言って、資料を取り出し、山本に渡した。
「大変お忙しそうですが、何か緊急事態ですか?」
「いえ、色々と面倒なことがあって、その対応には追われていますが、緊迫した感じではないので大丈夫ですよ。」
「保護司法の改正法案ですか?」
姫地は驚いた顔で、
「どうしてご存知なんですか?」
「黒木俊一衆議院議員と個人的にお付き合いがありましてね。そんな話をしていたなと思いまして。」
「警察官と現職の国会議員にどのようなお付き合いが?」
姫地は疑いのまなざしを山本に向けている。山本はニコリと笑って、
「すみません。言い方が悪かったですね。大学のゼミの同期でよく飲みに誘われるんですよ。残念ながらあいつほど暇じゃないので実現はしていませんが。」
「ああ、そういうことですか。すみませんね、黒木議員の叔父が総務省の事務次官だったことはご存知ですか?」
「ええ、最近知りました。それがどうかしましたか?」
「その叔父が法務省にいたこともあったので、未だに黒木さんに良い顔をしようとする人間が上層部にいましてね。我々も黒木議員の言うことを聞かされているので、少し嫌悪感がありましてね。」
「そうですか・・・・・。
改正案の内容はわかりますか?どんな風に改正されるのか知りたいのですが?」
「私も全体まではわかりませんが、民間ボランティアではなく、特別職にするようです。希望者を募って、3か月間の研修と研修の成果を試験することによって、保護司という準公務員を育成するみたいです。」
「その研修というのはどのような内容を?」
「心理カウンセラーのような人材の育成と人材派遣業務を行う人材の両方を併せ持つような研修を行うとだけ聞いてますが。」
「そうですか・・・・」
山本が考え込むと、上田が
「警部、話がそれてます。姫地さんもお忙しいみたいですし、本題に入りましょう。」
「ああ、そうだな。すみません、姫地さん。」
「いえ、私は大丈夫ですよ。それでは、え~と・・・。
ああ、そうだ。今回の事件で被害者になった者で、同房だった者はいませんでした。過去のデータを全部見直しましたが拘置所で一緒だったということもありませんでした。」
「担当の保護司が一緒だった者は?」
「それは何人かいましたが、保護観察対象者同士が接触することは、あまり聞いたことがありませんし、保護司自体が減ってきていますから、対象者を何人も一斉に見てもらうことは珍しいことじゃありません。」
「その被っていた人は誰かわかりますか?」
山本が聞くと、姫地が資料を指さして、
「その資料に一応まとめておきましたので、また確認しておいてください。」
「ああ、そうですね。ありがとうございます。」
「そういえば黒木雄二氏が担当していた者が、何人か今回の事件の被害者になってますね。まあ、他の保護司の方より受け持っておられる人数が多いですからそうなっているのかもしれないですけど。」
「姫地さん、あなたから見た黒木雄二氏は保護司としてどうですか?」
山本の問いに、姫地は驚き、迷った感じだったが、
「大変優秀ですよ。広い人脈と元から持ち合わせているカリスマ性
で、次々と対象者を更生させているんです。
ただ、そのカリスマ性からか、心酔しすぎる者も現れているので、そのへんを私は気にしています。」
「何がいけないんですか?」
上田が聞くと、姫地は苦笑しながら、
「黒木氏が言うことは全て正しいと思う者が増えているということですかね。」
「正しくないことも言っているということですか?」
大谷が聞く。
「基本的には正しいことなのかもしれませんし、今まで常識だとかモラルだとか、そういうモノを気にもかけてこなかったような人達に、これが常識・モラルなのだと教えている人の、それが世間と違った場合にその教わった人が非常識だったり、モラルがないと判断されることに繋がりかねないんですよ。」
「カリスマ性がありすぎると、独裁者を生むのと同じですか?」
「そうですね。まぶしすぎる光は人を盲目にしますから。
そういう意味では、黒木氏もヒトラー等の独裁者も変わらないのかもしれません。」
「じゃあ、例えば、黒木氏が正しいことと言って教えたことが犯罪に繋がるということもあるのでしょうか?」
山本が聞く。姫路は少し考えてから、
「どうでしょうね。黒木氏が意図的に犯罪者を作り出すようなことはないと思いますが・・・・・・・。
例えば、黒木氏がまぶしい光だと仮定して、その光を背にした者が、その光に紛れて、犯罪者を生み出すような教えを行ってるということはあるかもしれませんね。」
「難しいですね。」
大谷が言うと、山本が
「例えば、宗教の教えは人を幸せにするために起こったもので、仏教は仏陀によって人々の平等を訴えるものだったし、キリスト教でもイスラム教でも、人が平等で互いに尊重しあうべきだという教えだったのが、いつの間にか、他の宗教・宗派を認めないとか間違った教えを楯に自分の私腹を肥やそうとする奴が出てきて狂いだした。
その中で16世紀に起こった代表的なのがキリスト教の宗教革命だ。私腹を肥やすために免罪符を売りさばいてたカトリック教会にルターを中心としてプロテスタントっていう新派ができた。
昔から正しいものの威光を借りて、自分の私腹を肥やす人間がいたってことだな。」
「虎の威を借る狐と似たようなことですか?」
上田が聞くと、姫地が
「そうですね。自分の利益を得るために、黒木氏を利用しようとしている人間がいるのかもしれないという話です。」
「その利用しようとしている人間が、甥の俊一であると思いますか?」
山本が聞くと、姫地は笑いながら
「どうでしょうね。今ではどちらかというと黒木議員の方が光が強いのではないですか?」
「どうでしょうね。さて、お忙しい中ありがとうございました。頂いた情報はしっかりと事件解決のために使わせてもらいますよ。
行くぞ、上田・大谷。」
山本は姫地に向かって頭を下げて出ていく。上田と大谷はまだ聞かなければいけないことがあるような気がしていたが、山本がどんどん遠くなっていくので、挨拶をして山本を追いかけた。
その後ろ姿を見て、姫地がひとり呟いた。
「鶏が先か卵が先か・・・・・。
さあ、あなたはどちらを選びますか、山本さん?」